サクリファイス -とある戦いの記録-

和泉茉樹

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第14章

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     十四

 悪魔の軍勢の動きは、斥候を十分に展開したため、早い段階で把握できた。
 しかし、報告を聞いても、それが事実とは思えなかった。
 悪魔軍の総数、八千。
 今までにない数字だった。こちらを数で上回っている。
「いつの間にこんなに増えたのよ……」
 シッラの呟きは、その場の全員が言いたかった内容だった。
 しかし実際に敵は攻めてくる。彼らを押しとどめない限り、背後にいる人類に危険が及ぶ。
「戦いを放棄することはできない、当然のことだけど」
 僕はそう言って、地図の上を指で撫でた。
「可能な限り兵を集めよう。首都にシグナルが連絡員を置いたはずだ。シグナルがいれば万全だったが、彼は移動の最中だろうね。こうなっては、軍本部が援軍を振り向けてくれるまで、ここにいる兵力で支えるしかない」
「我らの総数は六千ほどです」スカルスがすぐに応じた。「時間を稼ぐには十分でしょう」
 こうして、僕たちは悪魔の大軍勢を待ち構えた。
 通報から二日後、僕たちの陣地からほど近い位置に悪魔たちが陣を構えた。お互いの姿が目視できる距離だ。人類軍の防御陣地は広く伸びているが、悪魔の陣地はそこまでではない。
 つまり、うまくやれば包囲できるかも知れない。
 ただ包囲にこだわる必要はない。
 僕は戦いが始まる気配を強く感じながら、シッラとスカルスを呼んだ。
「決死隊のようなものを組織したい」
 僕がそう言っても、二人は黙って先を促すのみだった。まだ判断つきかねる、ということか。
「悪魔軍はこれだけの軍勢になると、中級悪魔の指揮力では運用できないはずだ。なら、上級悪魔が数体はいる。この上級悪魔を積極的に討ち取るようにしたい」 
 二人も僕の意図を把握したようだ。
「そのための決死隊ですか」スカルスが僕をじっと見据えた。「しかし、上級悪魔を討つなど、どれほどの技量がいるか」
「複数人で対処するしかない。最終的には上級悪魔を討つ必要は絶対に生じる。それを早めたいだけだよ」
 スカルスとシッラは黙った。二人のうち、シッラはすぐに決断した。
「良いでしょう。決死隊、承知します」
 彼女の言葉に意外そうにスカルスが視線を向ける。シッラは強い視線を彼に向け、それからこちらを見た。
「指揮官は?」
「ズーガに一隊は任せるのは決めている」
「適任です」
 予測していたらしいシッラが即座に頷く。そして僕を強く睨んだ。
「あなたも行くのでしょう? 司令官」
「わかっていたか」
 頭を掻いて、僕は自分の剣を持ち上げた。
「僕が一番の適任者でもある」
 シッラとスカルスは黙っていた。二人とも自分が出たいような気配だったが、しかし自分の力量に自信が持てないんだろう。
「気にすることはない、二人には二人の仕事がある。部隊をまとめて、侵攻を食い止めてもらう。防御陣地も激戦になるさ」
 二人はそれぞれに頷き、その場は解散になった。
 決死隊はズーガと相談して、僕と彼で一隊ずつを率いて、一隊三十人で構成されることになった。全員が抜群の技量の持ち主である。
 準備が完全に整う前に、悪魔軍が前進を始め、我々も部隊を前に出す必要が生じた。
 人類軍の兵は悪魔とぶつかると大きく三隊に分かれる。正面から悪魔を抑えたら、一隊はそこに留まり、二隊は左右から悪魔を包むようにして攻撃する。
 典型的な攻撃だが、しかし今回は、相手も規模が違う。
 悪魔軍がより大規模で、同じことをしてくる。つまり、悪魔軍を包囲した人類軍をさらに悪魔軍が包囲するのだ。我々はそれをさらに包むように動く。
 つまり作戦も何もない、泥沼になった。
 僕たちとしては、悪魔を大きな集団ではなく、小さな集団になるように誘導し、数の差を補うのが常道だ。
 ただ今回、それはできなかった。悪魔の動きに統制が取れすぎていた。
 今までにないことだった。
 決死隊は事前の計画通り、騎馬で戦場の情報を集める部隊が帰陣し、上級悪魔のおおよその位置を把握すると即座に出撃した。
