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第11章
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十一
議論は速度を理由に、慌ただしく進んだ。
軍本部へ使者を送ることは決定し、人選も素早く行われた。シグナルは自分が行きたいと主張したけれど、それは無理だった。突撃隊の作戦はほぼ休むことなく行われている。シグナルが隊を離れることで、部隊の運用に不備が生じるのは避けたかった。
突撃隊と補給部隊の運用は、大きな失敗もなく、ここまで来ている。悪魔の側の対応は後手に回っている。数度、悪魔が防衛陣地を圧迫したこともあったけど、どうにか持ちこたえた。
そんなわけで、軍本部への使者は突撃隊から一人、防衛隊から一人、選んで、少しの随行員をつけて、十人程度の集団となった。
彼らは僕が書いた報告書を手にして、軍本部へ向かって出発した。
まさにその翌日、とある使者が僕の元へやってきた。
それは、反乱軍からの使者だった。
「ありえませんよ」
テントに集まったシグナル、タンク、スカルスに文書を確認させると、シグナルが唸った。
「我々と協力して、悪魔と戦い、かつ、連合王国を支えたい、ですって? 誰がこんな世迷言を考えているんだ?」
「第二軍司令官、と署名されている」
僕が指摘すると、シグナルは顔をしかめた。
「第二軍という存在は、すでに連合王国軍の中から消えた名称です」
「彼らはそうは思っていない。いや、正確には、そう思っていないようにこちらに思わせたい」
「罠ですか?」
タンクの言葉に、僕は、少ない確率だけど、と応じた。
「たぶん、反乱軍の連中もいよいよ物資に苦労し始めたんだろう。彼らは物資の補給を、近隣の民間人から吸い上げてる。民間人があからさまに拒絶できないとしても、しかし効率が上がるわけもない。僕たちも相当、略奪を行ったしね」
僕は机に広げた地図に視線を落とす。
「反乱軍は軍本部が新たに編成した鎮圧部隊が包囲しているが、完全とは言い難い。包囲の輪が大きすぎる。これは反乱軍からの反撃を恐れてのことだろうけど、まぁ、そのお陰で、包囲の内側で僕たちが略奪行為に勤しめたわけだ」
「鎮圧軍と遭遇しなかったのか?」
タンクがスカルスを見る。彼は肩を持ち上げるた。何か、理由があるのだろう。
僕は地図をじっと見る。
「軍本部への使者には、我々に二心がないことを伝えつつ、民間人から物資を受け取ることを許してほしい、と伝えてもらうようにした。しかし、それでは不足になったかな」
「反乱軍と内通していると疑われるからですか?」
「今ならまだ、堂々と否定できる。しかしこれは、反乱軍の連中は、意地でも僕たちを抱き込もうとするだろう。抱き込むというか、巻き込むというか」
僕は腕を組んで、次に起こることを考えていた。
「次の手は、物資を僕たちに流し始めるだろうね」
僕がそういった時、従卒がテントの中に駆け足で入ってきた。
「司令官、よろしいですか?」
直感が、事態の展開を告げていた。僕は三人の部下を引き連れて、従卒に導かれて、陣地の中を進んだ。
物資の保管場所になっている、木が組まれて造られた簡易倉庫の前に、大量の木箱が下されているところだった。四頭立ての荷馬車が二台止まっていた。
荷物を降ろしているのは見るからに体格のいい男たちで、指揮している男が着ているのは、見たことのある軍服だ。
その男がこちらに気づき、敬礼をした。
「第二軍より、物資の提供のために参りました」
僕はシグナルたちを見る。彼らも楽しそうではない。当然、嬉しそうでもない。
黙っている僕たちを前に第二軍からの使者を名乗る男は怪訝な顔をして、
「事前にそちらへご連絡したはずですが」
猿芝居だな、と僕は思いつつ、「来てないね」と軽く応じた。
そして荷物の木箱の中を改める。保存食が多い。防具も多数あった。
「申し訳ないが」僕は指揮官を見る。「これら全て、まとめて、持って帰ってくれ」
