出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第二章 地下探索喧騒編

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 どういう状況か、理解する暇はない。
「こんなことだろうと思っていたよ」
 僕が進み出ると、兵士の数人が僕に狙いを定め直した。
 でも僕は足を止めない。度胸がある方ではないが、必要な時には発揮しようとするタイプだ。
 今は少しでも、堂々としたほうがいい。ハッタリとしてだ。
「君の名前は?」
 兵士の真ん中にいる男が尋ねてくる。服装は他の七人と大差ないが、階級章が違う。下士官らしい。
「名前を名乗ったところで、仕方がない。そちらが知ろうと思えばいくらでも調べられる」
「ふざけた口を閉じろ」
 まぁ、そうくるよな。
「そちらこそ、そのふざけた構えを解いたらどうだ?」
 話しているうちに僕はシリュウの横に立った。三人の神父はやや後ろ。倒れたままになっている石の巨人の陰にいつでも飛び込めるような位置だ。きっとシリュウがこの事態になった時、咄嗟にそういう立ち位置に誘導したんだ。
 兵士たちはもちろん、銃を動かさない。
 シリュウは連中が撃っている間に逆襲しても生き延びれるだろうけど、僕はそうとは言い切れない。
 つまり、この場は交渉こそが僕の道筋だ。
 僕はその場で右へ左へ、歩くことにする。
 一歩、踏み出すと、下士官の男が足元に発砲してきた。銃声が反響し、僕の足元で火花が散る。おいおい、危ない。
 それでも僕は歩き続けた。
「止まれ!」
「どうしてこんなところに兵隊がいる?」
 尋ねつつ、僕の考えは別のところに集中している。
「ここの存在をおたくらが知っていたとも思えない」
 どうして連合軍はこの程度の人数でここを押さえようとしてる?
「どこの誰の命令だ?」
「民間人に話せることではない。足を止めろ」
 この人数でここを押さえる気はないんじゃないか。今、現在、この場を知っている連中を黙らせればいい、と考えているのか。それならこの少人数の兵隊も理解できる。
 数が少なければ、楽に抹殺できる。抹殺した後の偽装が、楽だ。
 僕が右へ行き、左へ戻る。いつの間にか兵隊の銃口のほとんどが僕に向いていた。
「神父も殺すのか?」
 下士官の方を見ると、顔をしかめている。
「命令に従うだけだ」
「殺すわけだ」
「運がなかったと思ってもらう」
 運、か。ここで神父が死ぬと、リッカがどういう反応をするか、恐ろしくて想像できない。
 神罰という形で、もし僕が生き残っても、即座に暗殺しかねない。
 本当に運が悪いのは、僕じゃないか?
「紹介所が作戦を許可した。その辺の事情は知っているかい?」
 これもハッタリ。
 堂々と、左へ行きすぎ、右へ戻る。
 下士官の口が小さく、ぽかんと開いていた。
「知らないのか。計画書通り、初期の拠点づくりと探索が、そうだな」僕は時計を確認した。「あと一時間で、動き始める。参加者は山ほど来るだろう」
 僕はちらっとシリュウを見てみた。シリュウは周囲の気配、その場の気配をうかがっているようだった。
 話を続けよう。
「なにせ、未知の地下施設を探検し、そこで手に入ったものを私物化できる。美味しい話だ。そうじゃないか?」
 兵士たちが指揮官を確認している。
「ただ、抜け駆けする奴も多い。そういう連中の前で、兵士が民間人を一方的に殺したりすると、まずいんじゃないか、と優しい僕は考えたりする」
「構わん!」
 下士官がいよいよ絶叫した。
「殺せ! 後始末はどうとでも」
 声はそこで止まった。
 シリュウが彼の目の前に立っていた。
 下士官の手元で、長銃が二つに断ち割れている。なめらかな断面が見えた。
「兵士諸君」
