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12歳の疾走。
空への一歩。
「……この手触り、やっぱり絹より軽い。しかも、熱に、強い?」
子ども用の肌着サンプルを並べて、僕は糸を一本摘まんでほぐした。ジルケルスパイダーの織物――ルステインの特産になって久しいけれど、赤子向けの柔らかさ優先でしか見ていなかった。低温の蒸気を吹きつけ、次に高温に切り替える。縮まない。焦げもしない。計量皿の数値は絹よりもずっと軽いまま。
「これは『使えるのでは?』案件だね」
背後でエメイラがくすりと笑った。
「言い回しが変よ。で、なにを思いついたの?」
「極薄で、しかも熱を逃がさない“袋”。それを膨らませて……上へ」
「上へ、ね。無謀は嫌いじゃないけれど、無策は嫌いよ」
「無策じゃない。お婆さんたちの知恵と、ドワーフの腕と、ノームの老人が託してくれた材料がある」
翌朝、アトリエの土間は臨時の紡績場になった。紡績の名手であるお婆さんたちを招いて、僕は布端と糸の束を見せる。
「坊、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の撚りをここまで落とすのは初めてだよ」
「でも、手元で引きながら撚り戻しすると、ほら、この薄さ」
「指先の湿りで強度を保つのさね」と、皺の深い手が糸を撫でる。「あんた、織機を少し変えな。筬(おさ)が糸を傷めてる」
「やっぱり、そこか」
ストークが即座に走り、工房へ伝令を飛ばす。
「ヂョウギさま、筬の目を改良したい由でございます」
「うむ、すぐ用意するでやす――と、これは私の口調ではありやせんな」
先に駆けつけたのは青の技のアインス。
「運搬は任せてくだせえ。軽くて脆いものほど、運ぶのが楽しいでやす」
「楽しいの基準がおかしいわ」
とフィアが笑う。
「でも、緩衝材は二重ね。ドライ、紐を足して」
「了解。ツヴァイ、針山持った?」
ツヴァイは頷くだけで、針山と糸切り鋏をギピアに渡した。ギピアはメイド長の顔で、手際よく作業台を増やす。
「今日の台所は私が回します。お母さまと丁稚衆、それに孤児院から来てくれる子どもたちに縫い目の基本を教えます。エメイラ様、指先の小さな火傷止め、少しだけお手伝いを」
「了解。冷却と消毒の簡易魔法を細かく刻むわ」
ヂョウギの改良した筬は午後には届いた。歯の目が柔らかく、糸路の角が取れている。
「リョウエスト様にだけは丁寧に申し上げますが、これは繊細ゆえ、絶対に無理をさせませぬよう」
とヂョウギ。
「張力はこの目盛りの範囲、蹴上げは小刻みに」
「ありがとう、ヂョウギ。助かる」
「いえ、わたくしめにとっても“飛ぶ”は宿願でございますゆえ」
織機に新しい筬を組み、経糸を張っていく。キーカとサッチが息を合わせ、緯糸が通るたびに極薄の面が広がった。お婆さんが目を細める。
「……こんな薄いのに、目が詰んでる。坊、これは空も持ち上げるよ」
「空を、ね」
僕は頷く。布が一反、二反。縁をバイヤスに落として、軽い補強ひもを仕込む。お母さんが子どもたちに声をかける。
「さあ、まつり縫い。糸が見えないくらい細く、でも切れないように。ほら、指はこう」
「ぼくにもできる?」
とボルクが訊く。
「できるわ。アレク、弟の分の針は?」
「ここ! ゼクス兄さんが研いでくれたやつ!」
ゼクスは無口に親指を立てた。エメイラが笑い、ミザーリは印布をカットして配っていく。
「戦場の縫いは速さ重視だが、今日は静けさ重視だな」
「声も足音も“軽量”。今日の合言葉だ」と僕。
並行してバーナーの実験。燃料は蒸留所の高濃度アルコール。小さな加圧袋から噴射し、炎孔の形を変えて温度を測る。火喰いトカゲ革で作った遮熱襟(カラー)が効いて、熱が布に回りにくい。
