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14歳の助走。
剣術大会。
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王都の練兵場は朝から熱気で揺れていた。観覧席の幕が風に鳴り、客のざわめきが波のように往復する。マックスさん夫妻とアルフォンス君、それにストークと合流して、指定の桟敷に案内される。
「今年も賑やかねえ」
レイアムさんが扇で頬をあおぐ。
「剣術大会はこの季に毎年です、リョウ様」ストークが横で解説してくれた。「領の代表、仕官先を求める剣士、純粋に強さを競いたい者……腕に覚えのある者が一挙に集まります」
「お爺様の弟子も出ているのだろう?」
「はい。レウフォ様の隊の若手です。予選は危なげなく抜けました」
最初の試合が始まると、場の空気が一段締まった。木槌の音で開戦が告げられ、鋼の打ち合う音が乾いた空へ飛ぶ。練兵場の土が靴の下で細かく震え、掛け声と歓声が重なる。僕は圧に少し目を瞬いた。ここは紙と会議の場とは別の、筋肉と言葉少なさが支配する場所だ。
午前はあっという間に過ぎた。昼の刻、屋台で買った薄いパンに挟んだ焼き肉をかじりながら、アルフォンス君が身を乗り出す。
「次、レウフォ叔父上の隊の人の試合だって」
「ふむ、見せ場だな」
マックスさんが目を細める。
若手は見事な間合いで勝ち上がったが、準決勝で優勝候補に当たってしまい、惜敗。結果は三位。それでも剣筋は美しく、観客席から惜しみない拍手が送られた。
そして決勝。名を呼ばれて現れたのは、常勝の剣士アール・ヤーヴィ。陽に透ける金の髪、整った目鼻立ち。若い女性だけでなく、男からも歓声が上がる。対するは両手剣の使い手、トーマス・デント。肩幅が広く、無駄口を叩かない男だった。
合図の木槌。最初はアールが主導権を握った。伸びやかな片手剣が、まるで風の筋をなぞるみたいに軽く走る。トーマスは両手剣で受け太刀を重ね、じりじりと下がりながら機を窺う。
「アールが押してる!」
アルフォンス君が拳を握る。
「押しているように見える時ほど、両手剣の間合いが怖いのよ」
レイアムさんが穏やかに言う。
数合、さらに数合。観客の息が詰まる。アールが踏み込む、その瞬間――トーマスの体が小さく沈み、重い刃が斜め下から跳ね上がった。
「隙を見た…!」ストークが低く呟く。
主導が反転し、土の匂いが濃くなる。ここからは死闘だった。アールは速度で、トーマスは重さで応じる。打ち合う音が一段深くなり、両者の肩で呼吸が荒い。泥が跳ね、刃の腹に汗が飛ぶ。
決着は唐突に来た。渾身の打ち合いで火花が散り、甲高い音が耳を刺す。アールの剣身が、根元からわずかに裂けていたのだろう。次の瞬間、刃が折れ、破片が弾丸のように跳ねてアールの脇に突き刺さった。
同時に、止めきれなかったトーマスの両手剣が流れで肩口をかすめ……いや、かすめるには重すぎた。当たりは浅いが、鈍い音がした。アールの身体が崩れ、砂が鈍く舞う。
客席がざわめき、救護班が駆け出す。だが、その動きに迷いがあった。担架へ移し替える手が震え、動線がふらついている。
「このままではマズい」
僕は立ち上がり、桟敷を飛び降りた。係の兵が慌てて制したが、名乗る暇も惜しく「助けはいるか?」とだけ声をかける。
「お願いします!」救護の若い兵が即答した。
担架を押す列に入り、控え室へ雪崩れ込む。アールは顔色が悪く、口唇がわずかに紫がかっていた。脇の傷からにじむ血は少量だが、嫌な深さ。肩は変形している。