 情報収集の部隊の手引きで、戦場を一気に断ち割るようにして、僕とズーガは進む。途中で彼とは別れた、何か大声で言われたけれど、周りがうるさく、聞こえなかった。
 僕の隊は上級悪魔を群れている下級悪魔の向こうに見ることができた。僕の部下が、下級悪魔に襲いかかり、切り崩していく。
 僕も強く切り込み、上級悪魔の前に進み出ることができた。
 上級悪魔も馬のような悪魔に乗っている。面頬をつけていて、顔は見えない。鎧も意匠が凝らされていた。
「珍しいことよ」
 いつかの上級悪魔同様、この上級悪魔も人語を解しているようだ。
「ヒトが我らの武器を持っている。それも私の知っている武器だ」
 僕はまじまじと相手を見てしまった。僕が剣を奪った悪魔だったのか、と思ったのだ。しかし違うように見える。違うはずだ。
「まだ生きているのか?」
 無意識に問いかけていた。悪魔が何も言わずに、ゆっくりと自分の剣を引き抜く。僕も剣を構えた。悪魔が手綱を引いて、馬のような悪魔を前に進ませ、僕も同様に進ませる。
「生きておる」
 短く悪魔が応じた。
 その直後、僕に向かって剣が突き出された。
 身を捻って回避するが、悪魔の剣は僕の肩の鎧を火花と一緒に削り取っている。
 こちらも反撃するが、上級悪魔だけあって、動きが機敏だ。こちらは徐々に、相手の剣を避けられなくなり、剣を受ける場面が増えた。相手の剣は一撃一撃が非常に重い。
 ついに悪魔の剣が僕の馬を捉え、馬が竿立ちになる。僕はどうにか手綱を握って、体を支えたが、悪魔の一撃が容赦なく馬を斬り殺してしまった。
 下敷きにならないように地面に身を投げ出す。
 土まみれになりながら姿勢を整えると、上級悪魔は爛々と光る目でこちらを見下ろしている。
「手を下すまでもない」
 そう言ったと思うと、上級悪魔が人語ではない、意味不明の奇声のようなものをあげた。
 周囲の下級悪魔が、押し寄せてくる気配。
 僕は上級悪魔と切り結んでいる間、僕の部隊は僕を守るように展開し、めいめいに戦っていた。しかしこの下級悪魔の圧力に、後退を余儀なくされる。
 上級悪魔は、自分が相手をせず、下級悪魔に潰させようとしたのだった。
 数に負けて、仲間たちは馬から落ち、それでも立ち上がって戦う。僕も次から次へと下級悪魔を切っていく。
 どう切るか、どう防ぐのか、仲間はどうなったのか、人類軍がどうなったのか、何も考える余裕はなかった。
 ひたすら剣を振って、自分が刃物になったように、ひたすら斬りまくった。
 気づいた時には、周囲に悪魔の死体が大量に転がり、その間に僕の指揮する決死隊の人間の死体があった。
 僕は全身、血で濡れていた。悪魔の血と、僕自身の血だ。
 いつの間にか、下級悪魔は僕を取り囲み、しかし攻撃してこない。
 上級悪魔が乗っていた悪魔を降り、こちらへ歩み寄ってきた。
「ヒトの身ながら、稀有な者と見た」
 僕は無心になっていた。何も考えず、自然と体が運動する。
 上級悪魔に切りつけ、切りつけられ、二本の剣が目にも留まらぬ速さで交錯し、また衝突する。体力は限界のはずなのに、少しも苦ではなかった。
 腕が痛む、傷が痛む、目が霞む、耳は何を聞いているのかわからない。
 それでも僕は攻撃をやめなかった。
 悪魔が一歩後退する。しかしすぐに僕も押し込まれる。
 剣が風を切り、光を反射する。
 瞬間、何かが僕の肩を深く切り裂いた。片腕から力が抜ける。
 最善策を無意識に体が再現した。
 続く上級悪魔の剣を回避し、強引に踏み込む。
 悪魔の剣が翻り、僕の腹部を鎧ごと貫いた。 
 激痛の中で、僕は安堵していた。
 僕の剣は、悪魔の喉元を刺し貫いていた。
 つまり、相打ちだ。
 悪魔が一歩、よろめく。僕の腹部から剣が抜け、何かが勢いよく溢れた。反射的に悪魔の喉元から引き抜いた剣を持ったままの腕で腹を押さえる。
 悪魔の血が僕に降り注いだ。
 上級悪魔は何か言おうとしたようだったが、喉を破壊されて声になっていない。
 その悪魔がまた一歩、後退し、そして、背中から倒れた。下級悪魔たちが周囲で騒ぎ始め、同時に押し寄せてくる。
 僕は死を覚悟した。負傷が重すぎて、動けない。
 そして僕は気を失った。
 
