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第一章 信用度数最低編
四
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縦穴に戻ると、すでにリッカが指示を出して、通りかかったらしい男たちを指揮して、縄ばしごを下ろしてくれていた。
二人ほど、若い神父が瓦礫をひっくり返していて、どうやら僕が埋まったと思ったようだった。彼らは僕を見ると駆け寄ってきて、無事を確かめてきた。
その僕の背後から、のっそりと見知らぬ男が現れて、彼らは呆気にとられていた。
「誰だ? こいつ? 一緒に落ちたのか?」
尋ねられても、答えようがない。曖昧な声で返事をして、僕は梯子を上った。例の男も、僕を探していた二人も上に上がった。
僕が整理した地下空間の床、その八分の一ほどが崩壊したようだった。リッカとアリが待ち構えていて、地下空間はいつもより明るい。他に医者と看護師らしい数人も待機していた。
僕が上がると、リッカが駆け寄ってくる。
「アルスさん! 無事ですか?」
「神のご加護でしょうね」
軽い調子でいった僕の背後で、ボロ切れを引っ掛けたような男が出てきた。リッカとアリが目を丸くしている。
「こちらは……」
僕は紹介しようとしたが、よく考えれば、名前を聞いていない。
「名前は?」
尋ねると、男は地下空間を眺めてから、リッカをまっすぐに見た。
「シリュウ」
男がそっと、視線をリッカから移動させる。それを受けたリッカは、軽く目を見開き、それから少し俯いているだけで、何も言わない。
変な空気だけど黙っているわけにもいかない。
「シスター、この人は僕の関係者で」
顔を上げたリッカが先ほどより驚いた顔に変わった。
「関係者ですって? あなたの?」
返事をせずに、僕は彼女をじっと見た。視線で伝えるしかない。余計なことは言えないのだ。
僕の横で、シリュウが頭を下げた。
アリが不安そうにリッカを見ている。リッカは、小さく顎を引くように頷いてきた。
「とりあえず、上に。お二人とも、怪我はないのね?」
こうしてどうにか第一関門を抜けた。医者が軽く僕の体に触れて、様子を見たが僕は何の怪我も負っていない。シリュウもだ。
二人で地上へ戻り、例の応接室に通された。シリュウは周囲を何度も見まわしている。この時には僕を助けに来た男の一人が上着をシリュウに渡していて、彼はやや丈は短いものの、それを羽織っていた。
「シリュウさん、お座りにならないの?」
すでにソファに腰を下ろしているリッカが話しかけると、シリュウはちらっと彼女を見た。しかしすぐに視線を壁に向ける。その壁には、僕には名前もわからない、協会関係者だろう男性や女性の肖像画がかかっていた。
諦めたらしく、リッカが僕を見た。
「それで、アルスさん、私たちはどうしたらいいのかしら?」
「まず」
僕は頬を撫でつつ、考えた。
「彼に僧房を提供してあげてください」
「彼が僧になるのですか?」
「一時的に、です」
ほとんど睨むような目で、リッカがこちらを見た。僕は知らん顔をするしかない。アリは黙っている。部屋には四人しかいない。空気が冷えるような緊張が満ちている。
「あなたは厄介ごとを大勢、ひきつれていますね」
ほとんど嘆くようにリッカが口にしたその言葉は、降参と同義だった。
彼女が立ち上がり、部屋のデスクの一つに向かうと、引き出しから鍵を一本、持ってきた。それが僕の前に置かれる。
「僧房の一室を、お貸しします。期限は、一週間です」
「ありがとうございます、シスター」
「一週間ですよ」
そう聞きながらも、考えていたのはどれだけ長くシリュウを僧房に置けるかだった。ごり押しできるだろうか。
シリュウはずっと沈黙を続け、結局、応接室を出るまで、一言も口をきかなかった。
アリが僕たちを教会から僧房へ案内した。同じ敷地にある、三階建の建物である。二棟が並んでいる。男性と女性で分けているのだろう。空いているという部屋は一階だった。
部屋に入って、やっとシリュウが口をきいた。
「あのばあさんが、間違い無く、リッカか?」
「え? そうだけど」
質問の意図が分からない。シリュウは苦り切った顔で、そっぽを向いた。
ドアがノックされたので、僕が出た。アリが僧服を持ってきてくれた。部屋に戻り、シリュウに手渡す。彼は心底嫌そうな顔で、僧服を着た。身長が高いので、袖も裾も短い。
「きつい」
シリュウが襟元を留めるのを諦めて、つぶやく。借り物に文句を言わないでくれ。
「さて、お前の名前はアルスというのか?」
「そう、自己紹介してないけど、他の人が呼ぶのを聞いていたの? 僕はアルス」
「教会の掃除係というのは、嘘だろう?」
まぁ、嘘と言えば嘘、本当と言えば本当。
「実は、悪魔を狩って日銭を稼ぐのが本業。探索士だ」
「悪魔だって? 連中、まだその辺にいるのか?」
どうもシリュウとは会話がかみ合わない。
「この街から片道一日で前線だよ。この辺は連合軍が担当している」
「連合軍? 人類国家軍はどうなった?」
「人類国家軍だって? そんなの、三十年も前に解体されて、連合軍と同盟軍に分かれたじゃないか」
ますますシリュウが顔をしかめる。
どうも話が合わない。
「暦もそうだけど、そちらさん、時間旅行でもしているのか?」
「……そうらしい」
そうらしい、だって?
