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仙人の力と代償
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時の流れは早いもので鈴蘭から修業を受け始めて既に半月が経過しようとしている。あれほどまでに満開だった桜も今ではすっかり葉桜へと姿を変えている。とは言っても残念なことに未だ固有能力と思しきものは一切発現はしていないのだけれども、鈴蘭曰く後は何かきっかけさえあれば問題なく発現する、ということらしいのだけれど。まずもってそもそも問題になるのは未だに発現条件が何一つとしてわかっていないということである。
問題解決のためとはいえど糸口がない暗闇の中を灯りや導きのないまま闇雲に探し回ったとしてもそれで正解が見つかるとは考えにくい。そうは言っても探さなければ見つからないのだからどちらにせよ探さなければいけないのだけれど。なんて矛盾した状況なのだろう、と愚痴を呟いたとしても何も変わらないけれどそう思わずにはいられない。
「それにしても何がきっかけなんだろう……」
これまでに剣術、弓術、馬術、槍術、武術、霊術、ありとあらゆる術を叩き込まれているというのに音沙汰ないときた。いささか発現条件が厳しいのではないだろうか。正直なところ私の体は既に限界を迎えてきている。
もしかしたら一周わまって日常的なことなのかもしれない。
「それなら尚更発現しているだろうよ」
鈴蘭を困り顔でため息をこぼす。一縷の望みも鈴蘭の一言によって瓦解する。
「とは言ってもこればかりは1つずつ試していくしかないからな。それだけ努力は地味なんだよな」
「そう言えば、鈴蘭の時はどうだったの?」
もしかしたらなにか参考になるかもしれない。それこそ先人ならぬ仙人の知恵、それも実体験。最初から聞いていれば早かったかもしれない。
「残念だけどその期待には応えられないかな」
鈴蘭は苦笑いをして頬をかく。
「恥ずかしい話、私自身どうしてこの力を手にしたのかを覚えていないんだ。正確に言うならいつの間にか使えていたんだ」
これが世にいう天才というものなのだろうか。
まさか無意識のうちに固有能力を手にして、なおかつ使いこなしているとは、なんとも恐ろしい。
つまりこればかりは手当たり次第に当たっていくしかないということなのだろう。これはある種の根比べ。どちらが先に匙を投げるのか、そういう勝負。
「……花撫、いつも通りのメニューやっといて。用事を見つけた」
「う、うん……」
用事って見つけようと思って見つけるものだったっけ?
ともあれいつもの彼女とは違過ぎる雰囲気に気圧され返事をすると同時に鈴蘭はスタスタと参道から続く階段をくだっていく。
何もなければいいのだけれど……。まぁ、あの鈴蘭に限って万が一など存在しないだろう。
「……それにしても、何が引き金になるんだろう」
今までそれらしい何かがあったわけではない。何が足りないのだろうか。
とりあえずは言われた通りに最初はいつも通りに霊術の特訓を始めることにする。
***
「本当にいい加減にして欲しいな。毎日毎日……」
神社へと続く階段の中腹、ブツブツと愚痴をこぼしながらその階段の脇にある林の中で鈴蘭は立っている。何を隠そうそこに人の気配を感じるからだ。とは言ってもただの人ではない、はっきりとした殺意明確な敵意を向けられている。今日まで毎日毎日幾度となく感じていたそれの気配に今日こそ決着を付けよう……いや、正確にはただただ鬱陶しかった。相手するのも面倒だからとっととかたずけてしまおうという魂胆である。
そう最近全くと言っていいほど睡眠のとれていない彼女には自分の考えていることが矛盾していることに全く気が付いていない。
「花撫は気づいていないけど、さすがに私まで騙せるなんて思ってないよね」
反応はない。まぁ、これで反応があった方が驚き。初心者でもこんな罠には反応しないはず。やはり相手も一筋縄ではいかないようだ。
さっきまで確かに感じていた気配は既にしっかり消されている。
