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第八章 悪魔共闘激動編
七
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連合軍と悪魔軍は部隊を展開し、向かい合った。
シリュウが連合軍の戦法をいくつか予想し、レムたちがそれを元に作戦を立てた。
悪魔たちは人間でいえば鶴翼の陣に近い陣形だが、しかし場所が平地ではない。起伏に富んだ森林地帯である。これは危険ではないかと、僕は思っている。
鶴翼の陣形は相手を包囲する時に力を発揮するが、この地形で完全な包囲は難しい。
同時に鶴翼に広がると部隊の厚みがどうしても薄くなる。一部を突破されると、逆包囲、あるいは分断からの各個撃破が起こるだろう。
一方の連合軍の陣形は、魚鱗である。
どちらかといえば、受けの陣形だ。もちろん、攻撃の時に陣形を変えてくる。
「まさか、待ち構えるのか?」
シリュウとワバが前方を見下ろせる位置で、議論している。
僕たちの部隊は転移魔法で奇襲をかけるため、本隊とは離れている。少し高い位置に陣取り、森を見透かして、両軍の陣地を観察しているわけだ。もちろんここからの通報や連絡、報告はすぐに本隊へ伝令が走る仕組みになってる。
「まさか、包囲して、押し潰す」
ワバの言葉に、シリュウが抜いた剣で場所を示す。
「あの当たりの起伏が危険じゃないか? ちょうど窪地になっている。兵士がなだれ込むと乱戦になり、鶴翼が乱れる」
黙って聞いていたワバが伝令に何かを告げると、そのまま伝令が走り去った。
「大軍の指揮者にもなれそうだな、シリュウ」
「俺には悪魔のことはわからんよ」
感心しているワバにシリュウはそっけなく応じ、じっと戦場を見る。
そのうち、どこかで鉦が打ち鳴らされ、笛が吹かれた。
続く、怒号。沸き起こった怒号が、空気を激しく震わせる。
「始まったか」
シリュウとワバが立ったまま、戦場を眺める。伝令が激しく行き来し始めた。
「シリュウ」僕は彼の横で小声で言う。「連中が契約者を戦いの真ん中に投入してきたら?」
「俺たちもそこに突撃するさ。それ以外にない。連合軍に主導権、選択権があるんだ。俺たちがどこかに出てしまえば、連中は弱い地点に契約者を送り込み、こちらの陣形を破壊する。それを防ぐために、俺たちが後手後手を前提に、ここで待つ」
どうやら、辛抱しなくちゃならなくなりそうだ。
眼下の木々の隙間を悪魔が、魔獣が走っていくのが見える。向かってくる人間の兵士たちも見えた。この森の中では弓矢はそれほど意味をなさないだろうが、どうやら人間たちは弩を持っている。ただ、それも、ある程度は接近しないと効果が出ないはず。
しばらくは戦場を俯瞰することに終始した。木々の枝葉が伸びていて、全体像は見えないが、とりあえずは、拮抗しているようだ。
悪魔側は陣形を乱さず、人間側は魚鱗を紡錘陣形を組み換えようとしているが、起伏が激しいので、突撃の力が完全には生きていない。
「これは今日中には決まらんな」
シリュウが呟く。僕はただ戦場を観察していた。
これほどの大規模な戦いは初めて見る。探索者の集合で最も大きい単位はレギオンで、これでも二百人にも届かない。
しばらく悪魔と人間がもみあった後、再び鉦が鳴らされ、両者は引いた。再び陣形を取り、向かい合う。シリュウが言った通り、今日はもう終わりらしい。