「生まれたのは統一暦の頃なの?」
「そうだ」
……やれやれ。からかわれているらしい。
「今、何歳?」
「知らん。ずっと眠っていた。いや、眠っていたという感覚はない。一瞬だった」
どういうこと……? もしかして、封印されていたのって、ずっとか?
「俺の事を知らないのか?」
尋ねられても、ますます、分からない。シリュウ、という名前を脳内検索するが、すぐには出てこない。
「結構、人類国家軍で戦功を上げたぞ。勲章ももらった」
「例えば?」
「そうだな。大きいところでは、南部勢力の殲滅戦、西部諸島の解放戦に参加した。殲滅戦では彗星勲章、解放戦では天位勲章を受けたな」
驚きのあまり、頭が痺れたのは初めてだった。
突然に思い出したが、自分でも想定していなかった。
シリュウという英雄の存在は、僕も知っていた。
南部勢力の殲滅戦は、大陸南部で一大勢力だった悪魔の集団を揉み潰し、滅ぼした戦い。そして西部諸島の解放戦は、今は人間国家が支配する西部諸島だが、以前は悪魔が支配している領域だったのを、人類の手に取り戻した戦いだ。
どちらも歴史の教科書に載っているような、激戦だった。
僕が聞いているシリュウという戦士は、確かに彗星勲章に、天位勲章を受けている。どちらも最高級の武勲章だ。
ただ、それも五十年は前だ。
記憶を辿るが、シリュウという戦士は、どういう最期を迎えたんだったか、思い出せない。
「あの、八英雄の一角の、シリュウ?」
「八英雄か。懐かしい響きだな」
感慨のこもった声だった。信じられない。というか、こんなことがあるだろうか。
「そういう冗談は」僕はシリュウを伺いながら、言う。「やめて欲しいけど」
「冗談ではない、と言っても信じてもらえまい」
いよいよ、そして、ますます、確信が湧いてきた。
「試しに聞くけど」
ちょっとした確認。
「八英雄のシリュウといえば、悪魔から奪った魔剣を持っていたはずだけど」
反応は簡潔だった。
「今は持っていないようだな、この通り」
「それは僕も見ればわかるよ。どこに保管されているの?」
「知らん」
ちょっとがっかりした。
ただ、彼と話しているうちに、少しずつ理解が及んできた。
「整理しよう」
僕は部屋にあった椅子に腰を下ろす。シリュウは寝台に腰掛けた。やはり服がきつそうだ。
「あなたは、シリュウその人で、ずっと眠っていた。五十年以上、あの地下で」
「そうだ。間違いない」
「封印を破ったのは、やっぱり、僕が?」
「心当たりがあるんじゃないか?」
……あぁ、そうか。わかった。やっぱりだ。
自分の迂闊さ、思考の回りの悪さを反省しつつ、作業着のポケットに手を突っ込んだ。
引っ張り出したのは、錠だった。
「これのことだね?」
「だろうな。感じるものがある。強烈な魔法の気配だ」
魔法の気配、と言われても僕は感じない。
魔法と魔術というものは、人間が悪魔の力を模倣したものだ。
法則を書き換える魔法、悪魔の技術を再現する魔術。
どうやら、僕が破壊した、シリュウの首にあった錠が、彼を封印していたらしい。
全く、面倒なことをしてしまった。
「失敗した、と思うんだけど、どう思う?」
「俺に聞くな」
取りつく島もない。ポケットに錠を戻す。とりあえず、これが貴重なものでいい金になりそうなことはわかった、と思うことにする。
しばらく、僕は黙って、考えていた。シリュウはぼんやりと天井を眺めている。何を考えているかはわからない。
「とりあえず、シリュウはここで生活すればいいよ」
「リッカは一週間と言っていた。それ以降はどうすればいい?」
「僕に聞かれても困るけど、一週間のうちに、何か、教会に貢献して、それ以降も留まれるように努力すればいいんじゃないの?」
僕の言葉に、シリュウが目を丸くした。
「まさか、俺も掃除係か?」
「それは僕の仕事だ。あるとすれば、掃除係補佐だ」
心底から嫌そうに、シリュウは首を振る。
「そうは言っても、シリュウ、何ができるの?」
「戦える」
……ふざけているのかな。
「武器もないのに? 防具もないのに?」
「買えばいい」
「元手がないよ。まずは何かで稼ぐ必要がある」
「その錠を売ればいい」
これは僕がもらったんだ。絶対に譲るつもりはなかった。
しかしここで押し問答をしても、始まらないのも事実。
「こうしよう」
シリュウがこちらを見る。
「一週間、とりあえず、落ち着く。それから考えよう」
シリュウが少しこちらに身を乗り出した。
「それでもいいが、アルス、ちょっといいか? お前は、悪魔を狩って日銭を稼ぐのが仕事だと言った。なぜ、今、それをしない?」
また答えづらい質問をするなぁ。
「仲間が全滅して、仕事がなくなった」
「新しい仲間を探せばいい」
こういう考えをする辺りが、やはり五十年前の人間だ。
「仕事は紹介所が斡旋するけど、連中は登録者に色々な数値をつけて評価する。僕はその中の信用度数が低すぎて、紹介所も僕に仲間をあてがわないってことだよ」
「紹介所? 知らんな。そんなもの、無視して仲間を集めればいい」
「今時、紹介所を無視してやっていく連中はいないよ」
ややこしいな、とシリュウが苦笑した。笑い事ではない。
そのシリュウが真剣な顔になる。
「兵士になればいいんじゃないか? 傭兵になる、という道もあるはずだ」
「その辺は五十年前と大差ないだろうね。ただ、僕は兵士にはならない」
「なぜ?」
「性に合わない。自由に暮らしたいんだ」
反応は、また苦笑だった。
「自由な時代だな。俺の時代には、みんなが兵士だった」
「そういう昔話は、残念ながら生きる糧にはならないと思う」
確かに、という返事だった。
「よし、わかった。まずは一週間だ」
やっと方針が決まる。
「頼みが一つある。世話を焼いてもらっているのはわかっている。いつか恩返しをするから、頼まれて欲しい」
もう何を言われても驚ける気がしない。
「なんなりと、言ってみてよ」
「毀れの剣を探してみてくれ」
毀れの剣?
