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第九章 人間奮戦激闘編
四
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悪魔軍七千と連合軍が対峙したのは、レムたちが伝令を受けた翌日だった。
連合軍が速い進軍速度で距離を詰め、陣を敷いた。一方の悪魔軍も拠点を出て、それと向かい合うように陣地を構築した。
この段になって、連合軍の総数がわかった。
一万三千。
想定より多い。多すぎるほどだ。
理由はすぐに知れて、連合軍の軍団に、今までとは違う旗を掲げた一群がある。増援らしい。
これではいくら悪魔の一個一個が強靭でも、分が悪い。
悪魔の指揮官が集合し、作戦を練り始めた。もちろん、時間はない。
別働隊で補給線を脅かすのは、僕の中では一つの作戦だったけど、悪魔たちはこれを取らないことになった。
連合軍を一気に押し戻す、それが彼らの主張だった。
僕には決定権はないし、それどころか、積極的に意見を言う立場でもない。
彼らの話し合いを観察していた。
悪魔たちは今回の衝突を決戦になると思っているようだった。そのために、連合軍を潰走させる方法を議論している。
指揮中枢を一挙に陥れる、という主張が目立ち、議論はすぐに、いかにして連合軍の中枢を探し出すか、ということになった。
「アルスの意見を聞きましょう」
不意にレムが僕の方を見た。悪魔たちもこちらを見る。僕は考えを口にした。
「今回、相手になる連合軍は、人間の軍隊組織の中でも大きい単位です。つまり、総指揮官はいますが、全体を何分割かして、そこに大隊指揮官がいて、それをさらに中隊指揮官が指揮するでしょう。つまり、もし奇跡的に総指揮官とその幕僚を皆殺しにできたとしても、彼らは一時的に退くことはあっても、持ちこたえるかもしれない」
悪魔たちが顔を見合わせている。僕は補足することにする。
「もちろん、総指揮官が戦死する、というのは大きい衝撃でしょう。つまり、短期的な勝利を呼び込むには一番効果的ではある。ただ、長期的に見れば、新しい指揮官の下に兵士が集結し、再び同じ展開になるかと」
「では」レムがさらに質問。「あなたの考える最も効率的な戦い方は?」
これに答えるのには、勇気が必要だった。
「僕は……、補給線を断つしかない、と思っています」
今度の悪魔たちのざわめきは今までの比ではなかった。ところどこから罵声が僕に向けられた。悪魔の言語だけど、僕はもうそれをおおよそ理解できる。
臆病者、青二才、愚か者、裏切り者、そんな感じの言葉だ。
黙って、そんな言葉を僕は受け止めた。レムでさえ、批判的な目で僕を見ている。
そのレムが罵声、怒声を沈めると、議論を先へ進めた、もちろん、僕の意見は無視された。
作戦会議が終わり、それぞれに配置が決められ、悪魔たちは自分の部隊の元へ戻って行った。
会議室には、レムとメム、僕が残った。
「あなたの意見は」
レムが半分は申し訳なさそうに、半分は言い訳のように言う。
「消極的すぎました」
「でしょうね。ただ、補給線を失えば、連合軍は戦いを継続できません。つまり、完全な勝利です。違いますか?」
「この段階では、私たちの流儀ではない、ということでしょう」
レムとメムが部屋を出て行った。入れ違いに、キロが入ってくる。
彼女の表情は穏やかだった。
「アルスの意見も悪くない」
意外なことをキロが言ったので、僕はもしかして彼女が人語を間違って使ったのかと思った。
「今、悪くないって言った?」
「言った。悪くない」
僕は近くにある椅子に腰を下ろした。ずっと壁際で立っていたのだ。キロがすぐ横に座る。
「私たちが人間に負けるとは思わないけど、それは過信のようなものかもしれない。負けるわけがない、だから正面からぶつかる、そういう論法ね。あなたの理屈は、最小限の犠牲で、最小限の戦闘で、最大限の戦果を求めている。私たちからしたら、それは小細工で、小手先の技ね」
「所詮は弱者の戦法、ってことだね」
「私たちは自分たちが弱者とは思えないわけ。実際、人間よりは強い」
軽く彼女が僕の肩を叩いた。