「人間は夜襲が好きだから、これからが問題だ」
苦り切った顔でワバが漏らす。シリュウは肩をすくめて、
「人間の非力ゆえだな。あとは、臆病だからか」
二人はそれから夜襲に対する戦法を議論して、伝令に伝えていた。
その夜は何度か騒ぎが起こり、連合軍の夜襲を悪魔たちが撃退したようだった。
翌日の昼間も、両軍がもみ合う。今回は少し動きがあった。悪魔の部隊の右翼の一部が突破され、少数が包囲される事態になった。
これを悪魔軍の後詰が前に出ることで救出し、人類軍を後退させた上で、どうにか陣地を回復した。
「数には勝てん」
口惜しそうにワバが何度か口にしていた。
その日もそのまま物別れに終わり、夜になった。夜襲もあったが、それ以上に、人類軍の方から終夜、鬨の声が上がるのが気になった。眠れないどころか、気が立って少しも休めた気がしなかった。そんな僕の横で、シリュウは横になってじっとしている。やはり慣れているのだ。
翌朝の食事の間、あくびばかりしている僕にキロが近づいてきて、
「まるで素人だな、指揮官代理!」
と、強く僕の背中を叩いたので、思わず咽せた。周囲で悪魔たちは大笑いしている。怒りと同時に、情けなさも湧いてくる。
素人なのは当たり前じゃないか。僕は軍人でも兵士でもない。傭兵ですらない。
ただの探索士、戦いを生業とする一般人だ。
その日は再び互角の戦い。夜になり、鬨の声。
ただ、その日の明け方、突然に伝令が騒ぎ出したのだ。シリュウも動き出し、僕もついていく。事態は転がり始めていた。
「連合軍の別働隊がこちらの背後へ回ろうとしているぞ、右翼からだ。やはり右翼が弱いらしい、地形の問題だろう」ワバが魔獣の上で言う。「こちらが別働隊を組織するように、向こうも別働隊を組織したわけだ」
シリュウがワバの横を進みながら質問。
「こっちの別働隊はどうなっている? 補給線を断っているようには見えないが?」
「詳細はわからない。伝令が戻ってこない。そちらも確認に向かわせている。とりあえず、俺の部隊で敵の別働隊を抑えてくる。ここが正念場だ」
ワバが部隊を連れて離れていく。この場に残るのはシリュウが指揮する部隊だけになった。連合軍の契約者部隊に当たるべき戦力はこれで半分になった。
「俺だったら」シリュウが顎を手を当て、戦場を眺める。「全部隊をこちらの右翼方向へ押し寄せさせる。それと同時にもう一つの別部隊を組織して、相手の左翼を抜くな」
「それは机上の空論じゃない? 実際にできるかな」
「訓練された兵士は、計画を実際の形にするものさ」
シリュウが肩をすくめる。
そのまま半日が過ぎた。シリュウが伝令の報告を受け、右翼の連合軍とは押し合いの状態で、両者がどんどんどんどん横へ横へ移動し、回り込もうとするのとそれを防ぐのとで、戦線が伸びているようだ。
「これは、俺の予想とは違うな」
そんなことをシリュウが言った。
目の前では人間軍が悪魔軍の右翼方向へ本隊全部が斜めに移動している。結果、悪魔軍の左翼は前進し、人類軍の右翼をもう少しで包囲できそうな状況になった。
「このまま左翼から敵を押し包めばいいんじゃないの?」
尋ねると、シリュウが唸る。
「そんなことが読めない相手じゃない。たぶん、このまま悪魔側の右翼方向へ進むだろう。その間、人間軍の右翼は悪魔軍の左翼を支え続けることになる。そこが一番の難問なんだ。人間軍は支えれば勝ち、悪魔軍は相手を崩さないと、負ける」
