出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

文字の大きさ
71 / 82
第九章 人間奮戦激闘編

しおりを挟む
 連合軍と悪魔軍の対峙は、解消されることはなかった。
 黒の領域の密林の中で、連合軍の兵士は陣地を構築し、拠点を築きつつあった。
 僕は何度か悪魔たちと斥候に出て、その様子を確認した。
 はっきりとはわからないが、連合軍の兵力は一万を超えている。補給線は伸びているが、安定しているようだ。
 悪魔側はその補給線を狙い、散発的に小競り合いを起こしたが、連合軍に動揺はない。
 悪魔軍の総数は前回の後退の前とほぼ同数の戦力、七千を集めている。
「私たちには大きなまとまりがありません」
 ある時、レムが僕を呼んでそのことを打ち明けた。メムも同席している。
「悪魔全体の総数は、人間に劣らないでしょう。しかし、悪魔は無数の勢力に分かれて、それぞれがそれぞれに人間と戦っている。だから、今まで人間に敗退してきたのです」
「人間が連合軍と同盟軍に分かれているようなものですね」
「もっとタチが悪いのですよ、どこかが押しつぶされそうになっても、積極的に手を貸すことはない。我々のこの軍団は、かなり大きな規模ですが、他の悪魔たちは静観している。歯がゆいですが、しかし、これが私たちの価値観です」
 そんな事情を打ち明けられる程度に僕は信用されてきた。
 連合軍と悪魔軍が睨み合って、一ヶ月ほどが過ぎている。
 その間、僕はキロの指導のもと、契約者としての訓練を続けている。それと同時に、複数の悪魔が僕に悪魔の言語の教育をしてくれた。
 最初こそ片言だったのが、徐々に日常会話がこなせるようになった。
 ただ、人間の兵士たちと同様に、悪魔たちもたまによく分からないジョークを口にするので、その度に混乱するのだけど。
 混乱する僕を前に、彼らは大笑いして、僕によく分からない悪魔の言語で話しかけ、また笑うのだ。
 それくらいに彼らと打ち解けられたと認識できるのは、嬉しいけど、複雑な気持ちだった。
 時には悪魔たちが人間の戦法について僕に尋ねてくるけど、僕はあまり詳しくない。軍団規模、大隊規模の戦い方は僕の知っている範囲ではない。
 ただ、探索士として、少数の人間がいかに悪魔を効率よく倒すかは、よく知っている。
 僕がそれを伝えると、悪魔たちは一様に、唖然とする。
「人間は命を惜しいと思わないのか? あまりに一生が短すぎて、命の価値を知らないのか?」
 そんな反応が多い。
 これは僕にも意外な価値観だ。悪魔たちは死を恐れているわけではないけど、命がけ、という感覚が薄い。
 だから人間が悪魔相手にがむしゃらに迫るのは、理解できない事態で、対処に迷うようだった。この迷いが人間がつけ込む唯一の隙ではあるのだけど。
 そんなわけで、僕は悪魔たちの生徒になり、同時に悪魔たちの教師になった。
「アルス」
 キロと訓練をしているところに、悪魔がやってくる。僕たちが振り向くと、その悪魔がぎょっとして足を止めた。
 僕の周囲で白い炎と黒い炎が渦巻いているのに、驚いたようだ。
 なんとなく、僕は手を振って、彼の方に二色の炎を伸ばした。
 手を振ることもなく、視線を向けるだけで、炎がまるで蛇のように伸び、悪魔を取り囲んだ。
 悲鳴が炎の向こうで聞こえ、さすがにやりすぎたと思って僕は炎を一瞬で消した。
 尻もちをついた悪魔が、前後左右をしきりに確認し、炎が消えたのを確かめているのが、可笑しい。
「バカ」キロが僕の頭を軽く叩いた。「調子に乗るな」
「了解です、指揮官殿」
 僕は悪魔言語で答える。もう一度、キロに叩かれた。
 僕を呼びに来た悪魔を助けると、レムたちが呼んでいる、ということだった。
 僕たちの訓練は、悪魔が拠点としている岩壁を掘削して作った迷路の、その地上に最も近い場所だった。物資が届くと、ここでまず受け入れる。その一角が訓練のために割り振られている。
「何か動きがあったのかな」
 岩壁の中の通路を進みながら、ついてきたキロに尋ねてみる。
「連合軍は明らかに力を蓄えているからね。でも両軍の間にはまだ距離がある、いきなりここを脅かされることはないはず」
「こちらの補給線は大丈夫?」
「今のところ、襲撃されたという報告はない。私たちは自分たちの領地で戦っているからね、連合軍もそこまでは部隊を進出できない」
 となると、何の話だろう。
「こっちの食事にも慣れたようで良かったよ」
