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第四章 即席師弟編
四
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トウコが稽古に来るようになって、五日目になった。
メリッサもここのところ欠かさず、昼過ぎにはやってくる。僕たちの部屋で料理を作らず、店で作ったものを持ってきてくれた。食事の間は、メリッサとトウコが様々な話題で盛り上がる光景が見れた。
稽古が始まると、メリッサと僕はそれを眺める。
「どうして」
稽古の最中にメリッサが僕に尋ねた。
「剣なんて習うのかしら?」
「誰もが夢や希望を持つ、という月並みな返事で満足する?」
「作り話なら満足する。疲労も痛みも受け入れて、それでも何も得られないかもしれないのに」
僕はじっとトウコを見た。今は、型を繰り返し続けている。
「誰も、何かが得られるという確信を持つことはないんじゃないかな。どれだけ努力しても、その全てが無駄になる、という可能性は、何事にもついて回る」
メリッサが応じないので、僕は続ける。
「例えば、メリッサさんは、食堂で働いている。それが将来、どう役に立つ? 店を維持して、生活を成立させる役には立つ。しかし、あと十年くらいして、この街が悪魔の大攻勢に飲み込まれたら? 料理の技術なんて、戦いの役には立たない。そういう時、どういうことを思う?」
「そうなったら、兵士に料理を作るわ」
「食材がなければ、道具がなければ、料理は作れない。そして料理は敵を倒せない」
呆れたように、メリッサが笑った。
「考え方がまるで違うのね。でも、お互いのことを尊重はしている」
「そう、尊重はしている。二人が揃うことで、また違う一歩を踏み出せる。そういうものの積み重ねが、社会とか国家なんだろうね」
いよいよ型が終わって、乱取りになった。しかしそれを始める前にシリュウがトウコに何か声をかけていた。
なんだろう?
乱取りが始まる。しかし、今までと少し違う展開になった。
シリュウの打ち込みをトウコが回避する場面が多い。どうやら、シリュウはトウコに木刀を受けずに、それを避けることを重点的にやらせているようだ。
トウコの動いは機敏だけど、シリュウの木刀が時々、その体を打つ。それでも間合いを取り直し、反撃せず、避けること、逃れることを目指す。
見ていると、ごく稀に抜群の捌きを見せることがある。
そこで逆襲すればシリュウに一撃、当てられそうだった。
その動きができるのは昨日、一昨日と散々にシリュウの剣を受けたからだろう。シリュウの動き、その呼吸を読み取りつつあると思えた。
ただ、と僕の思考は別の可能性を意識した。
シリュウはトウコが自分の剣筋を飲み込みつつあるのに気づいている。そして気づいているのなら、いくらでも変えることができる。
鈍い音ともに木刀がトウコの脇腹を直撃する。よろめいた彼女にもう一撃。たまらず膝をついたトウコは顔を歪めながら、立ち上がった。
やっぱり、シリュウはリズムを変えてきた。
それでも何度か打撃を受けるうちに、シリュウの木刀は見切られてくる。そこでまたシリュウが調子を変え、変則的な打撃を混ぜる。時間が経つと、それも見切れるようになった。
「すごいわね」感心したようにメリッサが言う。「あんなに動く女の子、見たことない」
「あれが彼女の流派の特徴らしい。あれに攻撃を組み合わせるそうだ」
五日目の稽古は、その体捌きをひたすら繰り返して、終わった。今日はトウコが地面に這うような場面はほとんどなかった。
稽古の後に、メリッサが持参した焼き菓子が出た。全員でそれぞれに落ち着く場所で、お茶の入ったカップを手に、焼き菓子を食べる。
「え? トウコちゃんは、シリュウさんに弟子入りしているわけではないの?」
「はい、一週間の約束です」
「今、何日目?」
「五日目です。明日と明後日で、一区切りになります」
そうかぁ。メリッサが残念そうに呟く。
「それからどうするの?」
「親方と一緒に旅に出ます」
「え? 親方?」
トウコはメリッサに自分が大道芸人だと話し始めた。故郷の村は悪魔の攻撃を受けて消滅し、それからは剣術を少しだけやり、あとは独学で稽古しつつ、大道芸人をしている、と話は進んだ。僕は聞くとはなしに聞いてた。
「もっと落ち着いて剣術を習ったらいいのに」
そのメリッサの言葉に、トウコは何も言わずに微笑んでいた。
「そう思わない? シリュウさん」
シリュウは体をほぐしているところだった。聞いていなかったらしい。
「だから、トウコちゃんを弟子にしないか、ということ」
「弟子は一人いるから大丈夫だ」
そんな返事だった。
もしかして、僕のことか?
