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十一
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十一
私は胸が苦しいのを感じる。
しかし、歩みを止めることは許されない。
傍らにはタクミがいて、並んで進んでくれる。こんなにタクミが心強く感じたのは、初めてかもしれない。
前方を見据えながら、人気のない街を進む。今、複雑な異能の力により、この一帯で、私とタクミを感知できるのは、味方と敵だけだった。他はみんな、何も知ることはない。
前方に十字路が見えてくる。
「あれか」
タクミが呟く。私は唾を飲み込んだ。信じられないほど、ぎこちなく喉が動いた。
十字路には、浮遊している何かがいる。小さい。大人の人間ではない。
まぁ、人間だった、と言うべきなのだけど。
まだ子どもだったのだ。
私は靴が重くなったのでは、と思う。そんなことはない。いつも通りのはず。
足そのもの、いや、身体全体が、どこか重い。これも、錯覚。
間合いが狭まり、相手がこちらを見た。
やはり子どもで、男の子だと思う。悲しげな顔で、こちらを見ていた。
「来るぞ」
タクミがすっと私の前に立つ。
子どもの逸脱霊が、無造作に手を振る。
タクミがそれに対して拳を突き出した。
私とタクミと、逸脱霊の中間で光が弾け、道路に面している建物の窓ガラスがビリビリと震える。住人が飛び出してくるのでは、と思ったけれど、そんなことはないはず。もしあったら、状況はややこしくなる。
タクミは躊躇いなく、宙を飛んで、逸脱霊に向かう。
彼には遠距離攻撃というものが手札にない。まずは接近する必要がある。
逸脱霊の表情が怒りに変わり、視線が強くタクミを見据える。
タクミが苦鳴を上げ、身体をよじる。しかし前進は続けた。
私はタクミと弱いながらも力を通わせていく。タクミの状況もすぐに分かった。逸脱霊の攻撃を、回避できなかったのだ。
なぜ回避できなかったか、即座に気づいて、私は無意識に棒立ちになっていた自分を、移動させる。基本的な動き、ジグザグでの前進。
逸脱霊に近づき過ぎれば攻撃を回避するのは難しい。
しかし、私が位置取りを間違っていると、タクミは攻撃しながら、自分の身と同時に私の身も守る必要が生じてしまう。
さっきがまさにそれだった。タクミは私への攻撃を受けてくれた。
私も逸脱霊に近づきつつ、タクミとの力の交換で発生する、力の増幅に意識を集中する。
タクミは、逸脱霊に近づこうとするが、相手はひらひらと舞い、自在の間合いで攻撃をしてくるため、射程にとらえるのに苦心している。
私は適度に間合いを取って、様子を探る。
タクミが動くのを、彼の背中に見つつ、私は即座に決断した。
逸脱霊が逃げようとする位置へ、踏み込んで行く。タクミがギョッとした様子だが、それは逸脱霊も同じ。二人とも、反応が少し遅れる。
瞬間、逸脱霊が攻撃対象を私に変える。
その時には、一瞬早く反応したタクミが、逸脱霊を射程に捕えていた。
行け!
私に逸脱霊の攻撃が命中するのと、タクミの一撃が逸脱霊を貫くは同時。
地面に倒れた私の視線の先で、逸脱霊は一回、体を震わせると、溶けるように消えて行った。
「スグミ!」
タクミがこちらに近づいてくる。
私は上体を起こして、ふぅっと息を吐く。
「バカな真似すんな!」
タクミが怒鳴るので、私は思わず、苦笑いした。
「大丈夫だよ」
頭を振って意識をクリアにさせる。その時になって、攻撃を受けた場所がどこか、気になった。
全身に軽い痺れがあるが、胸が特にひどい。しかし、深刻な気配ではなかった。手でさすると、徐々に痺れもなくなった。
「大したこと、ないよ」私は立ち上がった。「昔から、身体は丈夫なの」
「くだらない冗談を言ってる場合じゃないだろ。無茶するな」
「でも、無事に逸脱霊を処理できた」
そう口に出して、私はやっと、自分とタクミが成したことを、理解し始めた。
私たちは、逸脱霊を処理できた。
最初から、弱い力しか持たない逸脱霊が選ばれて、実習に見合ったレベルの反応、抵抗しかないと判断されて、私たちがここに来た。
今回の相手は強力ではなかったけれど、でも、逸脱霊には違いない。
私が初めて処理した逸脱霊だった。
まさか自分にそんなことが出来るとは。
この実習が決まった時、本当はすごく不安だった。
タクミは最近、頭角を現して、霊剣を使わない戦闘に慣れてきたようだった。私も、力のコントロールを強化して、今までの不完全さを、どうにかカバーしようとしてきた。
それらが総合的に作用して、今回の実習に抜擢されたわけだけど、そんな学校側の判断を疑ってもいた。
でも、その判断は間違っていなかった。
私とタクミは、弱いなりに戦い方を見つけ、こうして結果を出せた。
視線を十字路に向ける。
