出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第九章 人間奮戦激闘編

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 悪魔の二回目の撤退は、一回目の拠点を放棄した時とは比べ物にならない規模になった。
 まず全軍の七千のうち、無事に撤退できたのは半数に及ばない。
 連合軍の動きである、悪魔軍の右翼への伸張と、それと連携しての中央右側の突破は完全に成功した。
 契約者部隊の投入、そして魔力爆弾の発動により陣地は完全に崩壊し、そこから連合軍がなだれ込んだ。
 無事だった悪魔は右翼が大半で、中央はほぼ潰走、左翼は包囲を逃れたもの以外は殲滅された。つまりシリュウの予想は的確だったわけだ。
 僕は悪魔に助けられて、離脱し、後方で治療を受けた。それも連合軍の追撃は激しく、落ち着くことはすぐにはできなかった。
 法印でおおよその傷が癒え、悪魔軍も再びまとまりを取り戻すのに、一週間ほどが必要だった。もちろん、この間に連合軍も部隊を整えただろう。
 レムとメムが指揮を取り、攻めるにせよ守るにせよ、部隊を再構成、配置し始めた。
「シリュウの奪還はどうなっていますか?」
 僕はレムとメムに何度もそれを聞きに行った。
「今、情報を探っています。こちらは、あまりに敵に動きを読まれすぎているのです。慎重にならざるをえません」
 そう、シリュウは連れ去られ、今の時点で、少しも情報がないのだった。
 僕が見た時、シリュウは槍の契約者と相打ちになって、その時、重傷を負っていた。あのまま放っておけば、誰でも死んでしまう。
 連合軍が、シリュウを治療したことを願うしかない。
 レムとメムがそのことを話題に挙げないのは、彼らもシリュウが生かされるということを前提にしているんだと思う。
 僕は数日、悩んでいた。一つ、どうしても考えざるを得ないことがあった。
 新しい拠点は、地下ではなく地上で、巨大すぎる岩山に穴が掘られ、そこに様々な部屋が設けられている。個室を割り当てる余裕はないので、僕も他の悪魔と大広間で生活していた。
 何度か周囲の悪魔たちが話しかけてくる。彼らと話しているうちに、片言で悪魔言語を話せるようになったけど、それで悩みが解消されるわけでもない。
 僕は起きている時間のほとんどを、その一点だけを考えるのに使った。
「アルス」
 部屋に入ってきた悪魔が僕を呼ぶ。
「レムとメムが呼んでいる」
 僕は立ち上がって、部屋を出た。通路ですれ違う悪魔たちが軽く会釈していく。彼らはこの前の戦いで、契約者部隊と当たった僕たちに敬意を示しているらしい。
 レムたちの執務室に入ると、彼らはどこか穏やかな表情だった。
「アルス。シリュウについて、情報が入りました」
「どこにいるんですか?」
「連合軍の部隊の最後方です。近いうちに補給部隊の移動に合わせて、連合首都へ送られる計画のようです。手に入った情報では、三日後です」
 三日。あまりに時間がない。
 僕は自分がいつまでも悩んでいたことを悔やんだ。
「お願いがあります」
 レムの言葉を遮るように僕は発言した。
「僕は契約者になります」
 レムとメムが目を丸くして、お互いの顔を見た。
「突然ですね、驚きました」メムが微笑む。「その代わり、シリュウの奪還計画を実行したいのですね?」
「少数で構いません」
「問題点がいくつかあります」
 そう言って、レムが指を折り始める
「まずどれくらいの兵力で奇襲するか。そこまでの移動をどうするか。転移魔法が最善ですが、転移魔法を行えば、敵にこちらの位置を悟られてしまう。この三点、どう解決しますか?」
 僕は考え続けていたことを、口にする。