     ◆

 何を見ているのか、わからなかった。
 見たこともない生物や植物の世界。天には二つの太陽。川を流れる紫色の液体。花は金属質で、光っている。
 誰かが何か言っている。しかし人語ではない。
 ここはどこだろう?
 考えた瞬間に、世界は白く染まった。

     ◆

 いつの間にか、僕はテントの天井を眺めていた。
 身体中が痛む。特に腹部には違和感があった。首を巡らせると、そこは見知った医療用テントだった。僕が動いたのに気づいた看護師が驚きの視線の後、大声で軍医を呼んだ。駆けてきた軍医が、僕にいくつか質問する。
 自分の名前、生年月日、所属、などを質問される。僕は声を出そうとしたが、無理だった。軍医は声が出ないとわかったようで、謝罪の後、もう少し休んでください、回復するはずですから、と耳元で告げて、離れていった。
 無性に眠たく、僕は目を瞑ると同時に意識を失った。
 次に目を覚めた時は、声が出た。看護師に、水と、とだけどうにかいうと、看護師はすぐに器を持ってきて、そっと僕の口に水を含ませてくれた。
 腹部に焼けるような痛みが走る。これは当分は、動けそうにもない。
 また眠り、その翌日、シッラとスカルスが面会に来た。僕はまだよく声が出ない。
 二人は戦況を僕に報告した。ズーガ隊はほぼ壊滅し、ズーガも負傷したらしい。しかし僕の隊が上級悪魔を撃破したため、悪魔軍の三分の一が後退を始めたという。それにより数が拮抗し、人類軍はかろうじて悪魔を押し返した。
 僕が最も知りたかった、僕の率いた決死隊の生還者は、僕を含めて四人だった。
 シッラとスカルスが辞去してから、僕は自分の作戦の、どこに間違いがあったのかを検証していた。上級悪魔を狙う必要性ははっきりしたけれど、どうやって倒すべきかが、わからない。
 考えようとしても、疲労に襲われて、意識が曖昧になる。
 そんな状態で数日が過ぎた。痛みは引いてきて、少しずつ体に力が戻ってくるような気がした。
 シッラとスカルスとも意見交換をして、現状もわかってきた。
 悪魔は再攻勢を狙っているようで、軍勢を整えている。一方、人類軍も、軍本部から強化のための兵員が到着していた。
 スカルスが、シグナルが先ほど戻ってきた、と教えてくれた。
「みっともない姿で、残念だ」
 僕がそういうと、シッラは苦笑し、スカルスはわずかに頷く。
 それから少し遅れて、シグナルがやってきた。どこか晴れやかな表情でテントに入ってきたが、僕を見るなり、その顔色に心配の色が浮かんだ。
 シグナルは首都での活動の報告をし、軍本部の統制について説明してくれた。
 最後に、
「ラグーン総司令が、軍部を乗っ取った、という風聞が広まっていますが、守護者宣言により、その噂は表面からは消えました」
 そういう思想が生まれる事は想定していたし、絶対にその思想を抑えつけるのは正しくない。
 多様性こそが、何かの時には役に立つはずだ。人間の社会において。
 悪魔の攻勢が強まり、衝突が続くようになった。悪魔軍はどうやら人類軍を疲弊させたいらしい。