「負ける? まだ大勢は定まっていないよ」
シリュウが息を吐いた。伝令を呼ぶ、何かを指示すると伝令は焦った様子で走り去った。
それを見送って、シリュウが立ち上がる。
「このままだと悪魔軍は中央の右翼寄りを突破される」
「中央を? 何で?」
「悪魔軍の右翼は、人間軍の左翼が回りこむのを防ぐために、右へ右へと兵力を伸ばしている。自然、陣形の厚みがなくなる。そこを人間軍は突破してくるだろう」
シリュウが魔獣に歩み寄り、飛び乗った。周囲の悪魔たちがそれに気づいた。
「ここでぼんやりしている暇はないぞ! 出撃だ!」
さすがに悪魔たちも混乱したようだが、すぐに武装を整え、指揮官であるシリュウの前に整列した。僕も魔獣に乗った。
「今から中央の防御に参加する! そこを支えなければ負けだ! 敵は人類軍の精鋭だろう、命を惜しむなよ! 行くぞ!」
シリュウが魔物を走らせ始める。僕と他の悪魔たちも雄叫びをあげてそれに続く。
高い位置から下っていくので全体像はわからなくなる。しかし戦いの気配はみるみる近付いてくる。
やがて前方で悪魔と人間が戦っているのが見えた。悪魔と言っても下級悪魔か中級悪魔が大半だ。下級悪魔は虐殺されているのに等しい。
そこへシリュウ隊が突っ込んだ。人間たちはシリュウを見て動転したが、もちろん、戦場でそれは許されない。
乱入した悪魔たちが人間の兵士を押し返す。突破される寸前だったのだ、とやっとわかった。
悪魔たちが連携を取り戻し、壁となり、人間軍を跳ね返していく。
「これはまずいな」シリュウが片手の剣で人間をなで斬りにする。「ここに契約者を投入するだろうな」
僕は彼の近くで、右手からの炎で人間の兵士を追い払う。
突然、耳鳴りが響く。
強烈な火炎が僕に向かってくる!
シリュウの剣がその炎をなぎ払い、火炎が弾けて消える。
「来たぞ! 契約者だ!」
シリュウの声に、彼の指揮下の悪魔たちが反応する。
人間の兵士の中に数人の他とは鎧の違う兵士が混ざっている。
例の巨人と、面頬の兵士もいる。他に鎧の上にローブを着た者、槍を構えている者、そして体の周りで炎を旋回させている者。
全部で六名。だが、強敵だ。
悪魔が一斉に動き始める。一人当たり十名ほどでぶつかっていく。実際にはこの倍の数で当たるはずだったが、その兵力は右翼を支えるために出てしまっている。
僕とシリュウは巨人の兵士に当たる。
シリュウが魔獣を捨て、地を蹴って低い姿勢で間合いを消す。巨人の手には巨大な剣、見るからに重いが、それを軽々と振り回す。
シリュウの剣が防御するも、そのシリュウの足が地面を抉って滑る。
どうにか持ちこたえるシリュウの横をすり抜け、僕は右手を突き出した。
巨人が炎に呑み込まれる。
相手の剣がシリュウから離れ、炎の中で跪いたので、僕は火力を弱めた。
「アルス!」
シリュウが僕に体当たりをしてきたのは、予想外だった。
僕は横に倒れ込み、シリュウを見ると、炎に包まれた巨人の手がシリュウの胴を両手でつかんでいる。
火炎の残滓の中から巨人が現れる。
全身の火傷が、目の前で治癒していく。
シリュウの剣が相手の顔面に突き刺さり、後頭部に切っ先が突き抜ける。もう一本が、胸を刺し貫いた。
巨人が倒れ込み、シリュウも解放される。
「大丈夫っ?」
駆け寄った僕の目の前で、シリュウが吐血する。
「馬鹿力だったな、くそ」
起き上がろうとするが、シリュウは動けそうにもない。
魔獣を使って後方へ逃げる? 転移魔法?
