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第二章 地下探索喧騒編
四
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リッカは僕たちを見て、さすがに怒りを抑えきれなかったようで、出直してくるように言って追い出した
僕たちは朝の街中を、明らかに不審が装束で、家まで歩いて帰った。剣だけはさすがに注目されるため、教会で使っていないカーテンを借りて、それで包んだ。
家に帰って服装を整え、風呂屋へ行き、体を洗った。食事も済ませて、教会へ戻る。
まだ青い顔をしているアリがリッカの元へ僕たちを連れて行った。
「あなたを」リッカが僕を睨む。「掃除係にした途端、とんでもないことばかり起きます」
「それも神の試練と思うしかないのでは」
冗談で口にしてみたが、リッカは真面目な顔で「そうですね」と応じた。
「それで、何がありましたか?」
僕は正直に、博物館に忍び込み、その地下から剣を一本、拝借し、別の道で探ろうとしたら、教会の地下の地下に出た、と全部話した。
「盗みを告白するとは、信心深いことですね」
あまり信心深いと言えない冗談をリッカが口にする。さすがにシリュウも少し笑った。
「その辺は追々、詰めるとして、博物館の地下に死体が大量にあるのは、理解しづらい。何回か、あそこを確認したいと僕は思っています」
「その時、この教会から出入りさせてほしい、というのですね?」
「お願いできますか?」
僕は真面目な顔でリッカを見る。
現時点で、博物館の地下に潜り込む方法は、博物館かこの教会しかない。そして博物館のルートは楽には使えない。
自然、安全で、確実な、教会からのルートを確立させたい。
何かを考えていたリッカが、ため息を吐いた。
「神がお許しになるとは思えません」
いかにも尼僧らしい、誠実な言葉だった。ただその顔にする、笑みが浮かぶ。子供みたいな笑みだ。
「良いでしょう。しかし、いくつか条件をつけます」
リッカがそれからその条件を口にしたけど、その条件はむしろ僕たちに好都合な内容だった。僕もシリュウも即座に同意した。
そんな僕たちに、リッカが穏やかに笑う。
「あなたたちと関わっていると、まるで五十歳くらい、若返ったようだわ」
なんとなくシリュウを見ると、彼は顔をしかめている。
「私も若ければ」ちょっとリッカが声を潜める。「あなたたちと一緒に行動しているわ」
「今からでも遅くありませんよ」
軽口で応じると、リッカは微笑んだだけだった
その日は打ち合わせをして、翌日から動くことになった。
翌朝は大荷物を持って教会へ行った。待ち構えていた神父が二人、僕たちの荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
教会の中に運ぶのではない、その地下に運ぶのだ。それも縦穴の下へ。
何回か往復して、縦穴の底にちょっとした生活空間が設営できた。
前日にリッカが提案したことは、教会の地下に拠点を作って、地下通路を探索すればいい、ということだった。意図はわからないが、きっと僕たちが頻繁に教会を出入りするのが目を引くし、不審にも思われる、ということかもしれない。
その日、時間もなかったので、シリュウが封印されていた空間をもう一度、精査した。光源をいくつも持ち込み、地上と変わらない明るさになった。
壁の石組みをじっと観察して、歩く。怪しいな、と思った小さな石を押し込んでみるが、どれも硬い手応えが返ってくるだけで動かない。
そう簡単にはいかないのだ。
僕もシリュウも、この空間に他にも通路があるのでは、と思っていた。しかし今日は見つからないままだった。
夕方、リッカの招きで教会の食堂で食事をもらい、夜は縦穴の下に戻った。明かりを消せば暗くなるので、非常に静かなこともあり、すぐ眠れた。
翌朝は前日の夕食の時にもらったもので済ませ、支度をした。
荷物に携帯光源を満載して、行動開始だ。
シリュウが封印されていた部屋に行き、そこから一度、閉じておいた通路を開ける。その通路の奥は明かりがない。
前に僕たちが通った痕跡を見つつ、適宜、明かりを置いて、先へ進む。
すぐに祭壇のある空間に到着した。通路でも悪臭があったが、この部屋は特にひどい。明かりを複数設置して、もう一度、部屋を確認。
「死体を一か所に集めておくか」
