出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第九章 人間奮戦激闘編

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「集中しよう、集中」
 僕はじっと座り込み、意識を集中させる。
 全身の周囲を流れる見えない力が、見えないがために、目をつむっていても感じることができた。
 その力の流れと、僕の体の中の力をより合わせる。
 少しずつ僕の周囲に僕の力が滲み出していく。ここで集中を失うと、この滲みが制御を離れるのはこの一日で勉強している。
 弱く、弱く、力を放出する。
 そっと瞼を開いた。
 僕の周囲に白いものが舞っている。雪か綿毛に見える。
 しかしそれは超超高温の、人間には生み出すことができない火の粉だった。
「よし、そのままだ」
 指導してくれているドザの声が聞こえる。
 僕の体の周囲の力を制御していく。力を加減し、動かす。
 白い火の粉が一気に膨れ上がり、それを僕は渦にして体の周囲で舞い踊らせる。
 この感覚は、契約者として扱ってきた業火に似ている。
 同じ感覚で、支配した。ピタリと白い炎の動きが止まり、その場で揺らめき、静止。
 ふぅっと僕は息を抜いて、眼を細める。
 白い炎が自在に動き始めた。可能な限り精密さを試してみる。炎は無数に分裂し、所々で合流し、また分離する。
 四条の炎の帯になり、それが二つになり、今度は八つに分かれる。
「もう良いぞ、アルス。収束させろ」
 指示に従い、僕は白い炎を解除していく。白い燐光に戻し、そこからさらに散らしていく。
 周囲にある力の流れに、全てが溶けていく。
 ついに全部が消えて、やっと周囲の景色を見ることができた。
 悪魔達が遠巻きに僕たちを見ている。僕の前にドザが立っていて、その横にキロがいた。
 昨日の時点では、全く制御できなかった契約者として手に入れた魔法。それが今は、制御できるまでになった。
 ただ、相当な集中を強いられる。
「実戦で使えるとは思えないな」キロが歩み寄ってくる。彼女はもしもの時、魔法で周囲を守る担当だ。「動けないに等しいじゃないか」
「仕方ないさ。昨日と今日しか時間がないんだ」
 ドザがフォローしてくれるけど、その表情は険しい。
「このまま乗り込んでも、ねじ伏せられるのは目に見えている」
「それでも前よりはマシですよ」
 僕は立ち上がり、体をほぐした。しかし、僕自身、笑みを浮かべられるほどの余裕はない。
「あと一日あればなぁ」
 思わず漏らすと、ドザとキロが同時に肩をすくめた。
「それは無理だな」
「決断が遅い」
 ……その通りだけど。
 もっと別のことを言ってよ。
 時間は昼間だった。悪魔達はめいめいに食事をしている。
 この場所は、黒の領域の一角で、今のレム達がいる拠点からは丸一日分の距離がある。昨日、そして今日の今まで、休息を取りつつ、移動したのだ。もちろん、休息の間が僕の訓練の時間である。
 何度か周囲の悪魔を巻き込みそうになる訓練だったので、彼らは僕にやや恐怖を感じているようだ。
 悪魔が人間に恐怖を覚えるというのも、変な感じだった。
「時期としては」ドザが言う。「そろそろ移送が始まってもいいな」
 時間を確認する。午後になったところだ。
「夜間に移送するのはリスクが高い。昼間に移送するのがベストだ」
 キロもドザに同意している。
 僕たちの周囲に悪魔たちが戻ってくる。彼らが意見を交わすが、悪魔の言語なのでよくわからない。時折、キロが通訳してくれる。
 と、そんな僕たちのところに伝令が戻ってきた。この地点に着いて、ここを始発点とすると決めた時、伝令を本隊に送ったのだ。
 伝令の報告を聞いたキロの顔が強張る。
「ドザの言った通りだな。潜入している悪魔から、報告があった。移送の実行は今から半時間後だそうだ。ギリギリで伝令が間に合ったな」
 その言葉を受けて、悪魔たちが準備を始めた。
 ドザがポンと僕の肩を叩く。
「あまり無理するなよ。助けられなくてすまない」
「契約者にしてもらえただけで、感謝ですよ。しかし、よく僕たちの状況がわかりましたね」
 今まで聞こうと思わなかったことを、ここで質問した。ドザも、今なら話すだろう、と思ったのだ。
 少し顔を歪めて、ドザが答えてくれた。
「俺は悪魔たちとは距離を置きたいと思っている。ただ、お前やシリュウを放っておくこともできなかった」
「つまり、情報が集まるように工作がされているんですね?」
「そういうことだな。もちろん、身を守るためだ。今回は例外だ」
 僕はなんとなく、笑みを見せていた。
「ありがとうございます。本当に、感謝しかありません」
