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12歳の疾走。
錆・ない、ステイン・レス。
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ルステインに戻ってからいつもの生活が始まった。
僕はいつものように商会の仕事を終えてから、見回りに出ていた。最近、街の周囲で新しく掘られた試験採掘場があるということで、様子を見に行ったのだ。
「ん……これは……?」
地面に転がっていた一つの鉱石。鉄のように見えるけど、どこか光沢が違う。
手のひらで撫で、簡易鑑定を試すと…。
「……クロム、だ」
クロム鉄鉱。錬金術の文献では名前しか見たことのなかった、稀少な鉱石。
僕の指先がわずかに震える。
「これがルステインで……いや、グロッサム侯爵領内の鉱脈で採れた?」
アトリエに戻るなり、僕は錬金術炉を全開にして抽出を始めた。
不純物を抜き、銀白色に近いクロムだけを取り出す。小瓶に詰めて、僕は工房へ向かった。
「ヂョウギ!」
「はい、リョウ様。どうなさいましたか?」
相変わらず礼儀正しいドワーフの工房長。グラドの父で、熟練の鍛冶師だ。
「この金属を使って、鉄に15%混ぜた合金を試してみてほしい」
「……承知しました。これは……なかなか風変わりな素材ですね」
ヂョウギは瓶を手に取り、目を細めた。
「少々お時間をいただきます」
そう言うと彼はすぐに作業台に向かった。炉に火が入り、鉄とクロムが融合していく。しばらくして、音もなく刃が研がれ、光を帯びた金属片が差し出された。
「これは……腐食しない。艶がある、重さも良い。まさか……これは、『錆びぬ鉄』?」
「はい。今後『ステンレス』と呼ぶつもり」
「ステン……レス……!?」
ドワーフの瞳が大きく見開かれたかと思うと……。
「おいッ!おい、みんな!大至急、工房に来いッ!!」
その一声で、ドワーフたちがぞろぞろと集まってくる。ヂョウギがステンレスを掲げると、彼らは次々と叫び出した。
「なんだこりゃぁ!?」
「腐らねぇ!?」
「錬金術と鍛冶の奇跡だ!!」
「すごいぞリョウエスト様!」
「こいつは新しい時代の鉄だァ!!」
……やりすぎだ。僕の予想通り。
でも、やっぱり嬉しかった。僕の発見が、誰かの目を輝かせている。
「いやぁ……派手に騒がれるなあ」
「これは騒がずにはいられませんよ、リョウエスト様。クロム……いや、『ステンレス』は、我々の工芸を一段と進化させる宝です」
ヂョウギが真剣な目でそう言った。
その日はそのままドワーフ達が酒盛りになった為僕は帰った。ドワーフ達はそれから大騒ぎになったらしい。翌々日にドワーヴンベースに行くと……
「グラド様より、急報でございます!!」
飛び込んできた使いの言葉に、全員が一斉に振り返った。
「な、なに!?」
「ドワーフ伯グラド様が、ルステインに向けて全速で移動中とのことです!『絶対に待っていろ』と!」
……やっぱり、やりすぎだった。
「開けぃ! グラド伯来訪じゃッ!!」
怒号のような声とともに、ルステインの門が震えた。
「……やっぱり、やりすぎてる」
僕はアトリエの前で顔を抑えながらため息をついた。
門前には黒光りする鎧を着込んだドワーフ兵がぎっしり。
その中心に、赤髪を三つ編みにまとめた、あの男が立っていた。
「バァン!おまえぇぇぇぇ!!なんでクロムを見つけて報告せんのじゃあああああ!!」
「落ち着いてグラド。見つけたの、ついこの間だから」
「この間!? 今日もうステンレスになっとるじゃろうが!! どんな速度で技術を回すんじゃ貴様は!!」
そのやり取りの間に、マックスさんが城から飛び出してきた。
「おい!何事だ!?グラド伯か!?ルステインで軍を展開しないでくれたまえ!!」
「すまんマックス!急ぎすぎたッ!だがこれは戦争級の発見じゃ!ワシが興奮するのも当然じゃろがい!」
「せめて文くらい出してくれ!心臓に悪い!」
マックスさんが額を押さえる一方、グラドは僕に詰め寄った。