シリュウが提案したので、僕も同意して、二人で手分けして、部屋のそこここに転がっている死体や、その残骸を、昨日の焚き火のところに運んだ。二人で数を勘定していたので、作業が終わった時、僕は十四体、シリュウは十五体を運んでいて、つまり三十人ほどがこの部屋で倒れたとわかった。
「教会の誰かをそのうち、連れてこよう」
僕はそう言いつつ、死体に手を合わせて、それに背を向けた。シリュウはただ死体を見下ろしていた。信心深い奴ではないと僕はよぉく知っている。
二人で二本の通路のうち、どちらを目指すか、議論した。
博物館の地下と教会の地下が繋がったことで、方角はすでにわかっている。僕は床に地図を広げ、シリュウに示した。
「まだ通路がまっすぐとは限らないけど、仮にまっすぐとすれば、ぶつかった建物にも地下空間があるわけ。今の二本の通路の入り口は、こっちと、こっち」
僕は地図に、博物館から始まる矢印を二つ、書き込んだ。シリュウの手がその矢印の先を指でなぞる。
片方の矢印はどこにも行きつかない。
「こっちはまっすぐじゃないのかもな」
シリュウの意見に僕も同意見だ。彼がもう一つの矢印に触れ、指を走らせる。
「こっちは、連合軍の屯所、か?」
彼の指は、連合軍の屯所で止まっていた。
覚えている範囲では、連合軍の屯所は、人類国家軍の時代から存在する、ちょっとした砦だ。二階建て、塀と空堀、柵が囲んでいる。入ったことはない。
「あまり行きたくはないな」僕はシリュウの方を見た。「屯所には連合軍の兵士が二百人くらい、いるはずだ」
「それは気にしなくていいだろう」
実に軽い調子で、シリュウが言う。
「戦争をしに行くわけじゃない。それに、教会の時みたいに、いきなり地下からこんにちは、ってこともしないしな」
「当たり前だろ、そんなことをしたら、絶対に拘束される」
二人で地下に視線を戻し、少し黙った。
「なぁ、アルス」
シリュウがこちらを見る。
「屯所の方は、まだ確認はしていないが屯所の地下に通じている、と考えることができる。俺はもう一本の方を今日は探るべきだと思う。盗賊が気になるんだ」
「盗賊がどこから来たか、気になるんだね。それは僕も同意できる。盗賊が屯所から忍び込むとは思えないのは、僕も強く賛成する」
「通路にかすかに、人が通った痕跡があるんだ」
「なんだ、じゃあ、決まりじゃないか」死体を集める時に確認したのか。「よし、シリュウの選択の通りに行こう」
地図を片付け、僕たちはどこに通じているか想像できない通路に足を踏み入れた。
シリュウの言った通り、通路の埃が少し乱れている。隅の方に塊があるのだ。
光源を一個ずつ、置いて先へ進む。
通路は最初こそ一本道だったが、すぐ分岐にぶつかってしまった。僕が明かりを掲げるなか、シリュウが片膝をついて足元を見ている。
「どっちかな。見える?」
「こっちだ」
決断は早い、シリュウが先に立って、進んでいく。分岐は左を選んだ。
通路はしんとしていて、しかしやはり涼しい。その涼しさが今までよりひしひしと感じられる。地下に更に下がっている気はしないのだけど……。
そう思っていたら、通路が階段になった。上へ上がっていく。螺旋階段ではない。
その階段が終わって、広い空間に出た。
「なんだ、これは?」
思わず声に出ていた。
明かりに照らされているのは、天然の地下空間、洞窟のような場所だった。
そこを川が流れている。細いが深そうで、小舟なら進めるだろう。
何より、階段の終点のすぐ目の前に、木製の桟橋のようなものがある。古びているが、朽ちて崩れているほどではない。誰かが修理したのは明らかだ。
「ここで」シリュウが明かりで川の上流と下流を確認している。「盗賊は地下空間へ入るわけだ。というか、ここが地下への正式な出入り口じゃないか?」
「どうかな」
それ以上、答えられるものはなかった
僕の頭は、リーンの街を流れる川のことを考えていた。リーンには一本、やや広い川があり、ヘロー川と呼ばれている。
おそらく、そこから水が流れ込んでいるはずだ。また地図を確認する必要がある。
「川沿いに歩けなくはないようだが」シリュウがこちらを振り向いた。「行くか?」
「やめておこう。とりあえず、分岐まで戻ろうよ。でもその前に、光源を補給したい。教会の地下まで戻れば、その頃にお昼ご飯になるはずだし」
「そうするか。しかし、ここで船を調達するのは、骨が折れそうだ。この場で組み立てるしかないか、やれやれ」
