【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
467 / 688
12歳の疾走。

空への一歩。

しおりを挟む
「……この手触り、やっぱり絹より軽い。しかも、熱に、強い?」

 子ども用の肌着サンプルを並べて、僕は糸を一本摘まんでほぐした。ジルケルスパイダーの織物――ルステインの特産になって久しいけれど、赤子向けの柔らかさ優先でしか見ていなかった。低温の蒸気を吹きつけ、次に高温に切り替える。縮まない。焦げもしない。計量皿の数値は絹よりもずっと軽いまま。

「これは『使えるのでは?』案件だね」

 背後でエメイラがくすりと笑った。

「言い回しが変よ。で、なにを思いついたの?」

「極薄で、しかも熱を逃がさない“袋”。それを膨らませて……上へ」

「上へ、ね。無謀は嫌いじゃないけれど、無策は嫌いよ」

「無策じゃない。お婆さんたちの知恵と、ドワーフの腕と、ノームの老人が託してくれた材料がある」



 翌朝、アトリエの土間は臨時の紡績場になった。紡績の名手であるお婆さんたちを招いて、僕は布端と糸の束を見せる。

「坊、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の撚りをここまで落とすのは初めてだよ」
「でも、手元で引きながら撚り戻しすると、ほら、この薄さ」

「指先の湿りで強度を保つのさね」と、皺の深い手が糸を撫でる。「あんた、織機を少し変えな。筬(おさ)が糸を傷めてる」

「やっぱり、そこか」

 ストークが即座に走り、工房へ伝令を飛ばす。

「ヂョウギさま、筬の目を改良したい由でございます」

「うむ、すぐ用意するでやす――と、これは私の口調ではありやせんな」

 先に駆けつけたのは青の技のアインス。

「運搬は任せてくだせえ。軽くて脆いものほど、運ぶのが楽しいでやす」

「楽しいの基準がおかしいわ」

 とフィアが笑う。

「でも、緩衝材は二重ね。ドライ、紐を足して」

「了解。ツヴァイ、針山持った?」

 ツヴァイは頷くだけで、針山と糸切り鋏をギピアに渡した。ギピアはメイド長の顔で、手際よく作業台を増やす。

「今日の台所は私が回します。お母さまと丁稚衆、それに孤児院から来てくれる子どもたちに縫い目の基本を教えます。エメイラ様、指先の小さな火傷止め、少しだけお手伝いを」

「了解。冷却と消毒の簡易魔法を細かく刻むわ」

 ヂョウギの改良した筬は午後には届いた。歯の目が柔らかく、糸路の角が取れている。

「リョウエスト様にだけは丁寧に申し上げますが、これは繊細ゆえ、絶対に無理をさせませぬよう」

 とヂョウギ。

「張力はこの目盛りの範囲、蹴上げは小刻みに」

「ありがとう、ヂョウギ。助かる」

「いえ、わたくしめにとっても“飛ぶ”は宿願でございますゆえ」

 織機に新しい筬を組み、経糸を張っていく。キーカとサッチが息を合わせ、緯糸が通るたびに極薄の面が広がった。お婆さんが目を細める。

「……こんな薄いのに、目が詰んでる。坊、これは空も持ち上げるよ」

「空を、ね」

 僕は頷く。布が一反、二反。縁をバイヤスに落として、軽い補強ひもを仕込む。お母さんが子どもたちに声をかける。

「さあ、まつり縫い。糸が見えないくらい細く、でも切れないように。ほら、指はこう」

「ぼくにもできる?」

 とボルクが訊く。

「できるわ。アレク、弟の分の針は?」
「ここ! ゼクス兄さんが研いでくれたやつ!」

 ゼクスは無口に親指を立てた。エメイラが笑い、ミザーリは印布をカットして配っていく。

「戦場の縫いは速さ重視だが、今日は静けさ重視だな」

「声も足音も“軽量”。今日の合言葉だ」と僕。



 並行してバーナーの実験。燃料は蒸留所の高濃度アルコール。小さな加圧袋から噴射し、炎孔の形を変えて温度を測る。火喰いトカゲ革で作った遮熱襟(カラー)が効いて、熱が布に回りにくい。

「出力まだ足りない」と僕。「でも、これ以上炎を粗くすると煤で重くなる」

「孔を三重螺旋にしてみたらどう?」

 ボリビエが手板に素描する。

「流れが自ずと巻く。音も柔らかいはず」

「やってみよう。ゼクス、細工はできる?」

「できる」

 ドライが頬を掻く。

「吊りの三点はフィアとフュンフに調整してもらうとして、アインスは周囲警戒。子どもらの手元に火は近づけない」

「任せなせえ。青の技は、見えないところで顔色を変えるのが得意でやす」

 ギピアが、縫いの列に温かい薄粥を配って回る。

「手を止めて、一口だけ。根を詰めすぎないのも仕事のうち」

「おいしい!」

 孤児院の子が目を丸くする。

「ぼく、毎日でも縫える」

「毎日はダメよ、勉強も遊びもある」

とお母さん。

「でも、今日のあなたは立派な工員さん」

笑い声が軽く跳ねる。その軽さが、布の軽さと揃っていく。



三日目の夕方。エンベロープ(袋体)のパネルがつながり、巨大な花びらを縫い合わせる段だ。床いっぱいに広げた布は、風に乗ってうすく波打つ。アトリエは人手でいっぱいだが、誰も大きな声を出さない。

「最後の縫いを頼む」

僕の声に、お母さん、ギピア、キーカ、サッチ、丁稚衆、孤児たち、お婆さんたちが輪になる。針目が一斉に進み、糸が静かに布へ沈む。ヂョウギがバスケット(籠)の最終確認をして戻ってきた。

「軽量材、小人の老人の遺した板材が効きましたぞ。舟形の骨格にしたおかげで、ねじりにも耐えまする」

「ありがとう。……老人のノート、材料は生きてる」

「ええ、道は違えど、志は同じでございます」

 ミザーリが縄の撚りを確かめ、フィアとフュンフが吊り索の長さを指先で揃える。ゼクスは金具の鳴きを油で止め、ドライは風見の羽根を取り付ける。アインスが外を見て、小声で言った。

「風、良しでやす。お披露目には、今日の夕凪がちょうどいい」

エメイラが僕を見る。「試す?」

「……うん。係留で、少しだけ」



アトリエ裏のひらけた広場。地面に杭を打ち、青の技がロープを四方に張る。子どもたちは少し離れて見守り、ストークが安全距離の線を引く。

「皆さま、ご観覧の位置はこちらでございます」

「ストーク、声が芝居がかってる」と僕が笑うと、ストークは真顔で小さく咳払いした。「失礼を」

バスケットを据え、バーナーを取り付ける。ヂョウギが金具を二度、三度叩く。「よし」

エンベロープを広げ、口元に遮熱襟を合わせる。アインスがロープのたわみを見て、指を三本立てる。三、二、一……。

「点火」

 炎が花の芯のように開いた。ジルケルスパイダーの極薄布は熱を受けてふわりと持ち上がり、やがて袋全体が息を吸ったみたいに膨らみ始める。軽い。思っていたよりも、ずっと。

「上がる!」

 キーカが声を上げ、サッチが手を合わせる。子どもたちが「うわあ」と目を丸くする。ギピアが手を口に当て、ハノンが微笑んで頷く。

「係留綱、保持!」

 ドライが叫ぶ。青の技が一斉に綱を締める。ミザーリがバスケットの縁に手を添え、エメイラが風の揺らぎを小さく整える。バーナーの音は三重螺旋の流れで柔らかく、炎は穏やかに青から金に移る。

「軽い……」僕は呟く。「本当に、軽い」

バスケットが地面を離れて、半歩分、また半歩分。杭がきしみ、縄が歌う。見上げれば、夕焼けの空に、僕たちの布の花が咲いている。

「アインス、限界を教えて」

「あと拳ひとつでやす。ここで止めるのが上策」

「了解、ここで保持。出力、少し落とす」

 炎が細くなり、上昇が止まる。地面とバスケットの間に生まれた“隙間”の時間。誰もが息を吸って、吐かないでいた。

 ラジュラエンお爺さんの言葉を思い出す。倉を開き、道を直し、歌を戻した王。空に歌を戻すなら、こういう瞬間だ。

「……成功だね」

僕が言うと、エメイラが珍しく子どもみたいに笑った。

「ええ。無謀じゃなくて、きちんと計画された冒険」

「リョウエスト様、これ、空まで行くの?」

 アレクが聞く。

「いつかね。でも今日はここまで」

「安全第一!」

 ボルクが胸を張る。お母さんが頷き、「よく覚えました」と頭を撫でる。

「降ろすぞ」

 ドライの合図。青の技が綱を少しずつ送り、ミザーリが縁を押さえ、ヂョウギが金具を緩めるタイミングを指で示す。やがて、バスケットはそっと地面にキスをして、炎が落ち、布の花は静かに萎れた。

 拍手が起きた。最初は小さく、次第に大きく。お婆さんたちが目を細め、子どもたちが跳ね、丁稚たちが肩を叩き合う。ギピアが涙ぐみ、ストークが胸に手を当てる。ヂョウギは腕を組んで天を仰ぎ、エメイラは僕の肩を小突く。

「おめでとう、発明家」

「みんなの、ね」

 僕はジルケルスパイダーの布を撫でた。極薄で、でも強い。お婆さんの指、ドワーフの槌、ノームの老人の材料、母の教え、子どもたちの縫い目、青の技の綱、エメイラの風、ストークとギピアの段取り――ぜんぶがここに、軽さとして現れている。

アインスが照れくさそうに帽子をいじった。

「でやすでやす言ってる場合じゃねえ。次は“係留飛行の手順書”、書き出しやす」

「ツヴァイ、図面の清書を」

「うん」

「フィア、フュンフ、縫いの稽古は続けましょう。子どもたちにも、安全な針の扱いを」

「任せて」

「ゼクス、金具の磨耗チェック表を」

「了解」

「ヂョウギ、籠の量産は?」

「承知つかまつった。リョウエスト様にだけ申し上げますが、今日のところは祝杯を先に」

「そうだね」

夕暮れの風が頬を撫でる。空は高い。僕たちの布の花は、今日は地上で眠る。明日はまた、少しだけ高く。

「さあ、片づけだ」僕はみんなに言った。「そして、蜂蜜湯をもう一杯。職人の喉は、甘く潤すのがいい」

笑い声がまた、軽く跳ねた。空に向かって。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜

naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。 ※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。 素材利用 ・森の奥の隠里様 ・みにくる様

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

ペットになった

ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。 言葉も常識も通用しない世界。 それでも、特に不便は感じない。 あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。 「クロ」 笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。 ※視点コロコロ ※更新ノロノロ

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

処理中です...