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第12章
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十二
反乱軍の司令官である元の第二軍司令官、そして副官に収まっていた第一軍の司令官代行は、反乱軍の制圧の後、半月ほど、逃亡していた。
その間も僕と第四軍の面々は、悪魔を抑え込む戦線に釘付けにされていた。
反乱軍と戦っている間の平穏が嘘のように、第四軍は激しい攻撃にさらされた。突撃隊による今までの計画を一旦取りやめ、防御陣地の維持に力を尽くした。
結果、悪魔軍は息切れしたように、さっと後退し、それ以降は離れて睨み合う時間になった。そして再び、突撃隊の編成を組んだ。
そんな中で、二人の反乱軍指導者は、捕縛された。
彼らは首都へと移送されていったが、そんな折、僕の元へ軍本部から使者があり、その使者は僕に処刑の立ち会いを求めてきた。
使者を別の場所で待たせ、僕はちょうど陣にいたタンクを呼んだ。
「処刑の見学に行ったらいいじゃないですか」
僕の言葉にタンクはすぐに答えた。自分は関係ない、という態度である。しかしこれはたいていの場合、彼の普通の状態だ。
「君が行きたくないように、僕も行きたくないよ」
「司令官という立場上、仕方ありません」
「司令官の立場で、君の代理で行って欲しい、と言ったら」
タンクは首を振って、ついでに何か汚れを払うように手も振った。
「命令とあらば従いますが、面倒ですね」
「ある程度の地位のものが行く必要がある。しかし、そうか、やはり、私が行くよ。その間、部隊の指揮を頼む。三隊を駆使して悪魔をかき回しておいて欲しい。任せるよ」
「え」タンクが目を見開いた。「私が司令官代行、ということですか?」
「司令官代行を三人、任命するつもりだ」
僕は机の引き出しから書類を取り出した。それをタンクに差し出す。
「司令官代行は、シグナル、タンク、スカルス、その三人だ」
「三人では、仲たがいするかもしれない」
「奇数だから、多数決を取れば、決断に支障はない」
タンクが書類を懐に入れつつ、
「一人棄権すれば、一対一で、決断できないじゃないですか」
と、つぶやく。まぁ、その通りだ。
僕は席を立ち、コートを手に取ってから、タンクの肩を叩いた。
「任せた。しばらく留守にする。何事もないことを祈っているよ」
僕はこうして、実に珍しいことに、戦地を離れて首都へと向かった。従卒を数人連れて、馬を変えながらほとんど休まずに首都へ移動し、処刑の二日前には首都に着いていた。
軍本部へ出頭すると、中央軍本部長という肩書きの初老の男が応じてくれた。中央軍、というのは主に首都防衛の担当のはずだ。悪魔軍と対峙している軍の統括は、人類軍本部長がトップになる。
中央軍本部長は執務室で僕を丁寧にもてなし、そのまましばらく雑談をしていた。
その中で、何度か、アルスについて触れる場面があった。アルスの事を危惧しているようだが、表立って批判する様子はない。まるで子どもが親や教師を恐れて、遠回しに悪口を言うような感じだ。
「中央軍本部長」
僕が遮ると、彼は目をパチパチと瞬く。
「人類軍本部長はどちらへ?」
人類軍本部長の顔は知っている、ずっと前に勲章を授与された時、その会場で見たのが最初で、それ以降も何度も顔を合わせたことがあった。
中央軍本部長は、顔を背け、しかしいつまでもそうしていられるわけもなく、こちらに向き直った。
「人類軍本部長は、解任された」
「解任? 今はどなたです?」
「アルスなのだ」
寝耳に水だった。全く展開が読めない。
「あの男が、人類軍本部長ですか? まともな人事ではありませんね。誰が決定したのです?」
「政治家連中だ」
吐き捨てるような返事。
「アルスは政治家の援護を受け、軍を乗っ取りつつあるのだ」
「なんで誰も反対しないんですか? 反発は起こらないのですか?」
「それさえも、金と権力で、抑え込まれているのが現状だ」
キナ臭いどころではない。強烈な腐臭を感じるような内容だった。