視線を巡らせると、周囲では一方的な戦いが展開されていた。
契約者は悪魔を瞬く間に切りふせ、焼きはらい、倒していく。
この戦場はダメだ。もう負けとしか思えない。
「シリュウ、撤退しよう」
「誰かが殿をやらなきゃならん」
シリュウが剣を杖にして立ち上がった。
そこへ、槍を持っている契約者がついに自分に向かってくる悪魔全てを切り倒した。
悠然と、こちらへ歩み寄ってくる。
「八英雄が悪魔の味方かい?」
契約者がシリュウの前で、槍を構える。僕は右手の炎を可能な限り練り上げる。
シリュウも剣を構えるが、どこか力が入っていない。
「転移魔法は使えないぜ、八英雄。この場は俺たちの仲間が封鎖している」
「なるほど、道理で助けが来ないわけだ」
シリュウが一歩、踏み出す。
いや、踏み出したはずが、僕の横から消えた。
契約者の槍が翻り、火花が散る。
シリュウの姿が現れた時、シリュウの左肩は断ち割られ、力が抜けていた。
ただ、右腕の剣は、防御している契約者の槍を押し込んでいく。
「この程度か、八英雄よ」
契約者が不敵に言い放つ。
その契約者の手元で槍が二つに分裂、二本の短槍になる。
一本でシリュウの剣を受け流し、もう一本がシリュウの心臓を狙う。
血が飛び散る。
シリュウの左腕が槍に刺し貫かれるが、それはシリュウが犠牲にしただけ。この犠牲により、槍の穂先はシリュウの胸に届いていない。
二人が飛び離れる。シリュウが左手でどうにか保持している剣を地面に突き立て、右手の剣を背中の鞘に戻し、地面に立てた剣を代わりに右手で持った。
「武器を捨ててもいいぜ、八英雄」
契約者が二本の槍を構える。
「そこまで落ちちゃいない」
シリュウがそう言うと同時に、二人の姿がかき消え、突然に現れた。
二人が至近距離で向かい合っている。
シリュウの背中から何かが突き出している。
それは一本の槍の穂先だった。
鈍い音ともに近くの木に何かが突き刺さったと思うと、それは契約者の槍の一本で、その槍には契約者の切断された腕の肘から先がくっついている。
「なぜだ?」
契約者が呟く。
その口から、血が溢れた。
「なぜだろうな」
シリュウが契約者の胸から剣を引き抜き、蹴り倒す。その勢いで、シリュウに突き刺さっていた槍も抜けた。
相打ちだ。
シリュウががくりと膝をつき、胸を押さえている。血がみるみると流れる。
「シリュウ!」
「騒ぐな」弱々しい力で、僕を退けようとするシリュウ。「助けが来るまで、持ちこたえろ」
そう言われても、すでに劣勢は明らかだ。
どうしたら……。
靄を操る契約者がこちらへ歩み寄ってくる。僕一人で抵抗できても、しかし程なく、負ける。
どうすれば……。
甲高い耳鳴りがした。
瞬間、僕の目の前に複数人の悪魔が現れた。ワバ、キロの姿もある。
僕たちを守る円陣が出来上がる。
「シリュウを守れ、アルス! この場は俺たちが--」
ワバの言葉が終わらないうちに、それが起こった。
何かが僕たちの間に落ちた。数人の悪魔、そして僕、シリュウがそれに気づいた。
シリュウが僕に覆い被さる。
直後、轟音。
何も聞こえない、いや、意識を失ったのだ、と、遅れて気づいた。
夢を見ている?
いや、これは、現実か?
視力が回復し、しかしどうも焦点が合わない。
何かが僕の上から移動したので、僕は全身が焼けるように痛む中、起き上がった。
周囲に悪魔が大勢、倒れている。
シリュウは?