「兵力ですが、シリュウを奪取するだけです、10人もいりません。その代わり、正確な転移魔法が必要です。三日じゃ、転移魔法以外に移動手段はありません。転移魔法の発動地点を逆探知されるのは、一つ、細工をします」
「細工?」
「ここから離れたところで、転移魔法を発動すれば、いいのではないですか?」
 レムが失笑。
「離れたところと言いますが、逆探知した地点から悪魔の気配を探査されたら、ここも露見するのではないですか?」
「まる二日、移動して、ここから離れます」
 一気にレムが真剣な表情になった。
「そうですか……」
 レムがメムを見ると、彼は頷き返す。
「良いでしょう」二人がこちらを見る。「それで、あなたは契約者になりたいということですが、今、契約者になって、どれだけその力を扱えるつもりですか? 実戦は三日後、ということになりますが」
「その点は必死に訓練を積むしかないですよ。どうしたって、三日しかない」
 再び二人の悪魔は視線を交わしている。黙っているが、何かをやり取りしているんだろう。
 レムがこちらを見た。
「わかりました。その決断を尊重します」
 僕は即座に言葉を口にする。
「僕と同行する部隊は鉄槌隊がいいのですが」
「ワバは行方不明ですからキロが指揮官です。生存者は彼女を含めて、七名ほどですか。彼らとあなたで八名、それで良いのですか?」
 僕は強く頷いた。
 これでおおよそのところは定まってきた。
 もう一つ、できれば叶えたいことがあるけれど、うまくいくだろうか。
「それではアルス、あなたが契約する悪魔ですが、こちらで決めて良いのですか?」
「希望があるのですが、すぐにここに呼べるか、よくわからないのです」
「呼べる? この軍団の悪魔ではないのですか?」
 僕は頷いて、
「ドザ、という悪魔です。ご存知ですか?」
 この一言の影響は強力だったようで、レムもメムも、目を見開いている。
「放浪のドザ、彼を知っているのですか? さすがに八英雄の相棒だけあって、よく知っていますね」
「彼が僕の最も信用できる悪魔です。どこにいるかは、知らないのですが」
 僕はシェリーのいる洞窟のことを思い浮かべたけど、あそこを口にすれば、シェリーにも迷惑がかかる。黙っているしかない。
「信用できる悪魔。そういう存在は貴重ですね」レムが何度か頷く。「すぐに探しましょう」
「その必要はない」
 突然、僕の背後で扉が開いた。
 ローブを着た悪魔が立っている。前に見たときよりは髪の毛が伸びている。
 ドザだった。レムとメムも目を丸くしているけど、僕も同じ顔をしているだろう。
「そこまで驚くなよ、ここのところの大騒ぎは知らない奴なんていない」
 彼は僕の横に歩み寄ってくる。
「盗み聞きさせてもらったが、俺の契約者になりたいんだって?」
「そういうことですが、引き受けてもらえますか?」
「いいさ。こういう状況だ。余裕もなかろう」
 それからレムとメム、ドザがいくつかの相談をして、僕はドザと一緒に部屋を出た。
「なんで契約者になる? アルス」
 通路を歩きながら、ドザが尋ねてくる。
「シリュウと僕は違いますから」緊張のせいか、自分の声がこわばっているのがわかった。「僕には力がないんです。それが、悔しくて」
「悔しい? 悔しいというだけで、契約者になる奴は珍しい」
「人それぞれですよ」
 レムたちが用意してくれた医務室で、僕とドザは二人だけになった。
 これから、すぐ、契約者となるための儀式をすることになる。
「契約者になれば、二度と戻れないぞ。良いんだな?」
「問題ないよ。ちょっと緊張するけど」
「良いか、二度と戻れないんだぞ」
 そこまで念を押されると、躊躇いそうになる。でもそれは今は、必要ない。
「やろう」
 頷いたドザが右手を僕の胸に押し当てた。
 何かを口の中でブツブツと何かを唱えた。
 胸に突然、熱を感じた。焼けるような熱だ。
 でも僕の体はドザの手に張り付いたように動けない。
