19 / 19
末
しおりを挟む
末
霊管理者学校の夏休みが始まった。
「傷跡が残らなくて良かったじゃないか」
学校の敷地にある病院、その待合室で、俺は隣に座るスグミに言った。
「まぁ、ね。傷跡があったら責任とって欲しいところよ」
そう言いながら、スグミが額に巻かれた包帯に触れる。
逸脱霊を処理する実習は、無事に完了した。スグミの負傷があったために、評価はかなり悪いが、しかし、俺は満足している。
「傷跡の心配じゃなくてさ」スグミが不機嫌そうに言った。「なんであんた、成仏しないのよ」
「そんなの俺に聞くな」
俺としても、その話題は不機嫌にならざるをえない。
「何か、未練があるんだろ。よく知らないけど」
ふん、と鼻を鳴らしたスグミが、看護師に名前を呼ばれて、そちらへ行った。そのまま診察室に入っていく。俺は彼女の背中を見送り、椅子に身を預けた。
母の逸脱霊を処理したことは、俺の中には何も残さなかった。
悲しみや苦しみは、処理する前にほとんど全て、消化されていたんだろう。
達成感と呼べるものも、充足感と呼べるものも、なかった。
まだ次がある、次があって欲しい、と願っている自分がいる。
そういうのが、未練、なんだろうか。でもそれが未練だったら、俺はずっと守護霊を続けることになる。どこかで、自分に見切りをつけるのだろうか。そんなことはしたくないけれど、未来のことは分からない。
じっと待っていると、診察室からスグミが出てくる。俺の前に来ると、「もう終わったよ。行こう」と言う。
どこへ行くのか、と聞きたかった。
俺たちはどこに向かっているのだろう。それが分かる人間が、いるとは思えない。
みな、我武者羅に、それぞれの方向に歩いて、出会ったり別れたりして、行ったり来たりしている。
どこかに着いたと思っても、それは誰かの通過点で。
まだ先に行かなくては、と思いながら立っている点が、誰かの目的地だったりするかもしれない。
果てがないな。
椅子から立ち上がり、スグミの横に立つ。
「で、どこへ行く?」
◆
「で、どこへ行く?」
タクミの言葉を聞きながら、私は病院のロビーを進む。
「とりあえず」私は言う。「学食。お腹空いた」
ははっと笑うタクミ。半分はジョークだから、笑ってもらえてよかった。
病院を出て、学食を目指す。
「気持ちの整理、出来た?」
何気ない調子で聞いてみると、タクミは軽い調子で頷いた。
「大丈夫。何も問題ない」
「お墓参り、行く?」
うーん、とタクミは首を捻った。
「趣味じゃないな。面倒だから、またいつかにするよ」
そこまでは気持ちが整理できていないんだな、と私は想像した。
学食に入って、適当に食べ物を頼んで、席に座った。
「そういえば」
タクミが食べ物を食べながら言う。
「お前の家族に会いに行かなくちゃな」
「あ、うん。そういう話もしたね。でも、本気?」
本気だよ、とタクミがあっけらかんと言う。
「あまり良い家族じゃないよ。私が言うのもどうかと思うけど」
「お前も先に進むべきだよ」
今、お前も、とタクミは言った。
タクミは前に進んだんだ。そう思うと、不思議と家族に会えるような気持ちになった。
私も、家族との関係を、再確認して、適切なところに落ち着かせられるような、そんな気がする。
「良いよ、タクミ」
私は心を決めた。
「会いに行こう」
タクミの存在は、私を強くさせてくれる気がした。
これからもずっとタクミがそばにいてくれればいいのに。
でも、タクミはそんなこと、思っていないんだろうな。
思っていなくても、良いか。
今、出来る限りを、しよう。
タクミの存在を、どこかに、残そう。
私や、私の家族や、友達の、心のどこかに。
私はタクミをじっと見た。視線に気づいた彼が、不思議そうな顔をする。
「なんだよ?」
「なんでもない」
私は食事を再開する。
知らない間に、変わっていることって、ある。
それも、気持ちの良い方に、変わることが。
その瞬間の閃きが、幸福って奴なんだろう。
そう思う。
(了)
霊管理者学校の夏休みが始まった。
「傷跡が残らなくて良かったじゃないか」
学校の敷地にある病院、その待合室で、俺は隣に座るスグミに言った。
「まぁ、ね。傷跡があったら責任とって欲しいところよ」
そう言いながら、スグミが額に巻かれた包帯に触れる。
逸脱霊を処理する実習は、無事に完了した。スグミの負傷があったために、評価はかなり悪いが、しかし、俺は満足している。
「傷跡の心配じゃなくてさ」スグミが不機嫌そうに言った。「なんであんた、成仏しないのよ」
「そんなの俺に聞くな」
俺としても、その話題は不機嫌にならざるをえない。
「何か、未練があるんだろ。よく知らないけど」
ふん、と鼻を鳴らしたスグミが、看護師に名前を呼ばれて、そちらへ行った。そのまま診察室に入っていく。俺は彼女の背中を見送り、椅子に身を預けた。
母の逸脱霊を処理したことは、俺の中には何も残さなかった。
悲しみや苦しみは、処理する前にほとんど全て、消化されていたんだろう。
達成感と呼べるものも、充足感と呼べるものも、なかった。
まだ次がある、次があって欲しい、と願っている自分がいる。
そういうのが、未練、なんだろうか。でもそれが未練だったら、俺はずっと守護霊を続けることになる。どこかで、自分に見切りをつけるのだろうか。そんなことはしたくないけれど、未来のことは分からない。
じっと待っていると、診察室からスグミが出てくる。俺の前に来ると、「もう終わったよ。行こう」と言う。
どこへ行くのか、と聞きたかった。
俺たちはどこに向かっているのだろう。それが分かる人間が、いるとは思えない。
みな、我武者羅に、それぞれの方向に歩いて、出会ったり別れたりして、行ったり来たりしている。
どこかに着いたと思っても、それは誰かの通過点で。
まだ先に行かなくては、と思いながら立っている点が、誰かの目的地だったりするかもしれない。
果てがないな。
椅子から立ち上がり、スグミの横に立つ。
「で、どこへ行く?」
◆
「で、どこへ行く?」
タクミの言葉を聞きながら、私は病院のロビーを進む。
「とりあえず」私は言う。「学食。お腹空いた」
ははっと笑うタクミ。半分はジョークだから、笑ってもらえてよかった。
病院を出て、学食を目指す。
「気持ちの整理、出来た?」
何気ない調子で聞いてみると、タクミは軽い調子で頷いた。
「大丈夫。何も問題ない」
「お墓参り、行く?」
うーん、とタクミは首を捻った。
「趣味じゃないな。面倒だから、またいつかにするよ」
そこまでは気持ちが整理できていないんだな、と私は想像した。
学食に入って、適当に食べ物を頼んで、席に座った。
「そういえば」
タクミが食べ物を食べながら言う。
「お前の家族に会いに行かなくちゃな」
「あ、うん。そういう話もしたね。でも、本気?」
本気だよ、とタクミがあっけらかんと言う。
「あまり良い家族じゃないよ。私が言うのもどうかと思うけど」
「お前も先に進むべきだよ」
今、お前も、とタクミは言った。
タクミは前に進んだんだ。そう思うと、不思議と家族に会えるような気持ちになった。
私も、家族との関係を、再確認して、適切なところに落ち着かせられるような、そんな気がする。
「良いよ、タクミ」
私は心を決めた。
「会いに行こう」
タクミの存在は、私を強くさせてくれる気がした。
これからもずっとタクミがそばにいてくれればいいのに。
でも、タクミはそんなこと、思っていないんだろうな。
思っていなくても、良いか。
今、出来る限りを、しよう。
タクミの存在を、どこかに、残そう。
私や、私の家族や、友達の、心のどこかに。
私はタクミをじっと見た。視線に気づいた彼が、不思議そうな顔をする。
「なんだよ?」
「なんでもない」
私は食事を再開する。
知らない間に、変わっていることって、ある。
それも、気持ちの良い方に、変わることが。
その瞬間の閃きが、幸福って奴なんだろう。
そう思う。
(了)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
最弱Sランク冒険者は引退したい~仲間が強すぎるせいでなぜか僕が陰の実力者だと勘違いされているんだが?
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
冒険者のノエルはSランクパーティーの荷物もちだった。
ノエル自体に戦闘能力はなく、自分のことを足手まといだとすら思っていた。
そして、Sランクになったことで、戦うモンスターはより強力になっていった。
荷物持ちであるノエルは戦闘に参加しないものの、戦場は危険でいっぱいだ。
このままじゃいずれ自分はモンスターに殺されてしまうと考えたノエルは、パーティーから引退したいと思うようになる。
ノエルはパーティーメンバーに引退を切り出すが、パーティーメンバーはみな、ノエルのことが大好きだった。それどころか、ノエルの実力を過大評価していた。
ノエルがいないとパーティーは崩壊してしまうと言われ、ノエルは引退するにできない状況に……。
ノエルは引退するために自分の評判を落とそうとするのだが、周りは勘違いして、ノエルが最強だという噂が広まってしまう。
さらにノエルの評判はうなぎのぼりで、ますます引退できなくなるノエルなのだった。
他サイトにも掲載
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
防御特化の魔術師〜中堅冒険者のひっそり無双〜
代永 並木
ファンタジー
アマギ・リーリック、引き込もり気質の魔術師。
彼は、生活魔術と防御魔術しか使えないと言う致命的な欠点を持つ魔術師だ。
Cランク冒険者でもある彼は、生活費を集めるために、討伐依頼を受けて森へ向かう。
討伐対象を探しさまよっていると、Sランクの魔物と瀕死のSランク冒険者の戦いに遭遇する。
しかし、アマギ本人は遠目であったせいで、Sランクの魔物をBランクの魔物と勘違いしたまま、防御魔法で一撃だけ攻撃を防いでしまう。
その行動が止まっていた歯車を動かし始めた。
勘違いから始まった、防御魔術師の英雄譚
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる