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第二章 地下探索喧騒編

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 翌朝、僕たちは一旦、地上から携帯光源を補充して、また地下へ潜った。
 例の像の部屋に向かう。今日はあそこを調べることからスタートだ。
 通路の分岐点で、シリュウが突然に、足を止めた。
「ん? どうした?』
「足跡だ」
 シリュウが自分の剣をそっと鞘から抜いた。魔剣ではない、普通の剣の方だ。
 僕は左側に折れている通路を確認。シリュウは右側を警戒している。僕が見ている方には、確かに複数の足跡があり、僕とシリュウが往復しただけではないと気づける。
「どうする? 舟があるんじゃないか? そこを押さえれば、向こうからやってくる」
「面倒だ、こっちから行くぞ」
 シリュウが右に折れて行った。僕も後を追う。シリュウがほとんど壁になっているので、僕には大きな脅威はない。問題があるとすれば、あるいは後ろから攻められた時、僕が支える必要があるのだ。ただ、それは少ない可能性とシリュウは考えただろう。
 結果、僕たちは像の部屋に着く前に、通路で人の話し声を聞いた。シリュウがこちらへ目配せ。黙っていろ、息を潜めろ、という指示だ。
 僕は頷いて、そっと、腰の剣を引き抜いた。左手に握り、右手では業火を引っ張り出す準備をする。
 部屋にシリュウが踏み込んだ。かなり明るい。その中へ、手信号で指示されて、シリュウとは像を回り込むように、別々で進む。
 僕の視界に、三人の人間が入ってくる。彼らの持って来た明かりだろう、強い光が部屋をはっきりと明るくさせていた。彼らの人相もわかるほどだ。
 そのうちの一人がこちらに気づいた。
 その顔を見て、僕は驚いた。
 トーイズだった。視線がぶつかる。彼が即座に抜剣する。
 僕は剣を構えつつ、他の二人を確認する。ニコと、ライラだった。二人も僕に気づいた。驚きの表情は即座に消えて、冷静なそれに変わる。そして剣を抜くと同時に、こちらに駆け出してくる。慣れを感じさせる決断の早さだった。
 しかし、僕にはすぐに覚悟はできない。
 右手が魔界に滑り込み、手のひらで業火を引っ張り出す。
 即座に手を振り、黒い炎が壁となる。
 炎に邪魔されて見えなくなった、その瞬間に、甲高い音が響き、身近に悲鳴も上がる。
「動くな」
 炎を弱めると、三人の状況がよくわかった。
 トーイズは剣を構えているが、ニコは剣を叩き落とされ、片膝をついている。
 そしてライラは腕を捻りあげられ、その首筋にシリュウの剣が触れていた。彼女の剣は足元に転がっている。
 ニコがわずかに姿勢を変えると、シリュウの剣がわずかにライラに触れる。
「動くなと言っている。武器を捨てろ」
 トーイズが剣の構えをゆっくりと解き、両手を上にあげ、その手から剣が離れた。
 刹那、ニコの手が腰へ伸びる。短剣が引き抜かれ、投擲、とまではいかなかった。
 シリュウの足元に落ちていたライラの剣が、シリュウの足に蹴られて跳ね上がったかと思うと、それをさらにシリュウが蹴り飛ばし、飛翔した剣はニコの肩に突き立っている。
 悲鳴が上がる中、シリュウが冷酷な視線でトーイズを見た。
「余計なことをするな」
 場を支配する、王者の気配だった。
 トーイズが両膝をつく。この場でシリュウに対抗できるものはいない。
「アルス、彼らの武器を回収しろ」
 僕は黙ってシリュウの指示に従った。トーイズ、ニコ、そしてライラの武器を没収し、部屋の隅にまとめて放り出す。
 ライラは解放され、シリュウが見ている前で、ニコの怪我を治療していた。トーイズは首を垂れていた。
「盗賊だったのか?」
 僕が戻るのを待っていたようで、シリュウが質問を始める。しかし気配は、ほとんど尋問だった。
「ここの」トーイズが顔を上げる。「石板は、高く売れる。金がないと、ここに来るんだ」
「それだけか?」
 そうだ、とトーイズが言う。嘘ではないと僕には感じられた。
「仲間は?」
「これだけだ」
 シリュウがこちらを見てくる。これはすぐには信じられない。ハーンの姿がないのだ。
 舟で待っている可能性は高い。それを押さえる必要を僕は計算した。
 一方のシリュウは気にしないことにしたようだ。
「いつからここを知っている?」
「二、三年前だ。当時の仲間から聞かされた」
「他の部屋に行ったか?」
「行っていない。帰ってこないものがほとんどだと聞いていたから」
 特に不自然さのない受け答えである。シリュウが倒した魔法生物のことを言っているんだろう。あの部屋には相当数の死体もあったし、彼らがそれを避けるのも道理だ。
 沈黙が降りたが、それはシリュウが相手に話をさせようとしているのだと、僕にはわかった。でもトーイズたちはそこまで余裕ではないはず。命がかかっている。
「今回は……」
 案の定、トーイズが自ら話し始めた。
「明かりが置いてあった。だから、誰かがいるとは思っていた。それでもこうしてここにきた。まさか二人に会うとは思わなかったんだ。危害を加えるつもりはない。このまま見逃してくれないか?」
 これも自然な言葉。僕とシリュウは警察ではない。そしてこの部屋の持ち主でもないし、石板の所有者でも管理者でもない。
 二人で顔を見合わせた。シリュウの視線は僕に任せる、という色合いだ。
 僕は三人を解放することにした。
 それを口にしようとした時、かすかに何かの音がした。足音?
「アルス!」
 シリュウの声と重なるようにして破裂音がしたのはわかった。そして甲高い音も。
 トーイズたちが同時に動き出していた。トーイズがニコを抱えて、駆け出す。ライラもそれを追った。
 シリュウは僕の前に立ち、剣を構えている。
 そのシリュウの向こう、トーイズたちが向かう先に、ハーンが立っているのが見えた。
 手には長銃を構えている。貴重品で、高価だが、効果的ではある。
 発砲と同時に、シリュウが剣を振るう。火花が散った。どうやらシリュウは超人的な技術で銃弾を払っているらしい。
「アルス! 伏せて隠れていろ! 俺が動けん!」
 言葉に従って身を伏せ、部屋の真ん中にある像の影へ移動する。
 その間にシリュウは駆け出したようだった。銃声が連続する。それと同時に起こる甲高い音で、シリュウの無事が確認できた。
 が、直後、銃声とは比べ物にならない、轟音とともに地面が揺れた。天井から何かの粉がパラパラと降ってきた。そして部屋に吹き込む、土煙。視界が一瞬、失われる。
 咳き込みつつ、シリュウを呼んでみる。
 返事はない。
 立ち上がると、土煙が舞い上がっていて、周囲が確認できない。
「シリュウ!」
「こっちだ」
 やっと声が返ってきた。埃の中を進むと、シリュウの背中が見えた。
 そして崩壊した部屋の出入り口も。瓦礫が人の腰ほどの高さになり、開いている隙間は這っても出られないだろう。
「また瓦礫の撤去の仕事だ」
 鞘に剣を戻して、シリュウが肩をすくめる。


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