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第5章
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五
人類軍の四つの軍団は、それぞれに担当が決まった。
我らが第四軍団は、悪魔軍の分断を担当する。つまり切り込み、切り取るわけだ。
その分断された悪魔を叩くのが第一軍。
第三軍はアリスの譲歩により、部隊の大半を分散させ、第一軍と第四軍の補助を主に行う。
第二軍も部隊の大半を分散させたが、重要なのは、兵站を担当している点だ。第二軍は第一軍と第三軍の援助が主要な任務である。
今まで第二軍と第三軍が受け持っていた戦線を、第一軍と第四軍が肩代わりした分、人類軍の陣地はやや薄くなった。
戦線の大きさは変わらないに、こちら戦力は半減している。
しかしそれはわかりきったことだ。
ただし、この作戦は攻勢のもので、つまり、守備は度外視に近い。
作戦開始の期日までに人類軍の準備は完了し、決められた期日と同時に、作戦は発動した。
人類軍による一斉攻撃。
第四軍は打撃力、機動力を兼ね備えたいくつの部隊となり、悪魔軍へ突っ込んでいく。
僕たちが突っ込んで悪魔軍の人を切り崩し、続く第一軍の部隊が、その悪魔の部隊を包囲殲滅する。
第一軍と第四軍は、事前に綿密な打ち合わせと討議を続けていた。
可能なかぎり効率的に、作戦を進める必要があった。
僕も騎馬隊を率いて、先頭で悪魔と戦った。
悪魔はこちらの意図に当然、気づいていないので、僕たちは相手の部隊を貫通し、そのまま左右の隊と連携し、悪魔軍を小さな集団に切り分け、それを料理する。
この作戦の転換は想像以上に効果を発揮した。悪魔軍は瞬く間に数を減らし、人間有利のまま、彼らは大きく後退した。
掃討戦の中で、僕はシッラと再会した。
「こんなにうまくいくとは思わなかったわ」
シッラは今は髪の毛を結び、小さな鎧をつけている。悪魔の血で汚れていた。
僕は部下に指揮を任せて、馬を降りた。
「蛮族部隊の働きは聞いているよ。勇敢で強靭」
「あなたたちとは背負っているものが違うもの」
背負っているもの、か。
「金の事か?」
「直接的には、お金ね。でもそのお金がないと、私たちの国は成立しない」
「戦争も商売、っていうわけだね」
肩をすくめるシッラ。
「そういうこと。この国の人間が私たちの国を搾取する限り、私たちはお金に縛られる。だから、こう思う瞬間もあるわ。悪魔がいなくなったら、どうやって生きていけばいいんだろう。そしてこうも思う。悪魔がこの国を滅ぼしてくれればいいのに」
「僕がお堅い軍人だったら、きみを切り捨ててるかもね」
「そういう人間じゃないから、話したのよ」
周囲から悪魔の姿は消えていた。代わりに、人間の兵士が陣地を形成している。
「今日はここで夜を明かすことになっている。蛮族部隊に何か届けさせるよ」
「お礼は言わないわよ。なにせ、蛮族と呼ばれる存在だし」
「前も言っていたね、そのことは。じゃあシエラ隊と呼ぶよ。きみの名前と紛らわしいが」
肩をすくめたシッラが、剣を鞘に収め、指笛を吹いた。周囲から浅黒い肌の男たちが集まってくる。
僕はすぐ近くに控えていた従卒に、部隊をまとめて、野営の支度を進めるように指示を出した。ラッパが吹き鳴らされる。
「じゃあ、また会えることを願っているよ、シッラ」
「こちらもね、ラグーン」
シッラは背を向けて男たちを引き連れて、離れていく。
「あの……」
突然に声をかけられ、振り向くと、細身の女性がいた。
鎧を着ていないせいもあって、やたら華奢に見える。そして手に持っている槍がどこか不釣り合いだった。
赤い髪の毛は一つに編んである。
どこかで見た顔だけど、あぁ、そうか、思い出した。
「教徒隊にいた人だね。名前を聞いていない。僕はラグーン」
手を差し出すと、彼女は控えめな動作でこちらの手を握り返した。
「ユーメールと言います。ダイアン様の指揮下で働いております」
「ユーメールさん、教徒隊も前線に出て頂けて、感謝しています。ダイアン様はどちらに?」
「今は、亡くなった仲間にお祈りをしています」