「そのクロム、どこの鉱山で掘れた!?鉱脈は!?深度は!?成分比率は!?詳細を即刻ワシに渡せぇぇ!」
「ええと……それ、グロッサム侯爵領の西端の試験鉱区で採れたんだけど」
「行く!!!」
グラドはすぐさま軍靴を鳴らして南を指さした。
「準備しろ!馬車!いや、荷馬車!全員装備して現地向かうぞッ!!」
「ま、待ってよグラド!グロッサム侯爵領だよ!?勝手に入ったら大問題だよ!」
「ぐぬぬぬぬ、しかし……!!行かねば、あの鉱脈が他の手に渡る前に!」
「速文送るから、返事待とう!?たったそれだけのことなんだから!」
「ぐおおおお!それでは遅いのだああああ!」
「……もうダメだ」
僕が呆れた瞬間、後ろから『ゴスッ』という重い音。
「え?」
グラドがその場に膝をつき、うめいた。
「……父さん……!?」
「ヂョウギさん!?」
ヂョウギが右手を振り下ろしたまま、静かに言った。
「坊っちゃん、急ぎたいのは分かりますが、筋を通さないのはドワーフの誇りに関わります。まずは侯爵閣下の許可を得ることが先決です」
「……ぬ、ぬぅ……わ、わかった……父さん、すまん……」
どこか嬉しそうにグラドが項垂れる。僕はすぐに速文を準備し、書状を飛ばした。
「お返事来ました。グロッサム侯爵閣下、鉱区への正式な視察許可をくださるそうです。リョウエスト様ご同行のもとで、と」
「よっしゃあああああああ!!行くぞリョウ!旅の準備じゃ!」
「え、えぇぇえぇえ!?ちょ、ちょっと待って──!」
「父さん、荷物まとめてくれ!すぐ発つぞ!!」
「……まったく、やれやれですね」
僕は半ば引きずられるように、再び旅支度を始めた。
ドワーフの情熱は、やっぱり『やりすぎ』だった。
「……だから、僕は行くとは言ってないんだけどね……」
そう呟いてみても、馬車の中に乗ってる時点で説得力はなかった。
目の前ではグラドが地図を広げ、隣のヂョウギがその上に定規で線を引いていた。
「こっちの斜面の角度と日照時間、地質構造からして……南西の尾根に第二鉱脈が潜んでいる可能性もある」
「うむ、ぬかりないのぅ父さん! さすがドワーフ一の工房長!」
「いえ、リョウエスト様の抽出技術があってこその分析です。あれがなければ、ただの鉄鉱石と見逃していました」
「あー、ええと……あれはたまたま、っていうか……」
僕は頬をかいて目を逸らす。
グロッサム侯爵からの速文による正式許可が下りたことで、僕たちは一行を組んで南へ向かっていた。
行き先は、グロッサム侯爵領の山岳鉱区。未開拓ながら、試験採掘だけは進められていた地域だ。
「ヂョウギ、でも本当に行っていいの?鍛冶場のほう、今忙しいのでは……」
「工房は長年の弟子たちに任せてきました。何より……」
ヂョウギは目を細めて、隣の息子グラドを見た。
「……この男が暴走しないように見張らねばなりませんので」
「誰が暴走じゃあああああ!!ワシはちゃんと礼儀守っておるわい!!今回ばっかりは理性を押さえきれなかっただけじゃ!」
「いつもですね」
僕とヂョウギさんが同時に返す。
道中、ドワーフ兵たちは車輪の調整、装備の点検、野営道具の確認など黙々と働いていた。
軍隊というより、機械のような統率力に僕は改めて舌を巻く。
「ところでリョウ、今回のステンレス……用途はどう考えとる?」
「まずは調理器具と建築資材。それから輸送用車両、船底の防錆、武具の一部にも応用できるかな。あと……」
「ふむふむ……」
グラドが熱心にメモを取りはじめた。字が大きくて丸い。
「あと、クロムの量によって耐熱性や硬度が変わるから、炉の内壁や魔力変換器にも使えるかも。少なくとも、今までの鉄合金より用途はずっと広いよ」
「マジか!!それ、すぐ試せるように父さん!特別炉の設計図引いて!」
「もう描いてありますよ」
ヂョウギ、仕事が早い。
日が傾き、鉱区の山々がシルエットに沈む頃、先頭の兵士が旗を振った。
「見えました! 侯爵領の警備隊です!」
「ふむ。さて……いよいよ本番じゃな!」