二人で通路を戻る。
「光源を回収しなくていいのか? 俺たちの存在が明らかになるが」
シリュウが尋ねてくるけど、僕はそれは予想していた。
「仕方ないと僕は思っている。誰かがいるということで、盗賊が思いとどまるかもしれない、と思うしかない」
「俺だったら環境が整ったことを見れば、大勢で来るけどな」
「それもある。まぁ、その辺は、どうしようもない。実際に盗賊が来たら、その時、ということになる」
帰ってきたため息は、呆れが多分に含まれていた。
二人で教会の縦穴の下に戻り、用意していた携行糧食を食べた。清水も用意されている。教会のバックアップはありがたい。
「金を払う必要がありそうだな」
シリュウも同じことを考えていたようだ。「そうだね」と応じておく。どれくらいの額がいいのか、シリュウはあまり考えてもいないようだ。その辺は僕の役割で確定しつつある。
食事が済んで、また光源を大量に持って、移動を再開する。シリュウの部屋から祭壇の部屋、そこから通路を進み、分岐に来た。今度は右へ進む。
僕はシリュウの後ろをついていくが、足元にはシリュウの足跡以外、痕跡はない。
通路は緩やかに曲がり、すぐに空間に出た。
「いったい」思わず声が出た。「誰が作ったんだ?」
「俺も知らない、大昔の誰かかもな」
その空間はそれほど広くはない。ただ、壁一面に彫刻が施されている。壁に近づいてよく見ると、刻まれているのは文字のようだった。今、使われている文字とは違う。似ている文字は読めそうだが、大半が読めないので、文章だろうけど理解できなかった。
周りを見回すと、ところどころ石が剥がれているところもある。剥がれたはずの石は見当たらなかった。
シリュウはどこだろう、と探すと、部屋の中央にある石像を見上げていた。台座の上に立っているので、等身大のような大きさの像でも見上げる必要がある。
「誰? 知っている人?」
隣に立って像を見上げつつ、質問してみる。僕には知らない顔だった。
「人類国家軍初代元帥だ」
意外な言葉だった。
「人類国家軍の、初代の、元帥。何年前の人?」
「俺が子どもの時には死んでいた。調べればわかるぞ」
「その初代元帥の像がここにあるということは、その人が生きた時代にここが作られたわけだ」
うむ、と呻くように、シリュウが応じる。
「地下空間は、人類国家軍の、秘密基地かもな」
「都市伝説ではありきたりだけど、どんな意味がある?」
シリュウが台座に寄りかかって、こちらを見る。
「リーンは前線に近い街だ。もしもの時はこの街が砦となり、戦場となる。地下空間を充実させれば、街のそこここに兵士が現れ、悪魔を翻弄し、有利に戦えるかもしれない。それに、あの地下水道を見ただろう? あれがあれば、密かに街に兵士を送り込むことも、逆に要人を脱出させることもできる」
「まだ未開拓の通路は屯所に通じているかもしれないしね」
シリュウが黙って、また像を見上げた。
「これは不要だがな。しかし、昔を思い返せば、理解もできる」
珍しく、シリュウが昔話を始める気配を僕は感じて、それを聞くために、彼に視線を向けた。彼は像を見上げたままだった。
「五十年前は、今ほど平和というものが確立されていなかったし、悪魔も攻勢を強めていた。人類国家軍は奮戦し、戦線を支えていた。しかし、くすぶり続けていた内部での争いが、ともすれば一気に強くなりそうだった。そこで、この像だ」
シリュウが目を細める。
「英雄を作り上げ、その求心力で、軍を落ち着かせる。結果、俺もその一部になったわけだ、八英雄として」
「今はそういう存在はなかなかいないけど……」
「それだけ平和になったんだろうな。人間がバラバラに戦っても悪魔を押し返せるようになった。悪魔が手ぬるくなったとも言える」
最後の言葉は、何を意味するのか、わからなかった。
シリュウは悪魔が手を抜いていると思っているのか? と最初に思った。でも、そう考える理由がわからない。
僕とシリュウでは、戦いの全貌に関する認識が、やはり違う。
台座から背中を離したシリュウが、壁際ヘ進んでいく。僕もその後を追った。彼は壁に手を触れながら、文字を見ている。読めるのかもしれない。
何が書いてあるのか、知りたかったけど、それはまるでシリュウの心を覗くようで、問いかけることができなかった。
ここの壁に書かれていることは、シリュウの生きた時代の痕跡で、僕がそれをシリュウと同じように認識し、理解できるかは、自信がなかった。
シリュウはしばらく壁を眺め、こちらを向いた。柔らかな笑みが薄明かりの中に見えた。
「この部屋の確認は、明日だ。とりあえず、縦穴に戻ろう」
僕たちは朝の街中を、明らかに不審が装束で、家まで歩いて帰った。剣だけはさすがに注目されるため、教会で使っていないカーテンを借りて、それで包んだ。
家に帰って服装を整え、風呂屋へ行き、体を洗った。食事も済ませて、教会へ戻る。
まだ青い顔をしているアリがリッカの元へ僕たちを連れて行った。
「あなたを」リッカが僕を睨む。「掃除係にした途端、とんでもないことばかり起きます」
「それも神の試練と思うしかないのでは」
冗談で口にしてみたが、リッカは真面目な顔で「そうですね」と応じた。
「それで、何がありましたか?」
僕は正直に、博物館に忍び込み、その地下から剣を一本、拝借し、別の道で探ろうとしたら、教会の地下の地下に出た、と全部話した。
「盗みを告白するとは、信心深いことですね」
あまり信心深いと言えない冗談をリッカが口にする。さすがにシリュウも少し笑った。
「その辺は追々、詰めるとして、博物館の地下に死体が大量にあるのは、理解しづらい。何回か、あそこを確認したいと僕は思っています」
「その時、この教会から出入りさせてほしい、というのですね?」
「お願いできますか?」
僕は真面目な顔でリッカを見る。
現時点で、博物館の地下に潜り込む方法は、博物館かこの教会しかない。そして博物館のルートは楽には使えない。
自然、安全で、確実な、教会からのルートを確立させたい。
何かを考えていたリッカが、ため息を吐いた。
「神がお許しになるとは思えません」
いかにも尼僧らしい、誠実な言葉だった。ただその顔にする、笑みが浮かぶ。子供みたいな笑みだ。
「良いでしょう。しかし、いくつか条件をつけます」
リッカがそれからその条件を口にしたけど、その条件はむしろ僕たちに好都合な内容だった。僕もシリュウも即座に同意した。
そんな僕たちに、リッカが穏やかに笑う。
「あなたたちと関わっていると、まるで五十歳くらい、若返ったようだわ」
なんとなくシリュウを見ると、彼は顔をしかめている。
「私も若ければ」ちょっとリッカが声を潜める。「あなたたちと一緒に行動しているわ」
「今からでも遅くありませんよ」
軽口で応じると、リッカは微笑んだだけだった
その日は打ち合わせをして、翌日から動くことになった。
翌朝は大荷物を持って教会へ行った。待ち構えていた神父が二人、僕たちの荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
教会の中に運ぶのではない、その地下に運ぶのだ。それも縦穴の下へ。
何回か往復して、縦穴の底にちょっとした生活空間が設営できた。
前日にリッカが提案したことは、教会の地下に拠点を作って、地下通路を探索すればいい、ということだった。意図はわからないが、きっと僕たちが頻繁に教会を出入りするのが目を引くし、不審にも思われる、ということかもしれない。
その日、時間もなかったので、シリュウが封印されていた空間をもう一度、精査した。光源をいくつも持ち込み、地上と変わらない明るさになった。
壁の石組みをじっと観察して、歩く。怪しいな、と思った小さな石を押し込んでみるが、どれも硬い手応えが返ってくるだけで動かない。
そう簡単にはいかないのだ。
僕もシリュウも、この空間に他にも通路があるのでは、と思っていた。しかし今日は見つからないままだった。
夕方、リッカの招きで教会の食堂で食事をもらい、夜は縦穴の下に戻った。明かりを消せば暗くなるので、非常に静かなこともあり、すぐ眠れた。
翌朝は前日の夕食の時にもらったもので済ませ、支度をした。
荷物に携帯光源を満載して、行動開始だ。
シリュウが封印されていた部屋に行き、そこから一度、閉じておいた通路を開ける。その通路の奥は明かりがない。
前に僕たちが通った痕跡を見つつ、適宜、明かりを置いて、先へ進む。
すぐに祭壇のある空間に到着した。通路でも悪臭があったが、この部屋は特にひどい。明かりを複数設置して、もう一度、部屋を確認。
「死体を一か所に集めておくか」
シリュウが提案したので、僕も同意して、二人で手分けして、部屋のそこここに転がっている死体や、その残骸を、昨日の焚き火のところに運んだ。二人で数を勘定していたので、作業が終わった時、僕は十四体、シリュウは十五体を運んでいて、つまり三十人ほどがこの部屋で倒れたとわかった。