「何、それ? どういうもの?」
驚いたのは、シリュウの方だった。目を丸くして、それから細める。
「俺の得物だ。知らないのか? さっき、俺が魔剣を持っているか、聞いただろう」
毀れの剣。知っているような、知らないような。魔剣を持っていることは知っていたけど、名前は知らないのだ。もちろん、形状も知らない。
「名前を知らないし、形も知らない。どこにあるの?」
「知らん」
デタラメなお願いだった。
僕に剣を探して欲しい、というのは、明らかに、一週間が過ぎたその先のことを考えている。
「ちょっとだけ、調べてみる」
よし、とシリュウが立ち上がった。
「飯を食いに行こう」
……やはり、デタラメである。
彼が金を持っているわけがない。僕はリッカに、夕飯を恵んでもらえるか、考えた。
無理だろう。
つまり、外へ、僕の金で、食べに行くのだ。
結局、埃だらけの作業着と丈が短い僧服の二人組が、夕方の早い時間に食堂で食事をする、という奇妙な光景が展開された。そしてその日から、僧服の大食漢が教会にいる、と噂が流れた。
二人ほど、若い神父が瓦礫をひっくり返していて、どうやら僕が埋まったと思ったようだった。彼らは僕を見ると駆け寄ってきて、無事を確かめてきた。
その僕の背後から、のっそりと見知らぬ男が現れて、彼らは呆気にとられていた。
「誰だ? こいつ? 一緒に落ちたのか?」
尋ねられても、答えようがない。曖昧な声で返事をして、僕は梯子を上った。例の男も、僕を探していた二人も上に上がった。
僕が整理した地下空間の床、その八分の一ほどが崩壊したようだった。リッカとアリが待ち構えていて、地下空間はいつもより明るい。他に医者と看護師らしい数人も待機していた。
僕が上がると、リッカが駆け寄ってくる。
「アルスさん! 無事ですか?」
「神のご加護でしょうね」
軽い調子でいった僕の背後で、ボロ切れを引っ掛けたような男が出てきた。リッカとアリが目を丸くしている。
「こちらは……」
僕は紹介しようとしたが、よく考えれば、名前を聞いていない。
「名前は?」
尋ねると、男は地下空間を眺めてから、リッカをまっすぐに見た。
「シリュウ」
男がそっと、視線をリッカから移動させる。それを受けたリッカは、軽く目を見開き、それから少し俯いているだけで、何も言わない。
変な空気だけど黙っているわけにもいかない。
「シスター、この人は僕の関係者で」
顔を上げたリッカが先ほどより驚いた顔に変わった。
「関係者ですって? あなたの?」
返事をせずに、僕は彼女をじっと見た。視線で伝えるしかない。余計なことは言えないのだ。
僕の横で、シリュウが頭を下げた。
アリが不安そうにリッカを見ている。リッカは、小さく顎を引くように頷いてきた。
「とりあえず、上に。お二人とも、怪我はないのね?」
こうしてどうにか第一関門を抜けた。医者が軽く僕の体に触れて、様子を見たが僕は何の怪我も負っていない。シリュウもだ。
