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7歳の駈歩。
のんびりしても良い日。
朝の光が工房のガラス窓から差し込むころ、僕は湯気の立つカップを両手で包み込みながら、革張りの椅子にもたれかかっていた。今日は予定のない日。社交もなく、発表もない、ただ静かな「僕の日」だ。さっきからナビもうたた寝している。気持ちよさそうだ。
「リョウ様、朝食のご用意ができておりますよ」
メイド長のギピアがエプロンの端を押さえながら声をかけてくれる。優しくもきっぱりとした口調は、さすがは工房の要だ。
「うん、ありがとう。家で食べそびれたからありがたいよ。今日は、パンとスープ?」
「はい。キーカとサッチが早起きして、焼きたての胡桃パンを用意してくれました」
「すごいなぁ」
僕が立ち上がると、向こうの厨房からキーカとサッチが顔を覗かせてきた。二人は、姉妹のように仲が良く、いつも一緒に働いている。今日は揃って白いエプロン姿で頬にはうっすらと粉がついていた。
「お、おはようございます! パン、ちょっと焼きすぎたかもですが……」
「でも、サクサクですよ! メディルがチェックしてくれましたから!」
席に着くと、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。パンの間には甘く煮たかぼちゃが挟まれている。スープはトマトと豆の濃厚な味。なにもかも、ほっとする味だった。
そのとき、工房の裏口から、重い金属の音が響いた。ギピアが即座に反応する。
「……どうやら、ドワーヴンベースからの方々ですね。お迎えいたしましょう」
「ヂョウギたちかな?」
玄関の扉が重く開かれると、冷えた朝の空気とともに、地精たちの低い笑い声が飛び込んできた。
「やあ、統領!お元気そうで!」
威勢のいい声の主はヂョウギ。深い皺のある顔と見事な白髭をなびかせながら、彼はいつも以上に上機嫌に見えた。背負っている荷物がやけに大きいのが少し気になったけれど。
「ブルッグも来たよ。ほら、挨拶して」
「お、おう。お久しぶりだな、統領」
ぶっきらぼうだけど誠実そうなブルッグさんが、帽子を脱いで頭を下げた。後ろからは紅色のスカーフを巻いた女性地精――ボリビエさんが、少し遅れて歩み寄る。
「おはようございます、統領。報告したい進捗があるんだ」
「うん、ありがとう。奥のサロンに行こう」
三人を工房の奥へ案内すると、メディルが無言でお茶を用意してくれた。キーカとサッチは「ドワーフさんだ!」とそわそわしていたが、ギピアさんの一瞥で台所に戻っていった。
湯気の立つカップを持ったまま、ボリビエさんが切り出す。
「まず、缶詰の封止工程なんだが、ドワーフ式の回転式プレスでほぼ量産体制に入ったよ。気密性は既存の瓶を上回るものがあり、保存食としては大変良好だね」
彼女は技術者として名高く、僕の設計図を一番に理解してくれる人だ。
「それと、ウイスキーの蒸留器。大型化に成功したよ」
ヂョウギが胸を張る。
「試験稼働にこぎつけました。まだ安定はしていないですが、サンプルを持ってきてます」
「…え、試作品があるの?」
「あります!」
そう言って、彼は背負っていた大きな荷物をごそごそと開けた。中から、太い瓶に詰められた琥珀色の液体が現れる。ラベルには僕が描いた設計図のシンボルマーク――小さな天使の羽が描かれていた。
「……すごい」
手に取ると、ほのかにスモーキーな香りが鼻をくすぐった。
「あとで父さんたちにも見せたいな」
「それと、新しいハンドクリームと口紅の試作品も持ってきたよ。成分と配合は安全だが、使用感は実際に女性の方に確認して欲しい」
「じゃあ、ギピアに渡してみよう」
「喜んでお試ししますわ」
ギピアさんがそっと受け取り、控えめな微笑を浮かべる。サッチとキーカも目を輝かせながら、視線だけで「いいなあ」と言っていた。
「本当に、ありがとう。君たちがいるから、僕の発明は動き出すんだ」
「礼には及びません!、統領」
ヂョウギさんは笑いながら、けれどどこか真剣に言った。
「統領が未来を見せてくれるから、我々はそれを形にする。そういう関係です」
昼前の陽射しが、工房のテラスに差し込んでくる。少し肌寒い風が吹くが、日向に出れば心地よい。僕たちはサロンからテラスへと移り、フィグさんが用意してくれた軽食を囲んで、報告の続きをしながら、のんびりと語り合っていた。
「このジェラート……ベタつかないのに、甘さがしっかりしてるな」
ブルッグがスプーンを持ち上げながら言う。果実の香りと甜菜糖の優しい甘さが相まって、冷たいデザートは頬がほころぶほどの味わいだった。
「甜菜糖の量産体制もいずれ必要になるね」とボリビエさん。
「うん。ルステインの農地で甜菜を育ててる農家さんとも話してる。いずれは…王国中に、砂糖のない家なんてなくなるくらいにしたいな」
僕がそう口にすると、ヂョウギが顎に手を当てて頷いた。
「そのためには、我らの精製機と保存施設の改良が鍵ですな。火の民とも相談せねばなるまい」
「獣人の運搬隊も、もっと効率化を目指せるね」
ボリビエは、メモを取りながら小さく呟いた。
「じゃあ、ちょっとドワーヴンベースに行こうか」
と僕は言う。ギピアがサッチとキーカを連れて、デザートの後片付けに入っていた。キーカは途中で、ふと思い出したように口を開いた。
「リョウエスト様、今日って何の日かご存知ですか?」
「え? なんだっけ?」
