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第4章
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四
「戦力の弱体化の詳細をお互いに確認しましょう」
トールがまず自分が書類を手に取り、他の三人に回す。他の三人も、それぞれに書類を回す。
黙って確認し、お互いにそれが終わった頃合いに、トールが言う。
「剣聖の戦死を理由に軍を抜けた数は、一個軍団と言っても過言ではありません。もちろん、彼らが一つに結集しているわけではなく、これからそういう動きもしばらくはないでしょう。ただ、人類軍としては、敗北に近づいているのは間違いない」
「では」第一軍の司令官が発言。「部隊を再編するか?」
「それでは余計な混乱を生むでしょう」
第二軍の司令官が釘をさす。
「そもそも、剣聖の戦死という事態を受けての混乱が原因であり、部隊の再編は必要ないと思います。重要視するべきは、剣聖の戦死を理由に部隊を抜ける、という考え方です。つまり、人類軍の中には厭戦感が広まっている」
「なら部隊の再編を行って、士気の高いものを選抜すれば良い」
第一軍の司令官はあくまで強硬姿勢。第二軍の司令官が、トールを見た。トールはわずかに顎を引き、
「私は自分の軍団からは、可能な限り、離脱を考えるものを分離しました。それは皆さんも同じでしょう? 違うのですか?」
顔をしかめる第一軍の司令官の横で、第二軍の司令官は緊張の面持ち。アリスは余裕で微笑んでいる。
「つまり」そのアリスが発言。「士気は高まっている、というのが第四軍司令官の意見ですね?」「そうなります。そしてさらに言えば、私はここで戦いを終わらせたい、とすら思っています」
場がざわめく。僕もさすがに目を丸くしていた。トールはそんな話を僕にもしていない。
ゆっくりとトールが話し始めた。
「悪魔の軍勢に対して、我々は守備に回ることが多い。常に背後に生活圏を背負って、そこを守ってきた。その状況を打破したい」
「逆襲、ですか?」
アリスの言葉は、今度こそ、止めようのないざわめきになった。部屋が声でいっぱいになる。
その中で、トールとアリスだけが平静を保っていた。
第一軍の司令官が円卓を強く叩き、騒ぎは少しずつ静まった。
「逆襲、と言われるが、具体案はあるのか?」
「全面的に攻勢に出ます。可能な限り敵を分断し、各個撃破し、追い込んでいく」
「言うのは簡単だが、詳細な戦術は誰が受け持つ?」
トールはわずかに円卓に身を乗り出した。
「兵の受け持ちも、担当地区も変えられません。それでは動揺がおさまらない。なら今のまま、突き進むしかない」
「言うのは簡単だが」第二軍の司令官が呻くように言った。「犠牲のことを考えてみてくれ。人類軍全体が突撃して、もし失敗したら、どうなる? 兵力を失い、戦線が支えきれなくなったら?」
「それは」
トールは落ち着いている。
「いずれは起こることが早まっただけです。このまま攻めたり守ったりしていれば、自然と人類軍は消耗し、勝ち目がなくなる。今ならまだ、勝ち目はある、と考えます」
「ありえない!」
怒声とともに第一軍の司令官が立ち上がった。
「なぜそんな博打を打つ必要がある?」
「勝ち目がないからです」
落ち着きすぎているトールの声に、第一軍の司令官は、体をブルブルと震わせていた。