グラドがにやりと笑った。僕は思わず苦笑する。
「頼むから、まずは落ち着いて挨拶してね」
「心得ておるわい! ……たぶん」
僕はいつものように商会の仕事を終えてから、見回りに出ていた。最近、街の周囲で新しく掘られた試験採掘場があるということで、様子を見に行ったのだ。
「ん……これは……?」
地面に転がっていた一つの鉱石。鉄のように見えるけど、どこか光沢が違う。
手のひらで撫で、簡易鑑定を試すと…。
「……クロム、だ」
クロム鉄鉱。錬金術の文献では名前しか見たことのなかった、稀少な鉱石。
僕の指先がわずかに震える。
「これがルステインで……いや、グロッサム侯爵領内の鉱脈で採れた?」
アトリエに戻るなり、僕は錬金術炉を全開にして抽出を始めた。
不純物を抜き、銀白色に近いクロムだけを取り出す。小瓶に詰めて、僕は工房へ向かった。
「ヂョウギ!」
「はい、リョウ様。どうなさいましたか?」
相変わらず礼儀正しいドワーフの工房長。グラドの父で、熟練の鍛冶師だ。
「この金属を使って、鉄に15%混ぜた合金を試してみてほしい」
「……承知しました。これは……なかなか風変わりな素材ですね」
ヂョウギは瓶を手に取り、目を細めた。
「少々お時間をいただきます」
そう言うと彼はすぐに作業台に向かった。炉に火が入り、鉄とクロムが融合していく。しばらくして、音もなく刃が研がれ、光を帯びた金属片が差し出された。
「これは……腐食しない。艶がある、重さも良い。まさか……これは、『錆びぬ鉄』?」
「はい。今後『ステンレス』と呼ぶつもり」
「ステン……レス……!?」
ドワーフの瞳が大きく見開かれたかと思うと……。
「おいッ!おい、みんな!大至急、工房に来いッ!!」
その一声で、ドワーフたちがぞろぞろと集まってくる。ヂョウギがステンレスを掲げると、彼らは次々と叫び出した。
「なんだこりゃぁ!?」
「腐らねぇ!?」
「錬金術と鍛冶の奇跡だ!!」
「すごいぞリョウエスト様!」
「こいつは新しい時代の鉄だァ!!」
……やりすぎだ。僕の予想通り。
でも、やっぱり嬉しかった。僕の発見が、誰かの目を輝かせている。
「いやぁ……派手に騒がれるなあ」
「これは騒がずにはいられませんよ、リョウエスト様。クロム……いや、『ステンレス』は、我々の工芸を一段と進化させる宝です」
ヂョウギが真剣な目でそう言った。
その日はそのままドワーフ達が酒盛りになった為僕は帰った。ドワーフ達はそれから大騒ぎになったらしい。翌々日にドワーヴンベースに行くと……
「グラド様より、急報でございます!!」
飛び込んできた使いの言葉に、全員が一斉に振り返った。
「な、なに!?」
「ドワーフ伯グラド様が、ルステインに向けて全速で移動中とのことです!『絶対に待っていろ』と!」
……やっぱり、やりすぎだった。
「開けぃ! グラド伯来訪じゃッ!!」
怒号のような声とともに、ルステインの門が震えた。
「……やっぱり、やりすぎてる」
僕はアトリエの前で顔を抑えながらため息をついた。
門前には黒光りする鎧を着込んだドワーフ兵がぎっしり。
その中心に、赤髪を三つ編みにまとめた、あの男が立っていた。
「バァン!おまえぇぇぇぇ!!なんでクロムを見つけて報告せんのじゃあああああ!!」
「落ち着いてグラド。見つけたの、ついこの間だから」
「この間!? 今日もうステンレスになっとるじゃろうが!! どんな速度で技術を回すんじゃ貴様は!!」
そのやり取りの間に、マックスさんが城から飛び出してきた。
「おい!何事だ!?グラド伯か!?ルステインで軍を展開しないでくれたまえ!!」
「すまんマックス!急ぎすぎたッ!だがこれは戦争級の発見じゃ!ワシが興奮するのも当然じゃろがい!」
「せめて文くらい出してくれ!心臓に悪い!」
マックスさんが額を押さえる一方、グラドは僕に詰め寄った。
「そのクロム、どこの鉱山で掘れた!?鉱脈は!?深度は!?成分比率は!?詳細を即刻ワシに渡せぇぇ!」
「ええと……それ、グロッサム侯爵領の西端の試験鉱区で採れたんだけど」