「いつまでもここにいても仕方ない。あなたはうちの部隊に入っているんだ。役職は隊長補佐。そして隊長は私だ」
僕は鉄槌隊の一員になっている。僕が最初に彼らを知ってからその数は激減したけど、ここのところ補充の隊員が入り、総数は四十名ほどだ。
悪魔たちは全体を少数の隊に細かく分ける傾向にある。このあたりも、人間の兵士とは違う。
「鉄槌隊の隊長として命じます、アルス隊長補佐、今すぐ部隊と合流し、いかにして戦うか、議論しなさい」
「まさか」僕は椅子から立った。「全体の方針に反するわけにも行かないけどね」
「もちろん、そんなことをしたら、私があなたを切ることになる。だから、できる範囲で、私たちに貢献してね」
キロも席を立って、先を歩き始めた。僕は彼女を追う。
それから二日、目立った動きはなかった。聖都からの通信を受ける日だったけど、そんな余裕はなかった。悪魔は無数の斥候を送り出し、連合軍の状態を把握し、その情報を仲間内で共有していくのに忙しい。レムとは話すことどころか、顔をあわせることさえなかった。
動きがあったのは、対峙を始めて三日目だった。
早朝、鉦が鳴り始め、悪魔たちは瞬間で緊張状態に気持ちを切り替えた。
偵察隊が駆け戻ってきて、悪魔の本隊、そして各部隊に通報が走る。
連合軍が進軍を開始、すでに悪魔軍の前衛が交戦状態らしい。悪魔側の鉦や笛が激しく鳴り響き始めた。
僕たちの元にも指令が下り、鉄槌隊も前進することになる。
「あまりに情報が少なすぎる」
移動しながらキロに話しかける。
「敵には行動を起こせるだけの情報があるんだ」
難しい顔でキロが応じる。
「私たちは人間ほど周到に計画を立てない傾向にある。アルスと接してわかったことだけど。とりあえず、人間の兵士に取り囲まれないようにしよう」
そのうちに前方で動くものが見え始めた。
連合軍の兵士だ。悪魔たちと入り乱れて戦っている。
そこへ鉄槌隊が切り込んでいく。
僕は即座に二色の炎を展開し、悪魔を援護し、人間の兵士を退けていく。
「あの悪魔を狙え!」
兵士の誰かが叫ぶ。そちらを見ると、その兵士は僕の方に剣の切っ先を向けて怒号している。
どうやら、僕が悪魔に見えるらしい。
離れているからそう見えても仕方ない。僕は悪魔軍の鎧を着て、兜をかぶっている。
悪魔に見えても仕方がないのだ、しかも炎を自在に操っているのだから。
でも悪魔と誤認された事実は、小さくない衝撃だった。
簒奪者と誰かに告げた時、恐れられたこともある。
それもきつかったけれど、今もまた、きつい。
それでもここは戦場だ。命をやり取りしている場所である。
僕は躊躇いを捨てた。
ここで戦わなければ、決断しなければ、いけない。
悪魔も人間もない。
僕は僕の味方のために戦った。
そのうちに、その戦場は鉄槌隊の悪魔が制圧していた。僕は肩で息をしていて、周囲には肉が焼ける匂いが充満している。今にも嘔吐しそうだったけれど、耐える。
複数の負傷者が後方へ運ばれていくのと、この地点を維持することが同時に行われる。
さらにキロとともに周囲の状況を確認した。
とりあえず、今の段階では、連合軍を跳ね返すことができたようだ。ただ、詳細は全くわからない。密林の中なので、とにかく見通しが悪い。それが有利でもあり、不利でもあった。
人間も悪魔も、全体像を把握するのが困難だ。
と、そこへ伝令がやってきて、後退するように告げた。さすがのキロも怒りのあまり、伝令の襟首を掴んでいる。
完全に怯えている伝令が言うところでは、悪魔軍は緩く包囲されつつあるらしい。これを逃れるための後退だという。
どこへ後退するか尋ねると、近くの小高い山へ本陣を移し、その斜面に部隊を展開するということだった。
「あるいは」僕はキロを伝令から離しつつ、考えを伝えてみた。「メリットもあるかもしれない。山の斜面なら、下をある程度は見下ろせる。状況を把握するのに適している」
「木が邪魔で見えないだろう」
「切ってしまえばいい」
さすがのキロも予想していなかったらしい。
「木を切る? その木はどうなる? 敵に利用されるんじゃないか?」
「ある程度の無茶は必要だ。もちろん、僕たちも木を回収して、柵なり何なり、作ればいい。何よりもまず、戦場を把握するのが第一だね」
何かを考えていたキロが、その場に残っていた伝令に指示を飛ばし、走らせる。そして鉄槌隊に後退の指示を飛ばした。
後退している途中で、どうやら僕の意見を容れたようで、木を切る指示があった。道具の数は少ないが、どうしようもない。
こうして悪魔軍は各所で木を切り倒し、ゆっくりと後退した。
この大胆な後退方法のせいで、いくつかの部隊が孤立し、包囲された。
もちろん、全部が助かるわけもなく、僕に対する非難は強くなってきた。それでも悪魔は木を切って後退し、やがて予定の位置に到達した。
「こうしてみると」キロが遠くを見て言う。「確かに少しは動きが見える」
僕たちは山の斜面で、やはり木を切って作った開けた場所から地上を見下ろしていた。密林の中にできた木が切り倒された地点には、時折、何かが動く様子が見える。
「ただし」
彼女は僕に肩をすくめて見せた。
「大して意味はないな」
僕も同感だった。あまり密林が濃密すぎて、ほとんど意味をなさない。
切り倒した木を使って柵を山の周囲に巡らせたので、その点では木は役に立っている。これで連合軍の突撃の勢いを、少しは弱められる。
こうしてさらに二日が過ぎた。
僕たちを半包囲するように連合軍が布陣を敷いて、何度か攻撃を仕掛けてきたけど、その度に押し戻し、どうにか状況を維持している。
ただ、それも長くは続かなかった。
連合軍による大規模な攻撃があり、悪魔軍は撤退を迫られた。
もちろん、僕もキロも、鉄槌隊も休む間もないほど、戦いを続けていた。この撤退は、仕方がないと誰もが思っただろう。
同時に、これからどこへ退いていくのかは、はっきりしなかった。
連合軍が制圧した地点に、無数の拠点を築いているという情報が入っている。つまり彼らの領土化が進んでいるのだ。
悪魔たちの苛立ちが、ひしひしと伝わってくる。
ただ、戦いだけは、どうしようもない。
ついに最終的な決定が下され、僕たちは山を降りることになった。後退するのだ。
「まったく、何のために戦ったのやら」
行軍をしながら、キロがぼやくけど、僕には何も言えなかった。
とりあえずの野営地が設けられ、そこで一晩を過ごすことになる。もちろん寝ているわけにもいかない。交代で歩哨に立つ。
翌朝、密林には珍しく朝靄がかかっていた。
この朝靄が晴れた時、奇妙な事態が出来していた。
まず連合軍が僕たちの軍団のすぐ近くに、すでに布陣を整えていた。もしもう少し靄が晴れるのが早ければ、彼らはこちらを蹂躙していただろう。
もう一つの展開は、僕たちが前日まで拠っていた山にあった。
その山に、無数の旗のようなものが見えた。最初は見間違いかと思ったが、そうではないとわかった。
その旗は、同盟軍の紋章が染め抜かれた旗だった。
これにはさすがに悪魔の首脳陣も議論の場を設けるしかなく、僕の知らないところで彼らは話し合っているようだ。
僕は何度も山の方を見て、同盟軍か確かめようとした。しかし、遠い上に、木々が生い茂っていてよく見えない。
なので、鉄槌隊の中でも慎重な悪魔を選び、僕と一緒に来るように指示した。どこへ行くのか聞かれたので、僕は堂々と応じた。
「同盟軍なのか、確かめに行く」
悪魔は真っ青な顔になったが、無視もできない。最終的には、承知した。
すぐに僕と悪魔の二人組で、陣地を出て、移動を始める。連合軍の陣地の横をすり抜けるのが、最も緊張した場面だ。彼らの斥候に見つかった瞬間、全てが終わる。
幸いにも、そんなことにはならなかった。
森の中を密かに、素早く通り抜け、山に近づいていく。
山には悪魔軍が構築した陣地がおおよそ残ってる。その陣地に、並んで旗が立ち、兵士がさらに陣地を強化している。
旗は、同盟軍だった。
間違いない、同盟軍の一個軍団が、ここまで進出してきたのだ。
「どういうことですか? アルスさん」
質問されても、答えられない。
あるとすれば、同盟軍は連合軍と協調してこの戦場に立っている。
でもそれなら、この山にいる理由はない。
連合軍とも悪魔軍とも距離を取るということは、同盟軍は、連合軍の援軍という立場ではないのか?