ちらっとトウコを見ると、彼女もこちらを見ていた。ちょっと攻撃的な視線だ。何を考えているのやら。
時間になって、トウコは引き上げて行った。いつも通り、シリュウは走りに出る。
僕が木刀を片付けようとすると、一本をメリッサが拾い上げた。そしてそれを僕に向けて構えた。構えたと言っても、形ばかりで、気迫もなければ、圧力も感じない。
無言で、渡すように手を差し出した。
メリッサが振りかぶり、振り下ろす。
僕はそれを手で受け止めた。
「ダメね」
あっさりとメリッサは手を離した。
「私には剣は向かないわ」
「人には個性がある」
「あなたもやっぱり、探索士ね」
メリッサはどこか寂しげだった。何故だろう。
片付け終わって、僕はメリッサを送ることにした。
「明日の夜、トウコちゃんを見に行かない? シリュウさんも一緒に」
「え? 別にいいと思うけど、もしかして、トウコには秘密で?」
「驚かせてあげましょう。私、今までに一回も見ていないから、気になるの」
僕はそれを了承した。シリュウもきっと暇だから来るだろう。
店の前で別れて、僕はなんとなくエンダーの店に行った。エンダーが留守だったので、まったくの無駄足になった。
食べ物を買っていに帰ると、すでにシリュウは帰宅していて、さっきまでトウコが稽古していた場所で、シリュウが一人で剣を振っていた。
「なんだかんだで」僕が声をかけると、シリュウが動きを止める。「その剣に馴染んだようだね。最初は嫌がっていたのに」
「あの悪魔を少し信じる気になった」
そんなことを言う。
「悪魔を信じる、か。そう考えられる人間は、なかなか、いないだろうね」
「シェリーはドザを信じていた。だから、俺も信じる。それだけだ」
それに、と剣を軽く振る。
「この剣は良い。手放す悪魔の気持ちがわからんよ」
鞘に剣を戻し、こちらに歩み寄ってくる。
「あの娘は、お前より使うが、危機感は感じないのか?」
「実戦の場では違う、という見方かな、僕は。そして前も言った通り、剣だけが手段じゃない」
「そういう言い訳を口にしているようでは、先がないぞ」
かもね、としか言いようがなかった。
僕だって、僕なりの努力をしている。いつかはそれが実ることを願うしかない。願って、体を動かし続けるしかないのだ。
今のトウコは、確かに僕よりも強い。でも一年後、二年後、どうだろう。
当然、トウコがその間も成長を続け、僕との差がより大きくなる可能性もある。
でもそれを考えていても、仕方ない。
未来のことなんて、誰にもわからないんだ。
「ドザと俺が剣を交えた時のことを覚えているか?」
前触れもなく、シリュウが言ったので、どういう脈絡か、わからなかった。
「あの洞窟の奥で?」
「そうだ。あの時、俺の剣は激しく損傷しただろう。あの時に、音無の剣のことを考え始めた」
「つまり、剣と剣を当てずに、相手に勝つ、ということ?」
シリュウが少しだけ足捌きをその場で見せてくれた。
「教わったのは、だいぶ前だ。その当時も、完璧には程遠い程度しか習得できなかったが、今、どうしても気になってな。そんな時、トウコと出会えた。音無の剣を使うという。最初は全然、信じなかった。腰の剣から東方の出だというのはわかったが、まさか、大道芸をしている小娘が音無の剣の使い手とは、思えなかった。が、それは間違いだった」
シリュウが困ったような顔になった。
「俺が習得している音無の剣より、トウコの音無の剣の方が、優れている」
「でもあんなに、叩き伏せているじゃないか」
「それは総合的に俺の方が強いからだよ。体格もある、腕力も違う、技術も違う、経験も違う。勝てる要素はない。その辺も実戦の妙だな。演武とは違う」