「出力まだ足りない」と僕。「でも、これ以上炎を粗くすると煤で重くなる」
「孔を三重螺旋にしてみたらどう?」
ボリビエが手板に素描する。
「流れが自ずと巻く。音も柔らかいはず」
「やってみよう。ゼクス、細工はできる?」
「できる」
ドライが頬を掻く。
「吊りの三点はフィアとフュンフに調整してもらうとして、アインスは周囲警戒。子どもらの手元に火は近づけない」
「任せなせえ。青の技は、見えないところで顔色を変えるのが得意でやす」
ギピアが、縫いの列に温かい薄粥を配って回る。
「手を止めて、一口だけ。根を詰めすぎないのも仕事のうち」
「おいしい!」
孤児院の子が目を丸くする。
「ぼく、毎日でも縫える」
「毎日はダメよ、勉強も遊びもある」
とお母さん。
「でも、今日のあなたは立派な工員さん」
笑い声が軽く跳ねる。その軽さが、布の軽さと揃っていく。
三日目の夕方。エンベロープ(袋体)のパネルがつながり、巨大な花びらを縫い合わせる段だ。床いっぱいに広げた布は、風に乗ってうすく波打つ。アトリエは人手でいっぱいだが、誰も大きな声を出さない。
「最後の縫いを頼む」
僕の声に、お母さん、ギピア、キーカ、サッチ、丁稚衆、孤児たち、お婆さんたちが輪になる。針目が一斉に進み、糸が静かに布へ沈む。ヂョウギがバスケット(籠)の最終確認をして戻ってきた。
「軽量材、小人の老人の遺した板材が効きましたぞ。舟形の骨格にしたおかげで、ねじりにも耐えまする」
「ありがとう。……老人のノート、材料は生きてる」
「ええ、道は違えど、志は同じでございます」
ミザーリが縄の撚りを確かめ、フィアとフュンフが吊り索の長さを指先で揃える。ゼクスは金具の鳴きを油で止め、ドライは風見の羽根を取り付ける。アインスが外を見て、小声で言った。
「風、良しでやす。お披露目には、今日の夕凪がちょうどいい」
エメイラが僕を見る。「試す?」
「……うん。係留で、少しだけ」
アトリエ裏のひらけた広場。地面に杭を打ち、青の技がロープを四方に張る。子どもたちは少し離れて見守り、ストークが安全距離の線を引く。
「皆さま、ご観覧の位置はこちらでございます」
「ストーク、声が芝居がかってる」と僕が笑うと、ストークは真顔で小さく咳払いした。「失礼を」
バスケットを据え、バーナーを取り付ける。ヂョウギが金具を二度、三度叩く。「よし」
エンベロープを広げ、口元に遮熱襟を合わせる。アインスがロープのたわみを見て、指を三本立てる。三、二、一……。
「点火」
炎が花の芯のように開いた。ジルケルスパイダーの極薄布は熱を受けてふわりと持ち上がり、やがて袋全体が息を吸ったみたいに膨らみ始める。軽い。思っていたよりも、ずっと。
「上がる!」
キーカが声を上げ、サッチが手を合わせる。子どもたちが「うわあ」と目を丸くする。ギピアが手を口に当て、ハノンが微笑んで頷く。
「係留綱、保持!」
ドライが叫ぶ。青の技が一斉に綱を締める。ミザーリがバスケットの縁に手を添え、エメイラが風の揺らぎを小さく整える。バーナーの音は三重螺旋の流れで柔らかく、炎は穏やかに青から金に移る。
「軽い……」僕は呟く。「本当に、軽い」
バスケットが地面を離れて、半歩分、また半歩分。杭がきしみ、縄が歌う。見上げれば、夕焼けの空に、僕たちの布の花が咲いている。
「アインス、限界を教えて」
「あと拳ひとつでやす。ここで止めるのが上策」
「了解、ここで保持。出力、少し落とす」
炎が細くなり、上昇が止まる。地面とバスケットの間に生まれた“隙間”の時間。誰もが息を吸って、吐かないでいた。
ラジュラエンお爺さんの言葉を思い出す。倉を開き、道を直し、歌を戻した王。空に歌を戻すなら、こういう瞬間だ。
「……成功だね」
僕が言うと、エメイラが珍しく子どもみたいに笑った。
「ええ。無謀じゃなくて、きちんと計画された冒険」
「リョウエスト様、これ、空まで行くの?」
アレクが聞く。
「いつかね。でも今日はここまで」
「安全第一!」
ボルクが胸を張る。お母さんが頷き、「よく覚えました」と頭を撫でる。
「降ろすぞ」
ドライの合図。青の技が綱を少しずつ送り、ミザーリが縁を押さえ、ヂョウギが金具を緩めるタイミングを指で示す。やがて、バスケットはそっと地面にキスをして、炎が落ち、布の花は静かに萎れた。
拍手が起きた。最初は小さく、次第に大きく。お婆さんたちが目を細め、子どもたちが跳ね、丁稚たちが肩を叩き合う。ギピアが涙ぐみ、ストークが胸に手を当てる。ヂョウギは腕を組んで天を仰ぎ、エメイラは僕の肩を小突く。
「おめでとう、発明家」
「みんなの、ね」
僕はジルケルスパイダーの布を撫でた。極薄で、でも強い。お婆さんの指、ドワーフの槌、ノームの老人の材料、母の教え、子どもたちの縫い目、青の技の綱、エメイラの風、ストークとギピアの段取り――ぜんぶがここに、軽さとして現れている。
アインスが照れくさそうに帽子をいじった。
「でやすでやす言ってる場合じゃねえ。次は“係留飛行の手順書”、書き出しやす」
「ツヴァイ、図面の清書を」
「うん」
「フィア、フュンフ、縫いの稽古は続けましょう。子どもたちにも、安全な針の扱いを」
「任せて」
「ゼクス、金具の磨耗チェック表を」
「了解」
「ヂョウギ、籠の量産は?」
「承知つかまつった。リョウエスト様にだけ申し上げますが、今日のところは祝杯を先に」
「そうだね」
夕暮れの風が頬を撫でる。空は高い。僕たちの布の花は、今日は地上で眠る。明日はまた、少しだけ高く。
「さあ、片づけだ」僕はみんなに言った。「そして、蜂蜜湯をもう一杯。職人の喉は、甘く潤すのがいい」
笑い声がまた、軽く跳ねた。空に向かって。
子ども用の肌着サンプルを並べて、僕は糸を一本摘まんでほぐした。ジルケルスパイダーの織物――ルステインの特産になって久しいけれど、赤子向けの柔らかさ優先でしか見ていなかった。低温の蒸気を吹きつけ、次に高温に切り替える。縮まない。焦げもしない。計量皿の数値は絹よりもずっと軽いまま。
「これは『使えるのでは?』案件だね」
背後でエメイラがくすりと笑った。
「言い回しが変よ。で、なにを思いついたの?」
「極薄で、しかも熱を逃がさない“袋”。それを膨らませて……上へ」
「上へ、ね。無謀は嫌いじゃないけれど、無策は嫌いよ」
「無策じゃない。お婆さんたちの知恵と、ドワーフの腕と、ノームの老人が託してくれた材料がある」
翌朝、アトリエの土間は臨時の紡績場になった。紡績の名手であるお婆さんたちを招いて、僕は布端と糸の束を見せる。
「坊、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の撚りをここまで落とすのは初めてだよ」
「でも、手元で引きながら撚り戻しすると、ほら、この薄さ」
「指先の湿りで強度を保つのさね」と、皺の深い手が糸を撫でる。「あんた、織機を少し変えな。筬(おさ)が糸を傷めてる」
「やっぱり、そこか」
ストークが即座に走り、工房へ伝令を飛ばす。
「ヂョウギさま、筬の目を改良したい由でございます」
「うむ、すぐ用意するでやす――と、これは私の口調ではありやせんな」
先に駆けつけたのは青の技のアインス。
「運搬は任せてくだせえ。軽くて脆いものほど、運ぶのが楽しいでやす」
「楽しいの基準がおかしいわ」
とフィアが笑う。
「でも、緩衝材は二重ね。ドライ、紐を足して」
「了解。ツヴァイ、針山持った?」