「行く!!!」
グラドはすぐさま軍靴を鳴らして南を指さした。
「準備しろ!馬車!いや、荷馬車!全員装備して現地向かうぞッ!!」
「ま、待ってよグラド!グロッサム侯爵領だよ!?勝手に入ったら大問題だよ!」
「ぐぬぬぬぬ、しかし……!!行かねば、あの鉱脈が他の手に渡る前に!」
「速文送るから、返事待とう!?たったそれだけのことなんだから!」
「ぐおおおお!それでは遅いのだああああ!」
「……もうダメだ」
僕が呆れた瞬間、後ろから『ゴスッ』という重い音。
「え?」
グラドがその場に膝をつき、うめいた。
「……父さん……!?」
「ヂョウギさん!?」
ヂョウギが右手を振り下ろしたまま、静かに言った。
「坊っちゃん、急ぎたいのは分かりますが、筋を通さないのはドワーフの誇りに関わります。まずは侯爵閣下の許可を得ることが先決です」
「……ぬ、ぬぅ……わ、わかった……父さん、すまん……」
どこか嬉しそうにグラドが項垂れる。僕はすぐに速文を準備し、書状を飛ばした。
「お返事来ました。グロッサム侯爵閣下、鉱区への正式な視察許可をくださるそうです。リョウエスト様ご同行のもとで、と」
「よっしゃあああああああ!!行くぞリョウ!旅の準備じゃ!」
「え、えぇぇえぇえ!?ちょ、ちょっと待って──!」
「父さん、荷物まとめてくれ!すぐ発つぞ!!」
「……まったく、やれやれですね」
僕は半ば引きずられるように、再び旅支度を始めた。
ドワーフの情熱は、やっぱり『やりすぎ』だった。
「……だから、僕は行くとは言ってないんだけどね……」
そう呟いてみても、馬車の中に乗ってる時点で説得力はなかった。
目の前ではグラドが地図を広げ、隣のヂョウギがその上に定規で線を引いていた。
「こっちの斜面の角度と日照時間、地質構造からして……南西の尾根に第二鉱脈が潜んでいる可能性もある」
「うむ、ぬかりないのぅ父さん! さすがドワーフ一の工房長!」
「いえ、リョウエスト様の抽出技術があってこその分析です。あれがなければ、ただの鉄鉱石と見逃していました」
「あー、ええと……あれはたまたま、っていうか……」
僕は頬をかいて目を逸らす。
グロッサム侯爵からの速文による正式許可が下りたことで、僕たちは一行を組んで南へ向かっていた。
行き先は、グロッサム侯爵領の山岳鉱区。未開拓ながら、試験採掘だけは進められていた地域だ。
「ヂョウギ、でも本当に行っていいの?鍛冶場のほう、今忙しいのでは……」
「工房は長年の弟子たちに任せてきました。何より……」
ヂョウギは目を細めて、隣の息子グラドを見た。
「……この男が暴走しないように見張らねばなりませんので」
「誰が暴走じゃあああああ!!ワシはちゃんと礼儀守っておるわい!!今回ばっかりは理性を押さえきれなかっただけじゃ!」
「いつもですね」
僕とヂョウギさんが同時に返す。
道中、ドワーフ兵たちは車輪の調整、装備の点検、野営道具の確認など黙々と働いていた。
軍隊というより、機械のような統率力に僕は改めて舌を巻く。
「ところでリョウ、今回のステンレス……用途はどう考えとる?」
「まずは調理器具と建築資材。それから輸送用車両、船底の防錆、武具の一部にも応用できるかな。あと……」
「ふむふむ……」
グラドが熱心にメモを取りはじめた。字が大きくて丸い。
「あと、クロムの量によって耐熱性や硬度が変わるから、炉の内壁や魔力変換器にも使えるかも。少なくとも、今までの鉄合金より用途はずっと広いよ」
「マジか!!それ、すぐ試せるように父さん!特別炉の設計図引いて!」
「もう描いてありますよ」
ヂョウギ、仕事が早い。
日が傾き、鉱区の山々がシルエットに沈む頃、先頭の兵士が旗を振った。
「見えました! 侯爵領の警備隊です!」
「ふむ。さて……いよいよ本番じゃな!」
グラドがにやりと笑った。僕は思わず苦笑する。
「頼むから、まずは落ち着いて挨拶してね」
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