出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第三章 敵性領域探索編

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 夕方になり、シリュウがドザに抱えられて奥から戻ってきた。
 ドサが乱暴にシリュウを下ろすと、ぐったりしている。
「シェリー」平然とドザが言う。「治療してやれ」
 シェリーが法印を使い始めるのを横目に、ドザは甕から水を汲んで飲んでいる。
「取り乱さないんだな」
 一息入れたドザがこちらを見る。僕は苦笑いするしかない。
「稽古をつける、って言ってたしね。それにそちらさんは、僕たちをいつでも切れる。それくらいの実力差がある。つまり、生かすも殺すも、自在ってことでしょ」
「達観した人間だな」
 呆れたように言ったドザが、シリュウと一緒に持ってきた剣を鞘から抜いた。
 それを見て、僕は流石に驚いた。
 刃がボロボロで、もう使えないように見えた。武器屋のエンダーが見たら死ぬかもしれない。
「どうしてこの男は七星剣を持っていないんだ? あれほどの剣なら、こんな無様なことにはならない」
「探しているところ」
 僕はここまでの経緯をかいつまんで説明した。
 毀れの剣に関する探索は個人的に続けているし、教会のリッカや、武器屋のエンダーも協力してくれているものの、成果はない。どこにあるのか、見当もつかないのだ。
「人間というのは、底抜けの阿呆だと思うことがたまにある」
 しみじみとドザが言う。
「仲間を数え切れないほど殺して手に入れた、敵に最も有効な武器を、よくわからない理由で紛失する。どういうことだ?」
「僕も阿呆だと思っている。そういうことじゃないかな」
 シェリーが戻ってきた。彼女が地面に文字を書いた。
 二、三日で普通になると思います。
 そう書いてあった。僕は頷いて、居住まいを正した。
「これはシリュウとは相談していないんだけど」
 前置きをして、僕は言った。
「シリュウが回復したら、僕たちはここを出るよ」
 シェリーがこちらを見ている。その瞳から読み取れる感情は、複雑で、すぐには解きほぐせなかった。
「長居しちゃったけど、いつまでもいるわけにはいかない」
 僕の言葉に、シェリーは顔を俯かせた。そして彼女は立ち上がると、奥にある彼女が自分で作った棚から、紙を持ってきた。
 地面に広げられたそれは、地図だった。黒の領域の地図だ。僕が知っている地図よりは少し情報が古そうだ。シェリーがここに来た時に持っていたものだろう。
 彼女はその地図の一点を指差した。
 なるほど。
 僕は自分の荷物を取りに行き、地図を取り出した。二枚の地図を比較して、僕はシェリーが指差した場所に印をつけた。
 ここが、この洞窟の位置なのだ。
「何かあったら、また来るよ」
 そう言うと、シェリーは微笑んでくれた。
「人間とは解せないな」
 ドザが首を振っている。
「ただの五十年しか生きないくせに、また来るなどと、適当なことを口にする。そしてそれを救いのように受け止める。理解できないな、まったく」
 ドザはそう言うと、シリュウの方を見た。
「あの若造は、確かに良い筋を持っている」
「剣術のこと? それは、まぁ、人間の中でも図抜けて巧みだろうけど」 
「何よりも惜しいのは、剣だな。平凡な剣など、不釣り合いだ」
 それはちょっと、と僕は笑った。
「それはちょっと、人間には荷が重いかな。人間の作る武器は、悪魔から見れば全部、平凡なものに見えると思う」
「結局、人間とは数なのだな。それと、犠牲を厭わず、犠牲を強さに変える。愚かしいとも言えるが、強いものが必ず君臨するわけじゃない。時代によっては、弱いものが覇者となることもある。奥深いことだ」
 悪魔が言うと、やたら重みがある。しかも二百年も生きているのだ。
 持っていたシリュウの剣をドザが放り出し、代わりに自分の剣を手に取った。
「人間はどうか知らないが、悪魔は弟子に剣を引き継ぐことがある」
 頭にマルトロスのことが浮かんだ。彼も三代に渡って剣を継承していたはずだ。
「そういうことをする人間もいるらしいよ」
「そうか。同じことを考えるのかもな」
 言って、ドザが自分の剣を僕の方に差し出した。
「若造の剣は俺が壊したようなものだ。帰りに剣がなければ、困るだろう。これを、渡しておく。悪くない切れ味と頑丈さだろう。七星剣に劣るがね」
 混乱した。
「悪魔が自分の剣を人間に渡す? そんなこと、ある?」
「実際にこうして、ある。別に契約者になれとは言っていないよ。ただ、剣を贈る、というだけのことだ。不満か?」
「不満なわけがないけど……」
 ドザは剣を押し付けてくる。意地を感じた。
 仕方なく、僕は受け取った。彼は一人で頷いている。
「ちゃんと使うように言っておいてくれ売り払ったりはしないように。もしかして、七星剣も売ったんじゃないだろうな?」
「まさか、そんなこともないだろうけど……確信はない」
「冗談だよ。そういう奴じゃない、若造はな」
 そんなことを言いつつ、ドザは雑談の後、自然に別れを告げた。
「もう会うことはない、と思った方がいいのだろうな」
 感慨深げに、洞窟の入り口で悪魔が言った。
 僕にはもう、彼が悪魔とは思えなかった。
「僕は、そうは思いたくない。正直、そんな気持ちです」
「ハハッ、そうか」ドザが笑みを浮かべる。「なら、また会おう」
 雨の中へ踏み出していく。コートのフードを被り、その背中が離れていく。すぐに起伏と木の陰になり、見えなくなった。
 洞窟に戻り、僕はドザから受け取った剣を手に取ってみた。重みに何か、別のものを感じる。ドザの気持ちのようなものが、宿っている気がした。
 その翌日の夕方、むっくりとシリュウが起き上がった。
「腹が減った」
 最初に言ったのそれだった。僕とシェリーで食事を用意した。
「あの悪魔はどこへ行った? あれだけ殴られて蹴られて、やられっぱなしとは、受け入れ難いな。一発でも、返したい」
 殴る、蹴る、だったのか? 剣の稽古じゃないのか?