 シリュウの剣の切っ先が、下士官の首筋に触れていた。わずかに切っ先が食い込み、血の滴が少しずつ膨らんでいく。
「この程度の男に命をかけるのか? そのために兵士になったのか?」
 動揺は相当な強さだったようで、七人のうち四人が長銃を床に置き、両手を上げて跪いた。
 残りの三人は、銃を構えているが、銃口が定まっていない。
「あなたたちは」僕は優しげな声を装った。「生きて帰ることはできないと思う」
「嘘だ! 惑わされるな!」
 後ろに倒れこんだ下士官が怒鳴る。そこへ剣を突き出そうとしたシリュウを僕は止めるように手を掲げた。シリュウが動きを止める。
「死ななくても、ひどいことになる。秘密を守るための供物にされる」
「撃て! 撃つんだ!」
 下士官の絶叫に、しかし誰も、撃たなかった。
「教会で保護することができる。投降すれば、だが」
 兵士に向かって投降も何もないけれど、他に言いようはなかった。悪魔は滅多に人間に投降を求めたりしないから、今、僕の前にいる兵士は初めて投降を求められただろう。
 彼らは顔を見合わせ、そして頷き合った。
「撃つんだ!」
 結局、下士官の声は、虚しく響いただけだった。
 ついに残りの三人も銃口を下げ、そっと床に銃を置く。全員が戦う意思を失ったわけだ。
 僕は安堵しつつ、シリュウを制していた手を下げた。
「では、責任者に責任を取ってもらおう」
 シリュウが剣を振り上げたのでさすがに下士官の顔が土気色になった。
「ルゥア!」
 吠え声とともにシリュウが剣を振り下ろした。
 下士官が倒れる。
 シリュウの剣は、触れていない。
 失神したのだ。
「さて」僕は三人の神父、七人の兵士を見回す。「これで平和裏に全てが収まった」
 兵士たちが本来の性質を取り戻す前に、僕は彼らを保護することを約束した。脱走は重罪だが、身を潜めていれば、いずれ追跡もなくなると聞いている。教会が保護すれば、軍も簡単には動けないはずだ。
 ただ、リッカがそれを受け入れ、リーン中央教会の範囲を超えて行動できるかは、まだ未定。
 きっと、うまくやってくれるだろう。
 リッカには、僕が恨まれるだろうなぁ。
 それから下士官にちょっとした細工をして、僕たち十二人は教会の地下まで戻った。もちろん、ハーンの遺体も回収した。それ以外に一つ、荷物もあったわけだけど。
 七人の兵士は、教会の地上部分まで上がり、僕がリッカと交渉した。
 リッカは筆舌に尽くせないほどの怒りに駆られたようだが、僕が、無駄な殺生を避けた、と口にしたことで、自分の中の言い訳が成立したらしい。
 とりあえず、七人の兵士は、教会の一角で生活すると決まった。いずれは、街を密かに脱出し、しばらく身元を隠して生活することになる、そうなるように努力する、とリッカが説明した。
 トーイズたちの部屋を訪ねると、彼らは仲間内で何かを話していた。ニコはベッドの上で上体を起こしている。片腕を釣っているが、辛そうではない。
 彼らと話すと、謝罪の言葉が最初にあり、それから、この街を出るつもりだ、と言い出した。どこへ行くのか、何か伝手はあるのか、聞いてみた。何もないという。
 僕の頭に、名案が閃いた。
 リッカのところに戻ると、七人の兵士と一緒に、トーイズたち三人も同行させて欲しい、と、提案した。
「何のためにですか?」
 さすがにもう限界を超えたらしく、リッカは拒絶する雰囲気だ。
「アルス、教会はあなたの言いなりではありませんよ」
「教会が派遣した世話役、として、兵士たちと三人を同行させてもらうだけでいいんです」
「どういう利がありますか?」
 僕はリッカに顔を寄せ、声を小さくする。
「三人を軍に知られずに脱出させられる」
「彼らが軍に抹殺されるのを回避したいのですね。しかし、あなたは下士官を殺さなかったというではありませんか。地下に関して、彼ら三人やあなたたち、そして教会がなんらかを知っている、と、連合軍は思うでしょう。教会は、連合軍に厳しく監視されるのでは?」