シリュウは、僕のすぐ横にいた。倒れている。全身が黒く染まっている。
何も聞こえないまま、彼を揺するが反応はない。
と、誰かがすぐ近くに立った。
顔を上げると、悪魔だ。金髪と、赤い瞳。見たこともない顔
でも、鎧を着ているわけではない。やはり見たこともない服装。
その悪魔が僕を殴り飛ばした。一瞬の意識の喪失、気づくと、地面に倒れていた。
横向きの視界の中で、シリュウを抱えたその悪魔の姿がかき消える。
僕は何かを叫んだ。でも、自分の耳には少しも聞こえなかった。
どうにか体を起こすと、周囲で人間たちが悪魔を蹂躙し始めていた。
契約者たちの姿はない。
悪魔たちも立ち直り、生存者を回収して撤収を始めている。
僕にも何度か顔を合わせた悪魔が近寄ってきて、何かを言ったけど、わからなかった。抱え起こされ、背負われた。
こうして、最初の戦闘の決着はついた。
大きな犠牲を出して、僕たちは敗北した。
シリュウが連合軍の戦法をいくつか予想し、レムたちがそれを元に作戦を立てた。
悪魔たちは人間でいえば鶴翼の陣に近い陣形だが、しかし場所が平地ではない。起伏に富んだ森林地帯である。これは危険ではないかと、僕は思っている。
鶴翼の陣形は相手を包囲する時に力を発揮するが、この地形で完全な包囲は難しい。
同時に鶴翼に広がると部隊の厚みがどうしても薄くなる。一部を突破されると、逆包囲、あるいは分断からの各個撃破が起こるだろう。
一方の連合軍の陣形は、魚鱗である。
どちらかといえば、受けの陣形だ。もちろん、攻撃の時に陣形を変えてくる。
「まさか、待ち構えるのか?」
シリュウとワバが前方を見下ろせる位置で、議論している。
僕たちの部隊は転移魔法で奇襲をかけるため、本隊とは離れている。少し高い位置に陣取り、森を見透かして、両軍の陣地を観察しているわけだ。もちろんここからの通報や連絡、報告はすぐに本隊へ伝令が走る仕組みになってる。
「まさか、包囲して、押し潰す」
ワバの言葉に、シリュウが抜いた剣で場所を示す。
「あの当たりの起伏が危険じゃないか? ちょうど窪地になっている。兵士がなだれ込むと乱戦になり、鶴翼が乱れる」
黙って聞いていたワバが伝令に何かを告げると、そのまま伝令が走り去った。
「大軍の指揮者にもなれそうだな、シリュウ」
「俺には悪魔のことはわからんよ」
感心しているワバにシリュウはそっけなく応じ、じっと戦場を見る。
そのうち、どこかで鉦が打ち鳴らされ、笛が吹かれた。
続く、怒号。沸き起こった怒号が、空気を激しく震わせる。
「始まったか」
シリュウとワバが立ったまま、戦場を眺める。伝令が激しく行き来し始めた。
「シリュウ」僕は彼の横で小声で言う。「連中が契約者を戦いの真ん中に投入してきたら?」
「俺たちもそこに突撃するさ。それ以外にない。連合軍に主導権、選択権があるんだ。俺たちがどこかに出てしまえば、連中は弱い地点に契約者を送り込み、こちらの陣形を破壊する。それを防ぐために、俺たちが後手後手を前提に、ここで待つ」
どうやら、辛抱しなくちゃならなくなりそうだ。
眼下の木々の隙間を悪魔が、魔獣が走っていくのが見える。向かってくる人間の兵士たちも見えた。この森の中では弓矢はそれほど意味をなさないだろうが、どうやら人間たちは弩を持っている。ただ、それも、ある程度は接近しないと効果が出ないはず。
しばらくは戦場を俯瞰することに終始した。木々の枝葉が伸びていて、全体像は見えないが、とりあえずは、拮抗しているようだ。
悪魔側は陣形を乱さず、人間側は魚鱗を紡錘陣形を組み換えようとしているが、起伏が激しいので、突撃の力が完全には生きていない。
