346 / 689
7歳の駈歩。
のんびりしても良い日。
しおりを挟む
朝の光が工房のガラス窓から差し込むころ、僕は湯気の立つカップを両手で包み込みながら、革張りの椅子にもたれかかっていた。今日は予定のない日。社交もなく、発表もない、ただ静かな「僕の日」だ。さっきからナビもうたた寝している。気持ちよさそうだ。
「リョウ様、朝食のご用意ができておりますよ」
メイド長のギピアがエプロンの端を押さえながら声をかけてくれる。優しくもきっぱりとした口調は、さすがは工房の要だ。
「うん、ありがとう。家で食べそびれたからありがたいよ。今日は、パンとスープ?」
「はい。キーカとサッチが早起きして、焼きたての胡桃パンを用意してくれました」
「すごいなぁ」
僕が立ち上がると、向こうの厨房からキーカとサッチが顔を覗かせてきた。二人は、姉妹のように仲が良く、いつも一緒に働いている。今日は揃って白いエプロン姿で頬にはうっすらと粉がついていた。
「お、おはようございます! パン、ちょっと焼きすぎたかもですが……」
「でも、サクサクですよ! メディルがチェックしてくれましたから!」
席に着くと、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。パンの間には甘く煮たかぼちゃが挟まれている。スープはトマトと豆の濃厚な味。なにもかも、ほっとする味だった。
そのとき、工房の裏口から、重い金属の音が響いた。ギピアが即座に反応する。
「……どうやら、ドワーヴンベースからの方々ですね。お迎えいたしましょう」
「ヂョウギたちかな?」
玄関の扉が重く開かれると、冷えた朝の空気とともに、地精たちの低い笑い声が飛び込んできた。
「やあ、統領!お元気そうで!」
威勢のいい声の主はヂョウギ。深い皺のある顔と見事な白髭をなびかせながら、彼はいつも以上に上機嫌に見えた。背負っている荷物がやけに大きいのが少し気になったけれど。
「ブルッグも来たよ。ほら、挨拶して」
「お、おう。お久しぶりだな、統領」
ぶっきらぼうだけど誠実そうなブルッグさんが、帽子を脱いで頭を下げた。後ろからは紅色のスカーフを巻いた女性地精――ボリビエさんが、少し遅れて歩み寄る。
「おはようございます、統領。報告したい進捗があるんだ」
「うん、ありがとう。奥のサロンに行こう」
三人を工房の奥へ案内すると、メディルが無言でお茶を用意してくれた。キーカとサッチは「ドワーフさんだ!」とそわそわしていたが、ギピアさんの一瞥で台所に戻っていった。
湯気の立つカップを持ったまま、ボリビエさんが切り出す。
「まず、缶詰の封止工程なんだが、ドワーフ式の回転式プレスでほぼ量産体制に入ったよ。気密性は既存の瓶を上回るものがあり、保存食としては大変良好だね」
彼女は技術者として名高く、僕の設計図を一番に理解してくれる人だ。
「それと、ウイスキーの蒸留器。大型化に成功したよ」
ヂョウギが胸を張る。
「試験稼働にこぎつけました。まだ安定はしていないですが、サンプルを持ってきてます」
「…え、試作品があるの?」
「あります!」
そう言って、彼は背負っていた大きな荷物をごそごそと開けた。中から、太い瓶に詰められた琥珀色の液体が現れる。ラベルには僕が描いた設計図のシンボルマーク――小さな天使の羽が描かれていた。
「……すごい」
手に取ると、ほのかにスモーキーな香りが鼻をくすぐった。
「あとで父さんたちにも見せたいな」
「それと、新しいハンドクリームと口紅の試作品も持ってきたよ。成分と配合は安全だが、使用感は実際に女性の方に確認して欲しい」
「じゃあ、ギピアに渡してみよう」
「喜んでお試ししますわ」
ギピアさんがそっと受け取り、控えめな微笑を浮かべる。サッチとキーカも目を輝かせながら、視線だけで「いいなあ」と言っていた。
「本当に、ありがとう。君たちがいるから、僕の発明は動き出すんだ」
「礼には及びません!、統領」
ヂョウギさんは笑いながら、けれどどこか真剣に言った。
「統領が未来を見せてくれるから、我々はそれを形にする。そういう関係です」
昼前の陽射しが、工房のテラスに差し込んでくる。少し肌寒い風が吹くが、日向に出れば心地よい。僕たちはサロンからテラスへと移り、フィグさんが用意してくれた軽食を囲んで、報告の続きをしながら、のんびりと語り合っていた。
「このジェラート……ベタつかないのに、甘さがしっかりしてるな」
ブルッグがスプーンを持ち上げながら言う。果実の香りと甜菜糖の優しい甘さが相まって、冷たいデザートは頬がほころぶほどの味わいだった。
「甜菜糖の量産体制もいずれ必要になるね」とボリビエさん。
「うん。ルステインの農地で甜菜を育ててる農家さんとも話してる。いずれは…王国中に、砂糖のない家なんてなくなるくらいにしたいな」
僕がそう口にすると、ヂョウギが顎に手を当てて頷いた。
「そのためには、我らの精製機と保存施設の改良が鍵ですな。火の民とも相談せねばなるまい」
「獣人の運搬隊も、もっと効率化を目指せるね」
ボリビエは、メモを取りながら小さく呟いた。
「じゃあ、ちょっとドワーヴンベースに行こうか」
と僕は言う。ギピアがサッチとキーカを連れて、デザートの後片付けに入っていた。キーカは途中で、ふと思い出したように口を開いた。
「リョウエスト様、今日って何の日かご存知ですか?」
「え? なんだっけ?」
すると、サッチがくすくす笑いながら答えた。
「『のんびりしても良い日』って、昨日リョウエスト様ご自身が言ったじゃないですか!」
「あっ……」
「リョウ様、朝食のご用意ができておりますよ」
メイド長のギピアがエプロンの端を押さえながら声をかけてくれる。優しくもきっぱりとした口調は、さすがは工房の要だ。
「うん、ありがとう。家で食べそびれたからありがたいよ。今日は、パンとスープ?」
「はい。キーカとサッチが早起きして、焼きたての胡桃パンを用意してくれました」
「すごいなぁ」
僕が立ち上がると、向こうの厨房からキーカとサッチが顔を覗かせてきた。二人は、姉妹のように仲が良く、いつも一緒に働いている。今日は揃って白いエプロン姿で頬にはうっすらと粉がついていた。
「お、おはようございます! パン、ちょっと焼きすぎたかもですが……」
「でも、サクサクですよ! メディルがチェックしてくれましたから!」
席に着くと、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。パンの間には甘く煮たかぼちゃが挟まれている。スープはトマトと豆の濃厚な味。なにもかも、ほっとする味だった。
そのとき、工房の裏口から、重い金属の音が響いた。ギピアが即座に反応する。
「……どうやら、ドワーヴンベースからの方々ですね。お迎えいたしましょう」
「ヂョウギたちかな?」
玄関の扉が重く開かれると、冷えた朝の空気とともに、地精たちの低い笑い声が飛び込んできた。
「やあ、統領!お元気そうで!」
威勢のいい声の主はヂョウギ。深い皺のある顔と見事な白髭をなびかせながら、彼はいつも以上に上機嫌に見えた。背負っている荷物がやけに大きいのが少し気になったけれど。
「ブルッグも来たよ。ほら、挨拶して」
「お、おう。お久しぶりだな、統領」
ぶっきらぼうだけど誠実そうなブルッグさんが、帽子を脱いで頭を下げた。後ろからは紅色のスカーフを巻いた女性地精――ボリビエさんが、少し遅れて歩み寄る。
「おはようございます、統領。報告したい進捗があるんだ」
「うん、ありがとう。奥のサロンに行こう」
三人を工房の奥へ案内すると、メディルが無言でお茶を用意してくれた。キーカとサッチは「ドワーフさんだ!」とそわそわしていたが、ギピアさんの一瞥で台所に戻っていった。
湯気の立つカップを持ったまま、ボリビエさんが切り出す。
「まず、缶詰の封止工程なんだが、ドワーフ式の回転式プレスでほぼ量産体制に入ったよ。気密性は既存の瓶を上回るものがあり、保存食としては大変良好だね」
彼女は技術者として名高く、僕の設計図を一番に理解してくれる人だ。
「それと、ウイスキーの蒸留器。大型化に成功したよ」
ヂョウギが胸を張る。
「試験稼働にこぎつけました。まだ安定はしていないですが、サンプルを持ってきてます」
「…え、試作品があるの?」
「あります!」
そう言って、彼は背負っていた大きな荷物をごそごそと開けた。中から、太い瓶に詰められた琥珀色の液体が現れる。ラベルには僕が描いた設計図のシンボルマーク――小さな天使の羽が描かれていた。
「……すごい」
手に取ると、ほのかにスモーキーな香りが鼻をくすぐった。
「あとで父さんたちにも見せたいな」
「それと、新しいハンドクリームと口紅の試作品も持ってきたよ。成分と配合は安全だが、使用感は実際に女性の方に確認して欲しい」
「じゃあ、ギピアに渡してみよう」
「喜んでお試ししますわ」
ギピアさんがそっと受け取り、控えめな微笑を浮かべる。サッチとキーカも目を輝かせながら、視線だけで「いいなあ」と言っていた。
「本当に、ありがとう。君たちがいるから、僕の発明は動き出すんだ」
「礼には及びません!、統領」
ヂョウギさんは笑いながら、けれどどこか真剣に言った。
「統領が未来を見せてくれるから、我々はそれを形にする。そういう関係です」
昼前の陽射しが、工房のテラスに差し込んでくる。少し肌寒い風が吹くが、日向に出れば心地よい。僕たちはサロンからテラスへと移り、フィグさんが用意してくれた軽食を囲んで、報告の続きをしながら、のんびりと語り合っていた。
「このジェラート……ベタつかないのに、甘さがしっかりしてるな」
ブルッグがスプーンを持ち上げながら言う。果実の香りと甜菜糖の優しい甘さが相まって、冷たいデザートは頬がほころぶほどの味わいだった。
「甜菜糖の量産体制もいずれ必要になるね」とボリビエさん。
「うん。ルステインの農地で甜菜を育ててる農家さんとも話してる。いずれは…王国中に、砂糖のない家なんてなくなるくらいにしたいな」
僕がそう口にすると、ヂョウギが顎に手を当てて頷いた。
「そのためには、我らの精製機と保存施設の改良が鍵ですな。火の民とも相談せねばなるまい」
「獣人の運搬隊も、もっと効率化を目指せるね」
ボリビエは、メモを取りながら小さく呟いた。
「じゃあ、ちょっとドワーヴンベースに行こうか」
と僕は言う。ギピアがサッチとキーカを連れて、デザートの後片付けに入っていた。キーカは途中で、ふと思い出したように口を開いた。
「リョウエスト様、今日って何の日かご存知ですか?」
「え? なんだっけ?」
すると、サッチがくすくす笑いながら答えた。
「『のんびりしても良い日』って、昨日リョウエスト様ご自身が言ったじゃないですか!」
「あっ……」
150
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜
naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。
※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。
素材利用
・森の奥の隠里様
・みにくる様
35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~
月神世一
ファンタジー
紹介文
「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」
そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。
失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。
「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」
手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。
電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。
さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!?
森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、
罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、
競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。
これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。
……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――
銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」
世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。
魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。
彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。
一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。
構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。
彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。
「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」
暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。
管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。
これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。
※アルファポリスで先行で公開されます。
ペットになった
ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。
言葉も常識も通用しない世界。
それでも、特に不便は感じない。
あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。
「クロ」
笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。
※視点コロコロ
※更新ノロノロ
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
【完結】テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる