不器用なカノジョ

高嶺 蒼

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その頃の弓道部

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 その日の放課後の部活見学の一年生の中にソラの顔を見つけられなかった楓は、誰にも気づかれないように小さく小さく吐息を漏らした。
 予測できたことではあるが、何となく切ない。
 きっとソラは今頃、軽音部の部活見学に行っているのだろう。
 軽音部の面々の顔を思い浮かべると少し不安だが、二年の立花徹は一本筋の通った人間だと思うし、涼香もソラを気に入っている様だったから、恐らくちゃんと守ってくれるはずだ。


 (出来るなら私が守ってやりたいが、かといって軽音部に乗り込むわけにもいかないしな。ままならんものだ)


 ソラのことは涼香がちゃんと面倒を見てくれるから大丈夫だと、もう一度自分に言い聞かせてみる。
 だが、涼香に面倒を見られているソラを思い浮かべると、なんだか胸の内がもやっとした。
 そんな、自分でも理解不能な心の動きにわずかに眉をしかめつつ、弓を引く。
 考え事をしながら放った弓は、わずかに的の中心を外し、周囲から歓声は上がったものの、楓の表情は晴れなかった。
 ふぅ、とため息をつき、他の部員にバトンタッチをして弓を置くと、すかさず佐治がタオルとスポーツドリンクのボトルを持って駆け寄ってきた。


 「芝本先輩、お疲れさまです」

 「ああ、佐治。すまんな。ありがとう」


 言いながらタオルを受け取って汗を拭い、スポーツドリンクを受け取った。


 「先輩、なにか悩み事ですか?なんだか、浮かない顔ですけど」

 「ん?そんなに顔に出てるか?ちょっと、考え事をな」

 「考え事??」

 「ん、ああ。今日は、来てないなぁ、と」

 「今日は来てない……ああ、悠木さんのことですか?」


 後輩の鋭い指摘に、楓は苦笑を浮かべて頷く。
 佐治には、ソラのことをこっそり見守っていた時に、簡単な事情は話してあった。
 ソラと同じクラスの佐治から、ソラの情報を流して貰うためだ。
 だから、楓の言葉にぴんと来たらしい。


 「昨日一緒に来てた悠木さんの友達二人は来てますけど、悠木さんは今日は来てないみたいですね。気になるんですか?」

 「う……ま、まあな。ソラは、なんというか、久しぶりに再会した妹みたいな感じだから、まあ、気になるかな」

 「なるほど。そう言えば、今日は悠木さんとお昼を一緒に食べましたよ?」

 「昼ご飯を一緒に?それはうらやま……コホン。ソ、ソラの様子はどうだった?」

 「楽しそうに食べてましたよ?悠木さんのお母さん、料理得意みたいで、すっごくおいしそうなお弁当でした」

 「そ、そうか。おいしそうな弁当だったか」

 「あ、あと、それから……」

 「そ、それから?」

 「先輩、知ってました?悠木さんの腹筋、割れてるみたいですよ?」

 「腹筋か。それなら私だって割れてるぞ?」

 「先輩はいいんですよ。全然意外じゃないですし。悠木さんが割れてるってのが意外なんですよねぇ。あんなにちっちゃくて、可愛くて、胸だって大きくて、全然腹筋が割れてる要素なんてないのに」


 ソラがいたら、恥ずかしそうに佐治につっこんだことだろう。
 まだ割れてないよ。割れそうなだけなんだよ?……と。
 だが、この場にソラはおらず、佐治の発言につっこむものはいなかった。
 それに、楓の胸に突き刺さったのは、腹筋の下りではなかった。


 「胸、大きいのか……」


 子供の頃、何度か一緒にお風呂に入ったときは、まだぺったんこだったのにな、と懐かしく思い出しながら思わずポツリと呟く。
 楓のそんな呟きに、佐治は大きく頷いた。


 「ええ。大きいですね。服の上から伺えるよりも遙かに」

 「ふっ、服の上から伺うよりも遙かに!?と、言うことは……」

 「みましたよ?もちろん。今日、体育の授業がありましたからね~。私が見たかったのは悠木さんの腹筋なんですけど、まあ、みえちゃいますよね?腹筋みようとすれば自然と。正直、あんなに可愛くて、小さくて、だったら胸だって小さくても良いと思うんですけど、あんなに大きいなんて。反則ですよね、あれは。思わず触らせて貰っちゃいました」

 「さ、触ったのか!?」

 「はい。触っても良い?って聞いたら、いいよっていってくれたので」

 「ど、どうだった??」

 「本当に私と同じものなのかってくらい、柔らかかったです。あれは魔性の塊ですね。やばいです。中毒性があります」

 「そんなに柔らかいのか……」

 「あれでしっかり筋肉もついてるんですから驚きですよ。あの胸のどこに筋肉の要素があるんでしょうねぇ……」


 心底不思議そうに佐治が首を傾げる。
 そんな彼女をついついうらやましそうに見つめていたら、佐治がいたずらっぽく楓を見上げた。


 「というか、芝本先輩?そんなに羨ましいなら触らせて貰えば良いじゃないですか。悠木さん、お願いしたらきっと断りませんよ?すごく恥ずかしそうな顔をしながらもいいよって言ってくれるはずです。その表情も、なんだか癖になりそうで危険ですけど……」

 「そ、うなのか?じゃ、じゃあ、今度たのんで……って頼めるか!そんなこと!!」

 「芝本先輩なら大丈夫だと思いますけどね。なんたって、悠木さんのかえちゃん、なんでしょう?」

 「うっ、うるさい。こんなところで時間をつぶしてないで、他の部員の手伝いもしてこい!!」


 苦し紛れに追い払えば、佐治はなにもかも分かったような顔で、はいはいと返し、それからにやりと笑った。


 「分かりましたよ、先輩。ま、悠木さんとは仲良くなれそうですから、なにか知りたいことがあったらいつでも聞いて下さいね」


 楓をからかうようにそんな言葉を残して、佐治は彼女から離れていった。
 飄々とした後輩の背中を睨むように見送って、楓は熱くなった頬を冷ますように手のひらを当てる。

 ソラが友人を得たのはうれしい。
 だが、その関係性が何となく破廉恥だと思うのは、己の頭が固いせいなのだろうか、とほんのちょっぴり思い悩みつつ。

 はーっと息をついて、気を取り直したように弓道場を見回す。
 弓道に親しみつつ、和気藹々と弓道部員達と交流を深める一年生達をなんとなく眺めながら、楓はソラのことを思った。
 ソラも今頃は、軽音部の面々とこんな風に交流しているのだろうか。


 (きっと涼香が面倒を見てやっているんだろうな。同じ女同士だし)


 そんな事を思った瞬間、胸がちくりと痛んだ。
 その痛みの原因が分からずに首を傾げ、それから再び弓を持って部員達に混じり一年生に弓の扱い方を指導する。
 この場にソラがいないことが寂しいと、素直にそう思いながら。
 
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