6 / 7
分岐 - 魔法のおまじない
しおりを挟む
もう会社での出世も見込めないどころか居場所もない。そうなると想像できるのは最悪の結果しかない。僕と妻は「もう自分達は終わりかもしれない」と抱き合って泣いた。今思えば、あの時の精神状態は自死を選んでもおかしくなかったと思う。でも死ななかった。死ねなかった。
それは、生まれたばかりの娘がいたから。娘の為に死ねない。死んではいけない。と思った。
もう誰にも頼れないなら、自分の人生は自分で切り開くしかない。
とは言うものの・・何をやるべきか検討もつかない。そんな時に軽装工事をお願いしている山本社長から偶然外貨取引の話を聞いた。
「オセロくん外貨貯金って知ってる?」
為替とか外貨とか投資なんて、全く今までの自分には縁もない別世界の話だった。ましてや何しろ投資するお金がない!
時は一方的に円安に向かっている相場で、いわゆるキャリートレードで利益を得ている投資家がメディアで露出するようになっていた。山本社長も事業で得た利益を外貨貯金でドルに変えて、大きな含み益となっていたようだった。
山本社長だって、僕に外貨預金を勧めようなんて考えてもなかったはずだ。単に現場で一緒に仕事している時、自慢話をしたかっただけだろう。
僕にしたってお金に困っておらず普通の生活をしていたなら、自分に関係ない話とスルーしたであろう、ほんと意味のない会話だったが、その山本社長の「外貨」という言葉が頭の片隅に記憶された。
日々は無情にも過ぎていく。
何かしなければと思いながら何も解決策など見つからない。でも、せめてPCのスキルは上げておこうと思った。本当は少しのお金も使えないのだが勉強せねばという強い思いから、妻の許しを得てPC雑誌を毎月買い始めた。
PCのスキルは元々は結構あったと自負していた。しかし、東京エンジニアリングで扱うFA専用機はPCとは全く別物だった。会社に数台あるノートPCは仕様書を書く為のワープロ専用機みたいな存在で、いつのまにか僕の持っているPCのスキルは錆び付いた時代遅れのものに変わっていた。
僕は失った時間を取り戻すかのように雑誌の隅から隅まで読み倒した。
最初に借金を背負ってから数年が経っていた。この頃には僕の結婚を期に建てた自宅も競売に掛けられて失っており、僕と妻と娘は社宅に移っていた。社宅は会社の所長の田原さんが僕の窮状を鑑みて入れるように手配してくれたのだ。引っ越しは業者に頼む費用も惜しいので、会社の後輩に頼んだ。
また職場も豊田市にある豊田営業所に転属していた。これも田原所長の計らいだった。豊田営業所は、幸いにも業績順調なトヨタ自動車を顧客としてもっており、仕事も潤沢で残業代を付けられる環境にあった。仕事を頑張れば頑張るだけ収入は増え、借金も少しづつではあるが減っていくように好転していた。会社に迷惑を掛けたにも関わらず本当に田原さんに感謝してやまない。
トヨタ自動車で仕事をしていると、トヨタ自動車の社員食堂も使えたのも僕にとってはありがたかった。正社員とは時間をずらして利用しなければならないが200円程で昼食を摂ることができる。僕は訪問予定がなくてもトヨタの工場に訪れ昼食だけ摂ることもあった。
そんなこんなで、相変わらず会社での居心地はよく無かったが、少しづつ僕の環境は改善しつつあった。このまま借金を返していけば普通の生活に戻れるかもしれないという気持ちも生まれてきていたのだが・・
そんなある時、上司の山口さんと田原所長が応接室とこんな話をしているのを偶然耳にした。
「オセロは優秀ですけどお金に汚いですね・・・」
山口さんが田原所長に放った僕の評価。
「お金に汚い・・・」
山口さんがそう感じているのは薄々では分かっていた。
僕は働いた分の残業は全部請求する。それが汚いというのならそうだろう。だからそのとおり否定はしない。僕には残業をサービスできるほどお金に余裕がない!1円だって欲しい。だからといって仕事がないのに残業代欲しさで居残るなんてことはしないし、仕事してるフリしてゲームで時間を潰すような奴とも違う。仕事がなければ終業時間直後に退勤のタイムカードを打刻して帰宅する。早く帰って家族と一緒に過ごしたい。
仕事はお金を稼ぐ為であり、お金を稼げなければ仕事など無意味だ。
僕の事を”お金に汚い”と評価した山口さんの実家は裕福だった。山口さんは結婚を期に実家からの援助を受けて新築の一軒家を建てていた。本人が自慢げに言っていたから間違いないだろう。ひと昔前なら僕も同じ環境だったかもしれないが、今は光と影のような相反する存在。
山口さんは残業代にも執着しない。面倒臭いと言って全てサービス残業にしてしまう。そんな恵まれた環境の人に、底辺を這いずり回っている僕の気持ちなど100%理解できるはずがないだろう。
僕の未来はこの会社にはないと痛感した。このまま借金を返していけば普通の生活に戻れるかもしれないという淡い望みを自ら断ち切った。
そんな失意の中、久しぶりの休日に妻と娘と大高のAEONへ買い出しに出かけた時のことだった。僕は読書が好きだ。例え買えなくとも本屋で本を見て回るだけで楽しくなる。しかし、その時は何故か今までの自分なら絶対に立ち入らない投資関係のコーナーに足が向いた。
ふと山本社長の声が蘇った。
「外貨預金・・・」
僕は手にとって本を貪るように読み始めた。
それは、生まれたばかりの娘がいたから。娘の為に死ねない。死んではいけない。と思った。
もう誰にも頼れないなら、自分の人生は自分で切り開くしかない。
とは言うものの・・何をやるべきか検討もつかない。そんな時に軽装工事をお願いしている山本社長から偶然外貨取引の話を聞いた。
「オセロくん外貨貯金って知ってる?」
為替とか外貨とか投資なんて、全く今までの自分には縁もない別世界の話だった。ましてや何しろ投資するお金がない!
