あの約束を、もう一度

夕凪

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第四章

淡い記憶の断片

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玄関のドアを開くと眩しい陽射しに目が痛くなった。



家の鍵を鞄にしまい込んでキャップのつばをぐっと下げる。



顔を隠すために被っているわけではないが、もし潤を見つけたときに出来るだけ存在感を消せるようにクローゼットから引っ張り出してきたのだ。



・・・純粋に陽射し予防のためでもあるのだが。



自分が悪いことをしているとか、後ろめたい気持ちがあるとかではなかったが、後々のことを考えると潤には内緒にしておいた方がいいような気がしたのだ。



暑さにめっぽう弱い俺はゆっくりとした足取りで歩き出す。



球場までは少し距離があるから電車を乗り継ぐ必要があった。



最寄駅を目指しながら陽炎が舞う街を歩く。



土曜の午前中だからだろうか、思ったより人通りが多い。



仲睦まじげにこそこそ話をしているカップル。



自転車に乗って大きな声を出しながら走り去る小学生達。



ジョギングをしている小太りのおじさん。



日焼け対策であろう完全防備でろくに顔も見えないおばさんは犬の散歩をしていた。



すれ違う人達を横目で見ながら鞄からマフラータオルを取り出す。



半袖のシャツを捲って早くも汗ばんできた背中を拭う。



「あっつ。…───ん?」



立ち止まる。



目の前に広がるのは小さな公園。



ここは───。



昔よく遊びに来ていた公園・・・?



家の近くではあったが春にまたこの街に引っ越して来てからはこの道を通ることはなかったし、通学するときも違う道から学校に行っていたから思い出すことはなかった。



そもそも公園があることすら今の今まで記憶から抹消されていた。



思い出したばかりの懐かしい公園を目の前にすると、記憶がぼんやりと思い浮かんでくる。



あの頃はもっと大きくて広く感じたのに今ではすごく小さく感じた。



具体的に誰と、どんなことをして遊んだのかは思い出せない。



いつも一緒に遊んでいた友達がいた・・・ような気がする。



それにこの公園───。



夢の中に出てくる公園と同じ・・・?



「・・・そんなはずないよな」



腕時計を見る。



「やっば!」



想像以上に時間を費やしてしまっていた。



駆け足で駅まで行かなければいけないと思いはしたが、俺は変わらずゆっくりと足をすすめた。










  ──────────────










電車を乗り継ぎ、やっとの思いで球場に辿り着いた。



なんとか間に合ったようだ。



チケットをサポートスタッフに渡して観客席に入る。



ぐるりと大きな球場を見渡してみる。



想像してたよりも人は少なかったが、騒がしい声が球場を埋め尽くしていた。



一番前の席もたくさん空いていたが迷わず俺は後ろの方に座る。



「あ」



潤がいた。



ひとりだろうか?



一番前の席に大人しくちょこんと座っていた。



その背中はあまりにも小さく頼りなくて。



そんな潤がこんなところまでいつも応援に来ているのだ。



恐らくもっと遠いところで試合があることもあるだろう。



智也に対する気持ちがいかに大きなものかということを思い知らされた。



耳を劈くような大きなブザー音が響く。



どうやらプレイボールのようだ。



歓声がひと際大きく響く。



───応援に来たものの、ルールが全然わからない俺はただ時間を弄んでいた。



試合は滞りなく進んでいく。



7回裏。



・・・満塁だ。



次の打者の力量ひとつで試合の動向が大きく変わる。



野球をしたことがない俺でさえ球場全体から滲み出しているプレッシャーに震えた。



「ナツキ!多分次だよ!」
「うそまじ!?キャーーーー!!加藤くーーーん!!」



俺の前に座っていた女子高生が奇声を上げる。



どうやら智也目当てで来ているようだ。



見たことない女子だったから他校の生徒だろう。



どこからともなく現れた智也が本塁に立つ。



智也の登場を待ちわびていたらしき女子達から続々と黄色い悲鳴が上がる。



智也ってそんなに有名だったんだ・・・。



真剣な表情でバットを握り、投手を睨むように見つめる智也。



勇ましく凛々しいその姿に一気に引き込まれる。



投手が投げた早いボール目掛けて勢いよくバットを振る。



カキーーーーンと乾いた金属音が鳴り響いた瞬間ボールは大きく弧を描きながら空に舞い上がり───、観客席に落ちる。



球場全体が大きな歓声に揺れる。



走者全員がホームベース目掛けて走り抜け、得点が次々と加算されていく。



満塁ホームランだ!



ホームベースに戻って来た智也は腕を大きく掲げ雄叫びを上げていた。



───その後観音寺高校野球部は徹底した守備を見せ、対戦結果は6対2で勝利。



試合終了を告げるブザーが鳴り響く。



観音寺高校の野球部達はこちら側の観客席に向かって走ってきて一礼する。



潤は立ち上がって土にまみれた球児たちに向かって大きな拍手を贈っていた。



おめでとう、智也。



智也の雄姿を瞳に焼き付けながら心の中で言葉を紡ぐ。



俺はゆっくり席を立ち、できるだけ気配を消しながら球場を後にした。


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