不器用なカノジョ

高嶺 蒼

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帰宅、そして~悠木家の家族事情 1~

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 「ただいま」


 玄関のドアを開け、靴を脱ぎながらソラは家の中へ声をかける。
 すると家の奥からパタパタとスリッパの音が響いてきて、緩やかにウェーブする栗色の長い髪をなびかせて、おっとりした美人さんが走り出てきた。


 「お帰りなさい、ソラちゃん」


 彼女はやはり色素の薄い、茶色の瞳を優しく細め、ソラの細い体を抱きしめる。
 背の小さなソラは、彼女のボリューム満点の胸に顔が挟まり、少し苦しそうにもがいたが、すぐに諦めて彼女のしたいようにさせた。


 「た、ただいま。美夜ママ」


 姉にしか見えない若い母親の胸から何とか顔を引きはがし、ソラは彼女の顔を見上げて微笑む。
 美夜は、愛おしそうに娘の顔を見つめ、その頬を両手で挟んで唇に唇を押し当てた。
 悠木家恒例のお帰りなさいのちゅーである。
 ソラは何の違和感もなく母親のキスを受け、


 「さ、ソラちゃんからもして♪ただいまのちゅー」


 そんな母親のおねだりに、あっさりと応じる。
 美夜の細い腰にそっと手を回し、ちょっぴり背伸びをして、彼女の柔らかな唇をそっとついばむようにキスをした。
 美夜はとろけるような笑顔で笑って、感極まったようにもう一度ソラを抱きしめる。


 「ん~、いつもながら可愛いキスをありがとう、ソラちゃん。高校の制服もすっごく似合ってて可愛いわ」

 「ありがと、美夜ママ」


 美夜は、はにかんで笑う愛娘を思う存分堪能してから、


 「あ、おやつあるわよ?今日はカボチャプリンを作ったの」


 有無を言わせず娘の手をとって歩き始める。
 ソラは、自分に甘々な母親に苦笑しながらも、逆らわずついて行く。
 小さい頃から、ずっとそうだった。


 「カボチャプリン、楽しみだな。美夜ママの作ったの、おいしいもんね」


 言いながら、にこにこ笑う。
 そんな娘を見つめながら目を細め、洗面所の所で娘の手を解放した。


 「さ、うがいと手洗いをしてからキッチンに集合ね?あ、それから今日は有希ママも帰ってるから、呼んできてね?」

 「有希ママも?今日は早いんだね。陸のところ?」

 「そ。私はお茶の準備をしながら待ってるわね」

 「パパ達は?」

 「あいつ等はまだ仕事。夕ご飯までには帰ってくると思うわよ」

 「はぁい。了解」


 答えながら、ソラは洗面所へ向かう。
 美夜の言いつけ通り、うがいと手洗いをするためだ。
 もう1人のママの有希と違い、美夜はこう言うところは結構細かい。
 怒らせると怖いのも美夜の方だ。

 なのでソラは基本、美夜の言うことはよく聞くようにしている。
 とはいっても、他の親たちの言いつけにも逆らったことがないのがソラなのだが。

 兎に角、ソラは手早く手を洗ってうがいをすませると、もう1人の母親・有希がいるはずの陸の部屋へと向かった。

 陸とは、昨年の春に生まれたソラの弟だ。
 あと数日もすれば1歳になる弟は、文句なしに可愛くてソラも大好きだった。
 時間が許す限り側にいて子守も積極的に行っている。

 ただ、いつも母親である有希が仕事の間は保育園に預けられていて、この時間はまだ家に居ないことが多い。
 今日は有希ママの仕事が早く終わったのかなぁと、ほくほくしながら陸の部屋のドアをノックした。


 「有希ママ、陸、いる?美夜ママがおやつにおいでって」

 「あれ、ソラ?帰って来たんだね。ちょっと今手が放せないから入っておいで」


 そんな声が中から答えたので、ソラは何の躊躇もなくドアを開けて中に入った。
 有希は、ちょうど息子に授乳をしていたところのようだ。
 美夜ほどは大きくない、だが小さすぎるほどでもない形のいい胸を息子の口にくわえさせたまま、にっこり笑ってソラを迎える。
 有希はちょっと赤めにカラーリングしたショートヘアの、活発な感じの美形だった。ちょっと猫みたいな、綺麗なアーモンド型の瞳がソラを見つめ、


 「おかえり、ソラ。ちょっと動けないからさ、ここまで来てくれる?挨拶はちゃんとしないと」


 にこっと笑う。
 彼女の求める事を正確に察したソラは、小さく頷いて有希の傍らに膝をつく。


 「よしよし、良い子だね。じゃあ、お帰りのちゅーをしようか」


 言いながら、有希は息子を支えている手とは反対の手でソラの肩を引き寄せて美夜より少し薄目の唇をソラの唇に割り込ませた。
 いつもの事ながら、有希の挨拶は美夜の挨拶よりちょっぴり過激だ。