二人で地上へ戻り、例の応接室に通された。シリュウは周囲を何度も見まわしている。この時には僕を助けに来た男の一人が上着をシリュウに渡していて、彼はやや丈は短いものの、それを羽織っていた。
「シリュウさん、お座りにならないの?」
すでにソファに腰を下ろしているリッカが話しかけると、シリュウはちらっと彼女を見た。しかしすぐに視線を壁に向ける。その壁には、僕には名前もわからない、協会関係者だろう男性や女性の肖像画がかかっていた。
諦めたらしく、リッカが僕を見た。
「それで、アルスさん、私たちはどうしたらいいのかしら?」
「まず」
僕は頬を撫でつつ、考えた。
「彼に僧房を提供してあげてください」
「彼が僧になるのですか?」
「一時的に、です」
ほとんど睨むような目で、リッカがこちらを見た。僕は知らん顔をするしかない。アリは黙っている。部屋には四人しかいない。空気が冷えるような緊張が満ちている。
「あなたは厄介ごとを大勢、ひきつれていますね」
ほとんど嘆くようにリッカが口にしたその言葉は、降参と同義だった。
彼女が立ち上がり、部屋のデスクの一つに向かうと、引き出しから鍵を一本、持ってきた。それが僕の前に置かれる。
「僧房の一室を、お貸しします。期限は、一週間です」
「ありがとうございます、シスター」
「一週間ですよ」
そう聞きながらも、考えていたのはどれだけ長くシリュウを僧房に置けるかだった。ごり押しできるだろうか。
シリュウはずっと沈黙を続け、結局、応接室を出るまで、一言も口をきかなかった。
アリが僕たちを教会から僧房へ案内した。同じ敷地にある、三階建の建物である。二棟が並んでいる。男性と女性で分けているのだろう。空いているという部屋は一階だった。
部屋に入って、やっとシリュウが口をきいた。
「あのばあさんが、間違い無く、リッカか?」
「え? そうだけど」
質問の意図が分からない。シリュウは苦り切った顔で、そっぽを向いた。
ドアがノックされたので、僕が出た。アリが僧服を持ってきてくれた。部屋に戻り、シリュウに手渡す。彼は心底嫌そうな顔で、僧服を着た。身長が高いので、袖も裾も短い。
「きつい」
シリュウが襟元を留めるのを諦めて、つぶやく。借り物に文句を言わないでくれ。
「さて、お前の名前はアルスというのか?」
「そう、自己紹介してないけど、他の人が呼ぶのを聞いていたの? 僕はアルス」
「教会の掃除係というのは、嘘だろう?」
まぁ、嘘と言えば嘘、本当と言えば本当。
「実は、悪魔を狩って日銭を稼ぐのが本業。探索士だ」
「悪魔だって? 連中、まだその辺にいるのか?」
どうもシリュウとは会話がかみ合わない。
「この街から片道一日で前線だよ。この辺は連合軍が担当している」
「連合軍? 人類国家軍はどうなった?」
「人類国家軍だって? そんなの、三十年も前に解体されて、連合軍と同盟軍に分かれたじゃないか」
ますますシリュウが顔をしかめる。
どうも話が合わない。
「暦もそうだけど、そちらさん、時間旅行でもしているのか?」
「……そうらしい」
そうらしい、だって?