「教会の誰かをそのうち、連れてこよう」
僕はそう言いつつ、死体に手を合わせて、それに背を向けた。シリュウはただ死体を見下ろしていた。信心深い奴ではないと僕はよぉく知っている。
二人で二本の通路のうち、どちらを目指すか、議論した。
博物館の地下と教会の地下が繋がったことで、方角はすでにわかっている。僕は床に地図を広げ、シリュウに示した。
「まだ通路がまっすぐとは限らないけど、仮にまっすぐとすれば、ぶつかった建物にも地下空間があるわけ。今の二本の通路の入り口は、こっちと、こっち」
僕は地図に、博物館から始まる矢印を二つ、書き込んだ。シリュウの手がその矢印の先を指でなぞる。
片方の矢印はどこにも行きつかない。
「こっちはまっすぐじゃないのかもな」
シリュウの意見に僕も同意見だ。彼がもう一つの矢印に触れ、指を走らせる。
「こっちは、連合軍の屯所、か?」
彼の指は、連合軍の屯所で止まっていた。
覚えている範囲では、連合軍の屯所は、人類国家軍の時代から存在する、ちょっとした砦だ。二階建て、塀と空堀、柵が囲んでいる。入ったことはない。
「あまり行きたくはないな」僕はシリュウの方を見た。「屯所には連合軍の兵士が二百人くらい、いるはずだ」
「それは気にしなくていいだろう」
実に軽い調子で、シリュウが言う。
「戦争をしに行くわけじゃない。それに、教会の時みたいに、いきなり地下からこんにちは、ってこともしないしな」
「当たり前だろ、そんなことをしたら、絶対に拘束される」
二人で地下に視線を戻し、少し黙った。
「なぁ、アルス」
シリュウがこちらを見る。
「屯所の方は、まだ確認はしていないが屯所の地下に通じている、と考えることができる。俺はもう一本の方を今日は探るべきだと思う。盗賊が気になるんだ」
「盗賊がどこから来たか、気になるんだね。それは僕も同意できる。盗賊が屯所から忍び込むとは思えないのは、僕も強く賛成する」
「通路にかすかに、人が通った痕跡があるんだ」
「なんだ、じゃあ、決まりじゃないか」死体を集める時に確認したのか。「よし、シリュウの選択の通りに行こう」
地図を片付け、僕たちはどこに通じているか想像できない通路に足を踏み入れた。
シリュウの言った通り、通路の埃が少し乱れている。隅の方に塊があるのだ。
光源を一個ずつ、置いて先へ進む。
通路は最初こそ一本道だったが、すぐ分岐にぶつかってしまった。僕が明かりを掲げるなか、シリュウが片膝をついて足元を見ている。
「どっちかな。見える?」
「こっちだ」
決断は早い、シリュウが先に立って、進んでいく。分岐は左を選んだ。
通路はしんとしていて、しかしやはり涼しい。その涼しさが今までよりひしひしと感じられる。地下に更に下がっている気はしないのだけど……。
そう思っていたら、通路が階段になった。上へ上がっていく。螺旋階段ではない。
その階段が終わって、広い空間に出た。
「なんだ、これは?」
思わず声に出ていた。
明かりに照らされているのは、天然の地下空間、洞窟のような場所だった。
そこを川が流れている。細いが深そうで、小舟なら進めるだろう。
何より、階段の終点のすぐ目の前に、木製の桟橋のようなものがある。古びているが、朽ちて崩れているほどではない。誰かが修理したのは明らかだ。
「ここで」シリュウが明かりで川の上流と下流を確認している。「盗賊は地下空間へ入るわけだ。というか、ここが地下への正式な出入り口じゃないか?」
「どうかな」
それ以上、答えられるものはなかった
僕の頭は、リーンの街を流れる川のことを考えていた。リーンには一本、やや広い川があり、ヘロー川と呼ばれている。
おそらく、そこから水が流れ込んでいるはずだ。また地図を確認する必要がある。
「川沿いに歩けなくはないようだが」シリュウがこちらを振り向いた。「行くか?」
「やめておこう。とりあえず、分岐まで戻ろうよ。でもその前に、光源を補給したい。教会の地下まで戻れば、その頃にお昼ご飯になるはずだし」
「そうするか。しかし、ここで船を調達するのは、骨が折れそうだ。この場で組み立てるしかないか、やれやれ」
二人で通路を戻る。
「光源を回収しなくていいのか? 俺たちの存在が明らかになるが」
シリュウが尋ねてくるけど、僕はそれは予想していた。
「仕方ないと僕は思っている。誰かがいるということで、盗賊が思いとどまるかもしれない、と思うしかない」