「とりあえず同盟軍だとはわかったんだ。戻るとしよう」
僕たちは来た道を引き返して、本隊に戻った。
帰り道の懸念材料は、連合軍と悪魔軍が衝突を始めている、という可能性だったけど、これは回避された。僕たちは悪魔軍と睨み合っている連合軍の横をすり抜け、悪魔軍に戻ることができた。
僕が報告する筋合いだったけど、僕が報告することでは変な先入観がある。そもそも独自に探りを入れたのだ。
なので、同行した悪魔を報告に行かせた。彼も、僕の発案での偵察だったと報告するだろうけど、僕自身が言うよりは少しだけマシだと思いたい。
その日は連合軍は動かず、同盟軍も動かない。悪魔軍ももちろん、動かない。
翌日も、その次の日も、三者は動かなかった。
「なんで攻めてこない?」
キロが僕に不機嫌そうに言う。
「絶対にこちらが負けるのに、向こうは見ているだけとは、やってられないよ」
「連合軍には攻められない理由があるんだ。きっと、同盟軍のせいだ」
それは? と、キロがこちらを見る。
「つまり、連合軍と同盟軍は、協力する気がないんだろう。というか、同盟軍は、連合軍の背後を狙っているんだ」
「人間同士なのに? 協力すれば、私たちをあっという間に潰せるのに?」
「そこが人間の不思議なところだね」
苦笑いするしかない。
「つまり、これは三竦みなんだ。連合軍、悪魔軍、同盟軍のね」
連合軍が速い進軍速度で距離を詰め、陣を敷いた。一方の悪魔軍も拠点を出て、それと向かい合うように陣地を構築した。
この段になって、連合軍の総数がわかった。
一万三千。
想定より多い。多すぎるほどだ。
理由はすぐに知れて、連合軍の軍団に、今までとは違う旗を掲げた一群がある。増援らしい。
これではいくら悪魔の一個一個が強靭でも、分が悪い。
悪魔の指揮官が集合し、作戦を練り始めた。もちろん、時間はない。
別働隊で補給線を脅かすのは、僕の中では一つの作戦だったけど、悪魔たちはこれを取らないことになった。
連合軍を一気に押し戻す、それが彼らの主張だった。
僕には決定権はないし、それどころか、積極的に意見を言う立場でもない。
彼らの話し合いを観察していた。
悪魔たちは今回の衝突を決戦になると思っているようだった。そのために、連合軍を潰走させる方法を議論している。
指揮中枢を一挙に陥れる、という主張が目立ち、議論はすぐに、いかにして連合軍の中枢を探し出すか、ということになった。
「アルスの意見を聞きましょう」
不意にレムが僕の方を見た。悪魔たちもこちらを見る。僕は考えを口にした。
「今回、相手になる連合軍は、人間の軍隊組織の中でも大きい単位です。つまり、総指揮官はいますが、全体を何分割かして、そこに大隊指揮官がいて、それをさらに中隊指揮官が指揮するでしょう。つまり、もし奇跡的に総指揮官とその幕僚を皆殺しにできたとしても、彼らは一時的に退くことはあっても、持ちこたえるかもしれない」
悪魔たちが顔を見合わせている。僕は補足することにする。
「もちろん、総指揮官が戦死する、というのは大きい衝撃でしょう。つまり、短期的な勝利を呼び込むには一番効果的ではある。ただ、長期的に見れば、新しい指揮官の下に兵士が集結し、再び同じ展開になるかと」
「では」レムがさらに質問。「あなたの考える最も効率的な戦い方は?」
これに答えるのには、勇気が必要だった。
「僕は……、補給線を断つしかない、と思っています」
今度の悪魔たちのざわめきは今までの比ではなかった。ところどこから罵声が僕に向けられた。悪魔の言語だけど、僕はもうそれをおおよそ理解できる。
臆病者、青二才、愚か者、裏切り者、そんな感じの言葉だ。
黙って、そんな言葉を僕は受け止めた。レムでさえ、批判的な目で僕を見ている。