何の痕跡もない。ここで戦いがあったなんて、誰も気づかないだろう。今まで何度となく起こっていた事故がなくなった、という程度の影響しかない。
私はしばらく、視線を動かさなかった。
これから私は何度、こんな気持ちになるのだろう。
悲しみと喜びが混ざりあった気持ち。
憐れむような重い気持ちと、浮き上がりそうな軽い気持ち。その二つに挟まれる心地。
不快ではないが、爽快でもない。
「スグミ?」
タクミの声に、我に帰った。
視線を向けると、タクミがいつもより少し無表情に近い顔で、こちらを見ていた。
「帰ろう」
私は十字路に背を向けた。
「結果は、出せた」
監督していたカンナの元に帰ると、その場で簡単な指導を受けた。
カンナも、私が逸脱霊に接近し過ぎていた、と指摘した。私には自覚があったし、タクミにも怒鳴られたし、その指摘は簡単に受け入れた。
他には、やはり最初の棒立ちも、指摘された。カンナは、緊張のせいだろうけど、と前置きしていた。私自身、自分の緊張を思い出せるので、これも納得できた。
タクミには、間合いの取り方をもう少し考えるように、という指導があった。カンナは、タクミがあまりにも間合いを詰め過ぎる、と考えているようだけど、彼女はタクミの力を知っているので、遠距離への攻撃手段が欲しいと思う、とも言った。遠距離攻撃は、タクミが一番力を入れて訓練しているものだ。私はそれをカンナ以上に知っているけど、カンナを否定はしなかった。タクミには、私が言うよりカンナが言った方が、強く響くはずだ。
他にも細かい指摘をいくつかした後、カンナは大きく頷き、
「今回は、合格。次も頑張って」
と、締めくくった。
また、次がある。
私には、私自身にも、タクミにも、まだ伸びしろがあるという実感があった。
次がある、という言葉に私は右腕をそっと触った。
次があるなんて、今まで、考えていなかった。ずっと準備運動をしているようなもので、まだ何も始まっていない、始まる前にくじけている、と考えていた。
それが、知らぬ間にスタートを切っていて、気付いた時には、一つ、小さいとはいえ山を超えている。そして次があるのだ。
少し気持ちが楽になった。
これで、何も成せなかった、ということはない。これから、何かを成すことも、不可能ではない。
急に視界が開けたような気がした。
◆
俺は霊管理者学校の寮に戻って、ベッドに横になった。
しかし、なかなか眠れないのは、実戦の余韻のせいか。
じっと天井を見つめながら、次のことを考えていた。
次は、あの逸脱霊に当たらないかな。
あの、母の車の事故を起こした逸脱霊。
もう誰かが処理している、という可能性も高いけれど、それはないだろう、となぜか確信があった。あの逸脱霊は、俺以外には倒されて欲しくない。
自分がいつになく攻撃的なのが分かった。これも実戦のせいか。
自分の動きが脳裏に瞬き、少しも心が休まらない。
どう動けば相手に勝てるか。何度も考えている。相手がこう動けば、自分はこう動く。その次に相手がどう動くか、考えていた。いくつかの相手の動きに、一つ一つ、自分の取れる最適の対応を想像した。
徐々に動きが展開される。しかし、動きは無数に枝分かれして、無数の可能性が無視されていくのが理解できた。
どこまで深く想像しても、結局それは実際に起こる可能性を、無意識に限定しているだけのことだ。
実際に起こる展開は一つ、そしてそれは誰にもコントロールできない。
予想すればするほど、それは間違った選択を生み、心は間違いに縛られる。
しかし、何も予想せずにはいられない。行き当たりばったりで勝ち続けられる勝負なんて、ないに等しい。
俺は集中をほどこうと努力しながら、少し目を閉じる。
瞼の裏を、無数の映像が駆け巡り、とてもそのままではいられない。
また視線を天井へ向ける。
実習が終わった時点で宵の口とは言えない時間だった。それからここに戻ってきて、すでに日付は変わっていた。
これは、眠れないパターンかもしれない。
眠れない夜は、いつも、辛いものがある。
しかし、眠れないのだから、起きているしかない。天井を親の敵のように睨みつける以外に、この苦痛の時間をやり過ごす手段はないのだった。
結局、俺は寝ずに翌日の授業に出席した。
眠らなかった割に、集中できた。気持ちも落ち着いて、その日の夜は眠ることが出来た。
三回ほど、実習で逸脱霊を処理した。
俺も慣れてきたのか、もう寝つけ無くなるようなことはない。
カンナが常に俺とスグミの実習の監督をしていたけれど、三回目には、実戦後の反省会で指摘された点は一点だけ、それも本当に細かいことで、大勢には影響のないような指摘だった。
スグミとは訓練の合間に、数え切れないほど意見を交換した。
大抵、スグミは感覚的なことを口にする。対して俺は、可能な限り数字で表せるように、努力した。