「これは今日中には決まらんな」
シリュウが呟く。僕はただ戦場を観察していた。
これほどの大規模な戦いは初めて見る。探索者の集合で最も大きい単位はレギオンで、これでも二百人にも届かない。
しばらく悪魔と人間がもみあった後、再び鉦が鳴らされ、両者は引いた。再び陣形を取り、向かい合う。シリュウが言った通り、今日はもう終わりらしい。
「人間は夜襲が好きだから、これからが問題だ」
苦り切った顔でワバが漏らす。シリュウは肩をすくめて、
「人間の非力ゆえだな。あとは、臆病だからか」
二人はそれから夜襲に対する戦法を議論して、伝令に伝えていた。
その夜は何度か騒ぎが起こり、連合軍の夜襲を悪魔たちが撃退したようだった。
翌日の昼間も、両軍がもみ合う。今回は少し動きがあった。悪魔の部隊の右翼の一部が突破され、少数が包囲される事態になった。
これを悪魔軍の後詰が前に出ることで救出し、人類軍を後退させた上で、どうにか陣地を回復した。
「数には勝てん」
口惜しそうにワバが何度か口にしていた。
その日もそのまま物別れに終わり、夜になった。夜襲もあったが、それ以上に、人類軍の方から終夜、鬨の声が上がるのが気になった。眠れないどころか、気が立って少しも休めた気がしなかった。そんな僕の横で、シリュウは横になってじっとしている。やはり慣れているのだ。
翌朝の食事の間、あくびばかりしている僕にキロが近づいてきて、
「まるで素人だな、指揮官代理!」
と、強く僕の背中を叩いたので、思わず咽せた。周囲で悪魔たちは大笑いしている。怒りと同時に、情けなさも湧いてくる。
素人なのは当たり前じゃないか。僕は軍人でも兵士でもない。傭兵ですらない。
ただの探索士、戦いを生業とする一般人だ。
その日は再び互角の戦い。夜になり、鬨の声。
ただ、その日の明け方、突然に伝令が騒ぎ出したのだ。シリュウも動き出し、僕もついていく。事態は転がり始めていた。
「連合軍の別働隊がこちらの背後へ回ろうとしているぞ、右翼からだ。やはり右翼が弱いらしい、地形の問題だろう」ワバが魔獣の上で言う。「こちらが別働隊を組織するように、向こうも別働隊を組織したわけだ」
シリュウがワバの横を進みながら質問。
「こっちの別働隊はどうなっている? 補給線を断っているようには見えないが?」
「詳細はわからない。伝令が戻ってこない。そちらも確認に向かわせている。とりあえず、俺の部隊で敵の別働隊を抑えてくる。ここが正念場だ」
ワバが部隊を連れて離れていく。この場に残るのはシリュウが指揮する部隊だけになった。連合軍の契約者部隊に当たるべき戦力はこれで半分になった。
「俺だったら」シリュウが顎を手を当て、戦場を眺める。「全部隊をこちらの右翼方向へ押し寄せさせる。それと同時にもう一つの別部隊を組織して、相手の左翼を抜くな」
「それは机上の空論じゃない? 実際にできるかな」
「訓練された兵士は、計画を実際の形にするものさ」
シリュウが肩をすくめる。
そのまま半日が過ぎた。シリュウが伝令の報告を受け、右翼の連合軍とは押し合いの状態で、両者がどんどんどんどん横へ横へ移動し、回り込もうとするのとそれを防ぐのとで、戦線が伸びているようだ。
「これは、俺の予想とは違うな」
そんなことをシリュウが言った。
目の前では人間軍が悪魔軍の右翼方向へ本隊全部が斜めに移動している。結果、悪魔軍の左翼は前進し、人類軍の右翼をもう少しで包囲できそうな状況になった。
「このまま左翼から敵を押し包めばいいんじゃないの?」
尋ねると、シリュウが唸る。
