竜の騎士と水のルゼリア

月城

文字の大きさ
上 下
14 / 26
アクアマリンの章

1. Ep-13.費用

しおりを挟む
 木箱にぎっしりと入った食材が乗った荷馬車が到着した。
荷馬車から降りた騎士はルゼリアの前に来て一礼し買ってまいりましたと報告をする。
ありがとうございますと感謝してルゼリアはこれで食材は足りそうだと考えながら騎士達に木箱に入った食材を運んでもらおうとする。
だがそんなルゼリアの前にレクターが難しい顔をして見つめていた。

「なあ、姫さん、あの食材は追加か?」

 そうですよと頷きながら如何したんですかと首を傾げるルゼリアにレクターは更に話を続ける。

「寄付とかじゃなくて買ったんだよな?」

 はいと答えればレクターの瞳が険しくなっていく。

「…………あのよ?それって誰が買ったんだ?」

 騎士に買いに行ってもらいましたと答えるルゼリアに違うってと言ってレクターはルゼリアを見下ろした。

「使いに出したんだから騎士が買ったのはわかるって、じゃなくてな、買う金は誰が出したんだって聞いてるわけだ」

 不思議そうにルゼリアは自分を指差している、食材を調達してきて欲しいと頼んだのだから当然だ。

「姫さん……金持ってたか?」

 フルフルっと首を横に振る、嫌な予感を覚えながらレクターは何処で買ったのかを騎士に聞けばとある商会の名前が出た。
それを聞いて察しの良いレクターは手で顔を覆ってから、まったくと溜息を吐きながらルゼリアを見た。

「…………姫さん、今度は何を売る予定だ?」

 レクターの言葉にルゼリアは首をかしげながら作りかけの織物ですよと答える。

「…………売るなって」

 意味を理解したトリノと意味を理解していない騎士とアリシア、アリシアはどう言う事ですの?と首を傾げて問いかけている。

「…………姫さんは孤児院や医療施設の運営をするのに自分で作った物を売って金を稼いでるわけだ。元老院の爺共が姫さんに金を寄越す筈がないからな、姫さんは自分で食い扶持を稼がなきゃ生きていけねえ、そんな姫さんはよく自分で生産系の品を作ってそれを全部売ってるって話な」

 レクターは不思議そうなルゼリアになんだかなっと言いながら続けた。

「姫さんの作った生産系の品は高く売れるのは知ってるが、民の為にってだけで作ったの全部売るとかありえないからな」

『気になさらないで下さい、また作れば良いだけの話です、材料を安く仕入れられたらお安く済みます』

「そういう事じゃねえよ、姫さんは俺達に良くしてくれてるのは十分理解してる、十分すぎだって話をしてるわけ。わかるか?」

 一国の王女が民の為に私財を売る、それがレクターには気に入らなかったようだ。
ルゼリアは刺繍や織物が得意だ、刺繍に関して言えば一日一枚は作るし織物も一週間程で作ってしまう。
それをシュネを通じてシュネの知り合いの信頼の置ける商人に売っているのだ、得た収益は当然癒しの大樹や芽吹きの若葉、はては視察の炊き出しの食材などに当てているのだ。
ルゼリアの身近に居る騎士達は資金をやりくりしているのを知っている、貧民区出身の者達はルゼリアのこの行動がありがた過ぎるのだが流石にやりすぎているのだろう。

「姫さんの織物が他の国で誰とも知れない竜に踏まれてるかと思うと俺は腸が煮えくり返る思いがする」

『それで民が少しでも楽になるのなら良いと思いますが…………』

「………………はあ」

 深々と溜息を吐いたレクターにルゼリアはわからないと言う様子で首を傾げている。
そんなルゼリアを見てレクターはトリノを見てちょっと頭を冷やしてくるわと告げるとルゼリアから離れて行ってしまった。
レクターが怒る理由が分からなかったルゼリアはオロオロとしながらトリノを見た。
トリノも息を吐き出しながら、レクターならすぐ戻ってきますと告げて料理の続きを促した。
離れて行ったレクターに後ろ髪をひかれながらもルゼリアは頷き追加の料理を作っていった。

 鍋を煮込みながらルゼリアは何故レクターが怒ったのかを何度も考えていた。
アリシアは既に癒しの大樹に戻っていてレクターの代わりに食材を買いに行ってくれた騎士がトリノと魚をひっくり返している。
香ばしく焼けた魚は焦げないように火のない場所に移されている。
息を吐き出しながらルゼリアは近くに居るトリノに声を掛けた。

『トリノ、先程レクターが言ってた事でよく分からなかったのですが何故レクターは怒っていたんですか?』

「姫君の大切な物を売らなければならない状態になっている事に怒っていたのかと」

『大切と言いますがそれ程大切と言うわけではありません、安い糸を手に入れて機織り機で織っているだけなので』

「…………姫君の貴重な時間を使って作られたものは宝にも等しいものだと思っています、それを民の為に売ってしまわれるのが嫌なのです」

 宝ではないのだけれどと言うルゼリアにトリノは困った顔を浮かべた。

「以前シュネ様が言っておられました、ルゼリア様の作られる織物はとても繊細で丁寧に仕上げられているのだと。それを商人に売らねばならないのが心苦しいと、ご自分の為に売るのならば分かりますが民の為に売るのです、国王陛下がお知りになったら嘆かれますよ」

 ルゼリアが織物を売っている事は王は知らないのだ。もし知っていれば売った商人を血祭りに上げている事だろう。

『……トリノは一つ間違えています、僕は僕の為に織物を売っているのですよ。父様が僕の血の為に元老院に強く言えない立場に追いやられてそのしわ寄せが民にいっている事を僕は知っているのです。僕が居なければ父様は元老院を押さえ民の為に更に良い王でいらっしゃったでしょう、民も苦しめる事はなかったはずです。僕は父様にとって足枷でしかない、だからこそ僕が今こうして民にしている事は罪滅ぼしでしかありません…………僕は弱く卑怯なのです』

 ルゼリアの言葉にトリノは言葉を詰まらせた。
ルゼリアの言葉はトリノは否定できない、アルヴァーニ王はルゼリア姫という足枷の為に元老院の強引なやり方を止めれない状態だ。
トリノが黙ったのを見てルゼリアはだからっと続けた。

『だからこれは僕の為にしている事でレクターが怒る必要はないのです、トリノからも後で言っておいてくださいますか?』

 レクターは怒るよりも楽しげに笑ってる方が似合っていますと告げるルゼリアにトリノはただ頭を下げるだけだった。
しおりを挟む

処理中です...