そんなことを言って、シリュウは部屋の方へ向かう。僕はそれに従った。
「明日、メリッサが一緒に、トウコの演武を見に行こう、って言ってたよ」
「そうか。行ってくるといい。俺は行かないが」
「え? 行かないの?」
興味ない、という返事だった。考えは分からないけど、シリュウは拒絶する雰囲気だったので、僕も深入りしなかった。
翌日の午前中、僕は探索士としての仕事を一つ、確保した。デリア砦から黒の領域に入り、そこで悪魔を狩ることになる。二人きりで行動するので、気兼ねする要素は少ない。よくある悪魔討伐である。
少し帰るのが遅れたので、すでにシリュウ、トウコ、メリッサは揃っていた。建物の外に椅子と机を出し、囲んでいる。
しかしどうも、妙な雰囲気だった。シリュウが不機嫌そうにしていて、メリッサも表情が険しい。何かあったのか?
僕はその中に恐る恐る入り、シリュウに仕事の話をした。シリュウは軽く請け負う。メリッサが何か言いたそうなのを、トウコが目線で止めたようだった。
本当に、何があったんだ?
僕は疑問をとりあえず脇に置いて、雑談を振ってみた。三人とも、とりあえず、返事はする。その辺は大人である。
食事が終わり、僕とメリッサは片付けを始めた。
「実は、シリュウさんにトウコちゃんの面倒を見るように言ったのよ」
そんなことをメリッサが言い出した。
面倒を見る?
「えーっと」手を動かしながら、考えた。「それはシリュウがトウコを身請けするってこと?」
「弟子にするってこと」
それはまた、無理があるな。シリュウは僕がいなかったらまともに生活できると思えない。それが弟子をとって、どうやって生活するんだ?
「はっきりさせたい点があるんだけど、メリッサとしては、トウコを剣士のシリュウの弟子にしたいの?」
「もちろん。それに何か問題がある?」
問題はないけど、たぶん、シリュウは自分を剣士とは思っていないだろう。
その問題は、決定的だが、とりあえず、先に進もう。
「その提案に、シリュウはなんて言っていた?」
「嫌だ、と断った」
「詳しい理由を口にした?」
しないわよ、と、メリッサが唇を尖らせる。
「当のトウコはどういう意見?」
「あの子は何も言わなかった。何か言ってくれればよかったのに。私が味方になって、押し通したものを!」
どうやらメリッサはかなり血の気が多いようだ。印象が少し変わった。でも別に嫌ではない。
真剣に、トウコのことを考えているんだろう。
「アルスくんからもシリュウさんを説得してよ」
「それは無理かな。僕はシリュウの味方だ」
目を見開いてから、すぐにその視線を攻撃的なものに変えて、メリッサがこちらを見た。
「どういう理由からかしら?」
「シリュウはそういう師弟関係を結ぶ気がないだろうし、それに、トウコの意志を知らないうちは、そういう話を勝手に進めたくはない」
「トウコちゃんが弟子入りしたいといえば、良いわけね?」
そういうことでもないけれど。僕は曖昧な返事で応じた。
どうしても、シリュウが受け入れる話ではない、と感じた。
外ではシリュウの声が響いているようで、部屋の中にもかすかに聞こえた。
「あんなに一生懸命教えていて、なんで弟子にしないのかしら」
そんなことをメリッサが呟いたけど、僕は黙っていた。
外に出た時には、昨日と似たような稽古をしていた。ただ、今日はトウコにも攻めの気配がある。シリュウの攻撃を回避し、反撃、という流れだが、その反撃はシリュウの想定を脱することができず、跳ね返されている。
しかしトウコの動きは冴えているように見える。
「何か感じる?」
隣に並んで稽古を見ているメリッサに聞くと、
「楽しそう」
という返事だった。確かに、それもそうだ。
