出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第四章 即席師弟編

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 僕に気づくと、シリュウが手を挙げた。
 女の子も僕に気づく。少し表情が強張った。
「どこで拾ってきたの?」
 僕がそういうと、シリュウは手に持っていた木刀をこちらに投げてくる。慌てて受け取った。
「この娘、知らないのか?」
「大道芸人でしょ。それがシリュウとどう関係するの?」
「剣の稽古をつけることになった。今だけだ。それも条件をつけた」
 条件?
「お前から一本取れたら、だ」
 おいおい、それはまた、めちゃくちゃな……。
 少女はやる気で、木刀を構えている。視線を走らせると、少し離れたところに彼女の剣が置かれていた。
「じゃあ、向き合え」有無を言わさぬ早さでシリュウが言った。「始め」
 少女が少し間合いを取った。構えは堂々としていて、隙がない。
 僕は状況をよく理解していないけど、この勝負には面白い魅力があった。
 シリュウからの指導、自分の考えを、試すことができる。
 僕は木刀の構えを変則的なものにして、間合いを詰めようとする。間合いを強く意識した。
 じりっと間合いを詰めた時、少女が強く地を蹴った。
 無音の気迫。
 僕は身を引いた。すぐそばを木刀がすり抜ける。
 好機だった。こちらの姿勢はまだ完全に崩れていない。
 一撃を繰り出した。
 当たらない。少女がわずかに身を捻って、避けていた。
 間合いが再び出来る。
 相手は相当、見切りに自信があるようだ。つまり、彼女はこちらの間合いを完全に把握している。
 剣を振る速度はほぼ互角、つまり力は均衡していている。
 重要なのは、相手を捉えられるか、先に当てられるかだ。
 剣が同じ速度で振られても、軌道を利用すれば、先に当てることは可能。
 今は間合いが広い、相手の踏み込みのタイミングで打って出るのが最善。
 少女が動く気配。
 僕はすかさず動いた。
 間合いが消える。
 激痛、衝撃、痺れ。
 手から木刀を取り落としていた。
「よし、終わりだ」
 僕の手元を打ち据えた木刀は、今は僕の肩の辺りに軽く触れていた。少女が身を引いて、頭を下げる。ちらっと僕を見た瞳が、心に残る。
 軽蔑するような、視線だった。
 少女はすぐにシリュウの方に歩み寄り、
「一週間ですが、よろしくお願いします」
 と、深く頭を下げた。シリュウは了承する旨を伝えつつ、こちらを見た。ウインクしてくる。
 良い気分じゃないな、これは……。
 シリュウが僕が取り落とした木刀を拾い上げ、少女に型を教え始めた。僕はやることもないので、それを見ることにする。
 こうして見ていると、少女の動きは素人のものじゃない。演武だけが得意ではなく、実戦的な動きをしている。僕自身はそれを完璧にはできないけど、高い練度でそれを使う剣士は、黒の領域で数え切れないほど見てきた。
 少女は夕方まで稽古をして、帰って行った。これから演武をするようだった。
「どこで会ったの?」
「走ってる時」
 二人で部屋で食事をする時、やっと話をすることができた。昼ご飯を食べていないので、空腹が先に立っている。
「走っている時? 向こうから声をかけてきたの?」
「そうだ。剣術を使うんじゃいないか、と訊かれてな。それで俺の弟子に勝ったら、剣を教える、といったわけだ」
 弟子になったつもりはないけれど、そう言えないこともない。
「一週間だけだ、気にするな」
「現役の探索士が、大道芸人に負けるとは、情けないけどね」
「その気持ちが大事だ。だが、あいつはただの芸人じゃない。ちゃんとした剣を使っている」
 脳裏に、彼女が持っていた剣が浮かんだ。
「東方の剣術?」
「ん? そうか、剣を見たな。その通り、東方の剣術だ。ちょっと特殊でな」
 シリュウが食事を続けつつ、説明した。
「あれは、音無の剣、って呼ばれる奴だ」
「音無の剣?」
「そう。とにかく速い。体も剣も。相手の剣を受けたり、払ったり、そういうことは考えない。体を捌いて相手の攻撃を避けるが、露骨に避けることもない。無駄のない動きと、鋭い一撃で、倒す剣術だ」
 わかるような、わからないような。
「シリュウはそれをどこで知った?」
「東方から来た傭兵に教わったことがある。一朝一夕で身につくものじゃないが、それでも二ヶ月は稽古をつけてもらった。最後まで、彼らには敵わなかったが」
「そんな剣術の使い手が、なんで大道芸人を?」
 しれっとシリュウが応じた。
「知らん。明日、本人に訊いてみるといい」
「知らないの? 名前は?」
「それも知らん。こちらも名乗ってないが」
 二人とも、常識というものがないのか? それとも剣士っていうのは、みんなこうなのか? そんなこともないと思うけど、僕の勘違いかもしれない。
 翌日の昼間、昼食を食べていると例の女の子がやってきた。