ツヴァイは頷くだけで、針山と糸切り鋏をギピアに渡した。ギピアはメイド長の顔で、手際よく作業台を増やす。
「今日の台所は私が回します。お母さまと丁稚衆、それに孤児院から来てくれる子どもたちに縫い目の基本を教えます。エメイラ様、指先の小さな火傷止め、少しだけお手伝いを」
「了解。冷却と消毒の簡易魔法を細かく刻むわ」
ヂョウギの改良した筬は午後には届いた。歯の目が柔らかく、糸路の角が取れている。
「リョウエスト様にだけは丁寧に申し上げますが、これは繊細ゆえ、絶対に無理をさせませぬよう」
とヂョウギ。
「張力はこの目盛りの範囲、蹴上げは小刻みに」
「ありがとう、ヂョウギ。助かる」
「いえ、わたくしめにとっても“飛ぶ”は宿願でございますゆえ」
織機に新しい筬を組み、経糸を張っていく。キーカとサッチが息を合わせ、緯糸が通るたびに極薄の面が広がった。お婆さんが目を細める。
「……こんな薄いのに、目が詰んでる。坊、これは空も持ち上げるよ」
「空を、ね」
僕は頷く。布が一反、二反。縁をバイヤスに落として、軽い補強ひもを仕込む。お母さんが子どもたちに声をかける。
「さあ、まつり縫い。糸が見えないくらい細く、でも切れないように。ほら、指はこう」
「ぼくにもできる?」
とボルクが訊く。
「できるわ。アレク、弟の分の針は?」
「ここ! ゼクス兄さんが研いでくれたやつ!」
ゼクスは無口に親指を立てた。エメイラが笑い、ミザーリは印布をカットして配っていく。
「戦場の縫いは速さ重視だが、今日は静けさ重視だな」
「声も足音も“軽量”。今日の合言葉だ」と僕。
並行してバーナーの実験。燃料は蒸留所の高濃度アルコール。小さな加圧袋から噴射し、炎孔の形を変えて温度を測る。火喰いトカゲ革で作った遮熱襟(カラー)が効いて、熱が布に回りにくい。
「出力まだ足りない」と僕。「でも、これ以上炎を粗くすると煤で重くなる」
「孔を三重螺旋にしてみたらどう?」
ボリビエが手板に素描する。
「流れが自ずと巻く。音も柔らかいはず」
「やってみよう。ゼクス、細工はできる?」
「できる」
ドライが頬を掻く。
「吊りの三点はフィアとフュンフに調整してもらうとして、アインスは周囲警戒。子どもらの手元に火は近づけない」
「任せなせえ。青の技は、見えないところで顔色を変えるのが得意でやす」
ギピアが、縫いの列に温かい薄粥を配って回る。
「手を止めて、一口だけ。根を詰めすぎないのも仕事のうち」
「おいしい!」
孤児院の子が目を丸くする。
「ぼく、毎日でも縫える」
「毎日はダメよ、勉強も遊びもある」
とお母さん。
「でも、今日のあなたは立派な工員さん」
笑い声が軽く跳ねる。その軽さが、布の軽さと揃っていく。
三日目の夕方。エンベロープ(袋体)のパネルがつながり、巨大な花びらを縫い合わせる段だ。床いっぱいに広げた布は、風に乗ってうすく波打つ。アトリエは人手でいっぱいだが、誰も大きな声を出さない。
「最後の縫いを頼む」
僕の声に、お母さん、ギピア、キーカ、サッチ、丁稚衆、孤児たち、お婆さんたちが輪になる。針目が一斉に進み、糸が静かに布へ沈む。ヂョウギがバスケット(籠)の最終確認をして戻ってきた。
「軽量材、小人の老人の遺した板材が効きましたぞ。舟形の骨格にしたおかげで、ねじりにも耐えまする」
「ありがとう。……老人のノート、材料は生きてる」
「ええ、道は違えど、志は同じでございます」
ミザーリが縄の撚りを確かめ、フィアとフュンフが吊り索の長さを指先で揃える。ゼクスは金具の鳴きを油で止め、ドライは風見の羽根を取り付ける。アインスが外を見て、小声で言った。
「風、良しでやす。お披露目には、今日の夕凪がちょうどいい」
エメイラが僕を見る。「試す?」
「……うん。係留で、少しだけ」