「そんなことが読めない相手じゃない。たぶん、このまま悪魔側の右翼方向へ進むだろう。その間、人間軍の右翼は悪魔軍の左翼を支え続けることになる。そこが一番の難問なんだ。人間軍は支えれば勝ち、悪魔軍は相手を崩さないと、負ける」
「負ける? まだ大勢は定まっていないよ」
シリュウが息を吐いた。伝令を呼ぶ、何かを指示すると伝令は焦った様子で走り去った。
それを見送って、シリュウが立ち上がる。
「このままだと悪魔軍は中央の右翼寄りを突破される」
「中央を? 何で?」
「悪魔軍の右翼は、人間軍の左翼が回りこむのを防ぐために、右へ右へと兵力を伸ばしている。自然、陣形の厚みがなくなる。そこを人間軍は突破してくるだろう」
シリュウが魔獣に歩み寄り、飛び乗った。周囲の悪魔たちがそれに気づいた。
「ここでぼんやりしている暇はないぞ! 出撃だ!」
さすがに悪魔たちも混乱したようだが、すぐに武装を整え、指揮官であるシリュウの前に整列した。僕も魔獣に乗った。
「今から中央の防御に参加する! そこを支えなければ負けだ! 敵は人類軍の精鋭だろう、命を惜しむなよ! 行くぞ!」
シリュウが魔物を走らせ始める。僕と他の悪魔たちも雄叫びをあげてそれに続く。
高い位置から下っていくので全体像はわからなくなる。しかし戦いの気配はみるみる近付いてくる。
やがて前方で悪魔と人間が戦っているのが見えた。悪魔と言っても下級悪魔か中級悪魔が大半だ。下級悪魔は虐殺されているのに等しい。
そこへシリュウ隊が突っ込んだ。人間たちはシリュウを見て動転したが、もちろん、戦場でそれは許されない。
乱入した悪魔たちが人間の兵士を押し返す。突破される寸前だったのだ、とやっとわかった。
悪魔たちが連携を取り戻し、壁となり、人間軍を跳ね返していく。
「これはまずいな」シリュウが片手の剣で人間をなで斬りにする。「ここに契約者を投入するだろうな」
僕は彼の近くで、右手からの炎で人間の兵士を追い払う。
突然、耳鳴りが響く。
強烈な火炎が僕に向かってくる!
シリュウの剣がその炎をなぎ払い、火炎が弾けて消える。
「来たぞ! 契約者だ!」
シリュウの声に、彼の指揮下の悪魔たちが反応する。
人間の兵士の中に数人の他とは鎧の違う兵士が混ざっている。
例の巨人と、面頬の兵士もいる。他に鎧の上にローブを着た者、槍を構えている者、そして体の周りで炎を旋回させている者。
全部で六名。だが、強敵だ。
悪魔が一斉に動き始める。一人当たり十名ほどでぶつかっていく。実際にはこの倍の数で当たるはずだったが、その兵力は右翼を支えるために出てしまっている。
僕とシリュウは巨人の兵士に当たる。
シリュウが魔獣を捨て、地を蹴って低い姿勢で間合いを消す。巨人の手には巨大な剣、見るからに重いが、それを軽々と振り回す。
シリュウの剣が防御するも、そのシリュウの足が地面を抉って滑る。
どうにか持ちこたえるシリュウの横をすり抜け、僕は右手を突き出した。
巨人が炎に呑み込まれる。
相手の剣がシリュウから離れ、炎の中で跪いたので、僕は火力を弱めた。
「アルス!」
シリュウが僕に体当たりをしてきたのは、予想外だった。
僕は横に倒れ込み、シリュウを見ると、炎に包まれた巨人の手がシリュウの胴を両手でつかんでいる。
火炎の残滓の中から巨人が現れる。
全身の火傷が、目の前で治癒していく。
シリュウの剣が相手の顔面に突き刺さり、後頭部に切っ先が突き抜ける。もう一本が、胸を刺し貫いた。
巨人が倒れ込み、シリュウも解放される。
「大丈夫っ?」
駆け寄った僕の目の前で、シリュウが吐血する。
「馬鹿力だったな、くそ」
起き上がろうとするが、シリュウは動けそうにもない。
魔獣を使って後方へ逃げる? 転移魔法?
