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不審 - 誰も信じられない!
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「兄弟は他人の始まり」という諺をこれ程強く感じたことがあろうか。
僕の両親は長崎の対島の出身だ。対島は九州の玄界灘にある島で、上県(かみあがた)と下県(しもあがた)の2島が連なった縦長の列島だ。歴史の授業で元寇の際に最初にモンゴルが上陸した島といえば覚えがいいかもしれない。
父の実家は上県にある峰町にあり、比較的裕福な家だった。しかし、父は8男だったため家業を継ぐことは叶わず、地元に有力な産業もないので職を得ることは難しかったので、名古屋に職を探しに出てきたという。父のように仕事を求めて卒業とともに対馬を出て街へ出ていく若者は多い。
父が名古屋という街を選んだ理由は、時は伊勢湾台風の直後で名古屋の街は壊滅状態。その名古屋ならきっと仕事にありつけると考えたらしい。
かくして名古屋で木材問屋の上地木材に職を得て社宅に入った父は、地元の知人の仲介で母と見合い後に結婚。母は上地木材の社宅の寮母さんとして働いた。僕はその両親の長男として誕生した。
父の兄弟の一番上の伯父は稼業を継いだが、他の兄弟は対島を出て博多や長崎に出て働いていた。中には配管設備工事業や、博多駅名店街でお土産物屋を営む叔父もいて、両伯(叔)父とも、それなりに上手くいっているようだった。父はそれまで伯父達を頼ったことはなかったのだが、ついに金策に行き詰まって助けを求めた。
「お前、そげん大事な事ば電話で頼むとか?こっちに来て説明せんね。」
電話で伯父に頭を下げた時に返された言葉だ。
先にも書いたが阪神大震災の直後で、新幹線は断線して不通になっていた。なので名古屋から九州へ向かうのは在来線を乗り継いでいかねばならずかなり大変だった。しかし、伯父に助けて欲しいと20数時間掛けて九州まで赴くことにした。
そして待つ事数日後、帰ってきた父はひどい有様だった。酒を呑みへべれけ状態。
朗報を待ち望んだ僕と母に開口一番
「つまらん。誰も貸してくれん!」
「え?でも伯父さんは大事な相談なら説明しに来いってっ」
「あー、そう言った。ばってん誰も貸してくれん。それどころか帰りに電車賃すら出してくれん。」
父の窮状は先に電話で伝えている。その話を聞いた上で九州まで来いといったのだ。借りる側の勝手な希望的な解釈かもしれないが「(少なからず援助してやるから)来てから説明しなさい」という意味ではなかったのか?
本当なら電車賃すら惜しい現状で、在来線を20数時間も掛けて乗り継いで九州まで出向いた父に、一銭のお金すら、ましてや帰りの電車賃すら出してくれなかったという。伯父が何を考えているか全く理解できない。失敗した父を目の前で見て嘲りたかったのか?兄弟という間柄は下手に期待してしまうだけ他人より厄介な存在かもしれない。
見ていて痛い程分かる程に父の落胆ぶりは酷かった。僕も父に掛ける言葉を見失った。
父は日雇いの警備員、母は駅の売店でパートタイムで働くようになった。
その頃から、自宅にはマルトクの取引先から引っ切りなしに支払い督促の電話が掛かるようになっていた。事務所はシャッターで閉まっているので自宅に掛けてくるのだ。暫くして電話の受話器は上げたままとなった。
状況はさらに悪化の一途を辿る。
自宅に居ても安らぐことがない僕は、妻には悪いと思いながらも嫌な環境から逃げるために仕事に出ていたといっていい。しかし、その職場でも逃げ場がなくなっていく。
今になっても忘れもしない、人間の醜さを思い知る。
「オセロちょっとこっちこい!」
所長の田原さんに応接室に呼ばれた。いったい何事だろう。
「お前、恵比寿屋は知ってるだろう?」
「はい。僕が担当した会社ですが、その恵比寿屋がどうがしましたか?」
「どうもこうも。先方の営業部長の山根さんから、お前の親父さんとの会社での取引で集金できなくて困ってるとクレームが本社に入ってる。」
一体どういうことだろう。全く身の覚えのない話だった。
「山根さんが言うには、親父さんとの会社とは、お前がウチの社員だから信用して取引をしたと言ってるんだが」
「どういう事ですか?僕は確かに恵比寿屋の仕事はしましたけど、その山根さんという方とは面識もないですよ。ましてや親父の会社の紹介などしてませんし。」
「とにかく、お前がウチの会社の社員で、その取引先からお前の名指しでクレームが入っている以上、本社の判断で会社が建て替えて支払うことになった。建て替え分はお前の給料から毎月天引きするそうだ。ほんとっ面倒なことしてくれるな。」
「ちょっと待ってくださいよ!全く身に覚えのないのに、なぜ僕が責任を負わされるんですか?そもそも本当にウチの父の会社と取引あるんですか?」
後で判明したが、確かにマルトクと恵比寿屋は取引があった。取引はしたが父も僕の名前を挙げて取引をしていた訳ではない。普通にBtoBの商取引をしただけだ。
しかし、マルトクが傾き、売り掛金の回収に困った山根が、どこで知ったのか取引先の東京エンジニアリングに、マルトクの息子が居たので、それに目をつけて力技で回収を画策したのだ。
多分、裁判に訴えれば山根や恵比寿屋の言い分は却下されるであろう。だが、当時の僕にはそんな知識も裁判に訴えるお金もなかった。かくして、僕は、自分に全く関係もない取引の借金を背負わされることとなる。世の中は魑魅魍魎だらけだ。