「圧迫は続けて。今、封じます」
僕は手をクリーンで浄め、医療の知見を踏まえた回復魔法を短い言葉で呼び出す。
「止血……創縁接合……深部の破片、動け」
微細に意識を沈め、刃片の位置を探る。骨格図と血の流れを頭に置き、魔力で破片を包むように固定してから、ゆっくりと引き抜き、創を内側から閉じていく。浅いが広い肩の損傷には、まず脱臼を整復し、骨の亀裂を縫うように魔力で接合。筋膜を整え、過度に腫れないように火トカゲの皮を加工した冷却材を載せる。
アールの呼吸が少しずつ整い、顔色に赤みが戻った。
「命に別状はない。あとは君たちの手順で」
救護班の隊長が深く頭を下げる。
「ありがとうございます。後は我々で」
控え室を出ると、廊下で立ち尽くすアルフォンス君がいた。顔が真っ青で、握った拳が白い。
「だ、大丈夫……?」
「うん。命は大丈夫。刃の破片は取り出してあるし、肩も繋がった。安静にしていれば戻る」
「よかった……」
彼は安堵の息を大きく吐き、肩から力を抜いた。マックスさんがそっと彼の頭を撫でる。
「戦いは紙では済まん。だが、紙のように手順を知っていれば助かる命もある。よく見たか」
「はい」アルフォンス君は真剣に頷いた。
観覧席に戻ると、決勝は無効試合の扱いとなり、両者の健闘を称える拍手が起こっていた。トーマスは深く礼をし、観客に背を向けて静かに退場する。彼の背中は勝者のそれでありながら、どこか悔いていた。
レイアムさんが僕の袖を軽く引く。
「あなた、手は震えてない?」
「少しだけ。場の熱に押されただけ」
「ふふ……よくやりました」
ストークが二行要旨を差し出す。
「『剣術大会決勝にて負傷者発生。応急・回復処置実施。予後良好見込み』。王城と大会事務へ速文で」
「頼む」
練兵場を出ると、夕方の風が汗を冷やした。アルフォンス君が横で小さく拳を握り直す。
「僕も、強くなる」
「強さはいろいろだよ。剣の強さも、紙の強さも、逃げない強さも。全部合わせて、守る強さになる」
「うん」
「今年も賑やかねえ」
レイアムさんが扇で頬をあおぐ。
「剣術大会はこの季に毎年です、リョウ様」ストークが横で解説してくれた。「領の代表、仕官先を求める剣士、純粋に強さを競いたい者……腕に覚えのある者が一挙に集まります」
「お爺様の弟子も出ているのだろう?」
「はい。レウフォ様の隊の若手です。予選は危なげなく抜けました」
最初の試合が始まると、場の空気が一段締まった。木槌の音で開戦が告げられ、鋼の打ち合う音が乾いた空へ飛ぶ。練兵場の土が靴の下で細かく震え、掛け声と歓声が重なる。僕は圧に少し目を瞬いた。ここは紙と会議の場とは別の、筋肉と言葉少なさが支配する場所だ。
午前はあっという間に過ぎた。昼の刻、屋台で買った薄いパンに挟んだ焼き肉をかじりながら、アルフォンス君が身を乗り出す。
「次、レウフォ叔父上の隊の人の試合だって」
「ふむ、見せ場だな」
マックスさんが目を細める。
若手は見事な間合いで勝ち上がったが、準決勝で優勝候補に当たってしまい、惜敗。結果は三位。それでも剣筋は美しく、観客席から惜しみない拍手が送られた。
そして決勝。名を呼ばれて現れたのは、常勝の剣士アール・ヤーヴィ。陽に透ける金の髪、整った目鼻立ち。若い女性だけでなく、男からも歓声が上がる。対するは両手剣の使い手、トーマス・デント。肩幅が広く、無駄口を叩かない男だった。
合図の木槌。最初はアールが主導権を握った。伸びやかな片手剣が、まるで風の筋をなぞるみたいに軽く走る。トーマスは両手剣で受け太刀を重ね、じりじりと下がりながら機を窺う。
「アールが押してる!」