でも確かに存在は感じる、しかし当然ながら姿など見えるはずもない。仕方ないので少しずつ林の中へと足を進める。
「……そこかっ!」
一瞬で生成した針を真後ろへと投げつける。
おそらく木だろう、それに突き刺さる音が響いたと思うと直後、黒い人影が木の上から降り立つ。
「……驚きなんだよ。背後に位置取り完全に気配を消していたはず、にも関わらずいとも簡単に我を見つけた」
声からして男、それもかなりの手練れ。正確に対象を捉えた不意打ちにも近い今の投擲を避けているというのは正直想定外である。
忍者のような格好をしており顔は布で覆い隠しているためどんな表情をしているか、などはよくわからない。
「汝は一体何者だ」
「相手に名を問うのならまず自分から述べるのが礼儀ではないか?」
「うむ、それもそうだな。我こそが鬼龍院が当主、鬼龍院白夜その人だ」
そう言って顔を隠していた布を取り払う。
透き通るような白い髪が僅かな木漏れ日を反射する。その髪は確かに鬼龍院家代々の血縁関係であることを示していた。
「……私は鈴蘭。一介の仙人さ」
「なるほど、あの人外な動き、納得である」
嫌に冷静だ。これでも私は五仙人の1人だ。何か対抗できるような手段を持っているのだろうか。だとすると迂闊に動き回るのは得策とは言えないだろう。
まずは相手の戦力を見極める必要があるのだけれど。どうやら悠長に確かめているわけにもいかないようだ。というか今になって自分が何の準備もせずにここにいることに気が付いた。
「相手にとって不足無し……」
そうして男は刀を構える。
刀ということはこいつが例の切り付け魔で間違いないのだろう。だとしたら最大限に警戒しなければいけない、油断していては返り討ちにあうだろう。
「いざ、参る」
瞬間、地面が爆ぜ超高速の刃が下段より到来する。
さっきと同じ要領でかなり急いで今度は刀を生成する。思っていたよりも相手のスピードが速い。刀を縦に背に手を添え何とか受け止める。この固有能力が無ければ間違いなく首が飛んでいた。男に隙はなく気が付けば既に次の斬撃が視界の端から飛んでくる。それらを間一髪で避け後方へと距離を取る。
「うむ、なかなかやるではないか。しかしいつまで耐えられるかな」
頬には一筋血が流れている。さっきの斬撃、もしも避けられていなければ、そう考えるとゾッとする。
このままやり続けてもジリ貧なのは確か。それに一方的に攻められるというのも癪だ。何かこちらから仕掛ける必要がある、けれど相手はその道の達人。生半可な攻撃ではむしろこちらに隙が生まれ一発退場だ。
思考しながら避ける斬撃は徐々に私を追い詰める。背筋に冷たい汗が流れる。
「ぐっ……」
そうしている間にもいくつもの斬撃が私の肌を切りつける。その傷は次第に深くなっていく。
たとえ木の上へと逃れてもすぐに追撃が迫ってくる。どうにかして斬撃に隙を見出さなければ。どうすればあの斬撃の嵐は止むのかをよく考えてみる、自分の持てるものを使ってどうすればいいのかを。相手が予想もしないような一手を……。
「はっ……そうか」
剣士が最も避けるべき事態。それを引き起こせば形勢は逆転する。しかしそれを実行するには私もまた死地へと足を踏み入れなければいけない。一回でもミスをすればそれすなわち死。
いや、どうなのだろう。この身に宿る不老不死の力というのは首が飛んでも継続するのだろうか。だとしたらそれはもう妖怪よりも妖怪ではないだろうか。なんというか首だけで動き回る私というのは想像しただけでかなりグロテスクだ。何であれそれは避けないと倫理的にかなり危ないことになる。
もうこの際四の五の言ってる暇はないか。早く戻らないと花撫が危ないかもしれないし。
「そろそろ限界かな? 早くその顔が苦痛に歪むのを拝みたいものだな」
「ほざけ、苦痛に歪むのはそっちの方さ」
今まで受け流していた斬撃を正面から受け止める。そうして次の手へとつながらないようにする。とりあえずこれで嵐は収まる。
「今更なんだというのだ。さっさと観念したほうがいいのではないか?」
相手の顔がニヤリと緩む。
「敵にかけられる情けなどいらない」
そうして相手の刀に手を触れる。
「おわりっ……だ!」