この頃の僕は、もう誰も信じられなくなっていた。
僕の両親は長崎の対島の出身だ。対島は九州の玄界灘にある島で、上県(かみあがた)と下県(しもあがた)の2島が連なった縦長の列島だ。歴史の授業で元寇の際に最初にモンゴルが上陸した島といえば覚えがいいかもしれない。
父の実家は上県にある峰町にあり、比較的裕福な家だった。しかし、父は8男だったため家業を継ぐことは叶わず、地元に有力な産業もないので職を得ることは難しかったので、名古屋に職を探しに出てきたという。父のように仕事を求めて卒業とともに対馬を出て街へ出ていく若者は多い。
父が名古屋という街を選んだ理由は、時は伊勢湾台風の直後で名古屋の街は壊滅状態。その名古屋ならきっと仕事にありつけると考えたらしい。
かくして名古屋で木材問屋の上地木材に職を得て社宅に入った父は、地元の知人の仲介で母と見合い後に結婚。母は上地木材の社宅の寮母さんとして働いた。僕はその両親の長男として誕生した。
父の兄弟の一番上の伯父は稼業を継いだが、他の兄弟は対島を出て博多や長崎に出て働いていた。中には配管設備工事業や、博多駅名店街でお土産物屋を営む叔父もいて、両伯(叔)父とも、それなりに上手くいっているようだった。父はそれまで伯父達を頼ったことはなかったのだが、ついに金策に行き詰まって助けを求めた。
「お前、そげん大事な事ば電話で頼むとか?こっちに来て説明せんね。」
電話で伯父に頭を下げた時に返された言葉だ。
先にも書いたが阪神大震災の直後で、新幹線は断線して不通になっていた。なので名古屋から九州へ向かうのは在来線を乗り継いでいかねばならずかなり大変だった。しかし、伯父に助けて欲しいと20数時間掛けて九州まで赴くことにした。
そして待つ事数日後、帰ってきた父はひどい有様だった。酒を呑みへべれけ状態。
朗報を待ち望んだ僕と母に開口一番
「つまらん。誰も貸してくれん!」
「え?でも伯父さんは大事な相談なら説明しに来いってっ」
「あー、そう言った。ばってん誰も貸してくれん。それどころか帰りに電車賃すら出してくれん。」
父の窮状は先に電話で伝えている。その話を聞いた上で九州まで来いといったのだ。借りる側の勝手な希望的な解釈かもしれないが「(少なからず援助してやるから)来てから説明しなさい」という意味ではなかったのか?
本当なら電車賃すら惜しい現状で、在来線を20数時間も掛けて乗り継いで九州まで出向いた父に、一銭のお金すら、ましてや帰りの電車賃すら出してくれなかったという。伯父が何を考えているか全く理解できない。失敗した父を目の前で見て嘲りたかったのか?兄弟という間柄は下手に期待してしまうだけ他人より厄介な存在かもしれない。
見ていて痛い程分かる程に父の落胆ぶりは酷かった。僕も父に掛ける言葉を見失った。
父は日雇いの警備員、母は駅の売店でパートタイムで働くようになった。
その頃から、自宅にはマルトクの取引先から引っ切りなしに支払い督促の電話が掛かるようになっていた。事務所はシャッターで閉まっているので自宅に掛けてくるのだ。暫くして電話の受話器は上げたままとなった。
状況はさらに悪化の一途を辿る。
自宅に居ても安らぐことがない僕は、妻には悪いと思いながらも嫌な環境から逃げるために仕事に出ていたといっていい。しかし、その職場でも逃げ場がなくなっていく。
今になっても忘れもしない、人間の醜さを思い知る。
「オセロちょっとこっちこい!」
所長の田原さんに応接室に呼ばれた。いったい何事だろう。
「お前、恵比寿屋は知ってるだろう?」
「はい。僕が担当した会社ですが、その恵比寿屋がどうがしましたか?」
「どうもこうも。先方の営業部長の山根さんから、お前の親父さんとの会社での取引で集金できなくて困ってるとクレームが本社に入ってる。」
一体どういうことだろう。全く身の覚えのない話だった。
「山根さんが言うには、親父さんとの会社とは、お前がウチの社員だから信用して取引をしたと言ってるんだが」
「どういう事ですか?僕は確かに恵比寿屋の仕事はしましたけど、その山根さんという方とは面識もないですよ。ましてや親父の会社の紹介などしてませんし。」
「とにかく、お前がウチの会社の社員で、その取引先からお前の名指しでクレームが入っている以上、本社の判断で会社が建て替えて支払うことになった。建て替え分はお前の給料から毎月天引きするそうだ。ほんとっ面倒なことしてくれるな。」
「ちょっと待ってくださいよ!全く身に覚えのないのに、なぜ僕が責任を負わされるんですか?そもそも本当にウチの父の会社と取引あるんですか?」
後で判明したが、確かにマルトクと恵比寿屋は取引があった。取引はしたが父も僕の名前を挙げて取引をしていた訳ではない。普通にBtoBの商取引をしただけだ。
しかし、マルトクが傾き、売り掛金の回収に困った山根が、どこで知ったのか取引先の東京エンジニアリングに、マルトクの息子が居たので、それに目をつけて力技で回収を画策したのだ。
多分、裁判に訴えれば山根や恵比寿屋の言い分は却下されるであろう。だが、当時の僕にはそんな知識も裁判に訴えるお金もなかった。かくして、僕は、自分に全く関係もない取引の借金を背負わされることとなる。世の中は魑魅魍魎だらけだ。
この頃の僕は、もう誰も信じられなくなっていた。
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