視線を巡らせると、周囲では一方的な戦いが展開されていた。
契約者は悪魔を瞬く間に切りふせ、焼きはらい、倒していく。
この戦場はダメだ。もう負けとしか思えない。
「シリュウ、撤退しよう」
「誰かが殿をやらなきゃならん」
シリュウが剣を杖にして立ち上がった。
そこへ、槍を持っている契約者がついに自分に向かってくる悪魔全てを切り倒した。
悠然と、こちらへ歩み寄ってくる。
「八英雄が悪魔の味方かい?」
契約者がシリュウの前で、槍を構える。僕は右手の炎を可能な限り練り上げる。
シリュウも剣を構えるが、どこか力が入っていない。
「転移魔法は使えないぜ、八英雄。この場は俺たちの仲間が封鎖している」
「なるほど、道理で助けが来ないわけだ」
シリュウが一歩、踏み出す。
いや、踏み出したはずが、僕の横から消えた。
契約者の槍が翻り、火花が散る。
シリュウの姿が現れた時、シリュウの左肩は断ち割られ、力が抜けていた。
ただ、右腕の剣は、防御している契約者の槍を押し込んでいく。
「この程度か、八英雄よ」
契約者が不敵に言い放つ。
その契約者の手元で槍が二つに分裂、二本の短槍になる。
一本でシリュウの剣を受け流し、もう一本がシリュウの心臓を狙う。
血が飛び散る。
シリュウの左腕が槍に刺し貫かれるが、それはシリュウが犠牲にしただけ。この犠牲により、槍の穂先はシリュウの胸に届いていない。
二人が飛び離れる。シリュウが左手でどうにか保持している剣を地面に突き立て、右手の剣を背中の鞘に戻し、地面に立てた剣を代わりに右手で持った。
「武器を捨ててもいいぜ、八英雄」
契約者が二本の槍を構える。
「そこまで落ちちゃいない」
シリュウがそう言うと同時に、二人の姿がかき消え、突然に現れた。
二人が至近距離で向かい合っている。
シリュウの背中から何かが突き出している。
それは一本の槍の穂先だった。
鈍い音ともに近くの木に何かが突き刺さったと思うと、それは契約者の槍の一本で、その槍には契約者の切断された腕の肘から先がくっついている。
「なぜだ?」
契約者が呟く。
その口から、血が溢れた。
「なぜだろうな」
シリュウが契約者の胸から剣を引き抜き、蹴り倒す。その勢いで、シリュウに突き刺さっていた槍も抜けた。
相打ちだ。
シリュウががくりと膝をつき、胸を押さえている。血がみるみると流れる。
「シリュウ!」
「騒ぐな」弱々しい力で、僕を退けようとするシリュウ。「助けが来るまで、持ちこたえろ」
そう言われても、すでに劣勢は明らかだ。
どうしたら……。
靄を操る契約者がこちらへ歩み寄ってくる。僕一人で抵抗できても、しかし程なく、負ける。
どうすれば……。
甲高い耳鳴りがした。
瞬間、僕の目の前に複数人の悪魔が現れた。ワバ、キロの姿もある。
僕たちを守る円陣が出来上がる。
「シリュウを守れ、アルス! この場は俺たちが--」
ワバの言葉が終わらないうちに、それが起こった。
何かが僕たちの間に落ちた。数人の悪魔、そして僕、シリュウがそれに気づいた。
シリュウが僕に覆い被さる。
直後、轟音。
何も聞こえない、いや、意識を失ったのだ、と、遅れて気づいた。
夢を見ている?
いや、これは、現実か?
視力が回復し、しかしどうも焦点が合わない。
何かが僕の上から移動したので、僕は全身が焼けるように痛む中、起き上がった。
周囲に悪魔が大勢、倒れている。
シリュウは?
シリュウは、僕のすぐ横にいた。倒れている。全身が黒く染まっている。
何も聞こえないまま、彼を揺するが反応はない。
と、誰かがすぐ近くに立った。
顔を上げると、悪魔だ。金髪と、赤い瞳。見たこともない顔
でも、鎧を着ているわけではない。やはり見たこともない服装。
その悪魔が僕を殴り飛ばした。一瞬の意識の喪失、気づくと、地面に倒れていた。
横向きの視界の中で、シリュウを抱えたその悪魔の姿がかき消える。
僕は何かを叫んだ。でも、自分の耳には少しも聞こえなかった。
どうにか体を起こすと、周囲で人間たちが悪魔を蹂躙し始めていた。
契約者たちの姿はない。
悪魔たちも立ち直り、生存者を回収して撤収を始めている。
僕にも何度か顔を合わせた悪魔が近寄ってきて、何かを言ったけど、わからなかった。抱え起こされ、背負われた。
こうして、最初の戦闘の決着はついた。
大きな犠牲を出して、僕たちは敗北した。
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