 突然、炎が噴き出して、僕を包んだ。
 でも少しも恐怖を感じなかった。赤い炎がそのうち、青に変わり、さらに白に変わった。
 白い炎が僕を取り巻き、渦を巻き、やがてそれが僕の体に吸い込まれるように消えていく。
 ドザが一度目を閉じ、手に力を込めた。
 何かが僕の体の中心を貫き、瞬間、全身に痛みが走った。全身が痺れ、膝を折っていた。
 もうドザは僕の胸から手を離している。
「終わったぞ」
 全身の痺れは徐々に弱まっていく。しかし胸の中心に何かが突き刺さっている錯覚は残っている。呼吸をすると少し苦しい。
「大丈夫か?」
 僕は両手の指を開いたり閉じたりする。
 感覚が戻ってくる。今までになかった何かが、意識できた。
 これは、魔力か? 周囲を流れる、不可視の力の流れ。人間には決して認識も理解もできない、力の流れだった。
 僕は立ち上がり、胸を触り、それから周囲を確認した。
「思ったほど、変化はないね」
「人間を強化するようなものだからな」
 ドザが苦笑いしている。
「これでお前も人間じゃなくなったな」
「仕方ないですよ」
 僕は右手の力を発動する。右手が魔界に滑り込む。
 瞬間、何かが手に絡みつき、引き寄せられた。
 驚いている僕の右肘を、ドザが掴んでいる。引き止めてくれたのだ。そのまま魔界から引き抜いてくれた。
「簒奪者でありながら契約者、というのはこういうこともあると聞いていた」
 僕は自分の右手を見た。
 手首のあたりに、何かに掴まれたアザが浮き出てくる。
「何が……」
「魔界の存在だよ。俺たち悪魔と呼ばれる存在にも完全には解明されていない、正体不明の存在。伝説上の存在だがこういう場面を見ると、現実だとわかるね」
 それほどドザは深刻そうでもない。
 僕はもう一度、右手を魔界に滑り込ませる。ゆっくりと、少しずつ。
 指さきに業火の気配が触れた。そうっと引っ張り出す。
 右手に炎が揺らめき、赤い炎が起こったかと思うと、黒い炎に変化する。何度も行使してきた、魔界の炎。
「気をつけろよ、アルス。契約者は長い期間、訓練を積んで、やっと一人前になれる。それをお前は二日でものにするっていうんだから、尋常じゃない。とにかく、気をつけろ」
「わかりました」
 僕は右手の業火を消した。
「とりあえず、転移する地点に行くまで俺も同行して、訓練に付き合うが、実戦の場には参加しない。それが俺の決め事だ。悪いな」
「いいですよ、それだけでも十分です」
 医務室を出て、鉄槌隊の割り振られている部屋に向かう。
「なんだい、アルス」キロが気付いて歩み寄ってくる。「レムが、これから話があるらしい、みんな呼ばれたよ。お前もかい?」
「僕が発案者だよ。悪いけど、キロには手伝ってもらうことになった」
 ニヤリ、とキロが笑う。
「シリュウを取り戻しに行くんだな? 顔でわかるよ。私も願ったり叶ったりさ。ワバのこともある。連合軍の連中を少しでも叩きのめしたいんだ」
 鉄槌隊の生き残りも集まってくる。
 どういうわけか、自然と円陣が組まれた。
 キロの声に合わせて、悪魔たちが声を上げ、お互いに拳をぶつけ合った。悪魔流の団結の儀式らしい。
 その後、レムからの指示で僕たちは装備を即座に整え、出立した。
 シリュウを、助けないと。
 悪魔たちからすれば、シリュウを失うことにはそれほど意味が無いだろう。それなのに、彼らは僕を助けてくれている。もちろん、善意だけじゃ無い、彼らには彼らの考えもあるだろう。
 でも、命をかけてくれていることに変わりは無い。
 そしてそんな彼らのためにも、僕は契約者になった。
 僕がするべきことは二つ。
 シリュウを取り戻す。
 悪魔たちを助ける。
 それが、僕の中の決意だった。





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