「それは生きて帰って俺とまた会えたら、その時、改めて、伝えてくれよ」
 悪魔たちの準備が整った。転移魔法も発動間近だ。
 僕は装備を確認し、密かに深呼吸して、悪魔たちに近づく。
「行きますよ」
 転移魔法担当の悪魔が、声を発する。僕は離れたところでこちらを見ているドザに頷いた。彼も頷き返してくれた。
「行こう」
 僕の声の直後、水平感覚が消失、上下が分からなくなる。
 嘔吐感の後、感覚が正常に戻った。
 周囲にいる人間たちが驚いた顔でこちらを見ている。
「悪魔だ!」
 叫んだ兵士は、一瞬で、悪魔の剣になで斬りにされて地面に倒れた。
 悪魔たちが戦闘を開始、人間の兵士のほとんどは逃げていく。
 僕はキロと一緒に、近くにある荷馬車を改めていく。どれも荷物ばかりで、シリュウの姿はない。
 僕も敵だと認識した兵士が、切り掛かってくる。僕は相手を殴り倒し、蹴りつけ、失神させる。命を奪うのは忍びない。
 僕の右手が魔界に差し込まれ、黒い業火が引きずり出される。それでシリュウがいないとわかった荷馬車を焼却する。馬が嘶き、暴れる。周囲では混乱が起こり、騒音が酷い。
 悪魔たちがシリュウを見つけるのを期待しつつ、自分でも探す。
「アルス!」キロが怒鳴った。「契約者が来たぞ!」
 彼女が笛を吹く。この合図で、悪魔たちの中でも精鋭の個体が、集合する。
 契約者は三人だった。例の靄を扱う面頬の契約者、そしてローブを着た契約者、三人目は初めて見る剣を下げた契約者だった。
「時間を稼ぐぞ!」
 僕が真っ先に飛び出した。
 面頬の契約者がこちらに向かってくる。その体の周囲を靄が取り巻き、こちらへ雪崩を打って向かってくる。
 それを黒い炎が迎撃、今までと違い、靄が燃え上がる。
 相手が靄を引き寄せ、剣を引き抜く。僕も剣を抜いた。
 間合いが消滅、斬り結びつつ、僕の炎と相手の靄が衝突する。
 相手の剣が僕の腕を掠める。同時に僕の剣の切っ先が相手の面頬を掠め、火花が散った。
 間合いができるが、即座に炎と靄のせめぎ合い、再び間合いの消滅と剣撃の交錯と、めまぐるしく展開する。
 ともすると集中が失われ、焦りに支配されそうになる。
 それでもどうにか、僕は契約者と拮抗し、その場で戦い続けた。
 周囲を確認する余裕はない。もし、背後から襲われれば、そこで終わる。
 その点は、悪魔たちを信頼するしかない。
 僕は勝負を決めることにした。
 周囲の力の流れを瞬時に把握。訓練の時のようにはいかない、集中する間はない。
 僕の周囲に白い炎が沸き起こる。
 危険を察知した契約者が後退。しかしそうはさせない。
 僕は腕を振り、力を放射した。
 その力の全てが一瞬で白い炎に変質、一条の光の線のようになり、契約者に飛んだ。
 相手も何が起こったか、理解できなかっただろう。
 相手の契約者の胴体がごっそり消滅し、その胸から上と、腰から下が地面に落ちる。
 即死だ。
 ただ、僕の制御を白い炎が離れている。僕はとにかく集中し、支配権を取り戻そうとする。
 白い炎はどんどん広がり、周囲を燃やし尽くしてく。人間の兵士が距離を置き、悪魔たちも避難する。
 そんな中でも連合軍の契約者と、悪魔の精鋭たちは戦っている。
 僕の集中により、白い炎をどうにかコントロールし、生き残っている二人の契約者に叩きつける。
 彼らも威力を知っている、自然と回避し、仕切り直しとばかりに、構えを解かずに距離を置いた。
「大丈夫かい、アルス」
 悪魔の一人が声をかけてくる。
「それほど余裕はないです」呼吸することさえ、集中を乱しそうだった。「すぐ決めます」
 僕は前進した、悪魔が四人、僕の背後に従う。
 白い炎を剣士が防ぐ。正確には、彼の前に見えない壁があるように、炎が遮られ、受け流されている。
 僕はさらに集中、その障壁を突破するように力を加減、一点に炎を集める。
 剣士が間合いを変え、僕に向かってくる。あまりに近いと、僕が巻き込まれる。
 ただ、相手も障壁を作ったままでは、戦えないはずだ。
 間合いは剣の間合いになる、僕は炎を操作し、かつ、相手の剣を剣で受ける。
 強烈な衝撃、危うく剣を叩き飛ばされそうになる。
 転がり、後退。白い炎が乱れる。
 くそ、二つを同時にこなすには練度が足りない。
 入れ違いに接近した悪魔が、四人で同時に斬りかかる。
 その四人が同時に弾き飛ばされる。もちろん、剣でではない。
 再展開された障壁が悪魔たちを吹っ飛ばしたのだ。
 相手は二人なのに、ローブの方は今のところ、何もしていない。
 実質的に五対一なのに、突破口は少しも見えない。
 と、遠くで荷馬車が三台ほど走り出した。
 どれかにシリュウが乗せられているのか?