鈴蘭が叫ぶと同時に相手の刀が分解し、サラサラと風に飛ばされる。
「なっ、何をした……」
一瞬で驚愕の表情に変わり男はよろよろと後退する。
「あんたの刀を分解したまでさ」
剣士にとって一番避けなければいけないことは自分の武器を失うこと。忍者のような飛び道具を持たない剣士が攻撃の手段を失えばどうなるか。瞬間的に無力化できてしまうのは自明の理である。
そして、そういう状況に追い込めればそれはこちらの勝ちというわけだ。
「な、何でそんなことが……」
「何でって、それが私の固有能力だから」
「こ、固有能力? ……そ、そんな馬鹿な。なんで、なんでこんなところに残虐の黒百合がいるんだ……」
男は腰を抜かしその場に座り込む。
「あら? よくそんな昔の通り名を知ってるね」
残虐の黒百合、それは今から500年ほど前に三界を騒然とさせた1人の仙人の異名。当時異界で権力を握っていた2大派閥をたった1人で壊滅させ、現界では鬼とやりあい1つの国を滅ぼした、等々様々な惨事を引き起こし、破壊神として恐れられたのが何を隠そうこの鈴蘭である。
とてつもないのがそれらの出来事がわずか5年間の間に立て続けに起こっているということでそのたった5年で三界の被害は数百年分に及び文明はおよそ150年も後退したと言われている。結局は女神様によっての制裁があり、何とかなって今があるということらしい。
そして黒百合というのはそのまま彼女の容姿からもってきたものであると同時に花言葉からきているらしくその花言葉が呪い、復讐というらしい。一方で恋、などといった花言葉もあるがそれはあまり関係はない。
彼女に目を付けられると地獄の底まで追い回される、なんていう噂まで流通したくらいだ。
「何でこんなことをする。我らはお前には危害を加えていないはずだ」
「どの口でそんなこと言っているのさ、たった今加えたわけだしそもそも最初に喧嘩を売ってきたのはそっちでしょ?」
慌てて逃げようとする男の両足両手に針を突き刺す。悲鳴が林をこだまする。
本当に抜けた腰でよく頑張るものだ。
「残念だけど今回は見逃せない。私だけならまだしも、巻き込んじゃいけない人達まで巻き込んだ。その代償はしっかり払ってもらうよ」
「ぐっ……あああぁ」
「ちなみにあんたが償う罪は2つ。1つはこのくだらない戦争に花撫を巻き込んだこと、そしてもう1つは白夜のふりをしていたということ。当然覚悟はできているでしょう?」
さらに男の顔から血の気が引いていく。
誰の差し金なのかはわからないがこの男は鬼龍院白夜ではない。
何よりこの男はそのことをどうやら知らないらしい、多分髪の色で選ばれただけだろう。いや、正確には本家の遠い親戚と言ったところになるのだろう。
とは言ってもただで見逃すわけにはいかないし、そもそも見逃すつもりなど毛頭ない。
「無知なあんたに1つ。鬼龍院白夜は男じゃないですよ」
男の顔が更に驚愕の色に染まる。
まぁ、無理もない。普段から顔を隠し、着瘦せをしているおかげで世間的には未だに男性当主だと思われているようなのだけれど。鬼龍院家は女系当主、代々当主は女性が務めている。
きっとアマちゃんが間違えたのはある程度の知識を持った上で不確かな被害者の記憶を覗き、更にはその限られた髪の色を見たからなのだろう。
つまるところただの早とちりでしかないということ。
「まぁ、お喋りもここまでにしようか。そろそろ本当に戻らないといけないからね」
太陽が陰り冷たい風が吹き抜ける。気温が一段と冷たくなるような錯覚が男を襲う。手足は既に感覚が無くなっているし腰も抜けていて動くに動けない。それでも男は必死に体に鞭を打つ。
「あぁああ、なんでなん……で」
恐怖で定まらない視線で遠くを見つめて、それを最後に男は地に倒れた。
「風鈴」
「お呼びですか」
1人の従者が音もなく鈴蘭の隣へと姿を現す。
「向こうに持って行って適当な処理をしておいて」
ひらひら手を振りながら従者に告げる。流石にこのままここに置いておくわけにもいかない。
辺りの木々は何本も根元からなぎ倒され切り株になりそこだけを局地的な台風でも通ったのかというくらいの荒れ果てぶりだ。少々やりすぎてしまった。