アトリエ裏のひらけた広場。地面に杭を打ち、青の技がロープを四方に張る。子どもたちは少し離れて見守り、ストークが安全距離の線を引く。
「皆さま、ご観覧の位置はこちらでございます」
「ストーク、声が芝居がかってる」と僕が笑うと、ストークは真顔で小さく咳払いした。「失礼を」
バスケットを据え、バーナーを取り付ける。ヂョウギが金具を二度、三度叩く。「よし」
エンベロープを広げ、口元に遮熱襟を合わせる。アインスがロープのたわみを見て、指を三本立てる。三、二、一……。
「点火」
炎が花の芯のように開いた。ジルケルスパイダーの極薄布は熱を受けてふわりと持ち上がり、やがて袋全体が息を吸ったみたいに膨らみ始める。軽い。思っていたよりも、ずっと。
「上がる!」
キーカが声を上げ、サッチが手を合わせる。子どもたちが「うわあ」と目を丸くする。ギピアが手を口に当て、ハノンが微笑んで頷く。
「係留綱、保持!」
ドライが叫ぶ。青の技が一斉に綱を締める。ミザーリがバスケットの縁に手を添え、エメイラが風の揺らぎを小さく整える。バーナーの音は三重螺旋の流れで柔らかく、炎は穏やかに青から金に移る。
「軽い……」僕は呟く。「本当に、軽い」
バスケットが地面を離れて、半歩分、また半歩分。杭がきしみ、縄が歌う。見上げれば、夕焼けの空に、僕たちの布の花が咲いている。
「アインス、限界を教えて」
「あと拳ひとつでやす。ここで止めるのが上策」
「了解、ここで保持。出力、少し落とす」
炎が細くなり、上昇が止まる。地面とバスケットの間に生まれた“隙間”の時間。誰もが息を吸って、吐かないでいた。
ラジュラエンお爺さんの言葉を思い出す。倉を開き、道を直し、歌を戻した王。空に歌を戻すなら、こういう瞬間だ。
「……成功だね」
僕が言うと、エメイラが珍しく子どもみたいに笑った。
「ええ。無謀じゃなくて、きちんと計画された冒険」
「リョウエスト様、これ、空まで行くの?」
アレクが聞く。
「いつかね。でも今日はここまで」
「安全第一!」
ボルクが胸を張る。お母さんが頷き、「よく覚えました」と頭を撫でる。
「降ろすぞ」
ドライの合図。青の技が綱を少しずつ送り、ミザーリが縁を押さえ、ヂョウギが金具を緩めるタイミングを指で示す。やがて、バスケットはそっと地面にキスをして、炎が落ち、布の花は静かに萎れた。
拍手が起きた。最初は小さく、次第に大きく。お婆さんたちが目を細め、子どもたちが跳ね、丁稚たちが肩を叩き合う。ギピアが涙ぐみ、ストークが胸に手を当てる。ヂョウギは腕を組んで天を仰ぎ、エメイラは僕の肩を小突く。
「おめでとう、発明家」
「みんなの、ね」
僕はジルケルスパイダーの布を撫でた。極薄で、でも強い。お婆さんの指、ドワーフの槌、ノームの老人の材料、母の教え、子どもたちの縫い目、青の技の綱、エメイラの風、ストークとギピアの段取り――ぜんぶがここに、軽さとして現れている。
アインスが照れくさそうに帽子をいじった。
「でやすでやす言ってる場合じゃねえ。次は“係留飛行の手順書”、書き出しやす」
「ツヴァイ、図面の清書を」
「うん」
「フィア、フュンフ、縫いの稽古は続けましょう。子どもたちにも、安全な針の扱いを」
「任せて」
「ゼクス、金具の磨耗チェック表を」
「了解」
「ヂョウギ、籠の量産は?」
「承知つかまつった。リョウエスト様にだけ申し上げますが、今日のところは祝杯を先に」
「そうだね」
夕暮れの風が頬を撫でる。空は高い。僕たちの布の花は、今日は地上で眠る。明日はまた、少しだけ高く。
「さあ、片づけだ」僕はみんなに言った。「そして、蜂蜜湯をもう一杯。職人の喉は、甘く潤すのがいい」
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