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二
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二
私、海原スグミは小さな会議室で、机を挟んで、少年と向かい合っていた。
ここは逸脱霊管理者学校の、本館にある無数の会議室のうちの一つで、この部屋は四人で利用するのが定員だ。しかし今は、私と彼しかいない。
「お前」
少年が顔をしかめる。
「自分の立場、分かっているのか?」
「分かってるわよ」
私は苛立った声を返しつつ、どうしてこんな時も強情を張ってしまうのか、自分が不思議だった。
少年がこちらに少しだけ身を乗り出す。
「お前、俺が九人目なんだぞ。あと一人、余裕があるけど、それでも、俺と別れれば、もう後はないんだ。俺はお前のためを思って、もう少しやってみようか、って言っているんだ」
「……でもね」
私は思わず目を細めながら、言う。
「あんた、もう次の候補生、見つけているんでしょ?」
少年が顔をしかめ、黙った。
「なら、良いじゃない」私は言った。「その候補生と、仲良くやって、そのうちに成仏しなさいよ。私は、別に霊管理者にならなくても、生きていけるし、それに守護霊と違って、成仏しないし」
「……そういう身勝手な奴だよ、お前って」
少年が厳しい口調で私に告げる。
身勝手。確かにそうだ。私は身勝手かもしれない。
でも、自分のことを一番に考えない人間なんて、いるのだろうか。
この少年だって、身勝手と言えば、身勝手。
でも、私を気遣える余裕が、彼にはある。
対して、私にはもう、そんな余裕はない。
二人の関係を解消することにしか、私は救いを見ることが出来ないのだった。
今まで、八人と同じような話をした。そして例外なく、彼ら彼女らは、私から離れて行った。いや、そうじゃない。
私が彼ら彼女らを、突き放した。
今も、そうだ。
「もう、良い」少年が言う。「お前はもっとすごい奴だと思っていた。八人と破綻しても、俺ならうまくやれるとも、思っていた。でも、お前がそんな態度じゃ、無理だ。契約する前にそれを見抜けたら、こんな無駄は避けられたのにな」
無駄。
私の中でその言葉が何度も震える。
無駄ではない。少なくとも、私を、決定的な挫折へと、一歩、踏み出させたのだから。
「じゃあ、サインしてくれ」
彼が机の上の紙を指差す。
私はゆっくりと、机に転がっていたペンを手にとり、丁寧にサインを記入した。
契約を破棄するための、合意書だ。
これを書くことで、少年と私は無関係になる。
私がペンを置いて紙を差し出すと、少年で、紙の上に手を置いた。その手がぼんやりと光り、その光が溶けるように消えると、私の右腕に痛みが走る。
少し息を止めて痛みに耐え、その私を確認した少年が、嘆息した。
「じゃあな、海原」
少年が立ち上がり、会議室を出て行く。
ドアが開いた時、その向こうの通路に、少女が立っているのが見えた。同じクラスの、霊管理者候補生だ。
女子生徒はこちらを見て、どういう意味か分からない笑みをちらっと見せた。ごめんなさいね、という意味か、良い様だ、という意味か、その辺りだろうか。
少年と女性とがの会話の頭が、ドアが閉まる寸前に聞こえた。
親しげな、平和な会話だった。
私は一人になった会議室で、椅子から立ち上がらずにいた。
どっと疲れた。動きたくない気分だった。
そっと服の袖をめくって、右腕を確認する。
刺青のように、九つのあざが浮かび上がっていた。
これが十になれば、私は霊管理者としての力を失う。
次が、最後のチャンスだ。
腕時計を確認。十一時半だ。日付は三月三十一日。
十二時までに、書類を提出すれば、明日、行われる、『お披露目』に間に合う。
しかし、とも私は思う。
私なんかと契約する相手が、いるのだろうか。もういないかもしれない。
基本的に、『お披露目』では、私たち、霊管理者候補生は右腕を露出する。つまり、今までの破綻の数を明確にする。
私のような人間を選ぶ相手は、なかなか、いないだろう。
どこかにもの好きがいるかもしれないが、どうか。
何にしても、と私の心は結論を出した。
とりあえず、書類は提出しよう。『お披露目』には出るだけ出て、もし相手が見つからなければ、それはそれで、また考えるしかない。
私は机の上に残された書類を手に取った。合意書には呪術的な細工が施されているから、この紙自体はもう捨てても良いのだが、私は今までの八枚も、保存してある。これも、保存しておこう。
特に意味はない。
あるとすれば、私が、私自身が破滅へとどう進んだのか、確認したい時に役立つのでは、という程度の意味だ。
そんなことは、しないだろうけど。