その怒りが解放される寸前に、アリスが立ち上がった。
「少し休憩しましょう。それぞれの陣営で、議論する必要があると考えますが?」
そうですね、とトールが受け入れ、一時間の休憩と決めて、四人の司令官は円卓を離れ、それぞれの控え室に向かう。当然、僕はトールに従った。
「さっきの話はなんですか?」
部屋まで待てずに通路で勢い込んで聞くが、トールは微笑んでいる。
「言った通りだ。俺は、全面攻勢による制圧こそが正しいと考えている」
「話してくれればよかったのに」
「自分の決意が鈍るのが嫌だったのさ、俺も強い人間ではない」
控え室についた。他の指揮官とともに部屋の机を囲み、僕たちはトールを質問攻めにした。しかしトールの返事は、「全面攻勢を主張する」ということと「それが受け入れられた時に戦いの進め方を合議で決めればいい」ということしかなかった。
つまり、今のまま戦うのは、絶対にいい結果をもたらさない、と察しているのだ。
一時間はあっという間に過ぎ、四人が再び円卓に戻った。
「第四軍は」トールが口火を切る。「全面攻勢を主張します」
それだけだ。僕がヒヤヒヤするのは、その先の主張がトールにないことを知っているからだ。だけど、他の司令官たちには、トールに秘策があるように見えただろう。
「第三軍もそれを支持します」
アリスが間を置かずに発言。
「人類軍にとって、現状のような悪魔との戦力の拮抗は好ましくありませんし、今となっては、戦力の一部が戦線を離脱している。つまり、戦力の拮抗状態は、悪魔側に有利に働きつつある。もちろん、攻勢に出たところで戦力が増えるわけではありません。ただ、戦術や戦略により、その戦力差をある程度は補えると考えます」
彼女が話し終わると、場は静まり返った。第一軍司令官、第二軍司令官、ともに無言である。
二人が意見を表明するタイミングだから、トールもアリスも黙っている。
沈黙は長く続いた。僕は身じろぎもせず、円卓の四人を見つめた。
沈黙を、第一軍司令官が、破る。
「軍の再編を行わず、それが可能か?」
「その点に関しては、おそらく大丈夫でしょう」トールが頷く。「今、残っている兵は、少なくとも今の指揮官や司令官に従うつもりがあるものです。我々さえ、彼らを裏切らなければ、戦いは統制のとれたものになるはずです」
第二軍の司令官が、重い息を吐く。
「第二軍は、全面攻勢を支持する」
視線は自然と、第一軍の司令官に集中した。彼の顔には明らかな苦悩が見えたが、しかし、最後の最後で、決断をする力はあったようだ。
「第一軍、全面攻勢だ」
これにより、全四軍の方針は決定された。
「では」
トールが姿勢を正した。
「全面攻勢における戦術を議論していきたい」
この全四軍団の指令による合議は、大きな意味を持ち、後世まで語り継がれることになるが、僕にはそんなことはどうでもよかった。
それよりも、この場にある奇妙な雰囲気が気になっていた。
確かに人類軍の司令官の意思は統一されたように見える。見えるが、何か、違和感がある。
ただ、今はそれがわからない。
話し合いは、時に停滞しつつ、進んだ。
会合が終わったのは夕方だった。第三軍の手配で会食が催されたが、第一軍司令官と第二軍司令官は部下の一部を残して、戦線へ戻っていった。
「少しは見聞を広めたほうがいい」
トールはそう言って、僕を連れて会食に出た。他の指揮官たちも会場へ広がっていく。