 何気ない調子でキロが言う。
「キロたちと同じものを食べないわけにはいかないからね」
「最初は食べなかったくせに」
「まさに慣れたって感じ。人間の食事とは香辛料が違うんだよ。でも人間の好む香辛料が手に入らないわけじゃない。この密林の中にも似たような植物がある」
 そうなの? とキロが首を傾げる。
「そのこと、料理人に教えてあげればいいのに。私たちは人間の食事が気になる」
「いつか、落ち着いたら、試しに僕が作ってみるよ」
 突然に、メリッサのことが思い浮かんだ。彼女には何かを言う暇もなく、リーンを離れてしまった。心配しているだろうし、怒っているだろうなぁ。
 こちらから通信を送りたいけど、無理だ。
 早く、全てが解決して欲しいけど、何が解決なのかは、わからなかった。
 このまま、悪魔軍と行動を共にして、リーンには戻らない、ということはないと思うけど、しかし、どうしたらリーンに戻れるかは、わからない。
 悪魔たちには僕を拘束するつもりはない。
 僕の方が、この場を離れがたいのだ。
 彼らのために何かをしたい、と思っている自分がいる。
 同じくらいに、シリュウを助ける決意もある。
 リーンに帰るのなら、シリュウと一緒に帰りたい。それはどうしても譲れない。
 僕一人では、シリュウを助けるのは不可能。悪魔の協力がいる。そのために、僕も彼らに協力する。そんな面もあった。
 そのうちにレムたちの執務室の前に着いた。キロが通路に留まる姿勢。僕はドアをノックして、中に入った。
「アルス、訓練はどうですか?」
 レムが微笑みながら尋ねてくる。
「順調です。あなたたちの言語もわかってきました。兵隊ジョークには慣れませんが」
「あまり汚い言葉は覚えないでいいですからね」
 そう言ってからレムが姿勢を正す。メムは無言で横にいる。
「今回のお話は、今、この場に悪魔からの通信が入っている、というお話です」
 今? この場に?
 理解できない僕の眼の前に、突然に像が現れた。
 鎧を着ている男で、背が高い。銀髪、赤い瞳、悪魔に間違いはない。でも知らない顔だ。
 ただ、知っている点もある。
 その鎧だ。
「この人は、いったい……」
 僕は彼を左右に移動して確認する。彼もこちらへ右へ左へ向き直る。
 像はそこにあるけど、存在感がない。
 素早く手を伸ばして触れてみるけど、手には何の感触もなく、僕の手は画像をすり抜けた。
「お遊びはそれくらいでいいかな、アルス」
 像が声を発する。しかし人が発声しているようではなく、目の前の像が震えているような感じだった。
「人間には想像もつかない状況でね」
 慎重に言いつつ、僕はすぐ核心に触れることにした。
「そちらさんの鎧は、聖都の剣聖騎士団の鎧に見えるけど、見間違いかな」
「その通りだ。私は剣聖騎士団に参加している」
 驚きを隠して、僕は表情をコントロール。
「剣聖騎士団に悪魔が参加している、という話は、少しも知らなかった。秘密部隊か何か?」
「表立ってはいないが、ある程度の数の悪魔が聖都で生活し、剣聖騎士団の一角を受け持っている。先日の騒動のことも知っている」
 僕はすぐに何人かの顔を思い浮かべた。
「剣聖のスターリア、剛天位のマーストとは仲良くしたよ。クルルギスは、剣指南役になったと聞いたけど、今も元気?」
「クルルギスは傷も癒え、体の動きも前と変わらない。太天位にはデモスが就任している。これはシリュウの推薦と聞いた」
「うん、確かにその通り」
 聖都での短い日々が、遠い昔に思えた。
「今回は」悪魔が本題を話し始めた。「そのシリュウの件で、ここにこうして魔法による通信を送っている」
「シリュウは、ここにはいないよ。連合軍の捕虜になって、どこにいるかわからない」
「それもこちらは把握している」
 僕は彼から視線を外し、レムの方を見た。レムが僕の意図を察したようだった。
「私からは何の動きもしていませんし、彼らと情報交換もしていません。聖都の悪魔たちは彼ら自身の情報網からこの件を把握したのです」
 僕はもう一度、鎧の悪魔を見た。
「聖都の情報網は広く深いと認識していたけど、それには悪魔が一枚噛んでいるってわけだ」
「そう思ってもらって構わない」
 まったく、世の中、知らないことが多すぎる。
「それで、噂話の確認のためにこんなことをしているのか?」
「シリュウは、七人委員会が、聖都守護騎士に任命している」
 確かにそういう称号を受けた。でもあれは、強引に任命したようなものだし、そもそも、シリュウのために新設された称号のはず。
