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第十章 三者相克前進編
五
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悪魔軍が連合軍を揉みに揉んでいるという情報は、移動の最中にも届いていた。
どうやらレムたちは出し惜しみせず、全力でぶつかっているらしい。
僕と聖都に派遣された悪魔の部隊は、ほとんど昼夜を問わずに駆け続け、馬を次々と乗り換え、その度に莫大な支出に迫られた。この資金は、マーストが持たせてくれたものだけれど、最終的にはいくらも残らなかった。
それでも戦いが最も激しい時期に間に合ったのだから、マーストには感謝しかない。
僕が率いた悪魔の数は最終的には千と少しで、それだけ聖都で犠牲が出たことになる。
ただ、この千の悪魔は激烈な実戦を生き抜いた、まさに勇士である。
少しの休息の後、すぐに悪魔軍の一部に組み込まれ、戦いを始めた。
僕はレムの元に一度、呼び出されたきりで、すぐに実戦の指揮を任された。今度の部隊は、鉄槌隊だ。
部隊の元へ行くと、キロが出迎えてくれた。他にも顔見知りの悪魔が大勢いる。
「シリュウの話は聞いたかい?」
早口でキロが尋ねてくる。
「いや、何も聞いていない」
正直、そんな余裕もなかった。キロは明らかに落胆した様子で、
「なんで聞かないの」
とつぶやく。僕は、構わず、部隊の状況を見て回る。数はそれほど減っていないが、けが人は多い。武器はやや不足している。しかし、意気、戦意は高い。
鉄槌隊の守備位置は悪魔軍の最左翼だ。
「攻撃はそれほど激しくない」キロが僕の横を歩きながら言う。「連合軍が回りこむのを防ぐことが仕事だな。ただ、おかげで部隊が広がりすぎている」
それから全体の状況も含めて、キロが知っている限りのことを教えてくれた。その翌日には指揮官だけの会議があり、僕も悪魔に混ざって参加した。会議は予想よりも早く終わった。
どうやら、すでに考えている時間はないと、悪魔たちも知っているようだ。
シリュウをやっと訪ねることができた。
「ああ、アルス」
寝台の上にいるかと思ったら、シリュウが床にいた。
うつ伏せになり、腕立て伏せをしている。
あまりのことに、僕は言葉を失った。シリュウが起き上がり、ベッドに腰掛ける。
「体が鈍っていかん。まだ医者が許さなくてな」
なんて答えていいか、わからなかった。
「えっと……」何を言えばいいんだ?「安静にしなくていいの?」
「お前もそんなことを言うのか?」
他に何を言えばいいんだろう。
「お前がやたら働いていることは聞いているよ」
シリュウがそう言ってこちらを見る。
今、気付いた。彼は片目が赤く色が変わっている。
「まぁ、そうだね」
少し考えた。
「ちょっと、足を洗えなくなってね」
「そんなものさ。やりたいところまでやってみろよ」
そう言ってからシリュウは、手を振って、
「行けよ。やるべきことをやれ」
と、笑みを見せた。
僕は頷くと、病室を出て、そのまま走った。
連合軍との激戦は、ひたすら続いた。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。
徐々に悪魔軍が押し始め、状況は、連合軍がその防御陣地を頼りにしがみついているだけになった。
あと一押しだった。
そこへ同盟軍が押し出してきた。
悪魔軍には事前に通告のあった、同盟軍の増援部隊が到着したのだ。
これにより悪魔軍と同盟軍の力はひときわ強くなり、堅実に前進していった。
誰もが勝利を確信し、事実、そのように展開した。
連合軍は徐々に兵を引き始め、陣地には少数の兵士が殿として残っているのが斥候からの情報でわかった。
攻めない理由はない。悪魔たちはある程度の統制を持って、押し寄せた。
陣地を瞬く間に崩し、奪い、連合軍兵士を追い散らした。
そこで部隊の再編が行われ、即座に追撃に移る。
馬が、魔獣が、あるいは徒歩の悪魔が、地響きを上げて駆けていく。
僕もその一部隊を率いていた。
その存在を知ったのは、伝令がやってきたからだ。
前方で連合軍の新型兵器が暴れている、という。
「新型兵器?」僕は思わず聞き返した。「どういう兵器だ?」
「周囲の全てを取り込んでいきます!」
それだけでおおよそ、事態は掴めた。案内するように伝令に命じ、僕は部隊の一部を連れて、急行した。
「なんてことだ……」
それが見えてきて、思わず呟いていた。
前方では巨大な生物が、暴れていた。
なんて形容すればいいのだろう。生物だけれど、生物らしくはない。肉で出来ている、ということがわかるので、生き物と定義しているだけだ。
触手が無数に伸び、その先が四つ裂けて、口腔が開き、牙を並べている。
それが悪魔、人間を問わずに食い荒らし、その度に大きく膨れ上がっていく。
どれだけ取り込んだのかわからないほど、すでに巨大化している。
「切り崩すしかないぞ!」
僕は部下を怒号した。
「触手を切って、本体も切り取れ!」
悪魔たちが肉塊に向かって突撃していく。
僕も炎を呼び出した。白い炎、黒い炎が肉塊を取り巻き、焼き焦がし、そのまま塵に変えていく。しかし、とてもじゃないが、追いつかない。
悪魔たちの攻撃もほとんど戦果をあげていない。
その日は夕暮れになり、僕たちは篝火を焚いて、距離を置いて、その巨体を取り巻きにした。
巨大な肉塊はうねるようにしてゆっくりとこちらへ進んでくる。
でも、どうしようもない。
翌日の昼間も、僕たちはじりじりと後退しつつ、しかし攻めることもできなかった。悪魔軍のこの場にいない部隊は連合軍を追撃している。ただ、この新しい兵器、謎の生物が悪魔の陣地へにじりより、しかも対処できないとなると、大問題だ。
「苦労しているな」
突然、僕たちの陣地へ訪ねてきた人がいた。
「シリュウ?」
シリュウだった。彼は他にも数体の悪魔を連れていた。
剣は持っていない。
「何しに来たの?」
「あれを」肉の塊を指差す。「退治したくてね」
「どうやって?」
僕の質問に、シリュウがニヤリと笑う。
「支配するんだよ。まぁ、見てろ」
そういうと、ブラブラと肉の塊に歩いていく。すぐに触手の届く範囲に入る。
触手がシリュウに伸びた。
伸びたけど、噛み付こうとはしなかった。
僕が訝しんでいる間にシリュウはその触手に触れる。肉の塊の動きが止まり、何かを交信するように、シリュウに触手を伸ばした姿勢で、ピクリともしない。
と、肉塊が微かに震え、それが大きくなっていく。
肉塊のところどころが裂けると、そこには口があり、歯が並び。そこから唾液を飛び散らしながら、悲鳴を上げ始めた。
まるで風船のようになり、肉塊が膨らんだり萎んだりを繰り返しだした。
そしてひときわ大きな悲鳴をあげると、空気が抜けたように小さくなり、地面にべったりと広がった。
シリュウが触れていた触手は、最後まで力が残っていたが、その触手もまた中身が抜けたようになり、地面に落ちた。
「いったい、何を……」
シリュウがゆっくりとこちらへ戻ってきた。
「あの契約者兵器だがな、俺はそれを操作する能力が契約で与えられた。というかそういう素質があるから、連合軍は俺を手に入れようとしたんだが」
目の前に来て、彼が肩をすくめる。
「お前が俺をここへ連れてきてくれたんだってな。それは正しい選択だった。連中はよくやってくれた」
そう言って、シリュウが身ぶりで示すのは、彼と一緒に来た悪魔たちだ。どこか似た雰囲気の悪魔たち。そうか、彼らが悪魔の医者なのか。
「これで少し休めるな……」
シリュウが背後を振り返り、動きを止めた。
僕もそちらを見て、それに気づいた。
すでに地面に広がるような有様の契約者兵器の上に。一人の人間が立っている。
いや、人間ではない。
銀髪、赤い目。悪魔の特徴だ。
「悪いが」彼が宣言した。「まだ終わりにはさせない」
彼が真上に手を挙げると、何かが虚空から現れた。
それもやはり、人の姿をしている。
遠目だけど、誰かがわかった。
シリュウから切り離された契約者だ。僕がシリュウと一緒に悪魔の陣地へ運んできた。
その契約者がすでに力を失っている肉塊の元に落ちると、一瞬でその中へ沈み込んで行った。
突如、肉塊が震える。波打ち、起き上がる。
触手が力を取り戻し、蠢き、跳ねた。
悪魔の兵士たちが緊張を取り戻し、武器を構える。その時には数体が触手に噛みつかれ、あるいは絡め取られ、取り込まれている。
「同じことはさせん」
そういった悪魔が予想外の行動を取る。
まさか、と思った。
しかし実際にそれが眼の前で起こった。
悪魔が、肉塊の中に沈み、そのまま取り込まれたのだ。
ブルブルと揺れた肉塊の形状が変化していく。
人間よりはるかに大きい、人型に変化していく。
「全く、ままならないものだな」
シリュウが近くにいた悪魔から剣を受け取る。
「アルス、俺がもう一度、あの契約者の支配を行う。さっきのようにはいかないぞ。向こうは悪魔の意識を持っていて、つまりまともな知性を持っている」
「どうやって支配する?」
「直接に触れるしかない」
そんなこと、無理だろう。でもシリュウはやる気だ。
「無理でもやるぞ! 来い!」
シリュウが駆け出したので、僕も後を追う。もう躊躇っている暇、迷っている余裕はない。
両手から黒と白の炎が走り、シリュウに襲いかかる触手を消し炭に変える。
相手の肉塊はいよいよ形を人間のそれにしていく。ただ、腕が二本から四本になり、六本、八本になった。
その全ての腕が伸縮自在に襲ってくる。
悪魔が数体、その手に掴まれ、そのまま拳の中に吸い込まれた。
掴まれたらそこで終わる。
炎を凝縮させ、熱線と化したそれを繰り出す。
肉塊の腕が次々と切断されるが、地面に落ちる前に断面同士が触手でつながり、そして元どおりに修復される。
くそ、どうやって攻めれば……。
その瞬間が僕の油断だった。
腕が三本、手中してくる。
一瞬の意識の集中。
炎が吹き荒れ、縦横に走り、炸裂する。
三つの手のひらは分解され、吹き飛ばされた。
だけど、それが手の部分だ。
手首の部分から無数の触手が伸び、僕を取り囲む。
さらなる火炎を繰り出しても間に合わない。
取り込まれる!
ドン! と誰かが横から突き飛ばしてきた。
「シリュウ!」
それは、シリュウだった。そして今、シリュウは僕の代わりに触手に絡みつかれている。
「アルス! 諦めるな!」
その声を残して、シリュウの姿は見えなくなり、腕に飲み込まれていった。
巨人の腕が修復され、頭部に一つの巨大な目が開くと、天を見上げ、そしてさらに口が開き、咆哮を上げた。
ビリビリと全てが震える。
僕は地面に尻餅をついて、ただ、それを見上げていた。
どうやらレムたちは出し惜しみせず、全力でぶつかっているらしい。
僕と聖都に派遣された悪魔の部隊は、ほとんど昼夜を問わずに駆け続け、馬を次々と乗り換え、その度に莫大な支出に迫られた。この資金は、マーストが持たせてくれたものだけれど、最終的にはいくらも残らなかった。
それでも戦いが最も激しい時期に間に合ったのだから、マーストには感謝しかない。
僕が率いた悪魔の数は最終的には千と少しで、それだけ聖都で犠牲が出たことになる。
ただ、この千の悪魔は激烈な実戦を生き抜いた、まさに勇士である。
少しの休息の後、すぐに悪魔軍の一部に組み込まれ、戦いを始めた。
僕はレムの元に一度、呼び出されたきりで、すぐに実戦の指揮を任された。今度の部隊は、鉄槌隊だ。
部隊の元へ行くと、キロが出迎えてくれた。他にも顔見知りの悪魔が大勢いる。
「シリュウの話は聞いたかい?」
早口でキロが尋ねてくる。
「いや、何も聞いていない」
正直、そんな余裕もなかった。キロは明らかに落胆した様子で、
「なんで聞かないの」
とつぶやく。僕は、構わず、部隊の状況を見て回る。数はそれほど減っていないが、けが人は多い。武器はやや不足している。しかし、意気、戦意は高い。
鉄槌隊の守備位置は悪魔軍の最左翼だ。
「攻撃はそれほど激しくない」キロが僕の横を歩きながら言う。「連合軍が回りこむのを防ぐことが仕事だな。ただ、おかげで部隊が広がりすぎている」
それから全体の状況も含めて、キロが知っている限りのことを教えてくれた。その翌日には指揮官だけの会議があり、僕も悪魔に混ざって参加した。会議は予想よりも早く終わった。
どうやら、すでに考えている時間はないと、悪魔たちも知っているようだ。
シリュウをやっと訪ねることができた。
「ああ、アルス」
寝台の上にいるかと思ったら、シリュウが床にいた。
うつ伏せになり、腕立て伏せをしている。
あまりのことに、僕は言葉を失った。シリュウが起き上がり、ベッドに腰掛ける。
「体が鈍っていかん。まだ医者が許さなくてな」
なんて答えていいか、わからなかった。
「えっと……」何を言えばいいんだ?「安静にしなくていいの?」
「お前もそんなことを言うのか?」
他に何を言えばいいんだろう。
「お前がやたら働いていることは聞いているよ」
シリュウがそう言ってこちらを見る。
今、気付いた。彼は片目が赤く色が変わっている。
「まぁ、そうだね」
少し考えた。
「ちょっと、足を洗えなくなってね」
「そんなものさ。やりたいところまでやってみろよ」
そう言ってからシリュウは、手を振って、
「行けよ。やるべきことをやれ」
と、笑みを見せた。
僕は頷くと、病室を出て、そのまま走った。
連合軍との激戦は、ひたすら続いた。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。
徐々に悪魔軍が押し始め、状況は、連合軍がその防御陣地を頼りにしがみついているだけになった。
あと一押しだった。
そこへ同盟軍が押し出してきた。
悪魔軍には事前に通告のあった、同盟軍の増援部隊が到着したのだ。
これにより悪魔軍と同盟軍の力はひときわ強くなり、堅実に前進していった。
誰もが勝利を確信し、事実、そのように展開した。
連合軍は徐々に兵を引き始め、陣地には少数の兵士が殿として残っているのが斥候からの情報でわかった。
攻めない理由はない。悪魔たちはある程度の統制を持って、押し寄せた。
陣地を瞬く間に崩し、奪い、連合軍兵士を追い散らした。
そこで部隊の再編が行われ、即座に追撃に移る。
馬が、魔獣が、あるいは徒歩の悪魔が、地響きを上げて駆けていく。
僕もその一部隊を率いていた。
その存在を知ったのは、伝令がやってきたからだ。
前方で連合軍の新型兵器が暴れている、という。
「新型兵器?」僕は思わず聞き返した。「どういう兵器だ?」
「周囲の全てを取り込んでいきます!」
それだけでおおよそ、事態は掴めた。案内するように伝令に命じ、僕は部隊の一部を連れて、急行した。
「なんてことだ……」
それが見えてきて、思わず呟いていた。
前方では巨大な生物が、暴れていた。
なんて形容すればいいのだろう。生物だけれど、生物らしくはない。肉で出来ている、ということがわかるので、生き物と定義しているだけだ。
触手が無数に伸び、その先が四つ裂けて、口腔が開き、牙を並べている。
それが悪魔、人間を問わずに食い荒らし、その度に大きく膨れ上がっていく。
どれだけ取り込んだのかわからないほど、すでに巨大化している。
「切り崩すしかないぞ!」
僕は部下を怒号した。
「触手を切って、本体も切り取れ!」
悪魔たちが肉塊に向かって突撃していく。
僕も炎を呼び出した。白い炎、黒い炎が肉塊を取り巻き、焼き焦がし、そのまま塵に変えていく。しかし、とてもじゃないが、追いつかない。
悪魔たちの攻撃もほとんど戦果をあげていない。
その日は夕暮れになり、僕たちは篝火を焚いて、距離を置いて、その巨体を取り巻きにした。
巨大な肉塊はうねるようにしてゆっくりとこちらへ進んでくる。
でも、どうしようもない。
翌日の昼間も、僕たちはじりじりと後退しつつ、しかし攻めることもできなかった。悪魔軍のこの場にいない部隊は連合軍を追撃している。ただ、この新しい兵器、謎の生物が悪魔の陣地へにじりより、しかも対処できないとなると、大問題だ。
「苦労しているな」
突然、僕たちの陣地へ訪ねてきた人がいた。
「シリュウ?」
シリュウだった。彼は他にも数体の悪魔を連れていた。
剣は持っていない。
「何しに来たの?」
「あれを」肉の塊を指差す。「退治したくてね」
「どうやって?」
僕の質問に、シリュウがニヤリと笑う。
「支配するんだよ。まぁ、見てろ」
そういうと、ブラブラと肉の塊に歩いていく。すぐに触手の届く範囲に入る。
触手がシリュウに伸びた。
伸びたけど、噛み付こうとはしなかった。
僕が訝しんでいる間にシリュウはその触手に触れる。肉の塊の動きが止まり、何かを交信するように、シリュウに触手を伸ばした姿勢で、ピクリともしない。
と、肉塊が微かに震え、それが大きくなっていく。