その後の話でおおよそのことはわかった。アルスは反乱軍鎮圧の戦功を巧妙に自分に集中させ、その上で政治家に働きかけ、おそらく何かしらの取引があり、一気に発言力を増した。
彼はすでに中央軍以外の軍団の総指揮権を自分か、自分の子飼いの数人に振り分けた。中央軍が残っているのは、政治家が保身のためにそこを守っただけで、しかしそれも時間の問題だと僕は感じた。
「それで、アルス総司令はどこにいるのです?」
すでにアルスは総司令と役職をつけて呼ぶような対象になっている。
「執務室だ、しかし外部の誰とも会わない。私にもだ。おそらく、処刑には出席するはずだ」
わずかな情報を収集して、僕は一旦、割り当てられた部屋に戻り、素早く通信文を作り、それを従卒を通して、速達で三人の部下に送ることにした。
それが終わったら、知り合いの軍人に接触して、現状を確認した。
アルスによる軍支配は瞬く間に進んだらしい。軍人のほとんどは、気づいた時には手も足も出なかったという。
その一方、確かに反発はあり、表立っていないのもわかった。アルスに正当性がないと考えるものが多い。そんな立場の軍人は、いざとなってもアルスに従うことはない、と考えているようだったけど、それはつまり、誰かは従わないはずだ、という思い込みに近い。自分自身が従うかどうかは、周りを見て決める、という気配が濃厚だった。
そうして、処刑の日になり、その会場には軍部の主だった幹部が列席した。
アルスの姿もあった。今までで一番、自信に溢れた顔をしている。
処刑はスムーズに行われ、どういう神経かわからないが、会食が開かれた。
僕は自然な素振りでアルスに近づこうとしたが、護衛が立ちふさがった。押しのけるほどではない。ただ、じっとアルスに視線を注ぐと、彼はすぐにこちらに気づいた。
「これは、第四軍司令官」
アルスの方から近づいてくる。
「君の働きには期待している。ここのところ、悪魔に押されているそうだが、何が足りない? 兵隊か? 武器か? 食料か? 馬か?」
どう答えるべきか考える前に、口が動いていた。
「何もかも足りませんが、最も足りないのはここですよ」
僕は自分の頭を指でトントンと叩いた。アルスはきょとんと見返してくる。
「頭ですよ。指揮者の頭が、足りないらしい。これは連合王国軍全体に言えることですが」
はっきりと伝わらなかったようで、アルスは黙っている。気づくほどの頭もないらしい。
「よく分からないが」アルスは手に持っていたグラスで唇を湿らした。「私が軍全体の統制を高めれば、より効率的に戦えるだろう。敵対国家にも圧力がかけられるし、悪魔もいずれは封じ込められるはずだ。そのための援助は惜しまない」
これは全く、ふざけた男だ。
仕方ないので、僕は軽く敬礼し、背中を向けた。
宿舎に帰ると、三人の部下の連名で通信が速達で届いていた。開封して、確認して、愕然とした。アルスの部下が押しかけて、部隊の運用に口を出して、統制が乱れているらしい。もちろん、三人は正式に司令官代行を受けているため、封じ込められてはいないが、ややこしい状況のようだ。
僕は即座に支度をして、宿舎を出た。長持ちしそうな馬を即金で買うと、それを倒れる寸前まで走らせ、どうにかたどり着いた宿場で馬を乗り換えた。そのまま一気に戦地へ戻った。
その時には、異常事態が起きていた。
早朝、到着した僕を迎えたシグナルは真っ青な顔で、駆け寄ってくると、目の前に跪き、地面に額をこすりつけた。
「申し訳ありません!」
涙まじりの絶叫が発せられた。
「何があった?」
馬から降りて身をかがめると、シグナルが、頭を下げたまま、震える声で報告した。
「タンクが、重傷を負いました。私どもの、不手際です」
「重症? 戦場でか?」
「いえ……、何者かに、陣地で襲われました」
予想だにしない答えだった。
そうこうしている間に、周囲に兵たちが集まり、口々に何か言い始め、大きなざわめきになった。
彼らの声を総合すると、どうやらアルスの部下が非難の対象らしい。そしてアルスの部下はすでに捕らわれているようだ。
兵士に近づくと、自然と道ができた。兵士の壁が破れて、僕はゆっくりとその道を進む。足は自然と、軍規違反者などを拘束するテントに向いていた。
テントの中に入ると、三人の男が両手足を拘束され、さらに目隠しをされた状態で転がされていた。荒い呼吸をしている。
僕は彼らを見て、しかし、何も言えなかった。
テントを出て、今度は医療用のテントに向かう。兵士たちは道を作り、そして僕の後に続いた。医療テントの中に入ると、軍医がすぐに僕をタンクの元へ導いた。
タンクはベッドに横になったまま、こちらを見た。顔は土気色で、唇は乾いていた。頬もこけている。
「手は尽くしましたが……」
医者の無念そうな声を聞きながら、僕はタンクの手を取った。彼は何か言おうと口を開いたが、声は出なかった。かすかに僕が握る手に力が込められる。
しばらく、タンクの横で、彼の手を握っていた。錯覚だろうけど、徐々に手から体温が抜けていくような気がした。彼が目を閉じて眠りに落ちたので、僕はその場を離れた。
執務用のテントに移動して、やっとスカルスと顔をあわせることができた。シグナルも来たが、彼は俯いていて、何も言えない。
「どういう状況だった?」
僕の質問に、いつも通りにスカルスが淡々と話した。
最初は僕の三人の部下と、アルスが派遣した三人の軍人の小競り合いだったという。もちろん、実際に剣を抜いたりしたわけではなく、口論のような形だったらしい。
お互いに譲らないまま、数日を頻繁にそんなやり取りを続けて過ごした。
そしてある夜、タンクは自分のテントの前で重傷を負って倒れているのを発見された。即座に治療が施され、同時に加害者を捜索し始めた。その中でアルスの部下の一人に重大な疑惑がかけられたのだった。
シグナルはその軍人を切ると宣言したが、スカルスがそれを抑え、さらに他の兵士たちから守る意図もあり、三人の軍人を拘束した。それが昨日の夜らしい。
「疑惑はほぼ確定的ですが、即座に処断するのは司令官にとって不利であると判断しました」
そう言って、スカルスは口を閉じた。
僕はしばらく机を眺めて考え、次に天井を眺めて考えた。
どうするべきか、判断はつきかねた。アルスの部下を処罰しないわけにはいかない。ただ、そうすればアルスは僕を攻撃するだろう。その攻撃が、シグナルやスカルス、他の兵士に向くのは避けたかった。
その一方、ここでアルスの暴挙を広く訴えれば、相応の数の味方が集まるのも、予想できた。
どちらが正しいのか、迷っていた。
タンクがもう助からない、というのが僕の気を重くしていた。彼には重要な任務を任せてきたし、相談役の一人として、非常な貢献があった。
その彼が殺されたというのに、僕が黙っているという姿は、周りにどう映るのだろう。
僕が黙っていて、第四軍の兵士は僕に従うのか。
第四軍の足並みが乱れることを、タンクは望まないだろう。ただ、無駄な争いを望むとも思わない。
どちらの道を選ぶべきか、どうしても即断出来なかった。
シグナルとスカルスを下がらせ、僕は執務室で一人考えた。
誰かがテントの外から声をかけてきたので、応じた。声が女性だったので、シッラだろう。
しかし入ってきたは、ユーメールだった。
「戻られたとお聞きしたので」
彼女は小さな瓶を運んできた。僕はびっくりして、反射的に立ち上がった。
「これは、珍しいですね」そんなことを口にしていた。「いつも、ありがとうございます。いつ、こちらへ?」
「部隊を防衛に振り分けたのはあなたの命令だったはずですが」
そうだった。そうか、ユーメールも同じ場所にいるのか。今まで、どこか遠くにいる気がしていた。
「ダイアン様もこちらへ?」
「ええ」
短い返事。瓶を机の前に起き、ユーメールが頭を下げた。
「では、これで」
「シッラは」これも無意識に口をついていた。「どうしたのですか?」
その一言で、ユーメールは目を見開いた。
「ご存じないのですか?」
「何かあったのですか?」
ためらいを見せたが、ユーメールは静かな声で言った。
「シッラ様は、突撃隊の最後の出撃の折、行方不明に」
この言葉を理解するのには、時間がかかった。
行方不明?