見聞を広める、という言葉の意味はすぐにわかった。トールは会食に呼ばれている、明らかに兵士ではない集団に僕を連れて行った。
そこにいる集団は周囲から明らかに浮いている。そもそも、服装が統一されておらず、軍服にも見えない。
「どうも」
そんな彼らにトールは親しげに話しかけた。彼らも緊張しているが、そのうちの一人が「トール様……」と口にした。知り合いらしい。
「彼らは平民隊の幹部だ」トールが僕に紹介した。「こちらは私の副官のラグーン」
お互いに紹介しあって、やっとわかったが、この集団は人類軍の中でも、平民からの義勇兵で構成された部隊の指揮官なのだ。平民隊と呼ばれる。確か、どこの軍団にも所属せず、補助的な立場だったはず。
しばらく、トールは彼らと意見交換をして、その場を離れる。
「彼らは普通の兵士ではないのだよ」
トールが説明してくれる。
「彼らはまさに、自分の生活が戦いにかかっている。自分が死ねば、家族が死ぬ、そういう立場なんだ。窮屈だろうが、その分、勇敢で、粘り強い」
次にトールは異国人部隊、教徒隊へ俺を連れて行った。ダイアンがいた。この前の女性もすぐ横に控えている。こちらに視線を向けようとしない。僕はトールに会話を任せて、黙っていた。
そこからまた移動。今度は蛮族部隊だった。
「噂は聞いているよ、トール」
蛮族部隊の指揮官らしい男がトールと握手している。そのまま、こちらにも手を差し出した。
「ズーガだ」
名乗られてしまっては、黙っていられない。
「ラグーンです。第4軍団司令官補佐官です」
「トールから噂を聞いている。相当、やるらしいな」
どうやら、僕のことを知っているらしい。こちらは相手のことを知らない。
ズーガという蛮族の大柄な男は、トールの肩を叩く。
「ついに悪魔どもを攻め滅ぼす気になったか。俺が言っていたことを覚えていたらしいな」
「あんたの言ったことじゃないよ」
困り笑いで、トールが反論する。
「あんたの意見は特攻みたいなものだろう。残念ながら、今回の作戦は、生き残るための作戦だ。あんたの意見というのは、相打ちに近く聞こえたが?」
「似たか寄ったか、さ。それで、作戦の詳細を知りたい。俺たちに何ができる?」
トールとズーガが打ち合わせを始める。二人とも、楽しそうに話している。
僕はそれをぼんやりと見ていたが、その視界に割り込んできた顔がある。
「わ」
思わず身を引くと、相手は僕の前に立った。
今は平服を着ているが、その顔には見覚えがある。
黒い髪、褐色の肌。いつか助けた、双剣を使う兵士だ。
「驚いた?」
相手がこちらを見上げる。
「驚いたよ。どうしてここに?」
普通の兵士が出入りするような場所ではない。
「私はズーガの副官よ。無理を言って、連れてきてもらったの」
なるほど、納得した。
「この前、そちらを訪ねたけど、会えなかったわ」
「え? あぁ、誰か来たのは知っている。そうか、君だったか。平民と間違われていたよ」
「本当に? 軍服じゃなかったし、剣も鎧もなかったからね」
今も彼女は、武装していないせいか、平民に見える。
その彼女がこちらに頭を下げた。
「この前は、命を救ってもらえて、感謝している。あなたがいなかったら、ここにいなかったかもね。いつか、この借りは返すわ」
「その必要はないさ。代わりにどこかの誰かを助けてあげればいい」
「謙虚なのね。それとも、自分は助けを必要としない、という傲慢な人間なの?」
うーん、じゃあ、なんて言えばいいんだ?