力を振り絞って椅子から立ち上がり、私は小さく息を吐く。
終わりは近いが、まだ終わっていはいない。
全く、難儀だな。
私、海原スグミは小さな会議室で、机を挟んで、少年と向かい合っていた。
ここは逸脱霊管理者学校の、本館にある無数の会議室のうちの一つで、この部屋は四人で利用するのが定員だ。しかし今は、私と彼しかいない。
「お前」
少年が顔をしかめる。
「自分の立場、分かっているのか?」
「分かってるわよ」
私は苛立った声を返しつつ、どうしてこんな時も強情を張ってしまうのか、自分が不思議だった。
少年がこちらに少しだけ身を乗り出す。
「お前、俺が九人目なんだぞ。あと一人、余裕があるけど、それでも、俺と別れれば、もう後はないんだ。俺はお前のためを思って、もう少しやってみようか、って言っているんだ」
「……でもね」
私は思わず目を細めながら、言う。
「あんた、もう次の候補生、見つけているんでしょ?」
少年が顔をしかめ、黙った。
「なら、良いじゃない」私は言った。「その候補生と、仲良くやって、そのうちに成仏しなさいよ。私は、別に霊管理者にならなくても、生きていけるし、それに守護霊と違って、成仏しないし」
「……そういう身勝手な奴だよ、お前って」
少年が厳しい口調で私に告げる。
身勝手。確かにそうだ。私は身勝手かもしれない。
でも、自分のことを一番に考えない人間なんて、いるのだろうか。
この少年だって、身勝手と言えば、身勝手。
でも、私を気遣える余裕が、彼にはある。
対して、私にはもう、そんな余裕はない。
二人の関係を解消することにしか、私は救いを見ることが出来ないのだった。
今まで、八人と同じような話をした。そして例外なく、彼ら彼女らは、私から離れて行った。いや、そうじゃない。
私が彼ら彼女らを、突き放した。
今も、そうだ。
「もう、良い」少年が言う。「お前はもっとすごい奴だと思っていた。八人と破綻しても、俺ならうまくやれるとも、思っていた。でも、お前がそんな態度じゃ、無理だ。契約する前にそれを見抜けたら、こんな無駄は避けられたのにな」
無駄。
私の中でその言葉が何度も震える。
無駄ではない。少なくとも、私を、決定的な挫折へと、一歩、踏み出させたのだから。
「じゃあ、サインしてくれ」
彼が机の上の紙を指差す。
私はゆっくりと、机に転がっていたペンを手にとり、丁寧にサインを記入した。
契約を破棄するための、合意書だ。
これを書くことで、少年と私は無関係になる。
私がペンを置いて紙を差し出すと、少年で、紙の上に手を置いた。その手がぼんやりと光り、その光が溶けるように消えると、私の右腕に痛みが走る。
少し息を止めて痛みに耐え、その私を確認した少年が、嘆息した。
「じゃあな、海原」
少年が立ち上がり、会議室を出て行く。
ドアが開いた時、その向こうの通路に、少女が立っているのが見えた。同じクラスの、霊管理者候補生だ。
女子生徒はこちらを見て、どういう意味か分からない笑みをちらっと見せた。ごめんなさいね、という意味か、良い様だ、という意味か、その辺りだろうか。
少年と女性とがの会話の頭が、ドアが閉まる寸前に聞こえた。
親しげな、平和な会話だった。
私は一人になった会議室で、椅子から立ち上がらずにいた。
どっと疲れた。動きたくない気分だった。
そっと服の袖をめくって、右腕を確認する。
刺青のように、九つのあざが浮かび上がっていた。
これが十になれば、私は霊管理者としての力を失う。
次が、最後のチャンスだ。
腕時計を確認。十一時半だ。日付は三月三十一日。
十二時までに、書類を提出すれば、明日、行われる、『お披露目』に間に合う。
しかし、とも私は思う。
私なんかと契約する相手が、いるのだろうか。もういないかもしれない。
基本的に、『お披露目』では、私たち、霊管理者候補生は右腕を露出する。つまり、今までの破綻の数を明確にする。
私のような人間を選ぶ相手は、なかなか、いないだろう。
どこかにもの好きがいるかもしれないが、どうか。
何にしても、と私の心は結論を出した。
とりあえず、書類は提出しよう。『お披露目』には出るだけ出て、もし相手が見つからなければ、それはそれで、また考えるしかない。
私は机の上に残された書類を手に取った。合意書には呪術的な細工が施されているから、この紙自体はもう捨てても良いのだが、私は今までの八枚も、保存してある。これも、保存しておこう。
特に意味はない。
あるとすれば、私が、私自身が破滅へとどう進んだのか、確認したい時に役立つのでは、という程度の意味だ。
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