「俺だったら環境が整ったことを見れば、大勢で来るけどな」
「それもある。まぁ、その辺は、どうしようもない。実際に盗賊が来たら、その時、ということになる」
帰ってきたため息は、呆れが多分に含まれていた。
二人で教会の縦穴の下に戻り、用意していた携行糧食を食べた。清水も用意されている。教会のバックアップはありがたい。
「金を払う必要がありそうだな」
シリュウも同じことを考えていたようだ。「そうだね」と応じておく。どれくらいの額がいいのか、シリュウはあまり考えてもいないようだ。その辺は僕の役割で確定しつつある。
食事が済んで、また光源を大量に持って、移動を再開する。シリュウの部屋から祭壇の部屋、そこから通路を進み、分岐に来た。今度は右へ進む。
僕はシリュウの後ろをついていくが、足元にはシリュウの足跡以外、痕跡はない。
通路は緩やかに曲がり、すぐに空間に出た。
「いったい」思わず声が出た。「誰が作ったんだ?」
「俺も知らない、大昔の誰かかもな」
その空間はそれほど広くはない。ただ、壁一面に彫刻が施されている。壁に近づいてよく見ると、刻まれているのは文字のようだった。今、使われている文字とは違う。似ている文字は読めそうだが、大半が読めないので、文章だろうけど理解できなかった。
周りを見回すと、ところどころ石が剥がれているところもある。剥がれたはずの石は見当たらなかった。
シリュウはどこだろう、と探すと、部屋の中央にある石像を見上げていた。台座の上に立っているので、等身大のような大きさの像でも見上げる必要がある。
「誰? 知っている人?」
隣に立って像を見上げつつ、質問してみる。僕には知らない顔だった。
「人類国家軍初代元帥だ」
意外な言葉だった。
「人類国家軍の、初代の、元帥。何年前の人?」
「俺が子どもの時には死んでいた。調べればわかるぞ」
「その初代元帥の像がここにあるということは、その人が生きた時代にここが作られたわけだ」
うむ、と呻くように、シリュウが応じる。
「地下空間は、人類国家軍の、秘密基地かもな」
「都市伝説ではありきたりだけど、どんな意味がある?」
シリュウが台座に寄りかかって、こちらを見る。
「リーンは前線に近い街だ。もしもの時はこの街が砦となり、戦場となる。地下空間を充実させれば、街のそこここに兵士が現れ、悪魔を翻弄し、有利に戦えるかもしれない。それに、あの地下水道を見ただろう? あれがあれば、密かに街に兵士を送り込むことも、逆に要人を脱出させることもできる」
「まだ未開拓の通路は屯所に通じているかもしれないしね」
シリュウが黙って、また像を見上げた。
「これは不要だがな。しかし、昔を思い返せば、理解もできる」
珍しく、シリュウが昔話を始める気配を僕は感じて、それを聞くために、彼に視線を向けた。彼は像を見上げたままだった。
「五十年前は、今ほど平和というものが確立されていなかったし、悪魔も攻勢を強めていた。人類国家軍は奮戦し、戦線を支えていた。しかし、くすぶり続けていた内部での争いが、ともすれば一気に強くなりそうだった。そこで、この像だ」
シリュウが目を細める。
「英雄を作り上げ、その求心力で、軍を落ち着かせる。結果、俺もその一部になったわけだ、八英雄として」
「今はそういう存在はなかなかいないけど……」
「それだけ平和になったんだろうな。人間がバラバラに戦っても悪魔を押し返せるようになった。悪魔が手ぬるくなったとも言える」
最後の言葉は、何を意味するのか、わからなかった。
シリュウは悪魔が手を抜いていると思っているのか? と最初に思った。でも、そう考える理由がわからない。
僕とシリュウでは、戦いの全貌に関する認識が、やはり違う。
台座から背中を離したシリュウが、壁際ヘ進んでいく。僕もその後を追った。彼は壁に手を触れながら、文字を見ている。読めるのかもしれない。
何が書いてあるのか、知りたかったけど、それはまるでシリュウの心を覗くようで、問いかけることができなかった。
ここの壁に書かれていることは、シリュウの生きた時代の痕跡で、僕がそれをシリュウと同じように認識し、理解できるかは、自信がなかった。
シリュウはしばらく壁を眺め、こちらを向いた。柔らかな笑みが薄明かりの中に見えた。
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