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第五章 竜が啼く
闇の誘い 4
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一行は、驃が滞在していたカルムの町を目指して北上した。魔の刻石が発する波動を読み解くに、その奥に位置する慈禊の祠付近に、ダリュスカインがいる可能性が高いからだ。途中までは、イルギネスが滞在していたダムスの町への道と同じだが、隣り合った二つの集落を過ぎると、行く先が分かれる。そこから一泊を経て、カルムへと辿り着く。
道中、魔物との遭遇は二度ほどあったが、啼義が出る幕もなく、イルギネスと驃で圧勝だった。二人の阿吽の呼吸は、何度見ても清々しいほど鮮やかで、啼義はただ感心するばかりだ。
「どのくらい鍛錬を積んだら、そんなに瞬時に判断して動けるんだ?」
不思議でならないという表情の啼義に、驃は造作もなく答える。
「単純に、場数だな。日々の鍛錬も含めて、やればやっただけ、ちゃんと結果は着いてくる」
あまりに真っ当な答えに、啼義は渋い顔で唸るしかない。自分の踏んできた場数など覚えてはいないが、魔物との戦闘はまだ、その気になればあっさり数えられそうなほどの数なのは否めない。ましてや羅沙にいた頃は、魔物の討伐に出たところで、靂とダリュスカイン、そして靂の側近の剣士・桂城がいたので、自分は添え物のような存在だった。
隣に座って水筒を煽っていたイルギネスが、
「まあ、場数ならこれからいくらでも踏める。まだ当分は、境界線が曖昧になって出没している魔物の片付けに、奔走することになるだろうからな。安心しろ」と、穏やかな表情に不釣り合いな、物騒な補足をする。
「そんな安心、いらねえよ」
啼義の眉間に、皺が寄った。
一方で、リナは常に魔の刻石の反応に気を配り、ダリュスカインの波動に変化がないかを念入りに見守る傍ら、魔法杖との同調を高める鍛錬も欠かさなかった。
魔法杖は一見、木製の質素な杖に見えるが、天然石と魔物から取得した魔石を粉末状にして混ぜ合わせた球が仕込んであり、それは魔術を発動する際にだけ現れる。材料もだが職人が少なく、希少な道具ゆえ一般的な市場には出回っていない。この道具の魔法杖たる所以は、魔力の増長もさることながら、普段は、肉体をそんなに鍛えていない魔術師でも携帯しやすい指輪に姿を変化させるという、存在からして魔術的な仕組みからだ。
リナの長旅の経験は、イリユスからミルファへ来た時のみと聞いていたが、なかなかどうして、野宿でも動じることなく、木の芽や葉の目利きもあるゆえ、食べられる物をしっかり見分けて携帯した食材に混ぜ、手際良く食事の支度もこなしてみせるほどで、男性陣の心配は杞憂に終わった。それどころか、なんとなく場の雰囲気が華やかになり、いつかの男ばかりでの野宿に比べると、重責を背負っての旅でありながら、その空気は格段に明るかった。
そんな、平穏に思われた道中だが、リナはカルムへの分かれ道を進み始めたところで、魔の刻石の変化を感じ取った。
<これは、何の動き?>
変化とは言っても、単純にこちらに向かって来ている様子でもない。波動の位置が動いたと思えば止まり、また少しすると、今度は戻るかのような動きも見える。慎重に動きを分析した結果、ある程度の推測を交えて、彼女は啼義たちに告げた。
「少し、南下はしているみたい」
野宿の支度を整えた簡素なテントの中で、リナは地図の上に指でその動きを示す。
南下しているということは、近づいてきていると解釈して良いだろう。そう言われると緊張が高まる。しかし、リナの表情は釈然としない。
「でも……真っ直ぐ向かっている感じじゃなくて──強いて言うなら、徘徊している……?」
「徘徊?」啼義がおうむ返しに聞く。
それは、どう捉えるべきだろう。
「もしかして、何かを探しているのかも知れない」リナはもう少し、考えを巡らした。「啼義の気配を探しているけれど、掴めていないから進んでこないとか?」
「進んで来ないなら、ありがたいことだがな」と、イルギネス。
とは言え、動き出したと言うのはやはり不穏だ。いつ急に向かってくるやもと思うと、啼義は内心落ち着かなかった。けれど、避けて通れない以上、腰を据えるしかない。必死に自らに言い聞かせて、不安を抑えこんだ。
その波動は結局、彼らがカルムに辿り着くまで特に迫ってくる気配はなく、似たようなところを文字通り徘徊しながら、躊躇うようにほんの少し南下しただけだった。
だが、到着したカルムでは、嫌な予感を伴う噂が飛び交っていた。
数日前に山の方角で、天まで伸びるかのような謎の光柱が見られ、奥の集落との連絡が取れず、消滅したのではと囁かれていたのだ。
「やはり、この先で何らかの変化はあるようだな」
町に入った足のまま昼食を求めて入った小さな食堂で、隣のテーブルでも盛り上がっている噂に耳を傾け、イルギネスが目を細めた。驃も険しい表情で続く。
「それにしても、集落が消滅ってのはないだろう。それとも、よほど大きな魔物でも出たか?」
リナも首を捻った。
「波動の徘徊する気配と、何か関係があるのかしら」
なかなか寄ってこない気配。集落がなくなったかもと言われるほどの何か──啼義は、違和感を覚えずにはおれなかった。
「確かにダリュスカインは、腕のある魔術師だけど、普通の集落を消すような真似はしないと思う。それに、標的は俺なんだし」