「それでも下手に探りを入れたりしない。軍も教会も、大所帯だ」
 リッカはもう諦めたようだった。
 雑に頷き、僕を追い払うように手を振った。
「好きになさい。神父様と詳細を詰めなさい」
 どうやら、トーイズたちもうまく街を出られそうだ。
 その夜は静かに更けて、僕はシリュウと一緒に僧房の部屋を借りて休んだ。
 翌朝、新聞を持ってきてくれた神父がやや品を欠く笑みを浮かべて、話しかけてきた。前日に、地下で騒動に出くわしたうちの一人だ。
「あのいたずらは、やはり一面ですよ」
 受け取った新聞を確認する。
 その一面には、猿轡を咬まされ、両手足を拘束された下士官の写真が掲載されていた。
 その下士官は軍服がはだけていて、胸から腹にかけて、肌が露出している。
 そこに、
「私は無能な指揮官です。誰も助けてくれませんでした」
 と、書かれている。ちなみにそれは僕が書いた。 
 新聞の記事では、下士官の男は路上に放置されており、本人は拘束を解かれると逃げ出した、と書いてあった。さすがに新聞社だけあって、拘束を解く前に写真を撮ったのは、傑作だ。
 下士官の男は、荷物として教会の地下に運び、僕とシリュウで深夜に地上へさらに運んで、路上に放置した。
 おおよそ、想定通りになった。これであの下士官も、無事では済むまい。
 その日、僕はシリュウと一緒に紹介所へ出向いた。係員は最初は女性だったが、すぐに例の男性の係員と入れ替わった。
「昨日は突然のことで、手続きは進めておきましたが」
 係員が言う。微笑んでいるのは、ほとんど仮面のようだった。
「五日でしたよね。あと、四日後ですか?」
「おそらく、その頃に結果が分かるかと。通知先はリーン中央教会でいいのですね?」
 お願いします、と僕は頷いた。それから、気になったことを尋ねてみた。
「僕の信用度数、今、いくつですか?」
 登録証を示すと係員は奥へ、書類を取りに行った。その隙に、シリュウが話しかけてくる。
「作戦の認可が下りる前に、地下空間が封印されると思うが?」
「それは僕も知っている。間違いないね」
 シリュウが片方の眉を持ち上げるような顔をした。
「お前には損しかないと思うけど違うのか?」
「だろうね。仕方ないよ、こればっかりは」
 大人だな、とシリュウが呟いた。
 係員が帰ってきて、僕の信用度数は三十七、と教えてくれた。シリュウの策が功を奏したと言える。それでもまだ低いけど。
 紹介所を出て、教会で色々と話し合った。
 悶着から三日目、七人の兵士と、トーイズたち三人が旅立っていった。リッカや神父たちが積極的に動いてくれたのには、感謝しかない。
 紹介所は、予定より三日遅れで、僕たちの計画を承認した。
 最初こそ、二十人ほどの探索者が集まったが、それは三日で全員が去った。
 リーンの街の地下空間は、教会の地下、博物館の地下はすでに確認されていた。そして地下水脈への通路もはっきりしている。
 だけど、それ以上に進まなかった。
 僕たちが提示した情報における、僕たちが巨人の部屋と呼んでいる場所、ハーンが亡くなり、兵士たちと向かい合ったあの部屋は、通路が厳重に塞がれていて、確認できなかった。
 作戦に参加した探索者たちは情報の不正確さを理由に僕を責め、僕としては平身低頭するしかなかった。
 川の方も、岩盤が崩落しているのがわかり、上流も下流も進めなかった。
 僕の不手際は、決定的になった。
 こうして、僕の信用度数はまた二十を割り、十八となった。
 シリュウの言う通りだ。
 僕には何の得もない。
 損しかない。
 やれやれ。
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