不器用なカノジョ

高嶺 蒼

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帰り道で

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 部活見学の期間中は仮入部という形で、部活見学期間が終わったら正式に入部届を出す事を約束した後、ソラは一足先に軽音部の部室を後にした。
 軽音部の先輩達は、これからもう少し、練習してから帰るらしい。
 仮入部のソラは、他の一年生メンバーが決まるまでは楽器を決めることも出来ないため、しばらくは正式な練習には参加しない方向性だ。
 来週の金曜日で部活見学期間が終わるまでは、部活に顔を出すかどうかも自由らしい。
 週末の練習も、特に参加しなくても良いとのことだった。

 ソラ自身、部活見学期間中の参加はどうしようかなぁと思っていた。
 というのも、見学者の人数が多すぎて、ちょっと来づらいと言うのが正直な所だったからだ。
 しかし、ソラを音楽室の外まで送ってくれた涼香が名残惜しそうに、


 「ね、ソラ。明日も来る?」


 そう問いかけて来たので、ソラはちょっぴり悩んだものの、最後には結局頷いていた。
 たくさんの見学者がいる場所へ顔を出すのは少し苦痛だが、涼香がいてくれるのなら我慢できる、そう思えたから。
 明日ね?と嬉しそうに微笑んで手を振る涼香に手を振り返して、ソラは一人帰路につく。
 だが、ちょうど校門から出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。


 「ソラ?今、帰りか?」


 まだ聞き慣れない、でもどこか懐かしいその声は、昨日再開した幼なじみのもの。
 足を止めて振り返ると、こちらに駆け寄ってくる楓の姿が目に入ってきた。


 「カエちゃん?弓道部は??」

 「こっちは随分前に見学者を返して、その後の練習も終わった。今から帰るところだよ。ソラは、軽音部の見学の帰りか?」

 「うん。まだ仮入部中だから、この後の練習はまだ参加しなくて良いって言われて」

 「そうか。軽音部に、決めたんだな?」

 「うん。弓道部も楽しそうだったけど、入学前から軽音部に入りたいって思ってたから」

 「そうだな。決めたからには頑張れ。応援する。時間があって気が向いたら、弓も教えてやるから、弓道部を訪ねてこい」


 予想していたソラの返答に、少しだけ寂しそうな顔をしたものの、楓はすぐに気を取り直したように微笑んで言った。


 「……いいの?」


 迷惑じゃない?そんな風におずおずと見上げてくるソラに、楓はそんな事は気にするなと再び笑った。


 「まあ、部活中に教えてやると言うわけにはいかないが、部活が終わった後とかだったら問題ない。ソラには、弓の楽しさも知って貰いたいからな」

 「うん。じゃあ、今度、教えてくれる?」

 「ああ。いつでも言ってくれ。ソラのためなら、いくらでも時間を割くぞ?」


 言いながら、楓はそっと、ソラの頬を優しく撫でる。
 ソラはくすぐったそうに首をすくめ、くすくすと笑った。
 そんなこんなで、二人の世界を作っていると、周囲の目が少し気になっってきて、楓は歩きながら話そうとソラを促す。
 頷き、歩き出したソラと並んで歩きながら、楓はソラとの他愛のない話を楽しんだ。

 だが、ソラが利用するバス停には直ぐについてしまい、もう少しソラと話をしたかった楓はある提案を持ちかける。


 「そう言えば、久しぶりに師範代にご挨拶したいのだが、今日、ソラの家へお邪魔しても良いか?」

 「武史パパに?」

 「ああ。ちょっと相談したいこともあるし」

 「武史パパ、今日早く帰ってくるかなぁ?確認しようか??」

 「いや。行ってみてもし帰りが遅いようなら日を改めるさ。もし、ソラが迷惑じゃないなら、だが……」

 「迷惑じゃないよ。カエちゃんがうちに来てくれるなら、もっと話もできるし、嬉しいよ?」

 「そうか。じゃあ、決まりだな」


 にっこり微笑み、ソラとともにちょうどやってきたバスへと乗り込む。
 ぶっちゃけ、師範代へ挨拶とか、相談事とかはただの口実だ。
 もう少しだけ長く、ソラと話をしていたかった。
 ソラが正式に軽音部に入部すれば、お互いの部活で中々時間を共有する事も出来なくなるだろうから。

 ソラの家へは、お互いがまだ小さい頃に何度か遊びに行ったことはある。
 ソラの家の家族事情はちょっと複雑で、確か母親と父親が二人ずつ家にいたなぁと思い出す。
 詳しい事情はよくわからないが、幼かった頃はただ、お父さんもお母さんも二人ずついるなんて楽しそうだけどちょっと息苦しそうだと思ったものだ。
 まあ、ソラの両親はとにかくソラを猫可愛がりしていたから、ソラが両親を疎ましく感じることなど、ありそうに無かったが。
 楓の家は、父親がとにかく厳格で、母親も父親にならってか、それほど甘やかされた記憶がない。
 だから、ソラの家に行くとソラ共々もの凄く甘やかされて、何ともくすぐったい思いをしたものだった。


 「美夜さんと有希さんは、私のこと、覚えてるかな?」


 電車の吊革につかまって一緒に揺れながら、ふとそんな疑問を口に出す。
 幼い頃、おばさんと呼びかけてすごい怖い顔で名前で呼ぶように言いつけられた事は、今でも鮮明に覚えていた。
 ソラは、楓の疑問にほんのり首を傾げ、少し考えてから、


 「うーん。美夜ママは覚えてると思う。有希ママはどうかなぁ?でも、カエちゃんは美人さんだから覚えてるかも。有希ママ、美人の事は忘れないって、いつも言ってるし」

 「そうか。師範代はまあ大丈夫として、透さんはどうだろう?」

 「透パパ?透パパは記憶力いいからきっと平気。武史パパは、今でも時々道場で会うもんね?」

 「ああ。そういえば、ソラは合気道、続けてるのか?」

 「うーん。合気道、というか、総合格闘技的な?武史パパが週に一回は教えてくれるから」

 「そうか。でも、そのうち道場にも顔を出してみないか?久しぶりにソラとも手合わせしてみたい」

 「う……お手柔らかにね?」

 「それはこっちのセリフだろう?」

 「え~?カエちゃんの方が絶対に強いと思うなぁ?背も高いし、体もしっかり鍛えてそうだし」

 「そういうソラこそ、腹筋が割れるくらいに鍛えてるんだろう?」

 「わっ、割れてないよ?まだ……って、誰に聞いたの?」

 「ん?ああ、佐治からちょっとな。ほら、同じ弓道部だから」

 「そ、そうなんだ?ほ、他に何か聞いた?佐治さんから」


 恥ずかしそうに上目遣いに見上げられ、部活の時の佐治の言葉が脳裏に甦る。
 無意識のうちに、視線がソラの胸元へ降りていて、はっとした楓は慌てて目をそらした。


 「い、いや。他には別に……」

 「そ、そっか。なら、いいんだ」


 ソラが照れくさそうに笑い、それからそっと楓の手を取り、次で降りるよと促した。
 駅を出てからは、何となくそのまま手をつないでソラの家へと向かう。
 ソラは何気なく楓の手を握っているのだろうが、握られている楓の方はなんだか胸がドキドキして落ち着かなかった。
 そして、何となく見覚えのある家の前で足を止めたソラが、楓を振り向いて見上げた。


 「ここだよ。覚えてる?」

 「ん。何となく、見覚えはあるな」

 「そっか。ちょっと待ってね?美夜ママがいると思うから声をかけてくる」


 そう言って、楓を玄関に残したまま、ソラは家の奥の方……恐らくキッチンの方へと向かった。



 「ただいま、美夜ママ。あのね……んぅ」

 「ソラちゃん、おかえりなさい~。ん~っ……」

 「んっ、んっ……っはあっ、ママ!?ちょっ……んむっ、んん~っ」

 「ちゅる、くちゅ……んっ、はあっ……ふふ。有希の真似よ。うん。たまにはこう言うのもいいわねぇ」


 キッチンから漏れ聞こえるそんなやりとり。
 そこに何となくアダルトな気配を感じ取って、楓の頬が知らず知らずのうちにほんのり赤く色づく。


 「もうっ、美夜ママ。今日はお客様がいるんだから……」

 「お客様……?って誰の??」

 「私……と武史パパかな??」

 「ソラちゃんと武史さんのお客様???」

 「うん。えっと、カエちゃんの事、覚えてる?武史パパが師範代をしてる合気道の道場で一緒だった」

 「ああ~、あの、将来有望そうな、きりっとした子ね!覚えてるけど、その子がどうしたの??」

 「えっとね、カエちゃん、私の学校の一つ上の先輩で、昨日それがわかって。あ、その話、昨日ちょっとしたよね?で、今日、たまたま帰りが一緒になって、武史パパに用事もあるって言うから、遊びに来てもらったんだけど……」