花撫にどう説明しよう。流石にそのまま正直に話すわけにはいかないし、かと言ってこの状況を適切に説明できるのかと言われればそれはノーだ。
「……承知いたしました」
そうして従者はその場から消える。
「それにしても今回は随分と根が深そうだな……」
結論として鈴蘭は今の出来事をないものとして記憶の奥へと押し込んだ。
問題解決のためとはいえど糸口がない暗闇の中を灯りや導きのないまま闇雲に探し回ったとしてもそれで正解が見つかるとは考えにくい。そうは言っても探さなければ見つからないのだからどちらにせよ探さなければいけないのだけれど。なんて矛盾した状況なのだろう、と愚痴を呟いたとしても何も変わらないけれどそう思わずにはいられない。
「それにしても何がきっかけなんだろう……」
これまでに剣術、弓術、馬術、槍術、武術、霊術、ありとあらゆる術を叩き込まれているというのに音沙汰ないときた。いささか発現条件が厳しいのではないだろうか。正直なところ私の体は既に限界を迎えてきている。
もしかしたら一周わまって日常的なことなのかもしれない。
「それなら尚更発現しているだろうよ」
鈴蘭を困り顔でため息をこぼす。一縷の望みも鈴蘭の一言によって瓦解する。
「とは言ってもこればかりは1つずつ試していくしかないからな。それだけ努力は地味なんだよな」
「そう言えば、鈴蘭の時はどうだったの?」
もしかしたらなにか参考になるかもしれない。それこそ先人ならぬ仙人の知恵、それも実体験。最初から聞いていれば早かったかもしれない。
「残念だけどその期待には応えられないかな」
鈴蘭は苦笑いをして頬をかく。
「恥ずかしい話、私自身どうしてこの力を手にしたのかを覚えていないんだ。正確に言うならいつの間にか使えていたんだ」
これが世にいう天才というものなのだろうか。
まさか無意識のうちに固有能力を手にして、なおかつ使いこなしているとは、なんとも恐ろしい。
つまりこればかりは手当たり次第に当たっていくしかないということなのだろう。これはある種の根比べ。どちらが先に匙を投げるのか、そういう勝負。
「……花撫、いつも通りのメニューやっといて。用事を見つけた」
「う、うん……」
用事って見つけようと思って見つけるものだったっけ?
ともあれいつもの彼女とは違過ぎる雰囲気に気圧され返事をすると同時に鈴蘭はスタスタと参道から続く階段をくだっていく。
何もなければいいのだけれど……。まぁ、あの鈴蘭に限って万が一など存在しないだろう。
「……それにしても、何が引き金になるんだろう」
今までそれらしい何かがあったわけではない。何が足りないのだろうか。
とりあえずは言われた通りに最初はいつも通りに霊術の特訓を始めることにする。
***
「本当にいい加減にして欲しいな。毎日毎日……」
神社へと続く階段の中腹、ブツブツと愚痴をこぼしながらその階段の脇にある林の中で鈴蘭は立っている。何を隠そうそこに人の気配を感じるからだ。とは言ってもただの人ではない、はっきりとした殺意明確な敵意を向けられている。今日まで毎日毎日幾度となく感じていたそれの気配に今日こそ決着を付けよう……いや、正確にはただただ鬱陶しかった。相手するのも面倒だからとっととかたずけてしまおうという魂胆である。
そう最近全くと言っていいほど睡眠のとれていない彼女には自分の考えていることが矛盾していることに全く気が付いていない。
「花撫は気づいていないけど、さすがに私まで騙せるなんて思ってないよね」
反応はない。まぁ、これで反応があった方が驚き。初心者でもこんな罠には反応しないはず。やはり相手も一筋縄ではいかないようだ。
さっきまで確かに感じていた気配は既にしっかり消されている。
でも確かに存在は感じる、しかし当然ながら姿など見えるはずもない。仕方ないので少しずつ林の中へと足を進める。
「……そこかっ!」
一瞬で生成した針を真後ろへと投げつける。
おそらく木だろう、それに突き刺さる音が響いたと思うと直後、黒い人影が木の上から降り立つ。
「……驚きなんだよ。背後に位置取り完全に気配を消していたはず、にも関わらずいとも簡単に我を見つけた」