ユーメールになんて応じたのか、僕は覚えていなかった。気づいた時には、執務机にもたれるようにして、考えていた。
シッラのことではなく、タンクと、アルスの部下の処断をである。
シッラのことは、考えられなかった。
その夜は眠ることができず、朝になった。
朝には心は決まっていた。シグナルとスカルスを呼び出す。
「アルスの部下は処刑する。しかしその前に、アルスの不正、アルスの策謀を暴く。僕はとてもじゃないが動けない。目立つからね。シグナル」
「はい!」
シグナルが赤い目で僕を見た。彼も眠れていないのだろう。
「首都へ密かに潜入し、情報を集めろ。それと、僕の知人に連絡しておくから、軍部の中でも多数派を形成できるように、働きかけて欲しい。資金は十分に渡すし、必要なら催促してくれ」
「はい!」
「今すぐ使えそうな奴、特に口が固い兵士を選んで、首都へ向かえ」
シグナルは敬礼すると、テントの外へ駆け出していった。
「アルスを」残ったスカルスが無感情な声で言う。「追い落とすつもりですか?」
「彼の元では軍全体がまとまらない、というのが僕の判断だよ」
「では、誰が代わりになるのですか? お考えを聞かせください」
「僕以外、今のところ、いないようだ。もちろん、どこかにはより適任の者がいるかもしれないが、しかし、今はね」
スカルスが敬礼し、小さく顎を引いた。
「お手伝いさせていただきます」
「君と僕で、シグナルが成果をあげるまで、この戦線を支えつつ、アルスの影響を抑える必要がある。アルスの影響と言っても、この軍が彼になびくとは思えない。問題は、アルスに対する反感が暴発しないようにすることだ」
僕たちはしばらく言葉を交わした。
その間に、軍医がテントへ入ってきた。その顔を見て、何が告げられるのか、聞くより先に分かっていた。
「亡くなりました」
軍医はそれだけ口にして、頭を下げた。
僕は頷いて、天を仰いだ。
反乱軍の司令官である元の第二軍司令官、そして副官に収まっていた第一軍の司令官代行は、反乱軍の制圧の後、半月ほど、逃亡していた。
その間も僕と第四軍の面々は、悪魔を抑え込む戦線に釘付けにされていた。
反乱軍と戦っている間の平穏が嘘のように、第四軍は激しい攻撃にさらされた。突撃隊による今までの計画を一旦取りやめ、防御陣地の維持に力を尽くした。
結果、悪魔軍は息切れしたように、さっと後退し、それ以降は離れて睨み合う時間になった。そして再び、突撃隊の編成を組んだ。
そんな中で、二人の反乱軍指導者は、捕縛された。
彼らは首都へと移送されていったが、そんな折、僕の元へ軍本部から使者があり、その使者は僕に処刑の立ち会いを求めてきた。
使者を別の場所で待たせ、僕はちょうど陣にいたタンクを呼んだ。
「処刑の見学に行ったらいいじゃないですか」
僕の言葉にタンクはすぐに答えた。自分は関係ない、という態度である。しかしこれはたいていの場合、彼の普通の状態だ。
「君が行きたくないように、僕も行きたくないよ」
「司令官という立場上、仕方ありません」
「司令官の立場で、君の代理で行って欲しい、と言ったら」
タンクは首を振って、ついでに何か汚れを払うように手も振った。
「命令とあらば従いますが、面倒ですね」
「ある程度の地位のものが行く必要がある。しかし、そうか、やはり、私が行くよ。その間、部隊の指揮を頼む。三隊を駆使して悪魔をかき回しておいて欲しい。任せるよ」
「え」タンクが目を見開いた。「私が司令官代行、ということですか?」
「司令官代行を三人、任命するつもりだ」
僕は机の引き出しから書類を取り出した。それをタンクに差し出す。
「司令官代行は、シグナル、タンク、スカルス、その三人だ」
「三人では、仲たがいするかもしれない」
「奇数だから、多数決を取れば、決断に支障はない」
タンクが書類を懐に入れつつ、
「一人棄権すれば、一対一で、決断できないじゃないですか」
と、つぶやく。まぁ、その通りだ。
僕は席を立ち、コートを手に取ってから、タンクの肩を叩いた。
「任せた。しばらく留守にする。何事もないことを祈っているよ」
僕はこうして、実に珍しいことに、戦地を離れて首都へと向かった。従卒を数人連れて、馬を変えながらほとんど休まずに首都へ移動し、処刑の二日前には首都に着いていた。