スグミの体質、彼女の周囲を強い力が渦巻いて、守護霊との力のやりとりが難しくなる、という事が、スグミを感覚的な意見に走らせるのだろう。
彼女の立場では、数字を出すのは難しいと俺も思う。不規則に変動する自身を取り巻く力の流れは、彼女自身にも予測できない。
それをカバーする意味も込めて、俺は数字を出して、スグミに力をコントロールすることを求めている。
今が一なら、次は二になるように、などと、分かりやすい地点を基準にして、そこから次を目指す、という手法だ。
最初こそ、不信感を隠そうとしなかったスグミだが、三回目の実習が終わる頃には、俺の意図を正確に理解しつつあるようだった。
スグミとの力のやりとりは、それでも完全ではない。むしろ、今では、完全さは捨てている。
弱いなりに力を通わせ、増幅し、使えるようにしよう、と二人とも考えているはずだ。
俺の攻撃範囲も、最初とは全く違う。
拳を向けられる範囲なら、一メートルほどは攻撃可能だ。防御に力を使うのは難しいが、ある程度のコントロールが身についてからは、相手の攻撃に対してこちらも攻撃を繰り出し、相殺する、という戦法を覚えた。
最近は射程よりも、精密さを求めて訓練していた。ケイスケに新しい呪印を作ってもらい、長い時間、その訓練を行った。
学校での他の生徒との模擬戦も、順調だった。俺とスグミは、落ちこぼれていたとは思えないほど、鮮やかに相手を倒すことが出来るようになった。
四度目の実習はすぐに決まった。決行までやや長い日数があったのは、たぶん、俺の精神状態を考えてだろう。
四度目の実習の現場は、俺が生活していた街だ。
場所は、母の車が事故を起こした橋。
相手は、あの事故の原因になった逸脱霊だった。
あの逸脱霊は自分が倒す、と確信に近い気持ちがあったけれど、実際に処理することに決まると、嫌がおうにも、気持ちが高まるのが分かった。
実習が行われる日まで、俺はいつも通りの訓練を心がけた。気負い過ぎないように、セーブしたのだ。まだ訓練を続けようとする気持ちを抑え、気持ちを切り替えるように、いくつかの手法を試した。
学校が決めた決行日までの数日は、適切な日数だったようで、最初に心を支配していた焦りや高揚は徐々に弱まり、次にやってきた不安も、やがて消えて行った。翌日に決行日を控えた時、身も心も、抜群のテンションで、夜に布団に入ることが出来た。
スグミには、今回の相手の逸脱霊との因縁は、話さなかった。
話しても良いか、と思った瞬間もあったけれど、スグミが俺と同じように落ち着けるか、疑問だったし、そもそも、俺には因縁があっても、スグミには何の因縁もないのだ。あるいは、話したところで、軽い相槌一つで流されるかもしれない。それはそれで良いけれど、実際に試してみる気にはなれなかった。
暗くした室内で、俺はじっと天井を見つめて、明日の実習を考えた。
ここまでの三回で、相手にする逸脱霊は、徐々に強力になっている。次の逸脱霊が、今までより弱い、という可能性は低い。
勝てるはずだ。学校は、負けると分かっている相手に、生徒をぶつけるはずがない。際どいラインになっても、勝ちを拾える、と判断するはずなのだ。
しかし、慢心や油断は勘定に入っていない。失敗すれば、相応のダメージを受ける。
スリルを感じる。危険な橋、細い橋を、渡るような心地。
自分を信じるしかない。そして、スグミを信じよう。
いつも通りにやれば、大丈夫なはずだ。
それが今は、可能なんだ。
◆
私は四度目の逸脱霊の処理に向かう。
離れたところでカンナと別れて、タクミと一緒に夜の街を進む。
実習は、本当の霊管理者が逸脱霊を処理するのと同じ状況で行われる。つまり、呪術的に周囲と現場を区切る。こうなると、街はやけに静かで、人も車も通らず、気配も遠く、まるで生きているのが自分たちだけのような気持ちになる。
まぁ、タクミは守護霊で、もう生きているとは言えないのだけど。
そのタクミは、ゆっくりと私と歩いている。
少し前まで、いつも以上に張り切っているような気がしたけれど、そんな感じは今は見えない。
あまり熱くなるタイプではないけれど、絶対にない、とは言えない、かな。内に秘めている可能性もある。
とりあえず、今は冷静なようで、失敗することはないと思う。
前方に橋が見えてくる。
今日は天気が悪かったけれど、今も厚い雲が空を覆っている。月も星も、見ることはできない。空気が湿っているのが分かる。
橋も、輪郭がぼやけ、どこか不気味に見える。
「いつも通りに行こう」
タクミが唐突にそう言ったので、私はすぐには理解できなかった。
「う、うん」
慌てた私に、タクミが穏やかな笑みを見せる。
「いつも通りにな」
「分かってるって」
私は少し歩調を早めた。
橋の上に、逸脱霊が浮遊しているのが見えた。
直立の姿勢でそこにいる逸脱霊が、こちらを振り向く。
ギシッと体が強張る。緊張のためではない、物理的に動かない!
タクミが私の眼前に滑りだし、拳を突き出す。
バチンッ! と激しい音が耳を貫き、同時に、身体の動きは回復する。
「片付けるぞ!」
タクミが怒鳴って、素早く前進。私も後を追う。基本の動作を選択、いつも通りのジグザグ走り。タクミは空中を飛んでいるので、私とは比べ物にならないほど、速い。
タクミが複雑な機動で逸脱霊との間合いを詰めつつ、小刻みに拳を繰り出す。タクミと逸脱霊の中間で、光が何度も瞬く。攻撃を相殺しているのだ。
本当にタクミは力の使い方が巧くなった。あの精密な攻撃は、霊管理者学校の生徒でも、かなり上級の攻撃技術だ。
私はタクミの間合いを知っている。その間合いに、すでに逸脱霊は入っている。
タクミが三連続の突きを二回、繰り出す。
最初の三発は、逸脱霊に防御させるための攻撃。逸脱霊は二発を受け止めて防ぎ、一発は回避した。
そこに後の三連撃が命中する。
その三発は、全く同じ一点に集中している。
この三連撃を、逸脱霊は完全には防げない。
先の三発で回避の動きを潰し、後の三発で防御を突破する構えだった。
策は、的中する。
逸脱霊の片腕が吹き飛び、空中で消える。
顔をゆがめた逸脱霊の表情が一変、鬼神のそれに代わる。
突風のような圧力に私は目を細め、身を低くする。
しかし、タクミはそれを正面に受け、しかし、拳での一撃を、放つ。
私にはそれが、渾身の一打だと、分かっている。
防御することは許されない。
受ければ、必死の一撃だった。
逸脱霊の防御しようとした片腕が、一瞬で崩壊し、その先の胴も吹き飛ばす。
逸脱霊の胸から上が宙を漂い、タクミを睨みつけていた。
「さっさと消えな」
タクミが呟いて、拳を突き出せば、逸脱霊の頭部が消し飛び、そのまま逸脱霊は全てが空気に溶け、消えていった。
私は姿勢を整え、逸脱霊の消滅を確認し、タクミを見た。
タクミはすぐにこちらを振り返り、ふぅっと息を吐いた。
「行こうぜ」
いつもと違うあっさりした態度で、タクミが橋から離れようとする。私は急いでそれを追った。
「さっきの逸脱霊、な」
タクミがぼそぼそと喋る。
「あれ、俺の母親に、事故を起こさせた逸脱霊なんだよ」
「え? それって、えっと?」
「まぁ、これで俺もすっきりしたかな」
予想外の話だったけれど、私はすぐにあることを連想していた。
すっきりした、ということは、タクミは成仏するのではないか。
しかし、今、こうして話していても、タクミは成仏する様子はない。
おかしいな、成仏しないのはなぜなのか、と思う一方で。
成仏したら、嫌だな、と思う私もいる。
タクミが成仏したら、また私は落ちこぼれに戻ってしまう気がする。
私も努力したけれど、今、この場にいるのは、私だけの力ではない。タクミが努力したから、私はここにいる。
「なんで」私は会話しなくちゃ、と思って、頭の中の声を探した。「今まで、言わなかったの?」
「え? うーん、必要ないかな、と思って」
「必要あるでしょ!」
私がそう言うと、ムッとタクミが顔をしかめる。
「緊張するかな、と思ったんだよ。お前が失敗したら、元も子もないからな。言わなくて正解だと思うけど」
「……なんか、不満」
「でも、勝っただろ?」
タクミがにやりと笑う。ちょっと、心が揺れた。
まるで、私を信頼しているみたい。信頼してはいるんだろうけど、ここまであからさまな仕草は、今までなかった。
今までより、ちょっとタクミと近づけた気がしたけど、不安は消えない。
「で、どう? 成仏しそう?」
私が聞くと、不思議そうな顔でタクミが言う。
「成仏? うーん、あまり実感ないけど、成仏するのかな、俺」
「私に聞かないでよ。私は守護霊じゃないし」
それに、自分と契約した守護霊が成仏したことも、私には経験がない。
しばらく二人で歩いたけれど、お互いに何も言わなかった。
前方に学校所有の車が見え、カンナが立っているのが見えた。
今の時点でタクミが成仏しないということは、しばらくは、今のままだと思う。
私の心には、一つの決意が生まれていた。
タクミがいなくなっても、戦っていけるように、努力しなくちゃ。
車のわきで、カンナが反省会として、私たちに指導した。しかし、指導というよりは、軽く褒めた、という感じだった。車に乗り込み、霊管理者学校へと戻る。
車の中で、タクミは目を閉じて、眠っているようだった。
そのまま消えてなくなるかも、とちょっと思ったけれど、そんなことを考えているうちに、私は眠っていた。
目が覚めると深夜の霊管理者学校の駐車場だった。
慌てて隣を見ると、そこにはまだタクミがいた。
ほっとした。
まだ、猶予がある。
私は胸が苦しいのを感じる。
しかし、歩みを止めることは許されない。
傍らにはタクミがいて、並んで進んでくれる。こんなにタクミが心強く感じたのは、初めてかもしれない。
前方を見据えながら、人気のない街を進む。今、複雑な異能の力により、この一帯で、私とタクミを感知できるのは、味方と敵だけだった。他はみんな、何も知ることはない。
前方に十字路が見えてくる。
「あれか」
タクミが呟く。私は唾を飲み込んだ。信じられないほど、ぎこちなく喉が動いた。
十字路には、浮遊している何かがいる。小さい。大人の人間ではない。
まぁ、人間だった、と言うべきなのだけど。
まだ子どもだったのだ。
私は靴が重くなったのでは、と思う。そんなことはない。いつも通りのはず。
足そのもの、いや、身体全体が、どこか重い。これも、錯覚。
間合いが狭まり、相手がこちらを見た。
やはり子どもで、男の子だと思う。悲しげな顔で、こちらを見ていた。
「来るぞ」
タクミがすっと私の前に立つ。
子どもの逸脱霊が、無造作に手を振る。
タクミがそれに対して拳を突き出した。
私とタクミと、逸脱霊の中間で光が弾け、道路に面している建物の窓ガラスがビリビリと震える。住人が飛び出してくるのでは、と思ったけれど、そんなことはないはず。もしあったら、状況はややこしくなる。
タクミは躊躇いなく、宙を飛んで、逸脱霊に向かう。
彼には遠距離攻撃というものが手札にない。まずは接近する必要がある。
逸脱霊の表情が怒りに変わり、視線が強くタクミを見据える。
タクミが苦鳴を上げ、身体をよじる。しかし前進は続けた。
私はタクミと弱いながらも力を通わせていく。タクミの状況もすぐに分かった。逸脱霊の攻撃を、回避できなかったのだ。
なぜ回避できなかったか、即座に気づいて、私は無意識に棒立ちになっていた自分を、移動させる。基本的な動き、ジグザグでの前進。
逸脱霊に近づき過ぎれば攻撃を回避するのは難しい。
しかし、私が位置取りを間違っていると、タクミは攻撃しながら、自分の身と同時に私の身も守る必要が生じてしまう。
さっきがまさにそれだった。タクミは私への攻撃を受けてくれた。
私も逸脱霊に近づきつつ、タクミとの力の交換で発生する、力の増幅に意識を集中する。
タクミは、逸脱霊に近づこうとするが、相手はひらひらと舞い、自在の間合いで攻撃をしてくるため、射程にとらえるのに苦心している。
私は適度に間合いを取って、様子を探る。
タクミが動くのを、彼の背中に見つつ、私は即座に決断した。
逸脱霊が逃げようとする位置へ、踏み込んで行く。タクミがギョッとした様子だが、それは逸脱霊も同じ。二人とも、反応が少し遅れる。
瞬間、逸脱霊が攻撃対象を私に変える。
その時には、一瞬早く反応したタクミが、逸脱霊を射程に捕えていた。
行け!
私に逸脱霊の攻撃が命中するのと、タクミの一撃が逸脱霊を貫くは同時。
地面に倒れた私の視線の先で、逸脱霊は一回、体を震わせると、溶けるように消えて行った。
「スグミ!」
タクミがこちらに近づいてくる。
私は上体を起こして、ふぅっと息を吐く。
「バカな真似すんな!」
タクミが怒鳴るので、私は思わず、苦笑いした。
「大丈夫だよ」
頭を振って意識をクリアにさせる。その時になって、攻撃を受けた場所がどこか、気になった。
全身に軽い痺れがあるが、胸が特にひどい。しかし、深刻な気配ではなかった。手でさすると、徐々に痺れもなくなった。
「大したこと、ないよ」私は立ち上がった。「昔から、身体は丈夫なの」
「くだらない冗談を言ってる場合じゃないだろ。無茶するな」
「でも、無事に逸脱霊を処理できた」
そう口に出して、私はやっと、自分とタクミが成したことを、理解し始めた。
私たちは、逸脱霊を処理できた。
最初から、弱い力しか持たない逸脱霊が選ばれて、実習に見合ったレベルの反応、抵抗しかないと判断されて、私たちがここに来た。
今回の相手は強力ではなかったけれど、でも、逸脱霊には違いない。
私が初めて処理した逸脱霊だった。
まさか自分にそんなことが出来るとは。
この実習が決まった時、本当はすごく不安だった。
タクミは最近、頭角を現して、霊剣を使わない戦闘に慣れてきたようだった。私も、力のコントロールを強化して、今までの不完全さを、どうにかカバーしようとしてきた。
それらが総合的に作用して、今回の実習に抜擢されたわけだけど、そんな学校側の判断を疑ってもいた。
でも、その判断は間違っていなかった。
私とタクミは、弱いなりに戦い方を見つけ、こうして結果を出せた。
視線を十字路に向ける。
何の痕跡もない。ここで戦いがあったなんて、誰も気づかないだろう。今まで何度となく起こっていた事故がなくなった、という程度の影響しかない。
私はしばらく、視線を動かさなかった。
これから私は何度、こんな気持ちになるのだろう。
悲しみと喜びが混ざりあった気持ち。
憐れむような重い気持ちと、浮き上がりそうな軽い気持ち。その二つに挟まれる心地。
不快ではないが、爽快でもない。
「スグミ?」
タクミの声に、我に帰った。
視線を向けると、タクミがいつもより少し無表情に近い顔で、こちらを見ていた。
「帰ろう」
私は十字路に背を向けた。
「結果は、出せた」
監督していたカンナの元に帰ると、その場で簡単な指導を受けた。
カンナも、私が逸脱霊に接近し過ぎていた、と指摘した。私には自覚があったし、タクミにも怒鳴られたし、その指摘は簡単に受け入れた。
他には、やはり最初の棒立ちも、指摘された。カンナは、緊張のせいだろうけど、と前置きしていた。私自身、自分の緊張を思い出せるので、これも納得できた。
タクミには、間合いの取り方をもう少し考えるように、という指導があった。カンナは、タクミがあまりにも間合いを詰め過ぎる、と考えているようだけど、彼女はタクミの力を知っているので、遠距離への攻撃手段が欲しいと思う、とも言った。遠距離攻撃は、タクミが一番力を入れて訓練しているものだ。私はそれをカンナ以上に知っているけど、カンナを否定はしなかった。タクミには、私が言うよりカンナが言った方が、強く響くはずだ。
他にも細かい指摘をいくつかした後、カンナは大きく頷き、
「今回は、合格。次も頑張って」
と、締めくくった。
また、次がある。
私には、私自身にも、タクミにも、まだ伸びしろがあるという実感があった。
次がある、という言葉に私は右腕をそっと触った。
次があるなんて、今まで、考えていなかった。ずっと準備運動をしているようなもので、まだ何も始まっていない、始まる前にくじけている、と考えていた。
それが、知らぬ間にスタートを切っていて、気付いた時には、一つ、小さいとはいえ山を超えている。そして次があるのだ。
少し気持ちが楽になった。
これで、何も成せなかった、ということはない。これから、何かを成すことも、不可能ではない。
急に視界が開けたような気がした。
◆
俺は霊管理者学校の寮に戻って、ベッドに横になった。
しかし、なかなか眠れないのは、実戦の余韻のせいか。
じっと天井を見つめながら、次のことを考えていた。
次は、あの逸脱霊に当たらないかな。
あの、母の車の事故を起こした逸脱霊。
もう誰かが処理している、という可能性も高いけれど、それはないだろう、となぜか確信があった。あの逸脱霊は、俺以外には倒されて欲しくない。
自分がいつになく攻撃的なのが分かった。これも実戦のせいか。
自分の動きが脳裏に瞬き、少しも心が休まらない。
どう動けば相手に勝てるか。何度も考えている。相手がこう動けば、自分はこう動く。その次に相手がどう動くか、考えていた。いくつかの相手の動きに、一つ一つ、自分の取れる最適の対応を想像した。
徐々に動きが展開される。しかし、動きは無数に枝分かれして、無数の可能性が無視されていくのが理解できた。
どこまで深く想像しても、結局それは実際に起こる可能性を、無意識に限定しているだけのことだ。
実際に起こる展開は一つ、そしてそれは誰にもコントロールできない。
予想すればするほど、それは間違った選択を生み、心は間違いに縛られる。
しかし、何も予想せずにはいられない。行き当たりばったりで勝ち続けられる勝負なんて、ないに等しい。
俺は集中をほどこうと努力しながら、少し目を閉じる。
瞼の裏を、無数の映像が駆け巡り、とてもそのままではいられない。
また視線を天井へ向ける。
実習が終わった時点で宵の口とは言えない時間だった。それからここに戻ってきて、すでに日付は変わっていた。
これは、眠れないパターンかもしれない。
眠れない夜は、いつも、辛いものがある。
しかし、眠れないのだから、起きているしかない。天井を親の敵のように睨みつける以外に、この苦痛の時間をやり過ごす手段はないのだった。
結局、俺は寝ずに翌日の授業に出席した。
眠らなかった割に、集中できた。気持ちも落ち着いて、その日の夜は眠ることが出来た。
三回ほど、実習で逸脱霊を処理した。
俺も慣れてきたのか、もう寝つけ無くなるようなことはない。
カンナが常に俺とスグミの実習の監督をしていたけれど、三回目には、実戦後の反省会で指摘された点は一点だけ、それも本当に細かいことで、大勢には影響のないような指摘だった。
スグミとは訓練の合間に、数え切れないほど意見を交換した。
大抵、スグミは感覚的なことを口にする。対して俺は、可能な限り数字で表せるように、努力した。
スグミの体質、彼女の周囲を強い力が渦巻いて、守護霊との力のやりとりが難しくなる、という事が、スグミを感覚的な意見に走らせるのだろう。
