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第3章 吸血鬼と死霊術師

第34話 先手必勝

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吸血鬼の献血をし終わった後の事。
あの後どうやら予想以上に大量の捕虜が返還されたことにより、前線の兵たちから多大な感謝と心配をされつつ、その日のうちに私はギャレン村へと戻ることにした。
約1日かけて帰宅後、変化はすぐに現れた。

「師匠~、またあれが来てますよ」

帰宅の次の日から、毎朝来る窓際のカラス。
その足には手紙がつけられており、いやいやながらもそれを読み広げる。

『拝啓・愛しの闇の聖女様へ
 今宵もいいお日柄であり、絶好の散歩月寄りです。
 よろしければ、またともに茶会を……』

とりあえず、は呪詛などの類はそこまで強力でないことを確認し奇跡で無効化する。
そして、こちらに何か物言いたげなカラスのために、虫を一匹投げつけてひらひらと帰還させる。
偶然その日は納品依頼があったため、いくらかのスクロールを持ちつつ、酒場へと向かおうとする。

「師匠、今度は別の生き物が」

すると今度は家の前には3匹の黒猫が陣取っており、またそれぞれ首輪に手紙やら魔石がつけられている。
それらに周囲に影響を及ぼす類の呪術だけ取り除き、さっさと元の主の元へと返す。
その後当然、宿屋であるシルグレットのところへ。

「……なぁ、アンタ相手の謎の人物からの依頼が来ているんだが」

「いや、こんな小さな村で謎の依頼人とか、流石に無理がない?」

「いやそうは言うがなぁ、この依頼では多数の前金やら仲介料が渡されたから……。
 とりあえず、伝えるだけは伝えたほうがいいかなと」

当然、その依頼を受けることはなく納品だけでその日の依頼は終わらせる。
そして午後に入り、ミサの時間。

「イオ様~!ここ数日、村の周りでフクロウやら蝙蝠の群れを見るんですけど……
 これって、何かの前触れでしょうか?」

「イオ先生~!あそこにミミズクがいますけど大丈夫ですか?」

そんなレアな動物のお客さんを無視しつつ、その日のミサも滞りなく終了。

「師匠、誰かはわかりませんが、師匠宛てに御荷物が届いているそうです」

なお、おくりびと不明なお届け物の内容は純粋な呪術用の素材や花、それと肉類の乾物にイモであった。
そんな風に、あの日以降明らかに変わってしまった日常を過ごしながら、私はこう思うのであった。

「思ったよりも、あの吸血鬼。
 ちゃんと自制できているな」

「えええぇぇぇぇぇ……」


☆★☆★


「……というわけで、私としては、もっとあの吸血鬼が自我を失ったり。
 獣性をむき出しにしたり、頭ゆるゆるになると思っていたんだ」

「いやいやいや、件の吸血鬼。
 どう考えても師匠にアプローチ出し過ぎでしょう」

「そんなことないよ。
 すくなくとも、使い魔を使って、言葉を使ってアプローチしようとしている時点でかなり理性的だよ。
 血に狂った吸血鬼にしてはね」

ところ変わって、自宅の地下工房。
そこで私はアリスへの簡単な呪術指導ついでに、吸血鬼についての愚痴をこぼしてえいた。
一応件の吸血鬼はアリスにとって父親の仇でもあり、より詳細を知りたがっていたため始まった件の吸血鬼についての説明会。
が、どうやらアリス的には、この吸血鬼の恐ろしさより、残念さのほうが眼についてしまったようだ。

「いやまぁ、私的には父を殺した相手なので、恨みたいのは山々なんですが……」

『まぁ、私の仇を取りたいのはわかるが、無茶はしないでくれよ?』

「肝心の父が、この様子なので、なんか恨むに恨み切れないんですよねぇ」

アリスは彼女に肩に乗った小さな藁人形を見ながらそうつぶやいた。
まぁ、今の彼女にとって仇云々の話は、彼女の父がすぐ横で話しているため、その復讐への情熱はそこそこ止まりになってしまっているのだろう。
それもどうかと思うが、復讐で盲目になられるよりは扱いやすいため、今回ばかりは何も言わないでおく。

「それよりも師匠的には、件の吸血鬼がもっと狂うとは……。
 これ以上どのようになると想像していたのですか?」

「まぁ、単純に今はストロング村に引きこもっているけど、そこから抜け出すことだね。
 例えば、血に飢えて村を抜け出し、まっすぐ私を襲うとか。
 そもそもあの手紙や贈り物に罠を仕掛けるとか、その手の直接的アプローチをして来ると思ってたんだよ」