アルフォンス君が拳を握る。
「押しているように見える時ほど、両手剣の間合いが怖いのよ」
レイアムさんが穏やかに言う。
数合、さらに数合。観客の息が詰まる。アールが踏み込む、その瞬間――トーマスの体が小さく沈み、重い刃が斜め下から跳ね上がった。
「隙を見た…!」ストークが低く呟く。
主導が反転し、土の匂いが濃くなる。ここからは死闘だった。アールは速度で、トーマスは重さで応じる。打ち合う音が一段深くなり、両者の肩で呼吸が荒い。泥が跳ね、刃の腹に汗が飛ぶ。
決着は唐突に来た。渾身の打ち合いで火花が散り、甲高い音が耳を刺す。アールの剣身が、根元からわずかに裂けていたのだろう。次の瞬間、刃が折れ、破片が弾丸のように跳ねてアールの脇に突き刺さった。
同時に、止めきれなかったトーマスの両手剣が流れで肩口をかすめ……いや、かすめるには重すぎた。当たりは浅いが、鈍い音がした。アールの身体が崩れ、砂が鈍く舞う。
客席がざわめき、救護班が駆け出す。だが、その動きに迷いがあった。担架へ移し替える手が震え、動線がふらついている。
「このままではマズい」
僕は立ち上がり、桟敷を飛び降りた。係の兵が慌てて制したが、名乗る暇も惜しく「助けはいるか?」とだけ声をかける。
「お願いします!」救護の若い兵が即答した。
担架を押す列に入り、控え室へ雪崩れ込む。アールは顔色が悪く、口唇がわずかに紫がかっていた。脇の傷からにじむ血は少量だが、嫌な深さ。肩は変形している。
「圧迫は続けて。今、封じます」
僕は手をクリーンで浄め、医療の知見を踏まえた回復魔法を短い言葉で呼び出す。
「止血……創縁接合……深部の破片、動け」
微細に意識を沈め、刃片の位置を探る。骨格図と血の流れを頭に置き、魔力で破片を包むように固定してから、ゆっくりと引き抜き、創を内側から閉じていく。浅いが広い肩の損傷には、まず脱臼を整復し、骨の亀裂を縫うように魔力で接合。筋膜を整え、過度に腫れないように火トカゲの皮を加工した冷却材を載せる。
アールの呼吸が少しずつ整い、顔色に赤みが戻った。
「命に別状はない。あとは君たちの手順で」
救護班の隊長が深く頭を下げる。
「ありがとうございます。後は我々で」
控え室を出ると、廊下で立ち尽くすアルフォンス君がいた。顔が真っ青で、握った拳が白い。
「だ、大丈夫……?」
「うん。命は大丈夫。刃の破片は取り出してあるし、肩も繋がった。安静にしていれば戻る」
「よかった……」
彼は安堵の息を大きく吐き、肩から力を抜いた。マックスさんがそっと彼の頭を撫でる。
「戦いは紙では済まん。だが、紙のように手順を知っていれば助かる命もある。よく見たか」
「はい」アルフォンス君は真剣に頷いた。
観覧席に戻ると、決勝は無効試合の扱いとなり、両者の健闘を称える拍手が起こっていた。トーマスは深く礼をし、観客に背を向けて静かに退場する。彼の背中は勝者のそれでありながら、どこか悔いていた。
レイアムさんが僕の袖を軽く引く。
「あなた、手は震えてない?」
「少しだけ。場の熱に押されただけ」
「ふふ……よくやりました」
ストークが二行要旨を差し出す。
「『剣術大会決勝にて負傷者発生。応急・回復処置実施。予後良好見込み』。王城と大会事務へ速文で」
「頼む」
練兵場を出ると、夕方の風が汗を冷やした。アルフォンス君が横で小さく拳を握り直す。
「僕も、強くなる」
「強さはいろいろだよ。剣の強さも、紙の強さも、逃げない強さも。全部合わせて、守る強さになる」
「うん」
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