声からして男、それもかなりの手練れ。正確に対象を捉えた不意打ちにも近い今の投擲を避けているというのは正直想定外である。
忍者のような格好をしており顔は布で覆い隠しているためどんな表情をしているか、などはよくわからない。
「汝は一体何者だ」
「相手に名を問うのならまず自分から述べるのが礼儀ではないか?」
「うむ、それもそうだな。我こそが鬼龍院が当主、鬼龍院白夜その人だ」
そう言って顔を隠していた布を取り払う。
透き通るような白い髪が僅かな木漏れ日を反射する。その髪は確かに鬼龍院家代々の血縁関係であることを示していた。
「……私は鈴蘭。一介の仙人さ」
「なるほど、あの人外な動き、納得である」
嫌に冷静だ。これでも私は五仙人の1人だ。何か対抗できるような手段を持っているのだろうか。だとすると迂闊に動き回るのは得策とは言えないだろう。
まずは相手の戦力を見極める必要があるのだけれど。どうやら悠長に確かめているわけにもいかないようだ。というか今になって自分が何の準備もせずにここにいることに気が付いた。
「相手にとって不足無し……」
そうして男は刀を構える。
刀ということはこいつが例の切り付け魔で間違いないのだろう。だとしたら最大限に警戒しなければいけない、油断していては返り討ちにあうだろう。
「いざ、参る」
瞬間、地面が爆ぜ超高速の刃が下段より到来する。
さっきと同じ要領でかなり急いで今度は刀を生成する。思っていたよりも相手のスピードが速い。刀を縦に背に手を添え何とか受け止める。この固有能力が無ければ間違いなく首が飛んでいた。男に隙はなく気が付けば既に次の斬撃が視界の端から飛んでくる。それらを間一髪で避け後方へと距離を取る。
「うむ、なかなかやるではないか。しかしいつまで耐えられるかな」
頬には一筋血が流れている。さっきの斬撃、もしも避けられていなければ、そう考えるとゾッとする。
このままやり続けてもジリ貧なのは確か。それに一方的に攻められるというのも癪だ。何かこちらから仕掛ける必要がある、けれど相手はその道の達人。生半可な攻撃ではむしろこちらに隙が生まれ一発退場だ。
思考しながら避ける斬撃は徐々に私を追い詰める。背筋に冷たい汗が流れる。
「ぐっ……」
そうしている間にもいくつもの斬撃が私の肌を切りつける。その傷は次第に深くなっていく。
たとえ木の上へと逃れてもすぐに追撃が迫ってくる。どうにかして斬撃に隙を見出さなければ。どうすればあの斬撃の嵐は止むのかをよく考えてみる、自分の持てるものを使ってどうすればいいのかを。相手が予想もしないような一手を……。
「はっ……そうか」
剣士が最も避けるべき事態。それを引き起こせば形勢は逆転する。しかしそれを実行するには私もまた死地へと足を踏み入れなければいけない。一回でもミスをすればそれすなわち死。
いや、どうなのだろう。この身に宿る不老不死の力というのは首が飛んでも継続するのだろうか。だとしたらそれはもう妖怪よりも妖怪ではないだろうか。なんというか首だけで動き回る私というのは想像しただけでかなりグロテスクだ。何であれそれは避けないと倫理的にかなり危ないことになる。
もうこの際四の五の言ってる暇はないか。早く戻らないと花撫が危ないかもしれないし。
「そろそろ限界かな? 早くその顔が苦痛に歪むのを拝みたいものだな」
「ほざけ、苦痛に歪むのはそっちの方さ」
今まで受け流していた斬撃を正面から受け止める。そうして次の手へとつながらないようにする。とりあえずこれで嵐は収まる。
「今更なんだというのだ。さっさと観念したほうがいいのではないか?」
相手の顔がニヤリと緩む。
「敵にかけられる情けなどいらない」
そうして相手の刀に手を触れる。
「おわりっ……だ!」
鈴蘭が叫ぶと同時に相手の刀が分解し、サラサラと風に飛ばされる。
「なっ、何をした……」
一瞬で驚愕の表情に変わり男はよろよろと後退する。
「あんたの刀を分解したまでさ」
剣士にとって一番避けなければいけないことは自分の武器を失うこと。忍者のような飛び道具を持たない剣士が攻撃の手段を失えばどうなるか。瞬間的に無力化できてしまうのは自明の理である。