そのレムが罵声、怒声を沈めると、議論を先へ進めた、もちろん、僕の意見は無視された。
作戦会議が終わり、それぞれに配置が決められ、悪魔たちは自分の部隊の元へ戻って行った。
会議室には、レムとメム、僕が残った。
「あなたの意見は」
レムが半分は申し訳なさそうに、半分は言い訳のように言う。
「消極的すぎました」
「でしょうね。ただ、補給線を失えば、連合軍は戦いを継続できません。つまり、完全な勝利です。違いますか?」
「この段階では、私たちの流儀ではない、ということでしょう」
レムとメムが部屋を出て行った。入れ違いに、キロが入ってくる。
彼女の表情は穏やかだった。
「アルスの意見も悪くない」
意外なことをキロが言ったので、僕はもしかして彼女が人語を間違って使ったのかと思った。
「今、悪くないって言った?」
「言った。悪くない」
僕は近くにある椅子に腰を下ろした。ずっと壁際で立っていたのだ。キロがすぐ横に座る。
「私たちが人間に負けるとは思わないけど、それは過信のようなものかもしれない。負けるわけがない、だから正面からぶつかる、そういう論法ね。あなたの理屈は、最小限の犠牲で、最小限の戦闘で、最大限の戦果を求めている。私たちからしたら、それは小細工で、小手先の技ね」
「所詮は弱者の戦法、ってことだね」
「私たちは自分たちが弱者とは思えないわけ。実際、人間よりは強い」
軽く彼女が僕の肩を叩いた。
「いつまでもここにいても仕方ない。あなたはうちの部隊に入っているんだ。役職は隊長補佐。そして隊長は私だ」
僕は鉄槌隊の一員になっている。僕が最初に彼らを知ってからその数は激減したけど、ここのところ補充の隊員が入り、総数は四十名ほどだ。
悪魔たちは全体を少数の隊に細かく分ける傾向にある。このあたりも、人間の兵士とは違う。
「鉄槌隊の隊長として命じます、アルス隊長補佐、今すぐ部隊と合流し、いかにして戦うか、議論しなさい」
「まさか」僕は椅子から立った。「全体の方針に反するわけにも行かないけどね」
「もちろん、そんなことをしたら、私があなたを切ることになる。だから、できる範囲で、私たちに貢献してね」
キロも席を立って、先を歩き始めた。僕は彼女を追う。
それから二日、目立った動きはなかった。聖都からの通信を受ける日だったけど、そんな余裕はなかった。悪魔は無数の斥候を送り出し、連合軍の状態を把握し、その情報を仲間内で共有していくのに忙しい。レムとは話すことどころか、顔をあわせることさえなかった。
動きがあったのは、対峙を始めて三日目だった。
早朝、鉦が鳴り始め、悪魔たちは瞬間で緊張状態に気持ちを切り替えた。
偵察隊が駆け戻ってきて、悪魔の本隊、そして各部隊に通報が走る。
連合軍が進軍を開始、すでに悪魔軍の前衛が交戦状態らしい。悪魔側の鉦や笛が激しく鳴り響き始めた。
僕たちの元にも指令が下り、鉄槌隊も前進することになる。
「あまりに情報が少なすぎる」
移動しながらキロに話しかける。
「敵には行動を起こせるだけの情報があるんだ」
難しい顔でキロが応じる。
「私たちは人間ほど周到に計画を立てない傾向にある。アルスと接してわかったことだけど。とりあえず、人間の兵士に取り囲まれないようにしよう」
そのうちに前方で動くものが見え始めた。
連合軍の兵士だ。悪魔たちと入り乱れて戦っている。
そこへ鉄槌隊が切り込んでいく。
僕は即座に二色の炎を展開し、悪魔を援護し、人間の兵士を退けていく。
「あの悪魔を狙え!」
兵士の誰かが叫ぶ。そちらを見ると、その兵士は僕の方に剣の切っ先を向けて怒号している。
どうやら、僕が悪魔に見えるらしい。
離れているからそう見えても仕方ない。僕は悪魔軍の鎧を着て、兜をかぶっている。
悪魔に見えても仕方がないのだ、しかも炎を自在に操っているのだから。