「僕から見ても、シリュウもトウコも、楽しそうだ」
「やっぱり、師弟になるべきよ」
それは別、と僕は釘を刺した。
シリュウはきっと、僕にないものをトウコに見ているはずだ。剣を使う才能、剣に向ける情熱、そういうものは僕とは比べ物にならないほど、強い。
そういう僕にないものが、シリュウには嬉しく、鍛えたくなるのも、わからなくはない。
五十年前、シリュウは無数の兵士、いくつもの部隊を鍛え上げたのを、僕は知っている。
きっと今、目の前で展開されている光景が、当時もあったんだろう。
シリュウが鍛えた兵たちがどうなったのか、僕にははっきりとはわからない。けど、シリュウは知っている。手元を離れても気にかける。そういう性分だ、シリュウは。だから、きっとそのことでシリュウはだいぶ傷ついただろう。
兵になれば、死ぬこともある。
シリュウはそんな兵たちを鍛えていた。戦場へ送るために。命を賭け、やがて失うために。
僕は悲しいとは思わない。虚しいとも思わない。
シリュウがやったことは、そういう感情を抱くためではないと僕は考えていた。
推測だけど、自分や他人が生き残るためであり、一人の死が一人を救えば、それでいいと、考えるしかない。
そしてその一つの死が、全体での一歩に少しでも貢献すればいいはずだ。
シリュウは今の時代をどう感じているだろう。
僕はシリュウについて調べるうちに、今の時代の平和さ、穏やかなを感じた。
命を賭さずに生きていける人が、大勢いる。
代わりに、常に命を危機に晒す人も、少なくない数がいる。
この時代が成立したのは、シリュウが育てた人たちが、少しずつでも前に進んだからだ。
トウコを前にした時、シリュウは、彼女を人間の土台にしたい、と思わないだろう。
きっと僕に対しても、同じことを思っている。
それなのに、僕に対する態度と、トウコに対する態度は違う。
それは、僕には疑問だった。
稽古を見ながら、僕は考えていた。
長い間、考えていた。
メリッサもここのところ欠かさず、昼過ぎにはやってくる。僕たちの部屋で料理を作らず、店で作ったものを持ってきてくれた。食事の間は、メリッサとトウコが様々な話題で盛り上がる光景が見れた。
稽古が始まると、メリッサと僕はそれを眺める。
「どうして」
稽古の最中にメリッサが僕に尋ねた。
「剣なんて習うのかしら?」
「誰もが夢や希望を持つ、という月並みな返事で満足する?」
「作り話なら満足する。疲労も痛みも受け入れて、それでも何も得られないかもしれないのに」
僕はじっとトウコを見た。今は、型を繰り返し続けている。
「誰も、何かが得られるという確信を持つことはないんじゃないかな。どれだけ努力しても、その全てが無駄になる、という可能性は、何事にもついて回る」
メリッサが応じないので、僕は続ける。
「例えば、メリッサさんは、食堂で働いている。それが将来、どう役に立つ? 店を維持して、生活を成立させる役には立つ。しかし、あと十年くらいして、この街が悪魔の大攻勢に飲み込まれたら? 料理の技術なんて、戦いの役には立たない。そういう時、どういうことを思う?」
「そうなったら、兵士に料理を作るわ」
「食材がなければ、道具がなければ、料理は作れない。そして料理は敵を倒せない」
呆れたように、メリッサが笑った。
「考え方がまるで違うのね。でも、お互いのことを尊重はしている」
「そう、尊重はしている。二人が揃うことで、また違う一歩を踏み出せる。そういうものの積み重ねが、社会とか国家なんだろうね」
いよいよ型が終わって、乱取りになった。しかしそれを始める前にシリュウがトウコに何か声をかけていた。
なんだろう?