なるほど、そういうこともあるのか。
僕には正直、死んだ人間に対して祈る理由は、半分しかわからない。感謝を伝える、別れを惜しむ、そういう気持ちがあるのはわかる。しかし、死後の安寧を祈るとなると、よくわからないのだった。
死んだら、そこで終わりだと思う。
「ラグーン様は、祈りに懐疑的ですのね?」
こちらの顔を覗き込むようにしながら、ユーメールが言う。
「それは」苦笑いするしかない。「その通りですね。僕には高尚なことはわかりません。僕の世界はシンプルですよ、生きているか、死んでいるか、しかありません」
「それは我々も同じです」
ちょっと不機嫌そうに、少しだけ唇を尖らせて、ユーメールの反論。
「死ぬことが怖くないのですか?」
「手のひらを表から裏にするようなものです」
「達観しておられますね。いえ、諦観、というのかしら」
笑い出しそうになるのを、僕は堪えた。
「そこが宗教を受け入れられない根本的な欠陥でしょう」
「困った人です。神はあなたを助けようというのに」
「僕を助ける? それなら悪魔を地上から消し去ってくれるといいのだけど」
大きく溜息を吐き、ユーメールは腰に下げていた袋を手に取り、中から小さな箱を取り出した。金属製で、高い細工の技術が見て取れる。
「これを差し上げます」
差し出された箱をじっと見る。
「なんですか? これは」
「薬です。体に塗ってください」
「神の祝福を受けられるようになるのかな?」
箱を受け取り、蓋を開ける。中には軟膏が入っていた。初めて嗅ぐニオイが広がる。花のようだが、どこか刺激性を感じる。
「そちらさんは、神の使徒で、かつ、医者ってこと? 調剤師?」
「私たちの教団は過去から今まで、様々なことを学んで、伝えています。その薬も、その中の一つです」
少しの間、ユーメールは話していた。曰く、教団は医学と薬学の他に、天文学、気象学、地質学、様々な科学などを長く研究しているらしい。
僕にはたいして、意味もないが。
「わかった、もうわかったよ」
僕は言葉を遮って、手に取ったままだった箱を懐にしまう。
「この薬は、ありがたく受け取ります。教徒隊の奮戦に、これからも期待しています。怪我などされませんように」
その場を離れようとする僕の前で、ユーメールが何回か手刀を切るような動作をして、首から下げているシンボルに触れた。口の中で何か唱えている。
まぁ、例に漏れず、僕の安全を祈願しているんだろう。
顔を上げたユーメールが微笑む。
「ラグーン様もどうか、お気をつけて」
「では」
僕は馬に跨り、従卒を連れてその場を離れた。
少しして振り返ると、ユーメールが微笑んで手を振っている。やれやれ。まるでピクニックが解散した後みたいだな。
簡易テントの一つの入り口には、軍団司令官の宿舎であることを示す飾りがある。そこに入ると、二人の大隊指揮官と、数人の部隊指揮官がいた。
話を聞いていると、とりあえず、問題なく作戦は進んでいるようだ。
彼らがそれぞれの宿舎に戻り、僕はトールと二人だけになれた。トールがやっと息を抜いたような素振りをする。
「想定より、うまくいっている」
目元も揉みながら、トールが低い声で言う。
「こういう時は、何か起こるもんだ」
「そう悲観しないでも良いと思いますけど」
「悲観じゃない。心構えだよ」
椅子から立ち上がったトールがテントの隅のコンテナから酒瓶を取り出す。一緒に取り出したグラスの一つをこちらに放ってくる。
トールがテントの入り口まで行き、そこに立って外を眺める。僕もすぐ横に立った。
グラスに酒が注がれる。
「あまりに地上に悪魔が多すぎる」
トールは遠くを見ている。
「このままではバランスを失い、人間が飲み込まれてしまう。悪魔の数を、減らすことが必要なんだ」
「減らす? 滅ぼす、ではなく?」
「滅ぼすことは、おそらく不可能だね」
グラスの中身をトールがわずかに舐める。
「人間の他にも多く動物がいるが、人間が動物を完全に絶滅させる場合というのは、何かしらの価値がある場合だ。全く価値のない動物は、生活に害がない限り、放置されている。ただ、悪魔とそんな動物の違う点は、動物は人間を攻撃しないが、悪魔は積極的に攻撃してくるになる」