「それはもはや、アプローチというよりは襲撃やら奇襲では?」

「だって、吸血鬼だよ?
 それぐらいする方が普通でしょ」

「……そういえば、そうですね」

アリスちゃんが頭を抱えながらそう言った。
そもそも私が、件の吸血鬼を強くしてしまう可能性があるのに、わざわざ血を飲ませたのも、それ狙いな所があったのだ。
今現在ストロング村に潜む吸血鬼が脅威な理由。
それはその守りの強固さにあるのだ。
無数の人質である奴隷に、そこそこ強いアンデッドの数々。
さらには、結界や冒涜の教会などなど、あの吸血鬼があの地に住み着いていることで発生している強みが数多くあるのだ。
だかこそ、自分はあの吸血鬼に自分の血を飲ませることにより、彼女の暴走を誘発。
その結果、狂気やら独占欲やらで奴隷や自分の拠点をなげうって、こちらに襲い掛かってくれることを期待したのだが……当てが外れたようだ。

「むしろ、自分の血を飲ませちゃったことで、一時的にだけどちょっとだけパワーアップさせちゃったからな。
 その点だけは本当に失敗だったかもしれないな」

「パワーアップってどのくらいですか?」

「いやまぁ、そこまで?
 せいぜい、一般人の生き血の200人分くらい」

ぎょっとした顔でこちらを見つめてくるアリス。
数字だけで聞くと一見かなりの強化に聞こえるが、そもそも件の吸血鬼は無数の奴隷を保有していたのだ。
やろうと思えば、奴隷を使い、数週間で同じだけの力を得ろうと思えば得られたはず。
なので、意外とこの数字はそこまで大事でもなかったりする。
むしろ、自分の血を飲んで以降、しばらく『普通の奴隷の血』を飲めなくなることを考えれば、デメリットともいえるだろう。

「いわく、この血を飲んで以降はしばらく一般の血なんて、臭くて飲めたもんじゃなくなるらしいから。
 長期的に見ればデメリットだよデメリット」

「はぇ~、そんなことが……」

「でも、まぁいやな予感がするのは事実だし、やっぱり教会が完成し次第、吹っ飛ばすのが吉かな。
 いろんな意味で」

だから、我が弟子よ。
あいかわらず、こちらをすごい目で見るのはやめろ。
でもこれは仕方ないことなのだ。
そもそも、件の吸血鬼の目的や意識を聞いてしまったからこそ、なぜ彼女があそこまであの地にこだわるのか、その部分が大いに疑問だからだ。
一応初めのころ占拠したのは件の盗賊団との盟約だったと考えれば、そこまで違和感がない。
が、今はすでに件の盗賊は滅んでいる上、わざわざ仲間がいると言っているはずの領主の兵相手に、にらみ合いを続けてまであの地にい続ける理由がこちらにはさっぱりなのだ。
それこそ、こちらの血の誘惑を跳ねのけるほどなのだ。
きっと、ろくでもないことに違いないという確信があった。

「というわけで、近々そのことについてルドー村長について説明しに行くつもりだけど……。
 あんまりうまくいく気がしないなぁ……」

「う~~ん、師匠の考えすぎって云いたいですけど……。
 やっぱり、私の故郷の村を滅ぼしたって考えると、可能性としてはありえそうなんですよねぇ」

「あ、後我が弟子アリスよ。
 あなたにも、陰の魔力適性と純潔や魔力量などの条件がいいから。
 わんちゃん、吸血鬼に襲われやすくなるだろうからね、気を付けるんだよ」

「え」

さもあらん。


☆★☆★

そして、その後数日後。
あと数日で、兄弟神の教会が完成する日になり、その報告がやってくることになった。


「す、すいません!イオ司祭今すぐ対吸血鬼前線基地へと来てください!」

「あ、あの吸血鬼が!
 吸血鬼のクレイが、大魔術を使用!
 そのことによって、対吸血鬼前線基地とそこに至部隊が大損害発生!」

「詳しくは、現場に向かいながら説明しますので!
 今すぐに旧ストロング村まで来てください!」

かくして私達は、秘儀教会ブッパをする前に、吸血鬼側に先手を打たれてしまったのでしたとさ。
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