その一言で、司令官も、荷物を降ろしていた男たちも、動きを止めてこちらを見る、穏やかな気配は消滅し、空気がピリピリと張り詰める。シグナルは腰の剣の手を添えていた。
「確認しますが」
指揮官の男がこちらへ歩み寄り、目の前に立った。
「拒否される、ということか?」
「反乱軍と通じるつもりはない。ここで斬り合いをするかい? そういう命令を受けている?」
「受けている、と言ったら、どうなさる?」
僕の手が自然な動作で、少しの遅滞もなく、剣を引き抜き、振り抜いた。
指揮官は目を丸くしている。
その彼の胸にあった略章が一つ、地面に落ちた。二つに割れている。
「次は本気で切る」
指揮官は青ざめた顔で、ぎこちなく後退すると、部下たちに荷物を積み直すように指示を出した。その頃には周囲には突撃隊の兵士が集まり、取り囲むような感じになっていた。
結局、反乱軍の連中は物資を全て持ち帰る事になった。
「軍本部にはこれで言い訳が立ちますが」シグナルが去っていく荷馬車を見ながら、ささやく。「反乱軍に後方から攻められては、目も当てられません」
「それを防ぐのが鎮圧軍の役割になるね。しかし準備はしておくに越したことはない。悪魔に防御陣地を突破された時の対応に、アレンジを加えてみよう」
四人で打ち合わせをして、夕方には指揮官を全て招集し、計画について周知させた。
その後の数日は、また突撃隊を率いて、悪魔を蹴散らし続けた。この作戦を始めてから、悪魔の大攻勢は起こらなくなった。彼らを集結させる間もなく叩いているのが、良いのかもしれない。兵士たちの練度も上がってきた。
負傷者が徐々に増えているが、完全に戦線を離れる兵士が多くないのが、救いだった。傷が癒えて、戦線に復帰してくれる兵がいるのは、嬉しいことだ。
作戦会議は休養日に毎回のように開かれた。軍本部からの返事は来ない、使者も戻ってこない。嫌な気配はしたが、しかし、待つしかない。一方、反乱軍からの使者は頻繁にやってくる。それも物資を強引に置いていこうとするので、それには閉口した。それを僕たちはさらに強硬に、追い返した。
僕は決断を迷っていた。
反乱軍と通じることは間違っている。しかし彼らが脅威になるのは間違いない。
この問題を僕たち第四軍が解決するのは、困難だ。第四軍に余力はない。第四軍の相手は悪魔である。
軍本部から使者が戻ってきたのは、出発から一週間以上過ぎた頃だった。テントに駆け込んできて、書簡を受け取る。素早く目を通し、僕は我知らず、唸り声をあげていた。
民間人からの物資の提供はおおよそ認められた。
ただ、その代わりに、ということだろうが、軍本部が擁立する、鎮圧軍司令官への協力が求められていた。
その男の名前は、アルス、と書いてあった。
「誰です? こいつは?」
不快そうに、タンクが言う。
「顔は何度か見たことがある」僕は記憶を辿った。「辺境地区担当の司令官の一人だ。どうやら、多数派工作に成功したらしい」
「つまり、そいつが軍を牛耳るわけですか?」
かもしれないね、と答えるしかできない。未来はわからないのだ。
僕たちは再び使者を派遣する必要がある。反乱軍が今も再三にわたり接触してきていることを、包み隠さずに全部、伝えた。そして僕は三人の部下の了承を得て、反乱軍への対処を鎮圧部隊に要請した。
今の対応ではあまりに弱腰だ、と指摘するのが一番強い言葉だったが、言おうと思えばもっと強く言うことはできた。それでも無駄に緊張感を高める理由はない。
書簡の最後には、反乱軍への対処方針を軍本部で決定してほしい、とも催促した。
その使者が部隊を出発し、また一週間ほど、僕たちは悪魔と戦い続けた。悪魔の陣地が後退をはじめ、僕たちも防御陣地を前進させる戦況になってきていた。
防御陣地の前進について、四人で議論し、役割分担が決まった。その日の夕方、使者が帰ってきた。一度は解散したシグナル、タンク、スカルスを招集し、テントの中で明かりをつけて、顔を付き合わせた。
僕はすでに書状を見ていたので、三人に手渡す。それを読んだ顔色が激変した。
「こんなことが、ありますか?」
タンクが怒りを滲ませて口にする。