乱取りが始まる。しかし、今までと少し違う展開になった。
シリュウの打ち込みをトウコが回避する場面が多い。どうやら、シリュウはトウコに木刀を受けずに、それを避けることを重点的にやらせているようだ。
トウコの動いは機敏だけど、シリュウの木刀が時々、その体を打つ。それでも間合いを取り直し、反撃せず、避けること、逃れることを目指す。
見ていると、ごく稀に抜群の捌きを見せることがある。
そこで逆襲すればシリュウに一撃、当てられそうだった。
その動きができるのは昨日、一昨日と散々にシリュウの剣を受けたからだろう。シリュウの動き、その呼吸を読み取りつつあると思えた。
ただ、と僕の思考は別の可能性を意識した。
シリュウはトウコが自分の剣筋を飲み込みつつあるのに気づいている。そして気づいているのなら、いくらでも変えることができる。
鈍い音ともに木刀がトウコの脇腹を直撃する。よろめいた彼女にもう一撃。たまらず膝をついたトウコは顔を歪めながら、立ち上がった。
やっぱり、シリュウはリズムを変えてきた。
それでも何度か打撃を受けるうちに、シリュウの木刀は見切られてくる。そこでまたシリュウが調子を変え、変則的な打撃を混ぜる。時間が経つと、それも見切れるようになった。
「すごいわね」感心したようにメリッサが言う。「あんなに動く女の子、見たことない」
「あれが彼女の流派の特徴らしい。あれに攻撃を組み合わせるそうだ」
五日目の稽古は、その体捌きをひたすら繰り返して、終わった。今日はトウコが地面に這うような場面はほとんどなかった。
稽古の後に、メリッサが持参した焼き菓子が出た。全員でそれぞれに落ち着く場所で、お茶の入ったカップを手に、焼き菓子を食べる。
「え? トウコちゃんは、シリュウさんに弟子入りしているわけではないの?」
「はい、一週間の約束です」
「今、何日目?」
「五日目です。明日と明後日で、一区切りになります」
そうかぁ。メリッサが残念そうに呟く。
「それからどうするの?」
「親方と一緒に旅に出ます」
「え? 親方?」
トウコはメリッサに自分が大道芸人だと話し始めた。故郷の村は悪魔の攻撃を受けて消滅し、それからは剣術を少しだけやり、あとは独学で稽古しつつ、大道芸人をしている、と話は進んだ。僕は聞くとはなしに聞いてた。
「もっと落ち着いて剣術を習ったらいいのに」
そのメリッサの言葉に、トウコは何も言わずに微笑んでいた。
「そう思わない? シリュウさん」
シリュウは体をほぐしているところだった。聞いていなかったらしい。
「だから、トウコちゃんを弟子にしないか、ということ」
「弟子は一人いるから大丈夫だ」
そんな返事だった。
もしかして、僕のことか?
ちらっとトウコを見ると、彼女もこちらを見ていた。ちょっと攻撃的な視線だ。何を考えているのやら。
時間になって、トウコは引き上げて行った。いつも通り、シリュウは走りに出る。
僕が木刀を片付けようとすると、一本をメリッサが拾い上げた。そしてそれを僕に向けて構えた。構えたと言っても、形ばかりで、気迫もなければ、圧力も感じない。
無言で、渡すように手を差し出した。
メリッサが振りかぶり、振り下ろす。
僕はそれを手で受け止めた。
「ダメね」
あっさりとメリッサは手を離した。
「私には剣は向かないわ」
「人には個性がある」
「あなたもやっぱり、探索士ね」
メリッサはどこか寂しげだった。何故だろう。
片付け終わって、僕はメリッサを送ることにした。
「明日の夜、トウコちゃんを見に行かない? シリュウさんも一緒に」
「え? 別にいいと思うけど、もしかして、トウコには秘密で?」
「驚かせてあげましょう。私、今までに一回も見ていないから、気になるの」
僕はそれを了承した。シリュウもきっと暇だから来るだろう。
店の前で別れて、僕はなんとなくエンダーの店に行った。エンダーが留守だったので、まったくの無駄足になった。
食べ物を買っていに帰ると、すでにシリュウは帰宅していて、さっきまでトウコが稽古していた場所で、シリュウが一人で剣を振っていた。