 「……それって、ソラちゃんのお友達が遊びに来たって事なのよね?」

 「う、うん。そうなるのかな」

 「すごいじゃない!!大事件だわ。ちょっと待って。まず緊急召集をかけるから!!」

 「え?ええっ???」


 ソラの戸惑ったような声が聞こえて、しばし沈黙。
 その間も楓は玄関先でお行儀よく待つ。
 少し時間を置いたおかげで、頬の熱さも少し引いてきて、そのことにちょっとほっとしながら。


 「よしっ。有希は陸ちゃんを回収して今、家に向かってるところみたい。透さんは残り仕事を明日に回して帰るって言ってるし、武史さんもなるべく早く帰ってくるって。で?そのカエちゃん……えーっと、確か楓ちゃん、だったわよね?どこにいるの??」

 「あ、えっと、玄関……」

 「あら、大変。お迎えしないと」


 その言葉と共に、ぱたぱたとスリッパの音がして、キッチンに続くドアからおっとりとした美女が姿を現した。
 彼女は楓の姿を認めてぱああっと顔を輝かせると、急ぎ足で玄関までやってきた。


 「楓ちゃん!楓ちゃんね?まあ、大きくなって。昔も凛々しくて可愛かったけど、大きくなって見事なまでに凛々しい美人さんになったのねぇ」

 「えーと、美夜さん?お、お久しぶりです。美夜さんは、昔から変わらないですね?」

 「ま~、お世辞までいえるようになったのねぇ」


 いえ、お世辞ではないですが、と苦笑して、楓はまじまじと美夜を眺めた。
 本当にお世辞ではなく、昔みた時と、ぜんぜん変わってないように見える。
 あえて言うなら、ほんの少し妖艶さ、というか大人の色気が増したかもしれないが。


 「マ、ママ。カエちゃんが困ってるよ?早く上がってもらおうよ」


 幼なじみの母親にぐいぐいこられてどぎまぎしていると、やっと追いついてきたソラがそう提案してくれる。
 その提案に美夜も頷き、


 「そ、そうね。ちょっと興奮しちゃって。ねえ、楓ちゃん。今日はご飯を食べていってね?武史さんも早めに帰ってこれるって言ってるし」

 「あ、でも、家になにも言って来てないので……」

 「大丈夫。その辺りに抜かりは無いから安心して?武史さんから楓ちゃんのお宅に連絡をして許可をもらうことになってるから。ね?いいでしょ??」

 「もう、美夜ママってば。強引なんだから……ごめんね、カエちゃん」

 「いや、ソラに謝る事は……えーと、じゃあ、お言葉に甘えてごちそうになっていきます」

 「ほんと!?じゃあ、腕によりをかけるわね!!ソラちゃん、夕食まで、楓ちゃんとお部屋で遊んでなさいな。後でお茶とおやつを持って行ってあげるわ」


 話は決まったとばかりにニコニコする美夜。だが、ソラはちょっぴり不安そうに楓を見上げる。


 「えっと、カエちゃん?本当にいいの?無理してない??」

 「いや、家の許可さえもらえるなら大丈夫だ。ソラこそ、迷惑じゃないか?」

 「ううん!私は嬉しいよ!!」

 「……うん。私も、ソラと夕食を一緒にとるのは楽しみだな。佐治から美夜さんのお手製弁当の評判も聞いてるから、料理の方も楽しみだし」


 そんな楓の発言の中に出てきた人名に、美夜が耳聡く食いついてきた。


 「佐治、さん?ソラちゃんのクラスメイト??」

 「ああ、佐治は私の弓道部の後輩で、ソラのクラスメイトで友達、だったな?」

 「お友達っ!!本当!?」

 「う、うん。そうだよ」

 「確か他にも二人ほど親しそうな子がいたな。ほら、昨日一緒に弓道部の見学に来た……」

 「あ、亜希ちゃんとしぃちゃん?」

 「そ、そそそ、その子たちもソラちゃんのお友達なの!?」

 「う、うん。昨日、仲良くなったんだ。二人とも……あ、もちろん佐治さんも、みんな優しいんだよ。今日も一緒にお昼ご飯食べたし」

 「と、友達が三人も!!楓ちゃんを入れたら四人じゃない!!大変!お赤飯炊かなきゃ。あっ、あと、お祝いのケーキも買ってきてもらうわね!!急いで連絡しなきゃ!!!!」


 そう言って、美夜はパタパタとキッチンに戻って行ってしまった。
 取り残された二人は、呆然としたまま目を見合わせて、それからクスリと笑みを交わす。


 「えっと、じゃあ、私の部屋にいく?」

 「ああ。おじゃましていいか??」

 「もちろん。いらっしゃい、カエちゃん」


 そう言ってソラがにっこり笑う。
 その笑顔が何ともいえずにまぶしくて、楓は再び頬が熱くなるのを感じたのだった。

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