「我々が、鎮圧軍と共同で、反乱軍を制圧する? ありえない」
「後方の連中は悪魔のことを忘れたのか?」
シグナル、スカルス、と感情が口から漏れた。僕はじっと腕を組み、考えていた。
「反論し、拒絶するべきです、司令官」
タンクが身を乗り出してきた。でも僕は、考えをまとめるのに集中した。
「司令官」
強いタンクの声に、僕は頷く。
「軍本部の命令を無視することはできない。取引はできるかもしれない」
「どういう取引ですか?」
「部隊を兵力の面で強化する」
スカルスが淡々と発言した。
「反乱軍と戦うのは決まりですか?」
「そうなるね。時期的にはちょうどいい。悪魔は後退しているから、守備兵の数が少なくてもどうにかなるだろう」
「そうとは限りませんよ」シグナルも身を乗り出した。「悪魔が一気に逆襲してくるかもしれない」
「その時は防御陣地を後退させるしかないな」
三人は息を飲み、それぞれに意見を口にした。
「それでは兵が無駄に死んでしまいます」
「そこまでして反乱軍と戦うのですか?」
「理解できません」
僕は三人の意見に頷いて、要点を明確にした。
「軍本部は、今、悪魔よりも反乱軍を重要視している。その反乱軍に我々が加わることも想定しているはず。ここで反乱軍を鎮圧できれば、第四軍はその正当性がはっきりし、命令に従う存在である、ということがはっきりする。それに、鎮圧が成功すれば、物資も人員も、増強されるだろう。悪魔はそこで追い返せばいい」
三人の部下は黙り込んでいたが、タンクは机を強く叩いて、地面を強く踏み鳴らした。
「ここまで来たのに!」
それが反発らしい反発だった。
僕たちは計画を立てて、反乱軍の鎮圧部隊を編成した。
突撃隊はほとんど消滅し、防御の時に必要になる人員を残して、鎮圧部隊の主力となった。防御陣地を守る兵力もギリギリまで減らした上で、鎮圧部隊の出撃前に、悪魔の攻勢に反撃するための工夫や、いつでも今の陣地を捨てられるように準備を整えた。
鎮圧部隊の総数は3千ほど。これが怒涛の勢いで反乱軍の元へと突っ走った。
鎮圧軍とはすでに書面で打ち合わせしており、僕たちの到着の後の軍議で、それが確認されるはずだった。
到着してみると、全体の司令官は例のアルスという男が出張ってきていた。恰幅のいい、いかにもどこか商人のような男である。軍服が似合っているとは言い難い。
彼と話した感想は、違い世界の人間、という感じだった。本当に軍人とは思えないほど、純粋なのだ。
アルスは作戦会議の場で、反乱軍は物資不足で疲弊している、だからすぐに陥せる、と発言した。僕が反論する前に、同席していたシグナルが、第四軍に反乱軍が物資を押し付けようとした件を発言し、つまりアルスの説を真っ向から否定した。
それに対して、アルスは気にした様子もなく、自説を曲げなかった。
僕は不安を感じたが、ここではアルスが上位の司令官である。
僕が事前に提案していた作戦はなかったことにされ、作戦というのもお粗末な戦法が確認された。
純粋な力押しである。
配置もアルスが決めた。明らかに、武勲をあげたいものを戦功を上げやすい位置に配置している。
僕たちは中盤程度だ。危うく僕たち鎮圧部隊が分散されそうになったが、それはどうにか拒否することができた。
戦いは昼間に始まり、夕方になって一区切り、という感じだった。
反乱軍は山城に立てこもっており、それを鎮圧軍が包囲している形だ。僕は夜襲を提案したが、酌み取られなかった。アルスは、それは卑怯だ、などと言ったが、まさにその日の夜、反乱軍の方から夜襲をかけられ、陣地が浮き足立った。
僕と部下の三人の意見は、おおよそアルスを否定する方向性だったが、意見が分かれるのは、自分たちがどれくらい真剣に戦うか、という点になる。
結局は、アルスとは独立した形で、鎮圧部隊から精鋭を選び、その部隊で揺さぶることにした。
火矢を打ちかけたり、アルスが拒否した夜襲をかけたりした。夜の間じゅう、鎮圧部隊には交代で、延々と鬨の声を上げさせたりした。
アルスは何度も僕たちに意見をしたが、僕たちは聞き流した。結果、アルスは怒りに駆られて、僕たちを先鋒にする、という行為に出た。
「まさかこれが狙いではないでしょうね?」
シグナルが不愉快そうに僕を見た。作戦会議の帰りだ。
「僕たちの方が彼よりも優秀だ。無駄に兵を死なせる必要はない」
「作戦があるのですね?」
僕は黙って頷いた。
翌日、僕たちは荷車と荷馬車を大量に用意した。準備の前に反乱軍に書状を出し、それから荷馬車とに荷車を山城へ向かう道ヘ進ませた。もちろん、兵士たちは民間人に化けている。薄汚れた、農民に見えた。
警戒中の兵士の小隊が荷車を止める場面があったが、何かを納得した顔で通してくれた。
そのまま城内に通じる大手門につき、そこには幹部らしい兵士が待ち構えていた。
僕はそっと身を進ませて、その幹部に顔を見せた。
向こうは僕の顔を知っているのだ。
何も言わずに、大手門は大きく開かれた。荷車と荷馬車が次々と門の中へ入った。
そして門が閉ざされる。
幹部の男が僕の服装を見て、
「兵士にはとても見えませんな。彼らも」
荷車と荷馬車の荷物の中から、続々と男たちが出てくる。当然、僕の部隊の兵士だ。
「第四軍が仲間になってもらえるとは、ありがたい」
幹部の男が手を差し出してくる。それを僕は軽く握り、即座に捻り上げた。腕を引っ張り、さらに捻り、背後へ回る。
男が悲鳴をあげたが、すぐに引きつったように声を詰まらせた。
彼の首筋に、僕は小刀を当てていた。
「さて、作戦開始だ」
僕の兵士たちは荷箱の中から剣を取り出し、それを手に城内へ広がっていった。
「う、嘘だったのか、我々と合流する、というのは!」
「そういうことになるね」
僕はのほほんと答えた。
こうして反乱軍の最大の拠点は、あっさりと陥落した。元第二軍司令官が首魁だったわけだが、彼は秘密裏に城を抜け出して、確保できなかった。そんな指導者とともに逃れた反乱軍の兵士は、鎮圧軍が探索を素早く進めた。
僕たちがそれを手伝わなかったのは、悪魔が集結を始めている、という情報があったからだ。
僕たちは即座に自分たちの兵をまとめ、自分たちの戦場へと引き返した。
議論は速度を理由に、慌ただしく進んだ。
軍本部へ使者を送ることは決定し、人選も素早く行われた。シグナルは自分が行きたいと主張したけれど、それは無理だった。突撃隊の作戦はほぼ休むことなく行われている。シグナルが隊を離れることで、部隊の運用に不備が生じるのは避けたかった。
突撃隊と補給部隊の運用は、大きな失敗もなく、ここまで来ている。悪魔の側の対応は後手に回っている。数度、悪魔が防衛陣地を圧迫したこともあったけど、どうにか持ちこたえた。
そんなわけで、軍本部への使者は突撃隊から一人、防衛隊から一人、選んで、少しの随行員をつけて、十人程度の集団となった。
彼らは僕が書いた報告書を手にして、軍本部へ向かって出発した。
まさにその翌日、とある使者が僕の元へやってきた。
それは、反乱軍からの使者だった。
「ありえませんよ」
テントに集まったシグナル、タンク、スカルスに文書を確認させると、シグナルが唸った。
「我々と協力して、悪魔と戦い、かつ、連合王国を支えたい、ですって? 誰がこんな世迷言を考えているんだ?」
「第二軍司令官、と署名されている」
僕が指摘すると、シグナルは顔をしかめた。
「第二軍という存在は、すでに連合王国軍の中から消えた名称です」
「彼らはそうは思っていない。いや、正確には、そう思っていないようにこちらに思わせたい」
「罠ですか?」
タンクの言葉に、僕は、少ない確率だけど、と応じた。
「たぶん、反乱軍の連中もいよいよ物資に苦労し始めたんだろう。彼らは物資の補給を、近隣の民間人から吸い上げてる。民間人があからさまに拒絶できないとしても、しかし効率が上がるわけもない。僕たちも相当、略奪を行ったしね」
僕は机に広げた地図に視線を落とす。
「反乱軍は軍本部が新たに編成した鎮圧部隊が包囲しているが、完全とは言い難い。包囲の輪が大きすぎる。これは反乱軍からの反撃を恐れてのことだろうけど、まぁ、そのお陰で、包囲の内側で僕たちが略奪行為に勤しめたわけだ」
「鎮圧軍と遭遇しなかったのか?」