時は一方的に円安に向かっている相場で、いわゆるキャリートレードで利益を得ている投資家がメディアで露出するようになっていた。山本社長も事業で得た利益を外貨貯金でドルに変えて、大きな含み益となっていたようだった。
山本社長だって、僕に外貨預金を勧めようなんて考えてもなかったはずだ。単に現場で一緒に仕事している時、自慢話をしたかっただけだろう。
僕にしたってお金に困っておらず普通の生活をしていたなら、自分に関係ない話とスルーしたであろう、ほんと意味のない会話だったが、その山本社長の「外貨」という言葉が頭の片隅に記憶された。
日々は無情にも過ぎていく。
何かしなければと思いながら何も解決策など見つからない。でも、せめてPCのスキルは上げておこうと思った。本当は少しのお金も使えないのだが勉強せねばという強い思いから、妻の許しを得てPC雑誌を毎月買い始めた。
PCのスキルは元々は結構あったと自負していた。しかし、東京エンジニアリングで扱うFA専用機はPCとは全く別物だった。会社に数台あるノートPCは仕様書を書く為のワープロ専用機みたいな存在で、いつのまにか僕の持っているPCのスキルは錆び付いた時代遅れのものに変わっていた。
僕は失った時間を取り戻すかのように雑誌の隅から隅まで読み倒した。
最初に借金を背負ってから数年が経っていた。この頃には僕の結婚を期に建てた自宅も競売に掛けられて失っており、僕と妻と娘は社宅に移っていた。社宅は会社の所長の田原さんが僕の窮状を鑑みて入れるように手配してくれたのだ。引っ越しは業者に頼む費用も惜しいので、会社の後輩に頼んだ。
また職場も豊田市にある豊田営業所に転属していた。これも田原所長の計らいだった。豊田営業所は、幸いにも業績順調なトヨタ自動車を顧客としてもっており、仕事も潤沢で残業代を付けられる環境にあった。仕事を頑張れば頑張るだけ収入は増え、借金も少しづつではあるが減っていくように好転していた。会社に迷惑を掛けたにも関わらず本当に田原さんに感謝してやまない。
トヨタ自動車で仕事をしていると、トヨタ自動車の社員食堂も使えたのも僕にとってはありがたかった。正社員とは時間をずらして利用しなければならないが200円程で昼食を摂ることができる。僕は訪問予定がなくてもトヨタの工場に訪れ昼食だけ摂ることもあった。
そんなこんなで、相変わらず会社での居心地はよく無かったが、少しづつ僕の環境は改善しつつあった。このまま借金を返していけば普通の生活に戻れるかもしれないという気持ちも生まれてきていたのだが・・
そんなある時、上司の山口さんと田原所長が応接室とこんな話をしているのを偶然耳にした。
「オセロは優秀ですけどお金に汚いですね・・・」
山口さんが田原所長に放った僕の評価。
「お金に汚い・・・」
山口さんがそう感じているのは薄々では分かっていた。
僕は働いた分の残業は全部請求する。それが汚いというのならそうだろう。だからそのとおり否定はしない。僕には残業をサービスできるほどお金に余裕がない!1円だって欲しい。だからといって仕事がないのに残業代欲しさで居残るなんてことはしないし、仕事してるフリしてゲームで時間を潰すような奴とも違う。仕事がなければ終業時間直後に退勤のタイムカードを打刻して帰宅する。早く帰って家族と一緒に過ごしたい。
仕事はお金を稼ぐ為であり、お金を稼げなければ仕事など無意味だ。
僕の事を”お金に汚い”と評価した山口さんの実家は裕福だった。山口さんは結婚を期に実家からの援助を受けて新築の一軒家を建てていた。本人が自慢げに言っていたから間違いないだろう。ひと昔前なら僕も同じ環境だったかもしれないが、今は光と影のような相反する存在。
山口さんは残業代にも執着しない。面倒臭いと言って全てサービス残業にしてしまう。そんな恵まれた環境の人に、底辺を這いずり回っている僕の気持ちなど100%理解できるはずがないだろう。
僕の未来はこの会社にはないと痛感した。このまま借金を返していけば普通の生活に戻れるかもしれないという淡い望みを自ら断ち切った。
そんな失意の中、久しぶりの休日に妻と娘と大高のAEONへ買い出しに出かけた時のことだった。僕は読書が好きだ。例え買えなくとも本屋で本を見て回るだけで楽しくなる。しかし、その時は何故か今までの自分なら絶対に立ち入らない投資関係のコーナーに足が向いた。
ふと山本社長の声が蘇った。
「外貨預金・・・」
僕は手にとって本を貪るように読み始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる




