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15歳の飛翔。
大樹の都。
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オビリケ軍将と固く握手を交わし、僕らはリブを先頭に桟橋を降りた。迎えの列の中央、緑の外套に金糸の章を縫い取ったエルフの男が一歩進み出る。港湾長だ。差し出された手はしなやかで、樹皮の年輪のような温かさがあった。
「シトルウェルにようこそ。お待ちしておりました。まずは入国手続きを。入国迎賓館へご案内いたします」
リブが短く頷き、僕も胸の前で手を添えて礼を返す。桟橋から伸びる回廊は生木の上に薄い板を重ねた造りで、歩くとわずかにたわむ。港の脇に、木を抱くように建てられた小さな館があった。葉陰の光を透かす窓、香る樹脂、静かな水音。入国迎賓館と記された紋が柔らかく光る。
「失礼ながら、贈り物の目録はございますか。禁制品の有無を確認させていただきます」
ミレイユが鞄から整えた目録をすっと差し出す。港湾長は流れるような目の運びで頁を追い、ふと視線を止めた。長い睫の陰で虹彩が揺れる。
「この……エメイラヒルデの贈り物とは。差し支えなければ、どのような外見の方で?」
「髪は薄紫、藍の眼の……とても美しいエルフです」
僕が答えると、彼は一瞬だけ息を呑んだ。葉擦れほどの間のあと、もう一つだけ問いが落ちる。
「……どういったご関係で?」
「妻になる者です」
静謐な館に、微かな驚きと安堵が重なる気配が走った。港湾長は丁寧に一礼する。
「承知しました。本日は当館にご逗留を。すぐに担当官を……ところで、そちらの猫様は?」
「はい。ナビレイアの亜種で、名をナビと言います。僕の相棒です」
「おお……」
港湾長の声色が和む。その瞬間、空気の層が薄く震えた。額の奥をかすめる涼風、銀糸を弾いたような澄んだ響き。術の気配……マインドリーディング。悪意はなく、身元と虚偽の有無を確かめるごく浅い触れ方だ。こちらも意志を立てつつ、抵抗はしない。港湾長は小さく目を伏せた。
「少々こちらでお寛ぎください。使いの者をすぐに参らせます」
彼が下がると、木の葉をあしらった衣の給仕たちが入ってきて、森の恵みをそのまま器に盛り込んだような料理が並んだ。若い木の芽のサラダに、香り高い茸の薄煮、樹液で炊いた穀の粥。口に含むと、雨上がりの森を歩いた時のような清澄さが広がる。
「リョウエスト様の猫、思っていた以上に珍重されるかもしれませんね」
リブが声を潜めて笑う。ナビは肩にぴょいと飛び乗り、えへんと胸を張った。毛並みに木漏れ日がまだらに落ち、尻尾がきれいな弧を描く。
ほどなくして、走りの砂の音。扉が開き、息を整えながら一人のエルフが現れた。銀の飾緒を肩に掛け、姿勢は真っ直ぐ、目は若葉の色をしている。
「クチッフ・アーヴァヒルスと申します。外務大臣を務めております。クチッフとお呼びください」
リブが一歩出て紹介を受けると、クチッフは僕に向き直り、ゆっくりと言葉を選んだ。
「エルフの国、シトルウェル大公国は国を挙げて、あなたを歓迎いたします。ようこそ、リョウエスト・バァン・スサン伯爵」
僕も定められた礼で応じる。
「厚き歓迎に感謝いたします。お招き、恐悦に存じます」
クチッフは口元を和ませ、手を差し伸べた。
「本日は迎賓館へ。国都の息を、道すがら感じていただければ」
館を出ると、驚くほど滑らかな外皮の馬車が待っていた。木をくり抜いた座室に蔓で編んだクッション、車輪は年輪を活かした円盤に薄い樹鉄の縁。地を打つたび、衝撃は幹に吸われるように柔らかく消える。蔭の濃い街路へと入り込むと、世界の輪郭が変わった。
樹と樹の合間に、蔓橋が幾筋も渡っている。空中回廊を子どもたちが駆け、枝先の庇で老人が日向を撫でる。幹の懐を借りた家々は、一本の命に寄り添うように外側へ膨らみ、窓辺には苔や小花が揺れている。店先には樹脂を固めた硝子の器や、葉脈を写し取った紙、香草に染めた布。露台で奏でられる弦の音は、風に乗って下へ降りてきては、また上へと還っていく。水は細い溝をさらさらと走り、光は葉に屈折して幾色にも砕ける。
「樹を傷つけないよう、住まいは外へ外へと育てます。街は年輪のように、静かに広がるのです」
クチッフの言葉に、頷くしかない。僕が描いてきた都市の線とは別の理屈で、しかし同じく人の暮らしに寄り添う理が、ここには見える。ナミリアは窓に張りついて目を輝かせ、ミレイユは視線と手を忙しく往復させ、ミザーリは珍しげに鼻先をくんくんさせた。ナビは……あくびをひとつして、膝で丸くなる。肝の据わったやつだ。
やがて馬車は速度を落とす。目の前にそびえるのは、幾世紀を束ねたかと思うほどの大樹。根は丘のように盛り上がり、幹は塔のように空へ伸び、枝は天蓋のように広がっている。幹の一部が抱くように窪み、そこに、静かに息をしているような館があった。壁は薄く磨かれた樹皮、梁は蔓で組み、扉には葉の紋が浮かぶ。
「こちらが迎賓館です。本日はこちらでお泊まりください」
クチッフが先に降り、案内の手を差し伸べる。玄関の敷居には香の流れが仕込まれていて、一歩跨ぐと微かな甘い香りが立ち上がる。中は涼しい。樹の体温がそのまま室温になっているかのようだ。広間の中央には浅い水盤があり、天窓から落ちる光を揺らしている。壁には葉脈を思わせる細工が施され、床には小さな種を象った石が散りばめられていた。
「お部屋はそれぞれにご用意しています。猫様には、巣箱をご用意いたしました」
ナビはそれを聞いて、ふん、とだけ鳴いた。給仕の一人が笑いをこらえて、巣箱を両手で大切に抱え直す。
「今宵はご移動のお疲れを癒やしていただき、明日、公的なご挨拶と拝謁、その後に御市内のご案内を。贈り物目録につきましては、エメイラヒルデ様の件も含め、担当から改めて確認の上でお返事いたします」
「助かります。よろしくお願いします」
クチッフは一礼し、扉口でふと振り返った。
「それと……ここでは、森が人の心に触れることがあります。あなた方が森を尊び、森もまたあなた方を受け入れる……そのような時は、どうぞ怖れず、短く目を閉じて、ひと息をおいてください。よい夜を」
扉が静かに閉じる。葉の影が壁を渡り、遠くで鳥が二声、鳴いた。旅の塵が肩から落ちる。僕は皆の顔を順に見た。ミレイユは早くも机に見取り図を広げ、ナミリアは水盤に手を差し入れて「冷たくて気持ちいい」と笑い、ミザーリは窓外の回廊に目をやって「見張りの交代、面白いな」と呟く。ナビは用意された巣箱に一度だけ鼻を入れ、それから当然のように僕の枕に丸くなった。
「シトルウェルにようこそ。お待ちしておりました。まずは入国手続きを。入国迎賓館へご案内いたします」
リブが短く頷き、僕も胸の前で手を添えて礼を返す。桟橋から伸びる回廊は生木の上に薄い板を重ねた造りで、歩くとわずかにたわむ。港の脇に、木を抱くように建てられた小さな館があった。葉陰の光を透かす窓、香る樹脂、静かな水音。入国迎賓館と記された紋が柔らかく光る。
「失礼ながら、贈り物の目録はございますか。禁制品の有無を確認させていただきます」
ミレイユが鞄から整えた目録をすっと差し出す。港湾長は流れるような目の運びで頁を追い、ふと視線を止めた。長い睫の陰で虹彩が揺れる。
「この……エメイラヒルデの贈り物とは。差し支えなければ、どのような外見の方で?」
「髪は薄紫、藍の眼の……とても美しいエルフです」
僕が答えると、彼は一瞬だけ息を呑んだ。葉擦れほどの間のあと、もう一つだけ問いが落ちる。
「……どういったご関係で?」
「妻になる者です」
静謐な館に、微かな驚きと安堵が重なる気配が走った。港湾長は丁寧に一礼する。
「承知しました。本日は当館にご逗留を。すぐに担当官を……ところで、そちらの猫様は?」
「はい。ナビレイアの亜種で、名をナビと言います。僕の相棒です」
「おお……」
港湾長の声色が和む。その瞬間、空気の層が薄く震えた。額の奥をかすめる涼風、銀糸を弾いたような澄んだ響き。術の気配……マインドリーディング。悪意はなく、身元と虚偽の有無を確かめるごく浅い触れ方だ。こちらも意志を立てつつ、抵抗はしない。港湾長は小さく目を伏せた。
「少々こちらでお寛ぎください。使いの者をすぐに参らせます」
彼が下がると、木の葉をあしらった衣の給仕たちが入ってきて、森の恵みをそのまま器に盛り込んだような料理が並んだ。若い木の芽のサラダに、香り高い茸の薄煮、樹液で炊いた穀の粥。口に含むと、雨上がりの森を歩いた時のような清澄さが広がる。
「リョウエスト様の猫、思っていた以上に珍重されるかもしれませんね」
リブが声を潜めて笑う。ナビは肩にぴょいと飛び乗り、えへんと胸を張った。毛並みに木漏れ日がまだらに落ち、尻尾がきれいな弧を描く。
ほどなくして、走りの砂の音。扉が開き、息を整えながら一人のエルフが現れた。銀の飾緒を肩に掛け、姿勢は真っ直ぐ、目は若葉の色をしている。
「クチッフ・アーヴァヒルスと申します。外務大臣を務めております。クチッフとお呼びください」
リブが一歩出て紹介を受けると、クチッフは僕に向き直り、ゆっくりと言葉を選んだ。
「エルフの国、シトルウェル大公国は国を挙げて、あなたを歓迎いたします。ようこそ、リョウエスト・バァン・スサン伯爵」
僕も定められた礼で応じる。
「厚き歓迎に感謝いたします。お招き、恐悦に存じます」
クチッフは口元を和ませ、手を差し伸べた。
「本日は迎賓館へ。国都の息を、道すがら感じていただければ」
館を出ると、驚くほど滑らかな外皮の馬車が待っていた。木をくり抜いた座室に蔓で編んだクッション、車輪は年輪を活かした円盤に薄い樹鉄の縁。地を打つたび、衝撃は幹に吸われるように柔らかく消える。蔭の濃い街路へと入り込むと、世界の輪郭が変わった。
樹と樹の合間に、蔓橋が幾筋も渡っている。空中回廊を子どもたちが駆け、枝先の庇で老人が日向を撫でる。幹の懐を借りた家々は、一本の命に寄り添うように外側へ膨らみ、窓辺には苔や小花が揺れている。店先には樹脂を固めた硝子の器や、葉脈を写し取った紙、香草に染めた布。露台で奏でられる弦の音は、風に乗って下へ降りてきては、また上へと還っていく。水は細い溝をさらさらと走り、光は葉に屈折して幾色にも砕ける。
「樹を傷つけないよう、住まいは外へ外へと育てます。街は年輪のように、静かに広がるのです」
クチッフの言葉に、頷くしかない。僕が描いてきた都市の線とは別の理屈で、しかし同じく人の暮らしに寄り添う理が、ここには見える。ナミリアは窓に張りついて目を輝かせ、ミレイユは視線と手を忙しく往復させ、ミザーリは珍しげに鼻先をくんくんさせた。ナビは……あくびをひとつして、膝で丸くなる。肝の据わったやつだ。
やがて馬車は速度を落とす。目の前にそびえるのは、幾世紀を束ねたかと思うほどの大樹。根は丘のように盛り上がり、幹は塔のように空へ伸び、枝は天蓋のように広がっている。幹の一部が抱くように窪み、そこに、静かに息をしているような館があった。壁は薄く磨かれた樹皮、梁は蔓で組み、扉には葉の紋が浮かぶ。
「こちらが迎賓館です。本日はこちらでお泊まりください」
クチッフが先に降り、案内の手を差し伸べる。玄関の敷居には香の流れが仕込まれていて、一歩跨ぐと微かな甘い香りが立ち上がる。中は涼しい。樹の体温がそのまま室温になっているかのようだ。広間の中央には浅い水盤があり、天窓から落ちる光を揺らしている。壁には葉脈を思わせる細工が施され、床には小さな種を象った石が散りばめられていた。
「お部屋はそれぞれにご用意しています。猫様には、巣箱をご用意いたしました」
ナビはそれを聞いて、ふん、とだけ鳴いた。給仕の一人が笑いをこらえて、巣箱を両手で大切に抱え直す。
「今宵はご移動のお疲れを癒やしていただき、明日、公的なご挨拶と拝謁、その後に御市内のご案内を。贈り物目録につきましては、エメイラヒルデ様の件も含め、担当から改めて確認の上でお返事いたします」
「助かります。よろしくお願いします」
クチッフは一礼し、扉口でふと振り返った。
「それと……ここでは、森が人の心に触れることがあります。あなた方が森を尊び、森もまたあなた方を受け入れる……そのような時は、どうぞ怖れず、短く目を閉じて、ひと息をおいてください。よい夜を」
扉が静かに閉じる。葉の影が壁を渡り、遠くで鳥が二声、鳴いた。旅の塵が肩から落ちる。僕は皆の顔を順に見た。ミレイユは早くも机に見取り図を広げ、ナミリアは水盤に手を差し入れて「冷たくて気持ちいい」と笑い、ミザーリは窓外の回廊に目をやって「見張りの交代、面白いな」と呟く。ナビは用意された巣箱に一度だけ鼻を入れ、それから当然のように僕の枕に丸くなった。
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