彼女の立場では、数字を出すのは難しいと俺も思う。不規則に変動する自身を取り巻く力の流れは、彼女自身にも予測できない。
それをカバーする意味も込めて、俺は数字を出して、スグミに力をコントロールすることを求めている。
今が一なら、次は二になるように、などと、分かりやすい地点を基準にして、そこから次を目指す、という手法だ。
最初こそ、不信感を隠そうとしなかったスグミだが、三回目の実習が終わる頃には、俺の意図を正確に理解しつつあるようだった。
スグミとの力のやりとりは、それでも完全ではない。むしろ、今では、完全さは捨てている。
弱いなりに力を通わせ、増幅し、使えるようにしよう、と二人とも考えているはずだ。
俺の攻撃範囲も、最初とは全く違う。
拳を向けられる範囲なら、一メートルほどは攻撃可能だ。防御に力を使うのは難しいが、ある程度のコントロールが身についてからは、相手の攻撃に対してこちらも攻撃を繰り出し、相殺する、という戦法を覚えた。
最近は射程よりも、精密さを求めて訓練していた。ケイスケに新しい呪印を作ってもらい、長い時間、その訓練を行った。
学校での他の生徒との模擬戦も、順調だった。俺とスグミは、落ちこぼれていたとは思えないほど、鮮やかに相手を倒すことが出来るようになった。
四度目の実習はすぐに決まった。決行までやや長い日数があったのは、たぶん、俺の精神状態を考えてだろう。
四度目の実習の現場は、俺が生活していた街だ。
場所は、母の車が事故を起こした橋。
相手は、あの事故の原因になった逸脱霊だった。
あの逸脱霊は自分が倒す、と確信に近い気持ちがあったけれど、実際に処理することに決まると、嫌がおうにも、気持ちが高まるのが分かった。
実習が行われる日まで、俺はいつも通りの訓練を心がけた。気負い過ぎないように、セーブしたのだ。まだ訓練を続けようとする気持ちを抑え、気持ちを切り替えるように、いくつかの手法を試した。
学校が決めた決行日までの数日は、適切な日数だったようで、最初に心を支配していた焦りや高揚は徐々に弱まり、次にやってきた不安も、やがて消えて行った。翌日に決行日を控えた時、身も心も、抜群のテンションで、夜に布団に入ることが出来た。
スグミには、今回の相手の逸脱霊との因縁は、話さなかった。
話しても良いか、と思った瞬間もあったけれど、スグミが俺と同じように落ち着けるか、疑問だったし、そもそも、俺には因縁があっても、スグミには何の因縁もないのだ。あるいは、話したところで、軽い相槌一つで流されるかもしれない。それはそれで良いけれど、実際に試してみる気にはなれなかった。
暗くした室内で、俺はじっと天井を見つめて、明日の実習を考えた。
ここまでの三回で、相手にする逸脱霊は、徐々に強力になっている。次の逸脱霊が、今までより弱い、という可能性は低い。
勝てるはずだ。学校は、負けると分かっている相手に、生徒をぶつけるはずがない。際どいラインになっても、勝ちを拾える、と判断するはずなのだ。
しかし、慢心や油断は勘定に入っていない。失敗すれば、相応のダメージを受ける。
スリルを感じる。危険な橋、細い橋を、渡るような心地。
自分を信じるしかない。そして、スグミを信じよう。
いつも通りにやれば、大丈夫なはずだ。
それが今は、可能なんだ。
◆
私は四度目の逸脱霊の処理に向かう。
離れたところでカンナと別れて、タクミと一緒に夜の街を進む。
実習は、本当の霊管理者が逸脱霊を処理するのと同じ状況で行われる。つまり、呪術的に周囲と現場を区切る。こうなると、街はやけに静かで、人も車も通らず、気配も遠く、まるで生きているのが自分たちだけのような気持ちになる。
まぁ、タクミは守護霊で、もう生きているとは言えないのだけど。
そのタクミは、ゆっくりと私と歩いている。
少し前まで、いつも以上に張り切っているような気がしたけれど、そんな感じは今は見えない。
あまり熱くなるタイプではないけれど、絶対にない、とは言えない、かな。内に秘めている可能性もある。
とりあえず、今は冷静なようで、失敗することはないと思う。
前方に橋が見えてくる。
今日は天気が悪かったけれど、今も厚い雲が空を覆っている。月も星も、見ることはできない。空気が湿っているのが分かる。
橋も、輪郭がぼやけ、どこか不気味に見える。
「いつも通りに行こう」
タクミが唐突にそう言ったので、私はすぐには理解できなかった。
「う、うん」
慌てた私に、タクミが穏やかな笑みを見せる。
「いつも通りにな」
「分かってるって」
私は少し歩調を早めた。
橋の上に、逸脱霊が浮遊しているのが見えた。
直立の姿勢でそこにいる逸脱霊が、こちらを振り向く。
ギシッと体が強張る。緊張のためではない、物理的に動かない!