軍本部へ出頭すると、中央軍本部長という肩書きの初老の男が応じてくれた。中央軍、というのは主に首都防衛の担当のはずだ。悪魔軍と対峙している軍の統括は、人類軍本部長がトップになる。
中央軍本部長は執務室で僕を丁寧にもてなし、そのまましばらく雑談をしていた。
その中で、何度か、アルスについて触れる場面があった。アルスの事を危惧しているようだが、表立って批判する様子はない。まるで子どもが親や教師を恐れて、遠回しに悪口を言うような感じだ。
「中央軍本部長」
僕が遮ると、彼は目をパチパチと瞬く。
「人類軍本部長はどちらへ?」
人類軍本部長の顔は知っている、ずっと前に勲章を授与された時、その会場で見たのが最初で、それ以降も何度も顔を合わせたことがあった。
中央軍本部長は、顔を背け、しかしいつまでもそうしていられるわけもなく、こちらに向き直った。
「人類軍本部長は、解任された」
「解任? 今はどなたです?」
「アルスなのだ」
寝耳に水だった。全く展開が読めない。
「あの男が、人類軍本部長ですか? まともな人事ではありませんね。誰が決定したのです?」
「政治家連中だ」
吐き捨てるような返事。
「アルスは政治家の援護を受け、軍を乗っ取りつつあるのだ」
「なんで誰も反対しないんですか? 反発は起こらないのですか?」
「それさえも、金と権力で、抑え込まれているのが現状だ」
キナ臭いどころではない。強烈な腐臭を感じるような内容だった。
その後の話でおおよそのことはわかった。アルスは反乱軍鎮圧の戦功を巧妙に自分に集中させ、その上で政治家に働きかけ、おそらく何かしらの取引があり、一気に発言力を増した。
彼はすでに中央軍以外の軍団の総指揮権を自分か、自分の子飼いの数人に振り分けた。中央軍が残っているのは、政治家が保身のためにそこを守っただけで、しかしそれも時間の問題だと僕は感じた。
「それで、アルス総司令はどこにいるのです?」
すでにアルスは総司令と役職をつけて呼ぶような対象になっている。
「執務室だ、しかし外部の誰とも会わない。私にもだ。おそらく、処刑には出席するはずだ」
わずかな情報を収集して、僕は一旦、割り当てられた部屋に戻り、素早く通信文を作り、それを従卒を通して、速達で三人の部下に送ることにした。
それが終わったら、知り合いの軍人に接触して、現状を確認した。
アルスによる軍支配は瞬く間に進んだらしい。軍人のほとんどは、気づいた時には手も足も出なかったという。
その一方、確かに反発はあり、表立っていないのもわかった。アルスに正当性がないと考えるものが多い。そんな立場の軍人は、いざとなってもアルスに従うことはない、と考えているようだったけど、それはつまり、誰かは従わないはずだ、という思い込みに近い。自分自身が従うかどうかは、周りを見て決める、という気配が濃厚だった。
そうして、処刑の日になり、その会場には軍部の主だった幹部が列席した。
アルスの姿もあった。今までで一番、自信に溢れた顔をしている。
処刑はスムーズに行われ、どういう神経かわからないが、会食が開かれた。
僕は自然な素振りでアルスに近づこうとしたが、護衛が立ちふさがった。押しのけるほどではない。ただ、じっとアルスに視線を注ぐと、彼はすぐにこちらに気づいた。
「これは、第四軍司令官」
アルスの方から近づいてくる。
「君の働きには期待している。ここのところ、悪魔に押されているそうだが、何が足りない? 兵隊か? 武器か? 食料か? 馬か?」
どう答えるべきか考える前に、口が動いていた。
「何もかも足りませんが、最も足りないのはここですよ」
僕は自分の頭を指でトントンと叩いた。アルスはきょとんと見返してくる。
「頭ですよ。指揮者の頭が、足りないらしい。これは連合王国軍全体に言えることですが」
はっきりと伝わらなかったようで、アルスは黙っている。気づくほどの頭もないらしい。
「よく分からないが」アルスは手に持っていたグラスで唇を湿らした。「私が軍全体の統制を高めれば、より効率的に戦えるだろう。敵対国家にも圧力がかけられるし、悪魔もいずれは封じ込められるはずだ。そのための援助は惜しまない」
これは全く、ふざけた男だ。
仕方ないので、僕は軽く敬礼し、背中を向けた。
宿舎に帰ると、三人の部下の連名で通信が速達で届いていた。開封して、確認して、愕然とした。アルスの部下が押しかけて、部隊の運用に口を出して、統制が乱れているらしい。もちろん、三人は正式に司令官代行を受けているため、封じ込められてはいないが、ややこしい状況のようだ。