でも悪魔と誤認された事実は、小さくない衝撃だった。
簒奪者と誰かに告げた時、恐れられたこともある。
それもきつかったけれど、今もまた、きつい。
それでもここは戦場だ。命をやり取りしている場所である。
僕は躊躇いを捨てた。
ここで戦わなければ、決断しなければ、いけない。
悪魔も人間もない。
僕は僕の味方のために戦った。
そのうちに、その戦場は鉄槌隊の悪魔が制圧していた。僕は肩で息をしていて、周囲には肉が焼ける匂いが充満している。今にも嘔吐しそうだったけれど、耐える。
複数の負傷者が後方へ運ばれていくのと、この地点を維持することが同時に行われる。
さらにキロとともに周囲の状況を確認した。
とりあえず、今の段階では、連合軍を跳ね返すことができたようだ。ただ、詳細は全くわからない。密林の中なので、とにかく見通しが悪い。それが有利でもあり、不利でもあった。
人間も悪魔も、全体像を把握するのが困難だ。
と、そこへ伝令がやってきて、後退するように告げた。さすがのキロも怒りのあまり、伝令の襟首を掴んでいる。
完全に怯えている伝令が言うところでは、悪魔軍は緩く包囲されつつあるらしい。これを逃れるための後退だという。
どこへ後退するか尋ねると、近くの小高い山へ本陣を移し、その斜面に部隊を展開するということだった。
「あるいは」僕はキロを伝令から離しつつ、考えを伝えてみた。「メリットもあるかもしれない。山の斜面なら、下をある程度は見下ろせる。状況を把握するのに適している」
「木が邪魔で見えないだろう」
「切ってしまえばいい」
さすがのキロも予想していなかったらしい。
「木を切る? その木はどうなる? 敵に利用されるんじゃないか?」
「ある程度の無茶は必要だ。もちろん、僕たちも木を回収して、柵なり何なり、作ればいい。何よりもまず、戦場を把握するのが第一だね」
何かを考えていたキロが、その場に残っていた伝令に指示を飛ばし、走らせる。そして鉄槌隊に後退の指示を飛ばした。
後退している途中で、どうやら僕の意見を容れたようで、木を切る指示があった。道具の数は少ないが、どうしようもない。
こうして悪魔軍は各所で木を切り倒し、ゆっくりと後退した。
この大胆な後退方法のせいで、いくつかの部隊が孤立し、包囲された。
もちろん、全部が助かるわけもなく、僕に対する非難は強くなってきた。それでも悪魔は木を切って後退し、やがて予定の位置に到達した。
「こうしてみると」キロが遠くを見て言う。「確かに少しは動きが見える」
僕たちは山の斜面で、やはり木を切って作った開けた場所から地上を見下ろしていた。密林の中にできた木が切り倒された地点には、時折、何かが動く様子が見える。
「ただし」
彼女は僕に肩をすくめて見せた。
「大して意味はないな」
僕も同感だった。あまり密林が濃密すぎて、ほとんど意味をなさない。
切り倒した木を使って柵を山の周囲に巡らせたので、その点では木は役に立っている。これで連合軍の突撃の勢いを、少しは弱められる。
こうしてさらに二日が過ぎた。
僕たちを半包囲するように連合軍が布陣を敷いて、何度か攻撃を仕掛けてきたけど、その度に押し戻し、どうにか状況を維持している。
ただ、それも長くは続かなかった。
連合軍による大規模な攻撃があり、悪魔軍は撤退を迫られた。
もちろん、僕もキロも、鉄槌隊も休む間もないほど、戦いを続けていた。この撤退は、仕方がないと誰もが思っただろう。
同時に、これからどこへ退いていくのかは、はっきりしなかった。
連合軍が制圧した地点に、無数の拠点を築いているという情報が入っている。つまり彼らの領土化が進んでいるのだ。
悪魔たちの苛立ちが、ひしひしと伝わってくる。
ただ、戦いだけは、どうしようもない。
ついに最終的な決定が下され、僕たちは山を降りることになった。後退するのだ。
「まったく、何のために戦ったのやら」
行軍をしながら、キロがぼやくけど、僕には何も言えなかった。
とりあえずの野営地が設けられ、そこで一晩を過ごすことになる。もちろん寝ているわけにもいかない。交代で歩哨に立つ。
翌朝、密林には珍しく朝靄がかかっていた。
この朝靄が晴れた時、奇妙な事態が出来していた。
まず連合軍が僕たちの軍団のすぐ近くに、すでに布陣を整えていた。もしもう少し靄が晴れるのが早ければ、彼らはこちらを蹂躙していただろう。
もう一つの展開は、僕たちが前日まで拠っていた山にあった。
その山に、無数の旗のようなものが見えた。最初は見間違いかと思ったが、そうではないとわかった。
その旗は、同盟軍の紋章が染め抜かれた旗だった。
これにはさすがに悪魔の首脳陣も議論の場を設けるしかなく、僕の知らないところで彼らは話し合っているようだ。
僕は何度も山の方を見て、同盟軍か確かめようとした。しかし、遠い上に、木々が生い茂っていてよく見えない。
なので、鉄槌隊の中でも慎重な悪魔を選び、僕と一緒に来るように指示した。どこへ行くのか聞かれたので、僕は堂々と応じた。
「同盟軍なのか、確かめに行く」
悪魔は真っ青な顔になったが、無視もできない。最終的には、承知した。
すぐに僕と悪魔の二人組で、陣地を出て、移動を始める。連合軍の陣地の横をすり抜けるのが、最も緊張した場面だ。彼らの斥候に見つかった瞬間、全てが終わる。
幸いにも、そんなことにはならなかった。
森の中を密かに、素早く通り抜け、山に近づいていく。
山には悪魔軍が構築した陣地がおおよそ残ってる。その陣地に、並んで旗が立ち、兵士がさらに陣地を強化している。
旗は、同盟軍だった。
間違いない、同盟軍の一個軍団が、ここまで進出してきたのだ。
「どういうことですか? アルスさん」
質問されても、答えられない。
あるとすれば、同盟軍は連合軍と協調してこの戦場に立っている。
でもそれなら、この山にいる理由はない。
連合軍とも悪魔軍とも距離を取るということは、同盟軍は、連合軍の援軍という立場ではないのか?
「とりあえず同盟軍だとはわかったんだ。戻るとしよう」
僕たちは来た道を引き返して、本隊に戻った。
帰り道の懸念材料は、連合軍と悪魔軍が衝突を始めている、という可能性だったけど、これは回避された。僕たちは悪魔軍と睨み合っている連合軍の横をすり抜け、悪魔軍に戻ることができた。
僕が報告する筋合いだったけど、僕が報告することでは変な先入観がある。そもそも独自に探りを入れたのだ。
なので、同行した悪魔を報告に行かせた。彼も、僕の発案での偵察だったと報告するだろうけど、僕自身が言うよりは少しだけマシだと思いたい。
その日は連合軍は動かず、同盟軍も動かない。悪魔軍ももちろん、動かない。
翌日も、その次の日も、三者は動かなかった。
「なんで攻めてこない?」
キロが僕に不機嫌そうに言う。
「絶対にこちらが負けるのに、向こうは見ているだけとは、やってられないよ」
「連合軍には攻められない理由があるんだ。きっと、同盟軍のせいだ」
それは? と、キロがこちらを見る。
「つまり、連合軍と同盟軍は、協力する気がないんだろう。というか、同盟軍は、連合軍の背後を狙っているんだ」
「人間同士なのに? 協力すれば、私たちをあっという間に潰せるのに?」
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苦笑いするしかない。
「つまり、これは三竦みなんだ。連合軍、悪魔軍、同盟軍のね」
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