「その称号にはあまり意味がないと僕は思うけど。シリュウ自身も、それほど価値を意識していなかった。その称号に何か問題があったのか?」
「違う。剣聖スターリアは、聖都守護騎士を援護することを決めた」
 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
「つまり」考えつつ話す。「スターリアは、シリュウの救出、あるいは奪還に力を貸してくれる、ということ?」
「情報面でも、実戦力でも、手を貸すことを剣聖は決断し、今、七人委員会が協議している。どうもシリュウの印象はそれほど良くないようだが、おそらく支持される。このことを伝えるために、ここへ通信を送った」
 僕は無意識に腕を組んでいた。
「それは、ありがたいけど……」
 彼を見返す。
「聖都の立場はどうなる? シリュウを捕らえている連合軍と、大なり小なり、揉めることになる。聖都の力で、連合軍と張り合えるかな」
「それもまた、計算している。考えられる限りの最悪の可能性も加味して、決断した」
「その最悪の可能性とは?」
 相手の悪魔は平然と応じた。
「シリュウを奪還できず、彼を死なせてしまい、かつ、連合軍が聖都の動きを危険視し、軍を送り、聖都を併呑しようとする」
 確かに、考えられる限り、最悪の中の最悪である。
「そうなったら、聖都はどうする?」
「徹底抗戦する」
「それはそれで、最悪の対処じゃないの?」
 そう僕が言うと、初めて相手が笑みを見せた。
「それが聖都の意地というものだ」
 意地、か。
 意地で巨大な相手に喧嘩を売り、滅びるまで戦うとは、とんでもない意地だった。
「巻き込まれる方はたまったものではないね」
「気にするな、剣聖も、剣聖騎士団も、喜んで巻き込まれるさ」
 どうやら聖都の意志は強そうだった。
「少し、時間が欲しい」
 僕がそう言うのは予想されていたようだった。待ち構えていたように、相手が頷く。
「二日後、改めて通信をここに送る。その時、返事を聞かせてくれ」
 彼の像が振り向き、レムとメムに頭を下げた。二人も軽く頭を下げる。それから彼は僕の方に向き直ると、
「武運を祈る」
 彼はそう言うとスゥッと空気に解けるように消えてしまった。
「すぐ返事をしなかった理由はなんですか?」
 レムの質問は、心底から不思議そうだった。
「援護を申し出られて、思案するほどの余裕はないと思いますが」
「彼らの話を聞いたでしょう? 彼らは展開次第では、存在そのものが消えてしまうのですよ」
 レムが何かを思案したようだが、メムが珍しく口を開いた。
「仲間思い、という奴か」
「少し違うかな」僕は彼に笑みを見せていた。「彼らが意地でシリュウを助けようとするように、僕の意地が、彼らを巻き込むのを許せない、ということです。今の時点では、という言葉を添えることになりますけど」
「人間は理解できない」
 メムがボソッとそう言って、会話を打ち切った。
 レムがそんなメムに穏やかな視線を向け、何かを言おうとした。
 しかし彼女はその言葉を口にするのを許されなかった。ドアがノックされ、返事を待たずにすぐに開かれる。それをレムが叱責するのも、また許されない。
 飛び込んできた伝令が、悪魔言語で何かをまくしたてた。あまりに早い口調だったけど、僕にも理解できた。
 連合軍が前進を始めた、という通報だった。
 悪魔軍も、もちろん戦闘に備えてはいる。レムが指示を出し、連合軍の動きの詳細を探るように命じている。同時に陣形も臨戦態勢のそれになっていた。
「どうやら」レムが立ち上がり、メムも立ち上がる。「忙しくなりそうですね」
「撤退する余地はないということですか?」
「まさか」
 レムが笑みを浮かべた。
「我々の領域はこの程度では失われません。しかし、我々にも、領土を守る、という観念はあります。自分たちの生活域を無遠慮に踏み荒らされるのは、正直、不愉快です」
「なら、勝たなくちゃいけないな」
「あなたのことを頼りにしてます」
 予想外の言葉だった。
 その言葉は、僕にはあまりに似合わない。
 シリュウにこそ向けられる言葉だった。
 僕はシリュウの代わりには、なれません、と言いたかった。
 僕はその言葉をどうにか飲み込んだ。そして心を決めて、
「努力します」
 と、小さな声で口にした。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

処理中です...