「つまりそれは、悪魔には倒すべき価値がある、ということではないですか? 価値というか、滅ぼす理由というか」
「そうだな……、確かに、理由にはなる。しかし理由があっても、できるかどうかは別だ。どこかで折り合いをつけられればいいのだが」
僕の視線はトールに向いているが、トールの視線はグラスに落ちている。
「できることなら」トールの顔は無表情に近い。「悪魔と和睦したいが、無理だろう。なら、彼らをある程度まで減らして、完全にコントロールできるようにする。それが次善策となるはずだ。まずはそこが目標だろう」
「トール、それは、他の軍団司令官も知っています?」
「いや、話していない」
やっとトールがこちらを見た。不敵に笑う。
「これは俺の理想論だ。その通りには進まんよ」
トールがグラスを口元に近づける。その手が止まった。
視線は遠くを見ている。なんとなく視線を追うと、空に満月が浮かんでいた。
そして、その横に真っ黒い穴が口を開いている。
いつの間にか周囲が騒がしくなっていた。
夜空の中でもはっきりと見える黒い穴から、黒い光が差している。位置として、今日、僕たちが押し込んだ悪魔が撤退していった方角だった。
トールの従卒が駆けてきたが、何か言う前にトールが斥候を出すように指示した。それも少数ではない。
「やれやれ」
トールがグラスの中身を飲み干す。
「これでまた、倒すべき悪魔が増えた。厄介なことだ」
「しかし、トール」
僕はテントに戻ろうとする彼の背中に声をかける。
「先ほどの話ですが、悪魔の数を減らしてコントロールするのは、不可能ではないですか?」
「そうなんだ」トールは立ち止まり、こちらを振り返った。でもその視線は僕を見ていない。外を見ている。
「悪魔どもは、勝手にこの世界へやってくる。それがコントロールできなければ、難しいな。つまり不可能に近い」
トールは目元を険しくして、僕に背を向けた。
「ラグーン、早めに休め。しばらくは、忙しいままだろうさ」
僕はトールにラフに敬礼して、テントを出た。
外では兵士達がざわついている。
遠くで、黒い穴は、まだ黒い光を地上へ落としている。
人類軍の四つの軍団は、それぞれに担当が決まった。
我らが第四軍団は、悪魔軍の分断を担当する。つまり切り込み、切り取るわけだ。
その分断された悪魔を叩くのが第一軍。
第三軍はアリスの譲歩により、部隊の大半を分散させ、第一軍と第四軍の補助を主に行う。
第二軍も部隊の大半を分散させたが、重要なのは、兵站を担当している点だ。第二軍は第一軍と第三軍の援助が主要な任務である。
今まで第二軍と第三軍が受け持っていた戦線を、第一軍と第四軍が肩代わりした分、人類軍の陣地はやや薄くなった。
戦線の大きさは変わらないに、こちら戦力は半減している。
しかしそれはわかりきったことだ。
ただし、この作戦は攻勢のもので、つまり、守備は度外視に近い。
作戦開始の期日までに人類軍の準備は完了し、決められた期日と同時に、作戦は発動した。
人類軍による一斉攻撃。
第四軍は打撃力、機動力を兼ね備えたいくつの部隊となり、悪魔軍へ突っ込んでいく。
僕たちが突っ込んで悪魔軍の人を切り崩し、続く第一軍の部隊が、その悪魔の部隊を包囲殲滅する。
第一軍と第四軍は、事前に綿密な打ち合わせと討議を続けていた。
可能なかぎり効率的に、作戦を進める必要があった。
僕も騎馬隊を率いて、先頭で悪魔と戦った。
悪魔はこちらの意図に当然、気づいていないので、僕たちは相手の部隊を貫通し、そのまま左右の隊と連携し、悪魔軍を小さな集団に切り分け、それを料理する。
この作戦の転換は想像以上に効果を発揮した。悪魔軍は瞬く間に数を減らし、人間有利のまま、彼らは大きく後退した。
掃討戦の中で、僕はシッラと再会した。
「こんなにうまくいくとは思わなかったわ」
シッラは今は髪の毛を結び、小さな鎧をつけている。悪魔の血で汚れていた。
僕は部下に指揮を任せて、馬を降りた。
「蛮族部隊の働きは聞いているよ。勇敢で強靭」
「あなたたちとは背負っているものが違うもの」
背負っているもの、か。
「金の事か?」