 だが慣れたもので、目を閉じたままソラがうっすらと唇を緩めると、その隙間からぬるんと熱い舌が入り込んできた。
 そしてそのまま、存分にソラの中を味わいつくす。

 くちゅ、ちゅ・・・・・・とつながれた唇の辺りから水音が響くが、ソラはそれを恥ずかしいこととは思わない。
 なぜならそれはいつもの事だからだ。
 これがこの母子の日常なのである。

 ただ、最近はちょっぴり困っている。
 この挨拶をすると、妙に体が熱くなってしまうのだ。
 だが、そんな事を相談できる相手もいないし、当の母親に相談するのも、なんだか恥ずかしい気がする。

 今日も、ほんのり体が熱くなり、無意識に内ももをすり合わせていると、やっと母親の唇が離れていった。


 「ふふっ、今日もごちそうさまっ」


 そんな風に悪びれず笑う有希の顔を何となく潤んでしまった目で見つめて、ソラは今度は自分から唇を寄せる。
 お帰りのちゅーの後はただいまのちゅー。これは常識だ。悠木家の。

 そっと唇を合わせると、有希の唇が薄く開く。
 有希との挨拶は、ただいまの方もちょっぴり過激にしないと終わらない。
 触れるだけのキスだとダメ出しをされてしまうのだ。

 ソラは唇を深く合わせて舌を伸ばす。
 性格のままに丁寧に有希の口の中を探り、絡まってくる舌をいなしながら、それなりに濃厚な、ただいまの挨拶を終えた。
 終わった後の有希の表情がうっとりしているのはご愛敬だ。


 「ん~、上手になったねぇ、ソラ」

 「そう?」

 「うん。思わず濡れちゃった」


 あっけらかんと答える有希。どこが、と聞かないのはお約束だ。
 ソラはさらっとスルーして、母親の母乳を一生懸命すっている陸の頬に唇を寄せた。


 「ただいま、陸。おいしそうだね。良かったね」


 愛しの弟にそう声をかけると、思わぬところからジャブが飛んできた。


 「あ、よかったらソラも飲む?」

 「え?」

 「ほら、母乳ももうすぐ出にくくなってくるだろうし、その前に飲んでみなよ」


 言いながら、有希は満足した息子を肩に抱えるように抱いて、背中を叩いてげっぷを促す。
 けぷっとミルク臭い息を吐き出した息子を片手で器用に抱えたまま、もう片方の手で娘の顔を胸に引き寄せた。


 「ちょ、有希ママ!?」

 「ほら、ソラが小さい頃は私もまだ母乳が出なかったし、吸わせようとしても拒否されて結構傷ついたわけよ。そんなお母様の心の傷を、いやして欲しいなぁ。ソラだって、ちょっとは興味あるでしょ?」


 そんな理不尽な言い分に困り果てながら、ちょっと寄り目気味に目の前に突きつけられた母親の乳首を見る。
 その先端からはわずかに母乳がにじみ出ていて、乳房は張っていて辛そうだ。


 「陸が吸わなかった方はまだちょっと張ってて辛いんだよね~。ソラがすってくれたら助かるなぁ」


 追加された言い訳に、ソラは困ったように眉根を寄せて母の顔を見上げる。
 辛いのなら何とかしてあげたい、そんな風に思いながら。
 それに、母乳の味と言うのも気にならない訳ではない。
 赤ん坊の頃に吸った味は当然の事ながら覚えてないし、ちょっとだけなら味わってみるのもいいかもしれない。

 ソラは悩みながら、母親の乳首にそっと唇を寄せていく。
 そんな自分を見つめる母親が、困った顔のソラ、すごく可愛いなぁーなんて思っていることなど、まるで気づかずに。


 「ね、ソラ。お願い」


 そんなお願いの言葉。それが止めだった。
 ソラは小さく息をつき、それから思い切ったように、母親の乳首を唇に含んだ。


 「あんっ♪」


 そんな場違いな声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。
 気のせいに違いない。うん。

 ちゅうっと吸ってみると、口の中に毎日飲んでる牛乳よりも遙かに薄い味が広がる。
 おいしいものではないと思う。
 だが、飲んでみると何ともいえずに心が落ち着く感じがした。

 夢中になって吸っている内に、気がつけば結構飲んでしまっていた。
 はっとして唇を離すと、真っ赤な顔で潤んだ瞳を向ける母の顔が。
 ばつが悪くて小さくなると、有希の手がぽん、とソラの肩へ乗せられた。


 「うん。なんていうか、大人になったね?」


 なんでか分からないがそんな賞賛を受け、ソラは首を傾げながら有希と陸を伴ってキッチンへ向かった。
 美夜ママの作ってくれたカボチャプリンは文句なしにおいしかったが、入れて貰った紅茶は少し残してしまった。

 そんなソラの様子をいぶかしく思った美夜ママは、後でこっそり有希ママを問いつめ、その夜は激しいお仕置きがあった、らしい。
 翌日から、有希ママとの挨拶はちょっとソフトになり、逆に美夜ママとの挨拶はちょっぴり過激になったとかならないとか。
 悠木家の常識は、他の家庭とちょっと違う。その事を、ソラはまだ知らない。

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