「彼はもう帰ったよ」僕はシリュウに料理の盛られた器を差し出して、言った。「そして僕たちも帰るんだ」
「……帰る、か」
 シリュウは器を受け取って、粥のようなものを匙で口に運び始めた。
 しばらく黙っていたが、
「帰って、どうする?」
 と、訊いてきた。
「探索者をやるんだよ。それが本業だ」
「ここにきて、俺はつくづく思った。俺は戦いにしか生きられない」
「じゃあ、また兵士になる?」
 僕の言葉に、シリュウが短く唸った。
「時代遅れ、と言いたいんだな」
「そういう生き方もあるさ。僕はそれを選ばないだけ」
「……そうか」
 粥を食べ終わるまで、シリュウは一言も発さずに、食事に専念した。そして水を一杯飲むと、息を吐いた。
「帰るか」
 どうやら、納得したらしい。
 ここでもう一つ、問題があるわけだけど。
「これをドザから預かった」
 そう言って、僕はシリュウに、悪魔が置いていった剣を渡した。
 いや、渡そうとした。
「ふざけているのか」
 剣に触れずに、シリュウが顔を歪める。
「どういう理屈だ?」
「ドザはシリュウに剣を教えた、弟子のようなものだから、剣を託す、と言ってたよ。それが唯一の理屈だ」
 黙り込んだシリュウは僕の手元の剣をじっと見ている。
 視線を逸らした。
「考えておく。結論が出るまで、俺はその剣は受け取らない。預かっておけ」
 そうなるか、やっぱり。想像できてもいた。シリュウっていうのは、そういう男だ。
 僕はそれを受け入れ、剣を預かった。シリュウには彼自身の剣を返す。剣を確認して、顔を渋くするシリュウを見ると、ドザの剣を受け取ればいいのに、と思ったけど、まだそのつもりはないらしい。
 シリュウにあと一日、休暇を取らせて、早朝になって僕とシリュウは出立の支度をした。
 シェリーも起きていて、簡単な朝食と、昼間に食べる糧食のようなものを作ってくれた。
「ありがとう、シェリー。元気で」
 彼女は僕の手を取って、手のひらを指でなぞる。字を書いているのだ。
 また会えますように。
 彼女の手はそう動いた。
「そうだね。また来るよ」
 答えつつ、僕はシリュウの方を見る。彼も少しだけ柔らかい表情で、頷いている。
 彼女の手を握ってから、僕は離れた。シリュウと並んで、洞窟を離れる。
 ふと振り向くと、シェリーはこちらを見ている。手を振った。振り返してくるのが見えた。
 さらに進んで振り返ると、もう見えなかった。
「残るたければ」シリュウがニヤニヤ笑っている。「残ってもいいぞ」
「帰るよ」
 僕は洞窟に背を向けてシリュウと並んで歩き出した。
 周囲の静けさ、人気のなさが、少し不自然だった。洞窟で生活している時間が、ちょっと長かったかもしれない。そのうち慣れるだろうけど。
 僕たちは事前の打ち合わせの通り、最短距離で連合軍が建設した輸送用の道路を目指す。そこに出れば、赤の領域の方へ歩き、通りかかった輸送部隊にでも拾ってもらう。そうして、やがてはリーンへ帰る。
 今になってみると、あまりに長い間、街を離れすぎたな。それだけシェリーに食事などの世話をしてもらっていたことになる。何かもっと、お返しができればよかったのに。
 歩いているうちに、木々の向こうから、微かに人の声が聞こえてきた。シリュウと顔を見合わせる。
 声は、争っている声ではない。どこか賑やかにも思えた。
 シリュウが決断し、そっと伺うことになった。二人で気配を消して近付いていく。
 やがて前方に数人の男が見えた。全員が武装している。兵士ではないし傭兵にも見えない。探索士だろう。
 森の中に、全員で九人の男が集まっているのがわかった。全員が悪魔の首を腰に下げ、今は赤ら顔でボトルを煽っている。
 どうやら、大量の獲物を仕留め、帰る途中での前祝い、らしい。
 九人の顔はどれも若い。まだ経験はそれほどないのだろう。
 黒の領域で飲酒するのは、明らかに素人だ。もしかしたら、別に仲間がいるかもしれないが、ここで気が緩んでいる九人が、火急の事態に対応できるとは思えない。
「放っておこう」
 僕はシリュウに囁いた。面倒ごとには首を突っ込まないほうがいい。
 シリュウも頷きかけたが、その動きが止まる。少し目を丸くして、どこかを指差した。
 僕は反射的にそちらを見た。
「すごい偶然だね、これは」
 思わず呟いていた。
 九人から少し離れたところで、剣を抱えて、マルトロスがいた。
 ムスッといた顔で、輪から少し離れている。
 僕とシリュウはまた視線を交わした。
 どうするべきだろう。


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