タンクがスカルスを見る。彼は肩を持ち上げるた。何か、理由があるのだろう。
僕は地図をじっと見る。
「軍本部への使者には、我々に二心がないことを伝えつつ、民間人から物資を受け取ることを許してほしい、と伝えてもらうようにした。しかし、それでは不足になったかな」
「反乱軍と内通していると疑われるからですか?」
「今ならまだ、堂々と否定できる。しかしこれは、反乱軍の連中は、意地でも僕たちを抱き込もうとするだろう。抱き込むというか、巻き込むというか」
僕は腕を組んで、次に起こることを考えていた。
「次の手は、物資を僕たちに流し始めるだろうね」
僕がそういった時、従卒がテントの中に駆け足で入ってきた。
「司令官、よろしいですか?」
直感が、事態の展開を告げていた。僕は三人の部下を引き連れて、従卒に導かれて、陣地の中を進んだ。
物資の保管場所になっている、木が組まれて造られた簡易倉庫の前に、大量の木箱が下されているところだった。四頭立ての荷馬車が二台止まっていた。
荷物を降ろしているのは見るからに体格のいい男たちで、指揮している男が着ているのは、見たことのある軍服だ。
その男がこちらに気づき、敬礼をした。
「第二軍より、物資の提供のために参りました」
僕はシグナルたちを見る。彼らも楽しそうではない。当然、嬉しそうでもない。
黙っている僕たちを前に第二軍からの使者を名乗る男は怪訝な顔をして、
「事前にそちらへご連絡したはずですが」
猿芝居だな、と僕は思いつつ、「来てないね」と軽く応じた。
そして荷物の木箱の中を改める。保存食が多い。防具も多数あった。
「申し訳ないが」僕は指揮官を見る。「これら全て、まとめて、持って帰ってくれ」
その一言で、司令官も、荷物を降ろしていた男たちも、動きを止めてこちらを見る、穏やかな気配は消滅し、空気がピリピリと張り詰める。シグナルは腰の剣の手を添えていた。
「確認しますが」
指揮官の男がこちらへ歩み寄り、目の前に立った。
「拒否される、ということか?」
「反乱軍と通じるつもりはない。ここで斬り合いをするかい? そういう命令を受けている?」
「受けている、と言ったら、どうなさる?」
僕の手が自然な動作で、少しの遅滞もなく、剣を引き抜き、振り抜いた。
指揮官は目を丸くしている。
その彼の胸にあった略章が一つ、地面に落ちた。二つに割れている。
「次は本気で切る」
指揮官は青ざめた顔で、ぎこちなく後退すると、部下たちに荷物を積み直すように指示を出した。その頃には周囲には突撃隊の兵士が集まり、取り囲むような感じになっていた。
結局、反乱軍の連中は物資を全て持ち帰る事になった。
「軍本部にはこれで言い訳が立ちますが」シグナルが去っていく荷馬車を見ながら、ささやく。「反乱軍に後方から攻められては、目も当てられません」
「それを防ぐのが鎮圧軍の役割になるね。しかし準備はしておくに越したことはない。悪魔に防御陣地を突破された時の対応に、アレンジを加えてみよう」
四人で打ち合わせをして、夕方には指揮官を全て招集し、計画について周知させた。
その後の数日は、また突撃隊を率いて、悪魔を蹴散らし続けた。この作戦を始めてから、悪魔の大攻勢は起こらなくなった。彼らを集結させる間もなく叩いているのが、良いのかもしれない。兵士たちの練度も上がってきた。
負傷者が徐々に増えているが、完全に戦線を離れる兵士が多くないのが、救いだった。傷が癒えて、戦線に復帰してくれる兵がいるのは、嬉しいことだ。
作戦会議は休養日に毎回のように開かれた。軍本部からの返事は来ない、使者も戻ってこない。嫌な気配はしたが、しかし、待つしかない。一方、反乱軍からの使者は頻繁にやってくる。それも物資を強引に置いていこうとするので、それには閉口した。それを僕たちはさらに強硬に、追い返した。
僕は決断を迷っていた。
反乱軍と通じることは間違っている。しかし彼らが脅威になるのは間違いない。
この問題を僕たち第四軍が解決するのは、困難だ。第四軍に余力はない。第四軍の相手は悪魔である。
軍本部から使者が戻ってきたのは、出発から一週間以上過ぎた頃だった。テントに駆け込んできて、書簡を受け取る。素早く目を通し、僕は我知らず、唸り声をあげていた。
民間人からの物資の提供はおおよそ認められた。
ただ、その代わりに、ということだろうが、軍本部が擁立する、鎮圧軍司令官への協力が求められていた。
その男の名前は、アルス、と書いてあった。
「誰です? こいつは?」
不快そうに、タンクが言う。
「顔は何度か見たことがある」僕は記憶を辿った。「辺境地区担当の司令官の一人だ。どうやら、多数派工作に成功したらしい」
「つまり、そいつが軍を牛耳るわけですか?」
かもしれないね、と答えるしかできない。未来はわからないのだ。
僕たちは再び使者を派遣する必要がある。反乱軍が今も再三にわたり接触してきていることを、包み隠さずに全部、伝えた。そして僕は三人の部下の了承を得て、反乱軍への対処を鎮圧部隊に要請した。
今の対応ではあまりに弱腰だ、と指摘するのが一番強い言葉だったが、言おうと思えばもっと強く言うことはできた。それでも無駄に緊張感を高める理由はない。
書簡の最後には、反乱軍への対処方針を軍本部で決定してほしい、とも催促した。
その使者が部隊を出発し、また一週間ほど、僕たちは悪魔と戦い続けた。悪魔の陣地が後退をはじめ、僕たちも防御陣地を前進させる戦況になってきていた。
防御陣地の前進について、四人で議論し、役割分担が決まった。その日の夕方、使者が帰ってきた。一度は解散したシグナル、タンク、スカルスを招集し、テントの中で明かりをつけて、顔を付き合わせた。
僕はすでに書状を見ていたので、三人に手渡す。それを読んだ顔色が激変した。
「こんなことが、ありますか?」
タンクが怒りを滲ませて口にする。
「我々が、鎮圧軍と共同で、反乱軍を制圧する? ありえない」
「後方の連中は悪魔のことを忘れたのか?」
シグナル、スカルス、と感情が口から漏れた。僕はじっと腕を組み、考えていた。
「反論し、拒絶するべきです、司令官」
タンクが身を乗り出してきた。でも僕は、考えをまとめるのに集中した。
「司令官」
強いタンクの声に、僕は頷く。
「軍本部の命令を無視することはできない。取引はできるかもしれない」
「どういう取引ですか?」
「部隊を兵力の面で強化する」
スカルスが淡々と発言した。
「反乱軍と戦うのは決まりですか?」
「そうなるね。時期的にはちょうどいい。悪魔は後退しているから、守備兵の数が少なくてもどうにかなるだろう」
「そうとは限りませんよ」シグナルも身を乗り出した。「悪魔が一気に逆襲してくるかもしれない」
「その時は防御陣地を後退させるしかないな」
三人は息を飲み、それぞれに意見を口にした。
「それでは兵が無駄に死んでしまいます」
「そこまでして反乱軍と戦うのですか?」
「理解できません」
僕は三人の意見に頷いて、要点を明確にした。
「軍本部は、今、悪魔よりも反乱軍を重要視している。その反乱軍に我々が加わることも想定しているはず。ここで反乱軍を鎮圧できれば、第四軍はその正当性がはっきりし、命令に従う存在である、ということがはっきりする。それに、鎮圧が成功すれば、物資も人員も、増強されるだろう。悪魔はそこで追い返せばいい」
三人の部下は黙り込んでいたが、タンクは机を強く叩いて、地面を強く踏み鳴らした。
「ここまで来たのに!」
それが反発らしい反発だった。
僕たちは計画を立てて、反乱軍の鎮圧部隊を編成した。
突撃隊はほとんど消滅し、防御の時に必要になる人員を残して、鎮圧部隊の主力となった。防御陣地を守る兵力もギリギリまで減らした上で、鎮圧部隊の出撃前に、悪魔の攻勢に反撃するための工夫や、いつでも今の陣地を捨てられるように準備を整えた。
鎮圧部隊の総数は3千ほど。これが怒涛の勢いで反乱軍の元へと突っ走った。
鎮圧軍とはすでに書面で打ち合わせしており、僕たちの到着の後の軍議で、それが確認されるはずだった。
到着してみると、全体の司令官は例のアルスという男が出張ってきていた。恰幅のいい、いかにもどこか商人のような男である。軍服が似合っているとは言い難い。
彼と話した感想は、違い世界の人間、という感じだった。本当に軍人とは思えないほど、純粋なのだ。
アルスは作戦会議の場で、反乱軍は物資不足で疲弊している、だからすぐに陥せる、と発言した。僕が反論する前に、同席していたシグナルが、第四軍に反乱軍が物資を押し付けようとした件を発言し、つまりアルスの説を真っ向から否定した。
それに対して、アルスは気にした様子もなく、自説を曲げなかった。
僕は不安を感じたが、ここではアルスが上位の司令官である。
僕が事前に提案していた作戦はなかったことにされ、作戦というのもお粗末な戦法が確認された。
純粋な力押しである。
配置もアルスが決めた。明らかに、武勲をあげたいものを戦功を上げやすい位置に配置している。
僕たちは中盤程度だ。危うく僕たち鎮圧部隊が分散されそうになったが、それはどうにか拒否することができた。
戦いは昼間に始まり、夕方になって一区切り、という感じだった。
反乱軍は山城に立てこもっており、それを鎮圧軍が包囲している形だ。僕は夜襲を提案したが、酌み取られなかった。アルスは、それは卑怯だ、などと言ったが、まさにその日の夜、反乱軍の方から夜襲をかけられ、陣地が浮き足立った。
僕と部下の三人の意見は、おおよそアルスを否定する方向性だったが、意見が分かれるのは、自分たちがどれくらい真剣に戦うか、という点になる。
結局は、アルスとは独立した形で、鎮圧部隊から精鋭を選び、その部隊で揺さぶることにした。
火矢を打ちかけたり、アルスが拒否した夜襲をかけたりした。夜の間じゅう、鎮圧部隊には交代で、延々と鬨の声を上げさせたりした。
アルスは何度も僕たちに意見をしたが、僕たちは聞き流した。結果、アルスは怒りに駆られて、僕たちを先鋒にする、という行為に出た。
「まさかこれが狙いではないでしょうね?」
シグナルが不愉快そうに僕を見た。作戦会議の帰りだ。
「僕たちの方が彼よりも優秀だ。無駄に兵を死なせる必要はない」
「作戦があるのですね?」
僕は黙って頷いた。
翌日、僕たちは荷車と荷馬車を大量に用意した。準備の前に反乱軍に書状を出し、それから荷馬車とに荷車を山城へ向かう道ヘ進ませた。もちろん、兵士たちは民間人に化けている。薄汚れた、農民に見えた。
警戒中の兵士の小隊が荷車を止める場面があったが、何かを納得した顔で通してくれた。
そのまま城内に通じる大手門につき、そこには幹部らしい兵士が待ち構えていた。
僕はそっと身を進ませて、その幹部に顔を見せた。
向こうは僕の顔を知っているのだ。
何も言わずに、大手門は大きく開かれた。荷車と荷馬車が次々と門の中へ入った。
そして門が閉ざされる。
幹部の男が僕の服装を見て、
「兵士にはとても見えませんな。彼らも」
荷車と荷馬車の荷物の中から、続々と男たちが出てくる。当然、僕の部隊の兵士だ。
「第四軍が仲間になってもらえるとは、ありがたい」
幹部の男が手を差し出してくる。それを僕は軽く握り、即座に捻り上げた。腕を引っ張り、さらに捻り、背後へ回る。
男が悲鳴をあげたが、すぐに引きつったように声を詰まらせた。
彼の首筋に、僕は小刀を当てていた。
「さて、作戦開始だ」
僕の兵士たちは荷箱の中から剣を取り出し、それを手に城内へ広がっていった。
「う、嘘だったのか、我々と合流する、というのは!」
「そういうことになるね」
僕はのほほんと答えた。
こうして反乱軍の最大の拠点は、あっさりと陥落した。元第二軍司令官が首魁だったわけだが、彼は秘密裏に城を抜け出して、確保できなかった。そんな指導者とともに逃れた反乱軍の兵士は、鎮圧軍が探索を素早く進めた。
僕たちがそれを手伝わなかったのは、悪魔が集結を始めている、という情報があったからだ。
僕たちは即座に自分たちの兵をまとめ、自分たちの戦場へと引き返した。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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