タクミが私の眼前に滑りだし、拳を突き出す。
バチンッ! と激しい音が耳を貫き、同時に、身体の動きは回復する。
「片付けるぞ!」
タクミが怒鳴って、素早く前進。私も後を追う。基本の動作を選択、いつも通りのジグザグ走り。タクミは空中を飛んでいるので、私とは比べ物にならないほど、速い。
タクミが複雑な機動で逸脱霊との間合いを詰めつつ、小刻みに拳を繰り出す。タクミと逸脱霊の中間で、光が何度も瞬く。攻撃を相殺しているのだ。
本当にタクミは力の使い方が巧くなった。あの精密な攻撃は、霊管理者学校の生徒でも、かなり上級の攻撃技術だ。
私はタクミの間合いを知っている。その間合いに、すでに逸脱霊は入っている。
タクミが三連続の突きを二回、繰り出す。
最初の三発は、逸脱霊に防御させるための攻撃。逸脱霊は二発を受け止めて防ぎ、一発は回避した。
そこに後の三連撃が命中する。
その三発は、全く同じ一点に集中している。
この三連撃を、逸脱霊は完全には防げない。
先の三発で回避の動きを潰し、後の三発で防御を突破する構えだった。
策は、的中する。
逸脱霊の片腕が吹き飛び、空中で消える。
顔をゆがめた逸脱霊の表情が一変、鬼神のそれに代わる。
突風のような圧力に私は目を細め、身を低くする。
しかし、タクミはそれを正面に受け、しかし、拳での一撃を、放つ。
私にはそれが、渾身の一打だと、分かっている。
防御することは許されない。
受ければ、必死の一撃だった。
逸脱霊の防御しようとした片腕が、一瞬で崩壊し、その先の胴も吹き飛ばす。
逸脱霊の胸から上が宙を漂い、タクミを睨みつけていた。
「さっさと消えな」
タクミが呟いて、拳を突き出せば、逸脱霊の頭部が消し飛び、そのまま逸脱霊は全てが空気に溶け、消えていった。
私は姿勢を整え、逸脱霊の消滅を確認し、タクミを見た。
タクミはすぐにこちらを振り返り、ふぅっと息を吐いた。
「行こうぜ」
いつもと違うあっさりした態度で、タクミが橋から離れようとする。私は急いでそれを追った。
「さっきの逸脱霊、な」
タクミがぼそぼそと喋る。
「あれ、俺の母親に、事故を起こさせた逸脱霊なんだよ」
「え? それって、えっと?」
「まぁ、これで俺もすっきりしたかな」
予想外の話だったけれど、私はすぐにあることを連想していた。
すっきりした、ということは、タクミは成仏するのではないか。
しかし、今、こうして話していても、タクミは成仏する様子はない。
おかしいな、成仏しないのはなぜなのか、と思う一方で。
成仏したら、嫌だな、と思う私もいる。
タクミが成仏したら、また私は落ちこぼれに戻ってしまう気がする。
私も努力したけれど、今、この場にいるのは、私だけの力ではない。タクミが努力したから、私はここにいる。
「なんで」私は会話しなくちゃ、と思って、頭の中の声を探した。「今まで、言わなかったの?」
「え? うーん、必要ないかな、と思って」
「必要あるでしょ!」
私がそう言うと、ムッとタクミが顔をしかめる。
「緊張するかな、と思ったんだよ。お前が失敗したら、元も子もないからな。言わなくて正解だと思うけど」
「……なんか、不満」
「でも、勝っただろ?」
タクミがにやりと笑う。ちょっと、心が揺れた。
まるで、私を信頼しているみたい。信頼してはいるんだろうけど、ここまであからさまな仕草は、今までなかった。
今までより、ちょっとタクミと近づけた気がしたけど、不安は消えない。
「で、どう? 成仏しそう?」
私が聞くと、不思議そうな顔でタクミが言う。
「成仏? うーん、あまり実感ないけど、成仏するのかな、俺」
「私に聞かないでよ。私は守護霊じゃないし」
それに、自分と契約した守護霊が成仏したことも、私には経験がない。
しばらく二人で歩いたけれど、お互いに何も言わなかった。
前方に学校所有の車が見え、カンナが立っているのが見えた。
今の時点でタクミが成仏しないということは、しばらくは、今のままだと思う。
私の心には、一つの決意が生まれていた。
タクミがいなくなっても、戦っていけるように、努力しなくちゃ。
車のわきで、カンナが反省会として、私たちに指導した。しかし、指導というよりは、軽く褒めた、という感じだった。車に乗り込み、霊管理者学校へと戻る。
車の中で、タクミは目を閉じて、眠っているようだった。
そのまま消えてなくなるかも、とちょっと思ったけれど、そんなことを考えているうちに、私は眠っていた。
目が覚めると深夜の霊管理者学校の駐車場だった。
慌てて隣を見ると、そこにはまだタクミがいた。
ほっとした。
まだ、猶予がある。
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