「直接的には、お金ね。でもそのお金がないと、私たちの国は成立しない」
「戦争も商売、っていうわけだね」
肩をすくめるシッラ。
「そういうこと。この国の人間が私たちの国を搾取する限り、私たちはお金に縛られる。だから、こう思う瞬間もあるわ。悪魔がいなくなったら、どうやって生きていけばいいんだろう。そしてこうも思う。悪魔がこの国を滅ぼしてくれればいいのに」
「僕がお堅い軍人だったら、きみを切り捨ててるかもね」
「そういう人間じゃないから、話したのよ」
周囲から悪魔の姿は消えていた。代わりに、人間の兵士が陣地を形成している。
「今日はここで夜を明かすことになっている。蛮族部隊に何か届けさせるよ」
「お礼は言わないわよ。なにせ、蛮族と呼ばれる存在だし」
「前も言っていたね、そのことは。じゃあシエラ隊と呼ぶよ。きみの名前と紛らわしいが」
肩をすくめたシッラが、剣を鞘に収め、指笛を吹いた。周囲から浅黒い肌の男たちが集まってくる。
僕はすぐ近くに控えていた従卒に、部隊をまとめて、野営の支度を進めるように指示を出した。ラッパが吹き鳴らされる。
「じゃあ、また会えることを願っているよ、シッラ」
「こちらもね、ラグーン」
シッラは背を向けて男たちを引き連れて、離れていく。
「あの……」
突然に声をかけられ、振り向くと、細身の女性がいた。
鎧を着ていないせいもあって、やたら華奢に見える。そして手に持っている槍がどこか不釣り合いだった。
赤い髪の毛は一つに編んである。
どこかで見た顔だけど、あぁ、そうか、思い出した。
「教徒隊にいた人だね。名前を聞いていない。僕はラグーン」
手を差し出すと、彼女は控えめな動作でこちらの手を握り返した。
「ユーメールと言います。ダイアン様の指揮下で働いております」
「ユーメールさん、教徒隊も前線に出て頂けて、感謝しています。ダイアン様はどちらに?」
「今は、亡くなった仲間にお祈りをしています」
なるほど、そういうこともあるのか。
僕には正直、死んだ人間に対して祈る理由は、半分しかわからない。感謝を伝える、別れを惜しむ、そういう気持ちがあるのはわかる。しかし、死後の安寧を祈るとなると、よくわからないのだった。
死んだら、そこで終わりだと思う。
「ラグーン様は、祈りに懐疑的ですのね?」
こちらの顔を覗き込むようにしながら、ユーメールが言う。
「それは」苦笑いするしかない。「その通りですね。僕には高尚なことはわかりません。僕の世界はシンプルですよ、生きているか、死んでいるか、しかありません」
「それは我々も同じです」
ちょっと不機嫌そうに、少しだけ唇を尖らせて、ユーメールの反論。
「死ぬことが怖くないのですか?」
「手のひらを表から裏にするようなものです」
「達観しておられますね。いえ、諦観、というのかしら」
笑い出しそうになるのを、僕は堪えた。
「そこが宗教を受け入れられない根本的な欠陥でしょう」
「困った人です。神はあなたを助けようというのに」
「僕を助ける? それなら悪魔を地上から消し去ってくれるといいのだけど」
大きく溜息を吐き、ユーメールは腰に下げていた袋を手に取り、中から小さな箱を取り出した。金属製で、高い細工の技術が見て取れる。
「これを差し上げます」
差し出された箱をじっと見る。
「なんですか? これは」
「薬です。体に塗ってください」
「神の祝福を受けられるようになるのかな?」
箱を受け取り、蓋を開ける。中には軟膏が入っていた。初めて嗅ぐニオイが広がる。花のようだが、どこか刺激性を感じる。
「そちらさんは、神の使徒で、かつ、医者ってこと? 調剤師?」
「私たちの教団は過去から今まで、様々なことを学んで、伝えています。その薬も、その中の一つです」
少しの間、ユーメールは話していた。曰く、教団は医学と薬学の他に、天文学、気象学、地質学、様々な科学などを長く研究しているらしい。
僕にはたいして、意味もないが。
「わかった、もうわかったよ」
僕は言葉を遮って、手に取ったままだった箱を懐にしまう。
「この薬は、ありがたく受け取ります。教徒隊の奮戦に、これからも期待しています。怪我などされませんように」