肉塊のところどころが裂けると、そこには口があり、歯が並び。そこから唾液を飛び散らしながら、悲鳴を上げ始めた。
まるで風船のようになり、肉塊が膨らんだり萎んだりを繰り返しだした。
そしてひときわ大きな悲鳴をあげると、空気が抜けたように小さくなり、地面にべったりと広がった。
シリュウが触れていた触手は、最後まで力が残っていたが、その触手もまた中身が抜けたようになり、地面に落ちた。
「いったい、何を……」
シリュウがゆっくりとこちらへ戻ってきた。
「あの契約者兵器だがな、俺はそれを操作する能力が契約で与えられた。というかそういう素質があるから、連合軍は俺を手に入れようとしたんだが」
目の前に来て、彼が肩をすくめる。
「お前が俺をここへ連れてきてくれたんだってな。それは正しい選択だった。連中はよくやってくれた」
そう言って、シリュウが身ぶりで示すのは、彼と一緒に来た悪魔たちだ。どこか似た雰囲気の悪魔たち。そうか、彼らが悪魔の医者なのか。
「これで少し休めるな……」
シリュウが背後を振り返り、動きを止めた。
僕もそちらを見て、それに気づいた。
すでに地面に広がるような有様の契約者兵器の上に。一人の人間が立っている。
いや、人間ではない。
銀髪、赤い目。悪魔の特徴だ。
「悪いが」彼が宣言した。「まだ終わりにはさせない」
彼が真上に手を挙げると、何かが虚空から現れた。
それもやはり、人の姿をしている。
遠目だけど、誰かがわかった。
シリュウから切り離された契約者だ。僕がシリュウと一緒に悪魔の陣地へ運んできた。
その契約者がすでに力を失っている肉塊の元に落ちると、一瞬でその中へ沈み込んで行った。
突如、肉塊が震える。波打ち、起き上がる。
触手が力を取り戻し、蠢き、跳ねた。
悪魔の兵士たちが緊張を取り戻し、武器を構える。その時には数体が触手に噛みつかれ、あるいは絡め取られ、取り込まれている。
「同じことはさせん」
そういった悪魔が予想外の行動を取る。
まさか、と思った。
しかし実際にそれが眼の前で起こった。
悪魔が、肉塊の中に沈み、そのまま取り込まれたのだ。
ブルブルと揺れた肉塊の形状が変化していく。
人間よりはるかに大きい、人型に変化していく。
「全く、ままならないものだな」
シリュウが近くにいた悪魔から剣を受け取る。
「アルス、俺がもう一度、あの契約者の支配を行う。さっきのようにはいかないぞ。向こうは悪魔の意識を持っていて、つまりまともな知性を持っている」
「どうやって支配する?」
「直接に触れるしかない」
そんなこと、無理だろう。でもシリュウはやる気だ。
「無理でもやるぞ! 来い!」
シリュウが駆け出したので、僕も後を追う。もう躊躇っている暇、迷っている余裕はない。
両手から黒と白の炎が走り、シリュウに襲いかかる触手を消し炭に変える。
相手の肉塊はいよいよ形を人間のそれにしていく。ただ、腕が二本から四本になり、六本、八本になった。
その全ての腕が伸縮自在に襲ってくる。
悪魔が数体、その手に掴まれ、そのまま拳の中に吸い込まれた。
掴まれたらそこで終わる。
炎を凝縮させ、熱線と化したそれを繰り出す。
肉塊の腕が次々と切断されるが、地面に落ちる前に断面同士が触手でつながり、そして元どおりに修復される。
くそ、どうやって攻めれば……。
その瞬間が僕の油断だった。
腕が三本、手中してくる。
一瞬の意識の集中。
炎が吹き荒れ、縦横に走り、炸裂する。
三つの手のひらは分解され、吹き飛ばされた。
だけど、それが手の部分だ。
手首の部分から無数の触手が伸び、僕を取り囲む。
さらなる火炎を繰り出しても間に合わない。
取り込まれる!
ドン! と誰かが横から突き飛ばしてきた。
「シリュウ!」
それは、シリュウだった。そして今、シリュウは僕の代わりに触手に絡みつかれている。
「アルス! 諦めるな!」
その声を残して、シリュウの姿は見えなくなり、腕に飲み込まれていった。
巨人の腕が修復され、頭部に一つの巨大な目が開くと、天を見上げ、そしてさらに口が開き、咆哮を上げた。
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