「あはは、あなたって面白いわ。面白い顔」
思わず手で自分の頬を撫でつつ、僕は笑うしかない。
ズーガがトールとの話を終えて、行くぞ、と彼女の肩を叩く。
「また会いましょうね」
彼女が背中を向けるが、すぐに振り返る。
「あなたの名前をちゃんと聞いていなかったわ。ラグーンであっている?」
「そう、ラグーン、っていうんだ」
僕も彼女の名前を聞いていない。
「君の名前は?」
彼女が微笑む。
「私はシッラよ」
シッラはそう言って、手を振って離れていった。
「なんだ、ラグーン、知り合いだったのか?」
ニヤニヤしているトールに、
「戦場で会っただけですよ」
ちょっと、強めに反論しておく。トールがなだめるような素振りをした。
「わかったわかった、深くは聞かない。少し食事をして、さっさと帰ろう。やることは山ほどある。何の通報もないが、戦線から離れていると、不安になる瞬間もある。何が食べたい? 第三軍司令官はよほど余裕があるらしい、何でも揃っているぞ」
それから僕たちは軽く食事をして、自分たちの軍団の元へ戻った。
人類軍の大作戦は、始まろうとしている。
「戦力の弱体化の詳細をお互いに確認しましょう」
トールがまず自分が書類を手に取り、他の三人に回す。他の三人も、それぞれに書類を回す。
黙って確認し、お互いにそれが終わった頃合いに、トールが言う。
「剣聖の戦死を理由に軍を抜けた数は、一個軍団と言っても過言ではありません。もちろん、彼らが一つに結集しているわけではなく、これからそういう動きもしばらくはないでしょう。ただ、人類軍としては、敗北に近づいているのは間違いない」
「では」第一軍の司令官が発言。「部隊を再編するか?」
「それでは余計な混乱を生むでしょう」
第二軍の司令官が釘をさす。
「そもそも、剣聖の戦死という事態を受けての混乱が原因であり、部隊の再編は必要ないと思います。重要視するべきは、剣聖の戦死を理由に部隊を抜ける、という考え方です。つまり、人類軍の中には厭戦感が広まっている」
「なら部隊の再編を行って、士気の高いものを選抜すれば良い」
第一軍の司令官はあくまで強硬姿勢。第二軍の司令官が、トールを見た。トールはわずかに顎を引き、
「私は自分の軍団からは、可能な限り、離脱を考えるものを分離しました。それは皆さんも同じでしょう? 違うのですか?」
顔をしかめる第一軍の司令官の横で、第二軍の司令官は緊張の面持ち。アリスは余裕で微笑んでいる。
「つまり」そのアリスが発言。「士気は高まっている、というのが第四軍司令官の意見ですね?」「そうなります。そしてさらに言えば、私はここで戦いを終わらせたい、とすら思っています」
場がざわめく。僕もさすがに目を丸くしていた。トールはそんな話を僕にもしていない。
ゆっくりとトールが話し始めた。
「悪魔の軍勢に対して、我々は守備に回ることが多い。常に背後に生活圏を背負って、そこを守ってきた。その状況を打破したい」
「逆襲、ですか?」
アリスの言葉は、今度こそ、止めようのないざわめきになった。部屋が声でいっぱいになる。
その中で、トールとアリスだけが平静を保っていた。
第一軍の司令官が円卓を強く叩き、騒ぎは少しずつ静まった。
「逆襲、と言われるが、具体案はあるのか?」
「全面的に攻勢に出ます。可能な限り敵を分断し、各個撃破し、追い込んでいく」
「言うのは簡単だが、詳細な戦術は誰が受け持つ?」
トールはわずかに円卓に身を乗り出した。
「兵の受け持ちも、担当地区も変えられません。それでは動揺がおさまらない。なら今のまま、突き進むしかない」
「言うのは簡単だが」第二軍の司令官が呻くように言った。「犠牲のことを考えてみてくれ。人類軍全体が突撃して、もし失敗したら、どうなる? 兵力を失い、戦線が支えきれなくなったら?」
「それは」
トールは落ち着いている。
「いずれは起こることが早まっただけです。このまま攻めたり守ったりしていれば、自然と人類軍は消耗し、勝ち目がなくなる。今ならまだ、勝ち目はある、と考えます」
「ありえない!」
怒声とともに第一軍の司令官が立ち上がった。