 僕は動けるようになったが、軍医は僕を押しとどめた。
「その体は普通ではありません」
 強い口調の軍医の声に、僕は肩をすくめる。
「ずっと前からこの体さ」
 僕の体の黒いシミは一気に広がり、ほとんど全身を覆っていた。でも痛みは微塵もなく、むしろ爽快ですらある。
 腹部の傷は、おおよそ消えているが、そこが一番、黒く染まっている。どす黒い、と言ってもいい。
「痛みがないのですか? 不自然なところは?」
 軍医はどうしても解放したくないようだったが、僕は彼の肩に手を置いた。
「何もおかしいところはない。そして、人間はいつかは死ぬ」
 軍医を押しのけて、僕は自分のテントは戻った。服装を整え、剣を腰に下げた。ふと気になって、剣を抜いてみる。
 白銀の刀身には、少しの曇りもなく、刃も万全だった。
 僕が回収された地点に、上級悪魔の死体はなかったという。
 彼らはどうしてか、一対一を好む。それが悪魔の流儀だろうか。
 あの上級悪魔は倒れたし、下級悪魔の撤退の様子を見れば、あの上級悪魔はたぶん、僕が倒した。その死体がないということは、下級悪魔たちが運んだか。
 彼らにも、人間に近いような発想がある。
 不思議といえば不思議、理解できそうだが、理解できない気もする。
 剣を鞘に納めて、執務用のテントに向かった、
 その中には、シグナル、スカルス、シッラが顔を揃えていた。僕を見て、彼らが一様に驚いた顔をする。
「もうよろしいのですか?」
 シグナルが一番に歩み寄ってきた。頷き返して、僕は自分の椅子に向かう。シッラとスカルスは黙っていた。
 席に座り、四人で顔を突き合わせる。
「人類軍の戦力と、悪魔軍の推定戦力を教えてくれ」
 僕の問いかけに、スカルスが詳細な情報を教えてくれた。兵員の補充もあり、戦力に大きな差はない。たぶん、統率の面でも大差はないはずだ。
 問題は個人の戦闘力だ。
 僕はシッラを見た。
「ズーガはどうしたかな」
「彼は心臓に毛が生えているのよ、もうピンピンしているわ」
 僕たちは、いかにして単体でも強力な上級悪魔を倒すかを、話し合った。シグナルは、多数で押包めばいい、と言ったが、僕はそれを否定した。平凡な兵士をいくら当てても、切り捨てられるだろう。
 四人の中で、決死隊を組織するのは、効果が薄い、という考えで統一された。
 議論の中で、上級悪魔を超える、司令官クラスの特級悪魔を狙い撃ちする、という意見が出た。出したのはスカルスだった。シグナルが即座に反対した。
 特級悪魔の存在は知られていても、人類で対抗できた存在はいない、というのが通説だ。
 そして特級悪魔がいる位置まで、どうやって主力を送り込むのか、それが問題になる。
 答えは出なかった。翌日、再び会合を持つことにして、その日は終わった。
 翌日、会合が開かれることはなかった。
 悪魔が再び、押し寄せてきたのだ。


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