僕は即座に支度をして、宿舎を出た。長持ちしそうな馬を即金で買うと、それを倒れる寸前まで走らせ、どうにかたどり着いた宿場で馬を乗り換えた。そのまま一気に戦地へ戻った。
その時には、異常事態が起きていた。
早朝、到着した僕を迎えたシグナルは真っ青な顔で、駆け寄ってくると、目の前に跪き、地面に額をこすりつけた。
「申し訳ありません!」
涙まじりの絶叫が発せられた。
「何があった?」
馬から降りて身をかがめると、シグナルが、頭を下げたまま、震える声で報告した。
「タンクが、重傷を負いました。私どもの、不手際です」
「重症? 戦場でか?」
「いえ……、何者かに、陣地で襲われました」
予想だにしない答えだった。
そうこうしている間に、周囲に兵たちが集まり、口々に何か言い始め、大きなざわめきになった。
彼らの声を総合すると、どうやらアルスの部下が非難の対象らしい。そしてアルスの部下はすでに捕らわれているようだ。
兵士に近づくと、自然と道ができた。兵士の壁が破れて、僕はゆっくりとその道を進む。足は自然と、軍規違反者などを拘束するテントに向いていた。
テントの中に入ると、三人の男が両手足を拘束され、さらに目隠しをされた状態で転がされていた。荒い呼吸をしている。
僕は彼らを見て、しかし、何も言えなかった。
テントを出て、今度は医療用のテントに向かう。兵士たちは道を作り、そして僕の後に続いた。医療テントの中に入ると、軍医がすぐに僕をタンクの元へ導いた。
タンクはベッドに横になったまま、こちらを見た。顔は土気色で、唇は乾いていた。頬もこけている。
「手は尽くしましたが……」
医者の無念そうな声を聞きながら、僕はタンクの手を取った。彼は何か言おうと口を開いたが、声は出なかった。かすかに僕が握る手に力が込められる。
しばらく、タンクの横で、彼の手を握っていた。錯覚だろうけど、徐々に手から体温が抜けていくような気がした。彼が目を閉じて眠りに落ちたので、僕はその場を離れた。
執務用のテントに移動して、やっとスカルスと顔をあわせることができた。シグナルも来たが、彼は俯いていて、何も言えない。
「どういう状況だった?」
僕の質問に、いつも通りにスカルスが淡々と話した。
最初は僕の三人の部下と、アルスが派遣した三人の軍人の小競り合いだったという。もちろん、実際に剣を抜いたりしたわけではなく、口論のような形だったらしい。
お互いに譲らないまま、数日を頻繁にそんなやり取りを続けて過ごした。
そしてある夜、タンクは自分のテントの前で重傷を負って倒れているのを発見された。即座に治療が施され、同時に加害者を捜索し始めた。その中でアルスの部下の一人に重大な疑惑がかけられたのだった。
シグナルはその軍人を切ると宣言したが、スカルスがそれを抑え、さらに他の兵士たちから守る意図もあり、三人の軍人を拘束した。それが昨日の夜らしい。
「疑惑はほぼ確定的ですが、即座に処断するのは司令官にとって不利であると判断しました」
そう言って、スカルスは口を閉じた。
僕はしばらく机を眺めて考え、次に天井を眺めて考えた。
どうするべきか、判断はつきかねた。アルスの部下を処罰しないわけにはいかない。ただ、そうすればアルスは僕を攻撃するだろう。その攻撃が、シグナルやスカルス、他の兵士に向くのは避けたかった。
その一方、ここでアルスの暴挙を広く訴えれば、相応の数の味方が集まるのも、予想できた。
どちらが正しいのか、迷っていた。
タンクがもう助からない、というのが僕の気を重くしていた。彼には重要な任務を任せてきたし、相談役の一人として、非常な貢献があった。
その彼が殺されたというのに、僕が黙っているという姿は、周りにどう映るのだろう。
僕が黙っていて、第四軍の兵士は僕に従うのか。
第四軍の足並みが乱れることを、タンクは望まないだろう。ただ、無駄な争いを望むとも思わない。
どちらの道を選ぶべきか、どうしても即断出来なかった。
シグナルとスカルスを下がらせ、僕は執務室で一人考えた。
誰かがテントの外から声をかけてきたので、応じた。声が女性だったので、シッラだろう。
しかし入ってきたは、ユーメールだった。
「戻られたとお聞きしたので」
彼女は小さな瓶を運んできた。僕はびっくりして、反射的に立ち上がった。