 幌の中までは見通せない。数体の悪魔が追おうとするが、馬車が今にも貨車が脱落するのではと思えるほどの速さで走っていく。
「アルス、まずいぞ」
 悪魔の一人に視線を前に向けると、異常な光景が展開され始めていた。
 悪魔たちが切った人間の兵士が、起き上がっていた。
 もちろん、回復したわけじゃない。
 ギクシャクとした動きで、血まみれの、あるいは損傷した死体が動いている。
「そういう能力か」悪魔が呟く。「あの奥にいる契約者だ」
 つまり、死体を操作する能力。
 近くにいた死体を悪魔の一人が切った。死体は倒れるが、すぐに動きを再開する。
 その死体の腰を輪切りにして、悪魔がこちらを見る。
「歩けないようにすればマシだが、これじゃあな」
 彼が見ている先で、上半身だけになった死体が、両腕で這ってこちらに寄ってくる。
「ついでにあの剣士の相手もある」
 こちらに飛び込む機をうかがっている剣を持つ契約者を、僕は睨む。
 状況はすでに破綻している。シリュウを探していた悪魔たちは残された荷馬車の中を確認しているが、その中にシリュウがいる可能性は、ないだろう。
 いるとすれば、この程度の対応で済まないはずだ。
 もちろん、そう思わせる作戦もあり得るが、そんな奇策を実行するほど連合軍は逼迫していない。
 シリュウの存在の価値がどの程度か、僕は考えた。
 彼らはシリュウを殺さずに連れ去った。その程度には価値があるということになる。
 なら、今もシリュウを確保しておきたいだろう。
 価値がすでに消滅していなければ、という条件もあるが。
「撤退しよう」
 僕は決断した。悪魔たちが頷いて、陣形を組み、契約者と間合いを取る。
 契約者たちも深追いしないようだが、しかし、兵士の死体はじわじわとこちらへにじり寄ってくる。もちろん、人間の兵士も多くがこちらを取り囲んでいる。
「転移魔法を使ってくれ」
 担当の悪魔が集中する素振り。
 周囲の兵士たちが押し寄せてくる。
 僕は黒い業火を吹き荒れさせ、彼らを遠ざけさせた。
 その炎を壁を押しのけて、剣士の契約者が突っ込んでくる。
 彼の剣を僕は受けて、弾き返す。
 だけど僕の姿勢は大きく乱れた。
 必殺の一撃が、僕の首に突き出される。
 まさに剣が、僕の首を貫く、その一瞬。
 世界が反転し、僕が倒れ込んだ時、そこには連合軍の兵士も、焼き払われた荷馬車も、死体も何もなかった。
 黒の領域そのものの密林。
 僕は思わず首元に触れた。
 剣が抉っているかと思ったが、無傷のようだった。転移魔法が危ういところで僕を救ったらしい。
 周囲にいる悪魔は、五人だった。キロの姿はある。三人が戦死したことになる。ここにいる悪魔も半数は、傷を負っていて、憔悴していた。
 すでにドザの姿はなかった。
 キロが僕のそばにやってくる。彼女は赤い血に塗れているが、深い傷は負っていないように見える。
「作戦は失敗だな。これで諦めがついたか?」
 それが悪魔たちの総意だろうと、僕もわかってきた。 
 彼らがどれほどの価値があるかもわからない、一人の人間にすぎないシリュウを奪還するために犠牲を出すのは、やはり受け入れがたいだろう。
「僕が協力することで」自分の声の確かさに、自分で驚いた。「あなたたちの犠牲に報います。それでいいですか?」
「私も部下を失いすぎた」
 キロが仲間を見た。
「こういう状況で冷静になれるのが、才能なんだろうな」
 じっとキロがこちらを見て、首を振った。
「どうやら、お前が一番、冷静なようだ」
 そんなことないですよ、と僕は応じた。
 これでシリュウを取り戻す機会は当分、訪れないだろう。
 その時を待つ間、僕は悪魔たちと戦うことになる。
 それが僕の選んだ道だ。
 人間でありながら、悪魔と共闘する。
 ただ、僕は普通の人間ではない。
 悪魔から力を授かった、契約者なのだ。
 僕は息を吐いて、吸った。
 視界が潤んだが、すぐに消えた。
 まだ、全てが終わったわけじゃない。
「本隊に戻ろう」
 キロの声に、悪魔たちが頷き、立ち上がった。
 僕は彼らの後に続いた。





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