「なぜそんな博打を打つ必要がある?」
「勝ち目がないからです」
落ち着きすぎているトールの声に、第一軍の司令官は、体をブルブルと震わせていた。
その怒りが解放される寸前に、アリスが立ち上がった。
「少し休憩しましょう。それぞれの陣営で、議論する必要があると考えますが?」
そうですね、とトールが受け入れ、一時間の休憩と決めて、四人の司令官は円卓を離れ、それぞれの控え室に向かう。当然、僕はトールに従った。
「さっきの話はなんですか?」
部屋まで待てずに通路で勢い込んで聞くが、トールは微笑んでいる。
「言った通りだ。俺は、全面攻勢による制圧こそが正しいと考えている」
「話してくれればよかったのに」
「自分の決意が鈍るのが嫌だったのさ、俺も強い人間ではない」
控え室についた。他の指揮官とともに部屋の机を囲み、僕たちはトールを質問攻めにした。しかしトールの返事は、「全面攻勢を主張する」ということと「それが受け入れられた時に戦いの進め方を合議で決めればいい」ということしかなかった。
つまり、今のまま戦うのは、絶対にいい結果をもたらさない、と察しているのだ。
一時間はあっという間に過ぎ、四人が再び円卓に戻った。
「第四軍は」トールが口火を切る。「全面攻勢を主張します」
それだけだ。僕がヒヤヒヤするのは、その先の主張がトールにないことを知っているからだ。だけど、他の司令官たちには、トールに秘策があるように見えただろう。
「第三軍もそれを支持します」
アリスが間を置かずに発言。
「人類軍にとって、現状のような悪魔との戦力の拮抗は好ましくありませんし、今となっては、戦力の一部が戦線を離脱している。つまり、戦力の拮抗状態は、悪魔側に有利に働きつつある。もちろん、攻勢に出たところで戦力が増えるわけではありません。ただ、戦術や戦略により、その戦力差をある程度は補えると考えます」
彼女が話し終わると、場は静まり返った。第一軍司令官、第二軍司令官、ともに無言である。
二人が意見を表明するタイミングだから、トールもアリスも黙っている。
沈黙は長く続いた。僕は身じろぎもせず、円卓の四人を見つめた。
沈黙を、第一軍司令官が、破る。
「軍の再編を行わず、それが可能か?」
「その点に関しては、おそらく大丈夫でしょう」トールが頷く。「今、残っている兵は、少なくとも今の指揮官や司令官に従うつもりがあるものです。我々さえ、彼らを裏切らなければ、戦いは統制のとれたものになるはずです」
第二軍の司令官が、重い息を吐く。
「第二軍は、全面攻勢を支持する」
視線は自然と、第一軍の司令官に集中した。彼の顔には明らかな苦悩が見えたが、しかし、最後の最後で、決断をする力はあったようだ。
「第一軍、全面攻勢だ」
これにより、全四軍の方針は決定された。
「では」
トールが姿勢を正した。
「全面攻勢における戦術を議論していきたい」
この全四軍団の指令による合議は、大きな意味を持ち、後世まで語り継がれることになるが、僕にはそんなことはどうでもよかった。
それよりも、この場にある奇妙な雰囲気が気になっていた。
確かに人類軍の司令官の意思は統一されたように見える。見えるが、何か、違和感がある。
ただ、今はそれがわからない。
話し合いは、時に停滞しつつ、進んだ。
会合が終わったのは夕方だった。第三軍の手配で会食が催されたが、第一軍司令官と第二軍司令官は部下の一部を残して、戦線へ戻っていった。
「少しは見聞を広めたほうがいい」
トールはそう言って、僕を連れて会食に出た。他の指揮官たちも会場へ広がっていく。
見聞を広める、という言葉の意味はすぐにわかった。トールは会食に呼ばれている、明らかに兵士ではない集団に僕を連れて行った。
そこにいる集団は周囲から明らかに浮いている。そもそも、服装が統一されておらず、軍服にも見えない。
「どうも」
そんな彼らにトールは親しげに話しかけた。彼らも緊張しているが、そのうちの一人が「トール様……」と口にした。知り合いらしい。
「彼らは平民隊の幹部だ」トールが僕に紹介した。「こちらは私の副官のラグーン」
お互いに紹介しあって、やっとわかったが、この集団は人類軍の中でも、平民からの義勇兵で構成された部隊の指揮官なのだ。平民隊と呼ばれる。確か、どこの軍団にも所属せず、補助的な立場だったはず。
しばらく、トールは彼らと意見交換をして、その場を離れる。
「彼らは普通の兵士ではないのだよ」
トールが説明してくれる。
「彼らはまさに、自分の生活が戦いにかかっている。自分が死ねば、家族が死ぬ、そういう立場なんだ。窮屈だろうが、その分、勇敢で、粘り強い」
次にトールは異国人部隊、教徒隊へ俺を連れて行った。ダイアンがいた。この前の女性もすぐ横に控えている。こちらに視線を向けようとしない。僕はトールに会話を任せて、黙っていた。
そこからまた移動。今度は蛮族部隊だった。
「噂は聞いているよ、トール」
蛮族部隊の指揮官らしい男がトールと握手している。そのまま、こちらにも手を差し出した。
「ズーガだ」
名乗られてしまっては、黙っていられない。
「ラグーンです。第4軍団司令官補佐官です」
「トールから噂を聞いている。相当、やるらしいな」
どうやら、僕のことを知っているらしい。こちらは相手のことを知らない。
ズーガという蛮族の大柄な男は、トールの肩を叩く。
「ついに悪魔どもを攻め滅ぼす気になったか。俺が言っていたことを覚えていたらしいな」
「あんたの言ったことじゃないよ」
困り笑いで、トールが反論する。
「あんたの意見は特攻みたいなものだろう。残念ながら、今回の作戦は、生き残るための作戦だ。あんたの意見というのは、相打ちに近く聞こえたが?」
「似たか寄ったか、さ。それで、作戦の詳細を知りたい。俺たちに何ができる?」
トールとズーガが打ち合わせを始める。二人とも、楽しそうに話している。
僕はそれをぼんやりと見ていたが、その視界に割り込んできた顔がある。
「わ」
思わず身を引くと、相手は僕の前に立った。
今は平服を着ているが、その顔には見覚えがある。
黒い髪、褐色の肌。いつか助けた、双剣を使う兵士だ。
「驚いた?」
相手がこちらを見上げる。
「驚いたよ。どうしてここに?」
普通の兵士が出入りするような場所ではない。
「私はズーガの副官よ。無理を言って、連れてきてもらったの」
なるほど、納得した。
「この前、そちらを訪ねたけど、会えなかったわ」
「え? あぁ、誰か来たのは知っている。そうか、君だったか。平民と間違われていたよ」
「本当に? 軍服じゃなかったし、剣も鎧もなかったからね」
今も彼女は、武装していないせいか、平民に見える。
その彼女がこちらに頭を下げた。
「この前は、命を救ってもらえて、感謝している。あなたがいなかったら、ここにいなかったかもね。いつか、この借りは返すわ」
「その必要はないさ。代わりにどこかの誰かを助けてあげればいい」
「謙虚なのね。それとも、自分は助けを必要としない、という傲慢な人間なの?」
うーん、じゃあ、なんて言えばいいんだ?
「あはは、あなたって面白いわ。面白い顔」
思わず手で自分の頬を撫でつつ、僕は笑うしかない。
ズーガがトールとの話を終えて、行くぞ、と彼女の肩を叩く。
「また会いましょうね」
彼女が背中を向けるが、すぐに振り返る。
「あなたの名前をちゃんと聞いていなかったわ。ラグーンであっている?」
「そう、ラグーン、っていうんだ」
僕も彼女の名前を聞いていない。
「君の名前は?」
彼女が微笑む。
「私はシッラよ」
シッラはそう言って、手を振って離れていった。
「なんだ、ラグーン、知り合いだったのか?」
ニヤニヤしているトールに、
「戦場で会っただけですよ」
ちょっと、強めに反論しておく。トールがなだめるような素振りをした。
「わかったわかった、深くは聞かない。少し食事をして、さっさと帰ろう。やることは山ほどある。何の通報もないが、戦線から離れていると、不安になる瞬間もある。何が食べたい? 第三軍司令官はよほど余裕があるらしい、何でも揃っているぞ」
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