「なんだかんだで」僕が声をかけると、シリュウが動きを止める。「その剣に馴染んだようだね。最初は嫌がっていたのに」
「あの悪魔を少し信じる気になった」
そんなことを言う。
「悪魔を信じる、か。そう考えられる人間は、なかなか、いないだろうね」
「シェリーはドザを信じていた。だから、俺も信じる。それだけだ」
それに、と剣を軽く振る。
「この剣は良い。手放す悪魔の気持ちがわからんよ」
鞘に剣を戻し、こちらに歩み寄ってくる。
「あの娘は、お前より使うが、危機感は感じないのか?」
「実戦の場では違う、という見方かな、僕は。そして前も言った通り、剣だけが手段じゃない」
「そういう言い訳を口にしているようでは、先がないぞ」
かもね、としか言いようがなかった。
僕だって、僕なりの努力をしている。いつかはそれが実ることを願うしかない。願って、体を動かし続けるしかないのだ。
今のトウコは、確かに僕よりも強い。でも一年後、二年後、どうだろう。
当然、トウコがその間も成長を続け、僕との差がより大きくなる可能性もある。
でもそれを考えていても、仕方ない。
未来のことなんて、誰にもわからないんだ。
「ドザと俺が剣を交えた時のことを覚えているか?」
前触れもなく、シリュウが言ったので、どういう脈絡か、わからなかった。
「あの洞窟の奥で?」
「そうだ。あの時、俺の剣は激しく損傷しただろう。あの時に、音無の剣のことを考え始めた」
「つまり、剣と剣を当てずに、相手に勝つ、ということ?」
シリュウが少しだけ足捌きをその場で見せてくれた。
「教わったのは、だいぶ前だ。その当時も、完璧には程遠い程度しか習得できなかったが、今、どうしても気になってな。そんな時、トウコと出会えた。音無の剣を使うという。最初は全然、信じなかった。腰の剣から東方の出だというのはわかったが、まさか、大道芸をしている小娘が音無の剣の使い手とは、思えなかった。が、それは間違いだった」
シリュウが困ったような顔になった。
「俺が習得している音無の剣より、トウコの音無の剣の方が、優れている」
「でもあんなに、叩き伏せているじゃないか」
「それは総合的に俺の方が強いからだよ。体格もある、腕力も違う、技術も違う、経験も違う。勝てる要素はない。その辺も実戦の妙だな。演武とは違う」
そんなことを言って、シリュウは部屋の方へ向かう。僕はそれに従った。
「明日、メリッサが一緒に、トウコの演武を見に行こう、って言ってたよ」
「そうか。行ってくるといい。俺は行かないが」
「え? 行かないの?」
興味ない、という返事だった。考えは分からないけど、シリュウは拒絶する雰囲気だったので、僕も深入りしなかった。
翌日の午前中、僕は探索士としての仕事を一つ、確保した。デリア砦から黒の領域に入り、そこで悪魔を狩ることになる。二人きりで行動するので、気兼ねする要素は少ない。よくある悪魔討伐である。
少し帰るのが遅れたので、すでにシリュウ、トウコ、メリッサは揃っていた。建物の外に椅子と机を出し、囲んでいる。
しかしどうも、妙な雰囲気だった。シリュウが不機嫌そうにしていて、メリッサも表情が険しい。何かあったのか?
僕はその中に恐る恐る入り、シリュウに仕事の話をした。シリュウは軽く請け負う。メリッサが何か言いたそうなのを、トウコが目線で止めたようだった。
本当に、何があったんだ?
僕は疑問をとりあえず脇に置いて、雑談を振ってみた。三人とも、とりあえず、返事はする。その辺は大人である。
食事が終わり、僕とメリッサは片付けを始めた。
「実は、シリュウさんにトウコちゃんの面倒を見るように言ったのよ」
そんなことをメリッサが言い出した。
面倒を見る?
「えーっと」手を動かしながら、考えた。「それはシリュウがトウコを身請けするってこと?」
「弟子にするってこと」
それはまた、無理があるな。シリュウは僕がいなかったらまともに生活できると思えない。それが弟子をとって、どうやって生活するんだ?
