霊 -Ray-

和泉茉樹

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     末

 霊管理者学校の夏休みが始まった。
「傷跡が残らなくて良かったじゃないか」
 学校の敷地にある病院、その待合室で、俺は隣に座るスグミに言った。
「まぁ、ね。傷跡があったら責任とって欲しいところよ」
 そう言いながら、スグミが額に巻かれた包帯に触れる。
 逸脱霊を処理する実習は、無事に完了した。スグミの負傷があったために、評価はかなり悪いが、しかし、俺は満足している。
「傷跡の心配じゃなくてさ」スグミが不機嫌そうに言った。「なんであんた、成仏しないのよ」
「そんなの俺に聞くな」
 俺としても、その話題は不機嫌にならざるをえない。
「何か、未練があるんだろ。よく知らないけど」
 ふん、と鼻を鳴らしたスグミが、看護師に名前を呼ばれて、そちらへ行った。そのまま診察室に入っていく。俺は彼女の背中を見送り、椅子に身を預けた。
 母の逸脱霊を処理したことは、俺の中には何も残さなかった。
 悲しみや苦しみは、処理する前にほとんど全て、消化されていたんだろう。
 達成感と呼べるものも、充足感と呼べるものも、なかった。
 まだ次がある、次があって欲しい、と願っている自分がいる。
 そういうのが、未練、なんだろうか。でもそれが未練だったら、俺はずっと守護霊を続けることになる。どこかで、自分に見切りをつけるのだろうか。そんなことはしたくないけれど、未来のことは分からない。
 じっと待っていると、診察室からスグミが出てくる。俺の前に来ると、「もう終わったよ。行こう」と言う。
 どこへ行くのか、と聞きたかった。
 俺たちはどこに向かっているのだろう。それが分かる人間が、いるとは思えない。
 みな、我武者羅に、それぞれの方向に歩いて、出会ったり別れたりして、行ったり来たりしている。
どこかに着いたと思っても、それは誰かの通過点で。
まだ先に行かなくては、と思いながら立っている点が、誰かの目的地だったりするかもしれない。
果てがないな。
椅子から立ち上がり、スグミの横に立つ。
「で、どこへ行く?」

     ◆

「で、どこへ行く?」
 タクミの言葉を聞きながら、私は病院のロビーを進む。
「とりあえず」私は言う。「学食。お腹空いた」
 ははっと笑うタクミ。半分はジョークだから、笑ってもらえてよかった。
 病院を出て、学食を目指す。
「気持ちの整理、出来た?」
 何気ない調子で聞いてみると、タクミは軽い調子で頷いた。
「大丈夫。何も問題ない」
「お墓参り、行く?」
 うーん、とタクミは首を捻った。
「趣味じゃないな。面倒だから、またいつかにするよ」
 そこまでは気持ちが整理できていないんだな、と私は想像した。
 学食に入って、適当に食べ物を頼んで、席に座った。
「そういえば」
 タクミが食べ物を食べながら言う。
「お前の家族に会いに行かなくちゃな」
「あ、うん。そういう話もしたね。でも、本気?」
 本気だよ、とタクミがあっけらかんと言う。
「あまり良い家族じゃないよ。私が言うのもどうかと思うけど」
「お前も先に進むべきだよ」
 今、お前も、とタクミは言った。
 タクミは前に進んだんだ。そう思うと、不思議と家族に会えるような気持ちになった。
 私も、家族との関係を、再確認して、適切なところに落ち着かせられるような、そんな気がする。
「良いよ、タクミ」
 私は心を決めた。
「会いに行こう」
 タクミの存在は、私を強くさせてくれる気がした。
 これからもずっとタクミがそばにいてくれればいいのに。
 でも、タクミはそんなこと、思っていないんだろうな。
 思っていなくても、良いか。
 今、出来る限りを、しよう。
 タクミの存在を、どこかに、残そう。
 私や、私の家族や、友達の、心のどこかに。
 私はタクミをじっと見た。視線に気づいた彼が、不思議そうな顔をする。
「なんだよ?」
「なんでもない」
 私は食事を再開する。
 知らない間に、変わっていることって、ある。
 それも、気持ちの良い方に、変わることが。
 その瞬間の閃きが、幸福って奴なんだろう。
 そう思う。





(了)
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