すると、サッチがくすくす笑いながら答えた。
「『のんびりしても良い日』って、昨日リョウエスト様ご自身が言ったじゃないですか!」
「あっ……」
「リョウ様、朝食のご用意ができておりますよ」
メイド長のギピアがエプロンの端を押さえながら声をかけてくれる。優しくもきっぱりとした口調は、さすがは工房の要だ。
「うん、ありがとう。家で食べそびれたからありがたいよ。今日は、パンとスープ?」
「はい。キーカとサッチが早起きして、焼きたての胡桃パンを用意してくれました」
「すごいなぁ」
僕が立ち上がると、向こうの厨房からキーカとサッチが顔を覗かせてきた。二人は、姉妹のように仲が良く、いつも一緒に働いている。今日は揃って白いエプロン姿で頬にはうっすらと粉がついていた。
「お、おはようございます! パン、ちょっと焼きすぎたかもですが……」
「でも、サクサクですよ! メディルがチェックしてくれましたから!」
席に着くと、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。パンの間には甘く煮たかぼちゃが挟まれている。スープはトマトと豆の濃厚な味。なにもかも、ほっとする味だった。
そのとき、工房の裏口から、重い金属の音が響いた。ギピアが即座に反応する。
「……どうやら、ドワーヴンベースからの方々ですね。お迎えいたしましょう」
「ヂョウギたちかな?」
玄関の扉が重く開かれると、冷えた朝の空気とともに、地精たちの低い笑い声が飛び込んできた。
「やあ、統領!お元気そうで!」
威勢のいい声の主はヂョウギ。深い皺のある顔と見事な白髭をなびかせながら、彼はいつも以上に上機嫌に見えた。背負っている荷物がやけに大きいのが少し気になったけれど。
「ブルッグも来たよ。ほら、挨拶して」
「お、おう。お久しぶりだな、統領」
ぶっきらぼうだけど誠実そうなブルッグさんが、帽子を脱いで頭を下げた。後ろからは紅色のスカーフを巻いた女性地精――ボリビエさんが、少し遅れて歩み寄る。
「おはようございます、統領。報告したい進捗があるんだ」
「うん、ありがとう。奥のサロンに行こう」
三人を工房の奥へ案内すると、メディルが無言でお茶を用意してくれた。キーカとサッチは「ドワーフさんだ!」とそわそわしていたが、ギピアさんの一瞥で台所に戻っていった。
湯気の立つカップを持ったまま、ボリビエさんが切り出す。
「まず、缶詰の封止工程なんだが、ドワーフ式の回転式プレスでほぼ量産体制に入ったよ。気密性は既存の瓶を上回るものがあり、保存食としては大変良好だね」
彼女は技術者として名高く、僕の設計図を一番に理解してくれる人だ。
「それと、ウイスキーの蒸留器。大型化に成功したよ」
ヂョウギが胸を張る。
「試験稼働にこぎつけました。まだ安定はしていないですが、サンプルを持ってきてます」
「…え、試作品があるの?」
「あります!」
そう言って、彼は背負っていた大きな荷物をごそごそと開けた。中から、太い瓶に詰められた琥珀色の液体が現れる。ラベルには僕が描いた設計図のシンボルマーク――小さな天使の羽が描かれていた。
「……すごい」
手に取ると、ほのかにスモーキーな香りが鼻をくすぐった。
「あとで父さんたちにも見せたいな」
「それと、新しいハンドクリームと口紅の試作品も持ってきたよ。成分と配合は安全だが、使用感は実際に女性の方に確認して欲しい」
「じゃあ、ギピアに渡してみよう」
「喜んでお試ししますわ」
ギピアさんがそっと受け取り、控えめな微笑を浮かべる。サッチとキーカも目を輝かせながら、視線だけで「いいなあ」と言っていた。
「本当に、ありがとう。君たちがいるから、僕の発明は動き出すんだ」
「礼には及びません!、統領」
ヂョウギさんは笑いながら、けれどどこか真剣に言った。
「統領が未来を見せてくれるから、我々はそれを形にする。そういう関係です」
昼前の陽射しが、工房のテラスに差し込んでくる。少し肌寒い風が吹くが、日向に出れば心地よい。僕たちはサロンからテラスへと移り、フィグさんが用意してくれた軽食を囲んで、報告の続きをしながら、のんびりと語り合っていた。
「このジェラート……ベタつかないのに、甘さがしっかりしてるな」
ブルッグがスプーンを持ち上げながら言う。果実の香りと甜菜糖の優しい甘さが相まって、冷たいデザートは頬がほころぶほどの味わいだった。
「甜菜糖の量産体制もいずれ必要になるね」とボリビエさん。
「うん。ルステインの農地で甜菜を育ててる農家さんとも話してる。いずれは…王国中に、砂糖のない家なんてなくなるくらいにしたいな」
僕がそう口にすると、ヂョウギが顎に手を当てて頷いた。
「そのためには、我らの精製機と保存施設の改良が鍵ですな。火の民とも相談せねばなるまい」
「獣人の運搬隊も、もっと効率化を目指せるね」
ボリビエは、メモを取りながら小さく呟いた。
「じゃあ、ちょっとドワーヴンベースに行こうか」
と僕は言う。ギピアがサッチとキーカを連れて、デザートの後片付けに入っていた。キーカは途中で、ふと思い出したように口を開いた。
「リョウエスト様、今日って何の日かご存知ですか?」
「え? なんだっけ?」
すると、サッチがくすくす笑いながら答えた。
「『のんびりしても良い日』って、昨日リョウエスト様ご自身が言ったじゃないですか!」
「あっ……」
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