「これは、珍しいですね」そんなことを口にしていた。「いつも、ありがとうございます。いつ、こちらへ?」
「部隊を防衛に振り分けたのはあなたの命令だったはずですが」
そうだった。そうか、ユーメールも同じ場所にいるのか。今まで、どこか遠くにいる気がしていた。
「ダイアン様もこちらへ?」
「ええ」
短い返事。瓶を机の前に起き、ユーメールが頭を下げた。
「では、これで」
「シッラは」これも無意識に口をついていた。「どうしたのですか?」
その一言で、ユーメールは目を見開いた。
「ご存じないのですか?」
「何かあったのですか?」
ためらいを見せたが、ユーメールは静かな声で言った。
「シッラ様は、突撃隊の最後の出撃の折、行方不明に」
この言葉を理解するのには、時間がかかった。
行方不明?
ユーメールになんて応じたのか、僕は覚えていなかった。気づいた時には、執務机にもたれるようにして、考えていた。
シッラのことではなく、タンクと、アルスの部下の処断をである。
シッラのことは、考えられなかった。
その夜は眠ることができず、朝になった。
朝には心は決まっていた。シグナルとスカルスを呼び出す。
「アルスの部下は処刑する。しかしその前に、アルスの不正、アルスの策謀を暴く。僕はとてもじゃないが動けない。目立つからね。シグナル」
「はい!」
シグナルが赤い目で僕を見た。彼も眠れていないのだろう。
「首都へ密かに潜入し、情報を集めろ。それと、僕の知人に連絡しておくから、軍部の中でも多数派を形成できるように、働きかけて欲しい。資金は十分に渡すし、必要なら催促してくれ」
「はい!」
「今すぐ使えそうな奴、特に口が固い兵士を選んで、首都へ向かえ」
シグナルは敬礼すると、テントの外へ駆け出していった。
「アルスを」残ったスカルスが無感情な声で言う。「追い落とすつもりですか?」
「彼の元では軍全体がまとまらない、というのが僕の判断だよ」
「では、誰が代わりになるのですか? お考えを聞かせください」
「僕以外、今のところ、いないようだ。もちろん、どこかにはより適任の者がいるかもしれないが、しかし、今はね」
スカルスが敬礼し、小さく顎を引いた。
「お手伝いさせていただきます」
「君と僕で、シグナルが成果をあげるまで、この戦線を支えつつ、アルスの影響を抑える必要がある。アルスの影響と言っても、この軍が彼になびくとは思えない。問題は、アルスに対する反感が暴発しないようにすることだ」
僕たちはしばらく言葉を交わした。
その間に、軍医がテントへ入ってきた。その顔を見て、何が告げられるのか、聞くより先に分かっていた。
「亡くなりました」
軍医はそれだけ口にして、頭を下げた。
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リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
スーパーのビニール袋で竜を保護した
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竜は、災害指定生物。
見つけ次第、討伐――のはずだった。
だが俺の前に現れたのは、
震える子竜と、役立たず扱いされたスキル――
「スーパーのビニール袋」。
剣でも炎でもない。
シャカシャカ鳴る、ただの袋。
なのにその袋は、なぜか竜を落ち着かせる。
討伐か、保護か。
世界の常識と、ひとりの男の常識が衝突する。
これは――
ビニール袋から始まる、異世界保護ファンタジー。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
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貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
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この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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