そして、そういう状況に追い込めればそれはこちらの勝ちというわけだ。
「な、何でそんなことが……」
「何でって、それが私の固有能力だから」
「こ、固有能力? ……そ、そんな馬鹿な。なんで、なんでこんなところに残虐の黒百合がいるんだ……」
男は腰を抜かしその場に座り込む。
「あら? よくそんな昔の通り名を知ってるね」
残虐の黒百合、それは今から500年ほど前に三界を騒然とさせた1人の仙人の異名。当時異界で権力を握っていた2大派閥をたった1人で壊滅させ、現界では鬼とやりあい1つの国を滅ぼした、等々様々な惨事を引き起こし、破壊神として恐れられたのが何を隠そうこの鈴蘭である。
とてつもないのがそれらの出来事がわずか5年間の間に立て続けに起こっているということでそのたった5年で三界の被害は数百年分に及び文明はおよそ150年も後退したと言われている。結局は女神様によっての制裁があり、何とかなって今があるということらしい。
そして黒百合というのはそのまま彼女の容姿からもってきたものであると同時に花言葉からきているらしくその花言葉が呪い、復讐というらしい。一方で恋、などといった花言葉もあるがそれはあまり関係はない。
彼女に目を付けられると地獄の底まで追い回される、なんていう噂まで流通したくらいだ。
「何でこんなことをする。我らはお前には危害を加えていないはずだ」
「どの口でそんなこと言っているのさ、たった今加えたわけだしそもそも最初に喧嘩を売ってきたのはそっちでしょ?」
慌てて逃げようとする男の両足両手に針を突き刺す。悲鳴が林をこだまする。
本当に抜けた腰でよく頑張るものだ。
「残念だけど今回は見逃せない。私だけならまだしも、巻き込んじゃいけない人達まで巻き込んだ。その代償はしっかり払ってもらうよ」
「ぐっ……あああぁ」
「ちなみにあんたが償う罪は2つ。1つはこのくだらない戦争に花撫を巻き込んだこと、そしてもう1つは白夜のふりをしていたということ。当然覚悟はできているでしょう?」
さらに男の顔から血の気が引いていく。
誰の差し金なのかはわからないがこの男は鬼龍院白夜ではない。
何よりこの男はそのことをどうやら知らないらしい、多分髪の色で選ばれただけだろう。いや、正確には本家の遠い親戚と言ったところになるのだろう。
とは言ってもただで見逃すわけにはいかないし、そもそも見逃すつもりなど毛頭ない。
「無知なあんたに1つ。鬼龍院白夜は男じゃないですよ」
男の顔が更に驚愕の色に染まる。
まぁ、無理もない。普段から顔を隠し、着瘦せをしているおかげで世間的には未だに男性当主だと思われているようなのだけれど。鬼龍院家は女系当主、代々当主は女性が務めている。
きっとアマちゃんが間違えたのはある程度の知識を持った上で不確かな被害者の記憶を覗き、更にはその限られた髪の色を見たからなのだろう。
つまるところただの早とちりでしかないということ。
「まぁ、お喋りもここまでにしようか。そろそろ本当に戻らないといけないからね」
太陽が陰り冷たい風が吹き抜ける。気温が一段と冷たくなるような錯覚が男を襲う。手足は既に感覚が無くなっているし腰も抜けていて動くに動けない。それでも男は必死に体に鞭を打つ。
「あぁああ、なんでなん……で」
恐怖で定まらない視線で遠くを見つめて、それを最後に男は地に倒れた。
「風鈴」
「お呼びですか」
1人の従者が音もなく鈴蘭の隣へと姿を現す。
「向こうに持って行って適当な処理をしておいて」
ひらひら手を振りながら従者に告げる。流石にこのままここに置いておくわけにもいかない。
辺りの木々は何本も根元からなぎ倒され切り株になりそこだけを局地的な台風でも通ったのかというくらいの荒れ果てぶりだ。少々やりすぎてしまった。
花撫にどう説明しよう。流石にそのまま正直に話すわけにはいかないし、かと言ってこの状況を適切に説明できるのかと言われればそれはノーだ。
「……承知いたしました」
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