「生まれたのは統一暦の頃なの?」
「そうだ」
……やれやれ。からかわれているらしい。
「今、何歳?」
「知らん。ずっと眠っていた。いや、眠っていたという感覚はない。一瞬だった」
どういうこと……? もしかして、封印されていたのって、ずっとか?
「俺の事を知らないのか?」
尋ねられても、ますます、分からない。シリュウ、という名前を脳内検索するが、すぐには出てこない。
「結構、人類国家軍で戦功を上げたぞ。勲章ももらった」
「例えば?」
「そうだな。大きいところでは、南部勢力の殲滅戦、西部諸島の解放戦に参加した。殲滅戦では彗星勲章、解放戦では天位勲章を受けたな」
驚きのあまり、頭が痺れたのは初めてだった。
突然に思い出したが、自分でも想定していなかった。
シリュウという英雄の存在は、僕も知っていた。
南部勢力の殲滅戦は、大陸南部で一大勢力だった悪魔の集団を揉み潰し、滅ぼした戦い。そして西部諸島の解放戦は、今は人間国家が支配する西部諸島だが、以前は悪魔が支配している領域だったのを、人類の手に取り戻した戦いだ。
どちらも歴史の教科書に載っているような、激戦だった。
僕が聞いているシリュウという戦士は、確かに彗星勲章に、天位勲章を受けている。どちらも最高級の武勲章だ。
ただ、それも五十年は前だ。
記憶を辿るが、シリュウという戦士は、どういう最期を迎えたんだったか、思い出せない。
「あの、八英雄の一角の、シリュウ?」
「八英雄か。懐かしい響きだな」
感慨のこもった声だった。信じられない。というか、こんなことがあるだろうか。
「そういう冗談は」僕はシリュウを伺いながら、言う。「やめて欲しいけど」
「冗談ではない、と言っても信じてもらえまい」
いよいよ、そして、ますます、確信が湧いてきた。
「試しに聞くけど」
ちょっとした確認。
「八英雄のシリュウといえば、悪魔から奪った魔剣を持っていたはずだけど」
反応は簡潔だった。
「今は持っていないようだな、この通り」
「それは僕も見ればわかるよ。どこに保管されているの?」
「知らん」
ちょっとがっかりした。
ただ、彼と話しているうちに、少しずつ理解が及んできた。
「整理しよう」
僕は部屋にあった椅子に腰を下ろす。シリュウは寝台に腰掛けた。やはり服がきつそうだ。
「あなたは、シリュウその人で、ずっと眠っていた。五十年以上、あの地下で」
「そうだ。間違いない」
「封印を破ったのは、やっぱり、僕が?」
「心当たりがあるんじゃないか?」
……あぁ、そうか。わかった。やっぱりだ。
自分の迂闊さ、思考の回りの悪さを反省しつつ、作業着のポケットに手を突っ込んだ。
引っ張り出したのは、錠だった。
「これのことだね?」
「だろうな。感じるものがある。強烈な魔法の気配だ」
魔法の気配、と言われても僕は感じない。
魔法と魔術というものは、人間が悪魔の力を模倣したものだ。
法則を書き換える魔法、悪魔の技術を再現する魔術。
どうやら、僕が破壊した、シリュウの首にあった錠が、彼を封印していたらしい。
全く、面倒なことをしてしまった。
「失敗した、と思うんだけど、どう思う?」
「俺に聞くな」
取りつく島もない。ポケットに錠を戻す。とりあえず、これが貴重なものでいい金になりそうなことはわかった、と思うことにする。
しばらく、僕は黙って、考えていた。シリュウはぼんやりと天井を眺めている。何を考えているかはわからない。
「とりあえず、シリュウはここで生活すればいいよ」