「今更だけど」僕は不機嫌そうな彼女に訊いた。「名前は?」
「トウコ」
 そっけない返事だった。やれやれ。どういうわけか、僕は嫌われているらしい。
「僕はアルス。彼はシリュウだ」
 トウコが深く頭を下げる。シリュウが食事に誘うと、彼女も輪に加わった。しかし何も話そうとはしない。僕とシリュウが武器について雑談していただけだ。
 昼食の後、稽古になった。僕は早朝にもやったから、眺めるだけのつもりだ。
 トウコが木刀を持ち、シリュウに剣の振り方、足の送り方を教わっている。
 その光景を見ていると、シリュウとトウコは師弟に見えた。僕よりもよっぽど、トウコの方が弟子らしい。
 少しの疑問も気になるようで、シリュウに頻繁に質問し、シリュウはトウコの手を取り、時には足の位置さえも直して、動きを伝えていた。
 その日はそれだけで終わった。二人は三時間ほどは体を動かしていた。僕は飲み物と手ぬぐいを用意して待ちっていた。
「アルスさんは」汗を拭いながらトウコが尋ねてくる。「稽古しないのですか?」
「僕は剣士が本業ではないんだ」
「では、何が本業ですか?」
 答えづらいなぁ。
「探索士」
「そうですか」
 そう言って、彼女はシリュウを見た。
「先生もですか?」
 シリュウがニヤリと笑う。
「アルスの保護者みたいなものさ」
 僕の方が保護者な気がするけど、黙っておこう。
 水を飲んだトウコに、僕は尋ねてみた。
「トウコさんは、何で大道芸を? それが本業?」
「馬鹿げたことを言わないでください。あれは一時的なことです」
「でも一座に加わっているんだろう?」
 そう言うと、少しだけ胸を張ってトウコが答えた。
「私は剣士です。まだ未熟ですが、旅を続けて、様々な剣技を学ぶつもりです」
 ちらっとシリュウを確認すると彼は特に考えを読めない表情で、水をすすっている。
「それで」僕が訊くしかないらしい。「最後は何をして食べていくの?」
 目をパチパチと瞬くトウコ。
「剣士になって、どうする?」
「それは……、いずれはどこかに士官することになります」
 シリュウがやっと口を開いた。
「女剣士というのも、面白いかもしれないが、しかし士官するまで、技が高められるとは思えない」
 その一言で、トウコの表情が強張った。
「それは女だからですか? 弱いからですか?」
「俺の知っている女剣士の中には、男と互角に渡り合った奴もいた。稽古で俺を打ち据えた奴もいる。でも最後には、引退して、穏やかに暮らした。つまり、剣を棄てることになった」
「私はそうするつもりはありません」
 ふぅっと息を吐くシリュウをトウコが睨みつける。しかしシリュウは少しも動じない。
「良いだろう。そういう選択もある。ただ、こういう見方もできる。剣の腕が問われる場所は、戦場にしかない。そこにお前が立てるか? トウコ」
 返事はなかった。黙って、彼女は俯いて、動かなかった。
 弾かれたように動き出した時には、自分の剣を掴んでいて、そのまま駆け去って行った。
「稽古の二日目であんな酷いこと、言う?」
 さすがに呆れて言う僕に、シリュウは唇をへの字にする。
「けしかけたのはお前だろう」
「はっきりさせておいた方がいいと思ってね」
 僕も何人か、女性の探索士を知っている。彼女たちはおおよそ、男勝りで、強気だった。攻撃的で、口も立つし、もちろん腕力もある。
 そんな女性と比べると、トウコはどこか弱く見えた。
 儚い、というか、脆い。
「それでもお前より強い」
「実戦では負けないよ。僕は剣だけで戦うわけじゃない」
「そりゃそうだ。戦いは総合力だからな。そこに女性の弱点もある」
 シリュウが何を考えているか、ちょっと気になった。
「身体能力的な弱さ、だけじゃないね?」
「女性はどちらかといえば、受け身になりがちだ。戦いでは、防御も必要だが、防御だけで勝てる例は少ない」
 やれやれ。この男は戦いや戦場に関して詳しいが、しかし、日常についてはそれほど興味がないらしい。
「トウコは今、大道芸をやっている。いずれ、それに何か希望を持つかもしれない」
 どうかな、とシリュウがつぶやいて、水を飲み干すと、走りに行くと言って、離れていった。
 僕は一人で木刀を握り、そこに立った。
 構えた木刀の先には誰もいない。ぼんやりと何か画像を結ぶ。
 相手の動きに合わせて、木刀を振るう。体を開き、下がりつつ、さらにもう一回。今度は踏み込み、振り下ろす。横に薙ぎ払い、斜めに飛びながら、もう一度、振り下ろす。
 着地と同時に、体勢を作り、構える。
 見えない敵は、見えないままだ。
 一瞬だけ高まっていた緊張が解ける。そうなれば、もう目の前には何も感じられなかった。
 それでももう一度、木刀を構える。
 見えない。ダメか。
 切っ先を下ろして、僕は片付けをして、部屋に戻った。
 シリュウが戻ってくるまでに、夕飯を用意しよう。



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