その場を離れようとする僕の前で、ユーメールが何回か手刀を切るような動作をして、首から下げているシンボルに触れた。口の中で何か唱えている。
まぁ、例に漏れず、僕の安全を祈願しているんだろう。
顔を上げたユーメールが微笑む。
「ラグーン様もどうか、お気をつけて」
「では」
僕は馬に跨り、従卒を連れてその場を離れた。
少しして振り返ると、ユーメールが微笑んで手を振っている。やれやれ。まるでピクニックが解散した後みたいだな。
簡易テントの一つの入り口には、軍団司令官の宿舎であることを示す飾りがある。そこに入ると、二人の大隊指揮官と、数人の部隊指揮官がいた。
話を聞いていると、とりあえず、問題なく作戦は進んでいるようだ。
彼らがそれぞれの宿舎に戻り、僕はトールと二人だけになれた。トールがやっと息を抜いたような素振りをする。
「想定より、うまくいっている」
目元も揉みながら、トールが低い声で言う。
「こういう時は、何か起こるもんだ」
「そう悲観しないでも良いと思いますけど」
「悲観じゃない。心構えだよ」
椅子から立ち上がったトールがテントの隅のコンテナから酒瓶を取り出す。一緒に取り出したグラスの一つをこちらに放ってくる。
トールがテントの入り口まで行き、そこに立って外を眺める。僕もすぐ横に立った。
グラスに酒が注がれる。
「あまりに地上に悪魔が多すぎる」
トールは遠くを見ている。
「このままではバランスを失い、人間が飲み込まれてしまう。悪魔の数を、減らすことが必要なんだ」
「減らす? 滅ぼす、ではなく?」
「滅ぼすことは、おそらく不可能だね」
グラスの中身をトールがわずかに舐める。
「人間の他にも多く動物がいるが、人間が動物を完全に絶滅させる場合というのは、何かしらの価値がある場合だ。全く価値のない動物は、生活に害がない限り、放置されている。ただ、悪魔とそんな動物の違う点は、動物は人間を攻撃しないが、悪魔は積極的に攻撃してくるになる」
「つまりそれは、悪魔には倒すべき価値がある、ということではないですか? 価値というか、滅ぼす理由というか」
「そうだな……、確かに、理由にはなる。しかし理由があっても、できるかどうかは別だ。どこかで折り合いをつけられればいいのだが」
僕の視線はトールに向いているが、トールの視線はグラスに落ちている。
「できることなら」トールの顔は無表情に近い。「悪魔と和睦したいが、無理だろう。なら、彼らをある程度まで減らして、完全にコントロールできるようにする。それが次善策となるはずだ。まずはそこが目標だろう」
「トール、それは、他の軍団司令官も知っています?」
「いや、話していない」
やっとトールがこちらを見た。不敵に笑う。
「これは俺の理想論だ。その通りには進まんよ」
トールがグラスを口元に近づける。その手が止まった。
視線は遠くを見ている。なんとなく視線を追うと、空に満月が浮かんでいた。
そして、その横に真っ黒い穴が口を開いている。
いつの間にか周囲が騒がしくなっていた。
夜空の中でもはっきりと見える黒い穴から、黒い光が差している。位置として、今日、僕たちが押し込んだ悪魔が撤退していった方角だった。
トールの従卒が駆けてきたが、何か言う前にトールが斥候を出すように指示した。それも少数ではない。
「やれやれ」
トールがグラスの中身を飲み干す。
「これでまた、倒すべき悪魔が増えた。厄介なことだ」
「しかし、トール」
僕はテントに戻ろうとする彼の背中に声をかける。
「先ほどの話ですが、悪魔の数を減らしてコントロールするのは、不可能ではないですか?」
「そうなんだ」トールは立ち止まり、こちらを振り返った。でもその視線は僕を見ていない。外を見ている。
「悪魔どもは、勝手にこの世界へやってくる。それがコントロールできなければ、難しいな。つまり不可能に近い」
トールは目元を険しくして、僕に背を向けた。
「ラグーン、早めに休め。しばらくは、忙しいままだろうさ」
僕はトールにラフに敬礼して、テントを出た。
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