「リッカは一週間と言っていた。それ以降はどうすればいい?」
「僕に聞かれても困るけど、一週間のうちに、何か、教会に貢献して、それ以降も留まれるように努力すればいいんじゃないの?」
僕の言葉に、シリュウが目を丸くした。
「まさか、俺も掃除係か?」
「それは僕の仕事だ。あるとすれば、掃除係補佐だ」
心底から嫌そうに、シリュウは首を振る。
「そうは言っても、シリュウ、何ができるの?」
「戦える」
……ふざけているのかな。
「武器もないのに? 防具もないのに?」
「買えばいい」
「元手がないよ。まずは何かで稼ぐ必要がある」
「その錠を売ればいい」
これは僕がもらったんだ。絶対に譲るつもりはなかった。
しかしここで押し問答をしても、始まらないのも事実。
「こうしよう」
シリュウがこちらを見る。
「一週間、とりあえず、落ち着く。それから考えよう」
シリュウが少しこちらに身を乗り出した。
「それでもいいが、アルス、ちょっといいか? お前は、悪魔を狩って日銭を稼ぐのが仕事だと言った。なぜ、今、それをしない?」
また答えづらい質問をするなぁ。
「仲間が全滅して、仕事がなくなった」
「新しい仲間を探せばいい」
こういう考えをする辺りが、やはり五十年前の人間だ。
「仕事は紹介所が斡旋するけど、連中は登録者に色々な数値をつけて評価する。僕はその中の信用度数が低すぎて、紹介所も僕に仲間をあてがわないってことだよ」
「紹介所? 知らんな。そんなもの、無視して仲間を集めればいい」
「今時、紹介所を無視してやっていく連中はいないよ」
ややこしいな、とシリュウが苦笑した。笑い事ではない。
そのシリュウが真剣な顔になる。
「兵士になればいいんじゃないか? 傭兵になる、という道もあるはずだ」
「その辺は五十年前と大差ないだろうね。ただ、僕は兵士にはならない」
「なぜ?」
「性に合わない。自由に暮らしたいんだ」
反応は、また苦笑だった。
「自由な時代だな。俺の時代には、みんなが兵士だった」
「そういう昔話は、残念ながら生きる糧にはならないと思う」
確かに、という返事だった。
「よし、わかった。まずは一週間だ」
やっと方針が決まる。
「頼みが一つある。世話を焼いてもらっているのはわかっている。いつか恩返しをするから、頼まれて欲しい」
もう何を言われても驚ける気がしない。
「なんなりと、言ってみてよ」
「毀れの剣を探してみてくれ」
毀れの剣?
「何、それ? どういうもの?」
驚いたのは、シリュウの方だった。目を丸くして、それから細める。
「俺の得物だ。知らないのか? さっき、俺が魔剣を持っているか、聞いただろう」
毀れの剣。知っているような、知らないような。魔剣を持っていることは知っていたけど、名前は知らないのだ。もちろん、形状も知らない。
「名前を知らないし、形も知らない。どこにあるの?」
「知らん」
デタラメなお願いだった。
僕に剣を探して欲しい、というのは、明らかに、一週間が過ぎたその先のことを考えている。
「ちょっとだけ、調べてみる」
よし、とシリュウが立ち上がった。
「飯を食いに行こう」
……やはり、デタラメである。
彼が金を持っているわけがない。僕はリッカに、夕飯を恵んでもらえるか、考えた。
無理だろう。
つまり、外へ、僕の金で、食べに行くのだ。
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