「はっきりさせたい点があるんだけど、メリッサとしては、トウコを剣士のシリュウの弟子にしたいの?」
「もちろん。それに何か問題がある?」
問題はないけど、たぶん、シリュウは自分を剣士とは思っていないだろう。
その問題は、決定的だが、とりあえず、先に進もう。
「その提案に、シリュウはなんて言っていた?」
「嫌だ、と断った」
「詳しい理由を口にした?」
しないわよ、と、メリッサが唇を尖らせる。
「当のトウコはどういう意見?」
「あの子は何も言わなかった。何か言ってくれればよかったのに。私が味方になって、押し通したものを!」
どうやらメリッサはかなり血の気が多いようだ。印象が少し変わった。でも別に嫌ではない。
真剣に、トウコのことを考えているんだろう。
「アルスくんからもシリュウさんを説得してよ」
「それは無理かな。僕はシリュウの味方だ」
目を見開いてから、すぐにその視線を攻撃的なものに変えて、メリッサがこちらを見た。
「どういう理由からかしら?」
「シリュウはそういう師弟関係を結ぶ気がないだろうし、それに、トウコの意志を知らないうちは、そういう話を勝手に進めたくはない」
「トウコちゃんが弟子入りしたいといえば、良いわけね?」
そういうことでもないけれど。僕は曖昧な返事で応じた。
どうしても、シリュウが受け入れる話ではない、と感じた。
外ではシリュウの声が響いているようで、部屋の中にもかすかに聞こえた。
「あんなに一生懸命教えていて、なんで弟子にしないのかしら」
そんなことをメリッサが呟いたけど、僕は黙っていた。
外に出た時には、昨日と似たような稽古をしていた。ただ、今日はトウコにも攻めの気配がある。シリュウの攻撃を回避し、反撃、という流れだが、その反撃はシリュウの想定を脱することができず、跳ね返されている。
しかしトウコの動きは冴えているように見える。
「何か感じる?」
隣に並んで稽古を見ているメリッサに聞くと、
「楽しそう」
という返事だった。確かに、それもそうだ。
「僕から見ても、シリュウもトウコも、楽しそうだ」
「やっぱり、師弟になるべきよ」
それは別、と僕は釘を刺した。
シリュウはきっと、僕にないものをトウコに見ているはずだ。剣を使う才能、剣に向ける情熱、そういうものは僕とは比べ物にならないほど、強い。
そういう僕にないものが、シリュウには嬉しく、鍛えたくなるのも、わからなくはない。
五十年前、シリュウは無数の兵士、いくつもの部隊を鍛え上げたのを、僕は知っている。
きっと今、目の前で展開されている光景が、当時もあったんだろう。
シリュウが鍛えた兵たちがどうなったのか、僕にははっきりとはわからない。けど、シリュウは知っている。手元を離れても気にかける。そういう性分だ、シリュウは。だから、きっとそのことでシリュウはだいぶ傷ついただろう。
兵になれば、死ぬこともある。
シリュウはそんな兵たちを鍛えていた。戦場へ送るために。命を賭け、やがて失うために。
僕は悲しいとは思わない。虚しいとも思わない。
シリュウがやったことは、そういう感情を抱くためではないと僕は考えていた。
推測だけど、自分や他人が生き残るためであり、一人の死が一人を救えば、それでいいと、考えるしかない。
そしてその一つの死が、全体での一歩に少しでも貢献すればいいはずだ。
シリュウは今の時代をどう感じているだろう。
僕はシリュウについて調べるうちに、今の時代の平和さ、穏やかなを感じた。
命を賭さずに生きていける人が、大勢いる。
代わりに、常に命を危機に晒す人も、少なくない数がいる。
この時代が成立したのは、シリュウが育てた人たちが、少しずつでも前に進んだからだ。
トウコを前にした時、シリュウは、彼女を人間の土台にしたい、と思わないだろう。
きっと僕に対しても、同じことを思っている。
それなのに、僕に対する態度と、トウコに対する態度は違う。
それは、僕には疑問だった。
稽古を見ながら、僕は考えていた。
長い間、考えていた。
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