「だよな」イルギネスも訝しむ。
「もう少し探ってみるか」
言うや否や、彼はひょいと茶の入った銅製のマグカップを手にして、隣の壮年の男たちに笑顔で話しかけた。
「やあどうも。俺たちは、さっきここに着いたばかりなんだが、その物騒な話を、もう少し聞かせてもらえないか?」
道中、魔物との遭遇は二度ほどあったが、啼義が出る幕もなく、イルギネスと驃で圧勝だった。二人の阿吽の呼吸は、何度見ても清々しいほど鮮やかで、啼義はただ感心するばかりだ。
「どのくらい鍛錬を積んだら、そんなに瞬時に判断して動けるんだ?」
不思議でならないという表情の啼義に、驃は造作もなく答える。
「単純に、場数だな。日々の鍛錬も含めて、やればやっただけ、ちゃんと結果は着いてくる」
あまりに真っ当な答えに、啼義は渋い顔で唸るしかない。自分の踏んできた場数など覚えてはいないが、魔物との戦闘はまだ、その気になればあっさり数えられそうなほどの数なのは否めない。ましてや羅沙にいた頃は、魔物の討伐に出たところで、靂とダリュスカイン、そして靂の側近の剣士・桂城がいたので、自分は添え物のような存在だった。
隣に座って水筒を煽っていたイルギネスが、
「まあ、場数ならこれからいくらでも踏める。まだ当分は、境界線が曖昧になって出没している魔物の片付けに、奔走することになるだろうからな。安心しろ」と、穏やかな表情に不釣り合いな、物騒な補足をする。
「そんな安心、いらねえよ」
啼義の眉間に、皺が寄った。
一方で、リナは常に魔の刻石の反応に気を配り、ダリュスカインの波動に変化がないかを念入りに見守る傍ら、魔法杖との同調を高める鍛錬も欠かさなかった。
魔法杖は一見、木製の質素な杖に見えるが、天然石と魔物から取得した魔石を粉末状にして混ぜ合わせた球が仕込んであり、それは魔術を発動する際にだけ現れる。材料もだが職人が少なく、希少な道具ゆえ一般的な市場には出回っていない。この道具の魔法杖たる所以は、魔力の増長もさることながら、普段は、肉体をそんなに鍛えていない魔術師でも携帯しやすい指輪に姿を変化させるという、存在からして魔術的な仕組みからだ。
リナの長旅の経験は、イリユスからミルファへ来た時のみと聞いていたが、なかなかどうして、野宿でも動じることなく、木の芽や葉の目利きもあるゆえ、食べられる物をしっかり見分けて携帯した食材に混ぜ、手際良く食事の支度もこなしてみせるほどで、男性陣の心配は杞憂に終わった。それどころか、なんとなく場の雰囲気が華やかになり、いつかの男ばかりでの野宿に比べると、重責を背負っての旅でありながら、その空気は格段に明るかった。
そんな、平穏に思われた道中だが、リナはカルムへの分かれ道を進み始めたところで、魔の刻石の変化を感じ取った。
<これは、何の動き?>
変化とは言っても、単純にこちらに向かって来ている様子でもない。波動の位置が動いたと思えば止まり、また少しすると、今度は戻るかのような動きも見える。慎重に動きを分析した結果、ある程度の推測を交えて、彼女は啼義たちに告げた。
「少し、南下はしているみたい」
野宿の支度を整えた簡素なテントの中で、リナは地図の上に指でその動きを示す。
南下しているということは、近づいてきていると解釈して良いだろう。そう言われると緊張が高まる。しかし、リナの表情は釈然としない。
「でも……真っ直ぐ向かっている感じじゃなくて──強いて言うなら、徘徊している……?」
「徘徊?」啼義がおうむ返しに聞く。
それは、どう捉えるべきだろう。
「もしかして、何かを探しているのかも知れない」リナはもう少し、考えを巡らした。「啼義の気配を探しているけれど、掴めていないから進んでこないとか?」
「進んで来ないなら、ありがたいことだがな」と、イルギネス。
とは言え、動き出したと言うのはやはり不穏だ。いつ急に向かってくるやもと思うと、啼義は内心落ち着かなかった。けれど、避けて通れない以上、腰を据えるしかない。必死に自らに言い聞かせて、不安を抑えこんだ。
その波動は結局、彼らがカルムに辿り着くまで特に迫ってくる気配はなく、似たようなところを文字通り徘徊しながら、躊躇うようにほんの少し南下しただけだった。
だが、到着したカルムでは、嫌な予感を伴う噂が飛び交っていた。
数日前に山の方角で、天まで伸びるかのような謎の光柱が見られ、奥の集落との連絡が取れず、消滅したのではと囁かれていたのだ。
「やはり、この先で何らかの変化はあるようだな」
町に入った足のまま昼食を求めて入った小さな食堂で、隣のテーブルでも盛り上がっている噂に耳を傾け、イルギネスが目を細めた。驃も険しい表情で続く。
「それにしても、集落が消滅ってのはないだろう。それとも、よほど大きな魔物でも出たか?」
リナも首を捻った。
「波動の徘徊する気配と、何か関係があるのかしら」
なかなか寄ってこない気配。集落がなくなったかもと言われるほどの何か──啼義は、違和感を覚えずにはおれなかった。
「確かにダリュスカインは、腕のある魔術師だけど、普通の集落を消すような真似はしないと思う。それに、標的は俺なんだし」
「だよな」イルギネスも訝しむ。
「もう少し探ってみるか」
言うや否や、彼はひょいと茶の入った銅製のマグカップを手にして、隣の壮年の男たちに笑顔で話しかけた。
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