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7歳の駈歩。
イタヌさんとマジスさんのお願い。
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カン、カン……トン、と軽やかな金属音が朝の空気に混じる。工房裏手、陽射しのよく当たる馬車整備場。馬たちがのんびりと反芻するのを背に、セルブロ、アレク、ボルクの三人が、僕の専用馬車「キッチンエンジェル」の整備に精を出していた。
「ほら、アレク、そこのナットまだ緩んでる」
「うん、分かってるよセルブロさん。でも昨日よりずっと締まるようになったよ!」
「それは認める…ボルク、タイヤの軸、確認したか?」
「はいっ。問題なし!」
セルブロは、相変わらず厳しくも温かな目で少年たちを見守っている。二人の少年は元孤児。けれど今では僕の家族のような存在だ。目を細めて、その様子を工房の縁台から眺めていると、ひょこっと視界の端に現れたのはメディルだった。
「おはようございます。整備の皆さまに、甘いものをお届けです」
籠を抱えてトコトコと近寄るとほんのりシナモンの香りが風に乗る。中には手製のクッキーやパイが入っていた。
「わっ!メディル姉ちゃん、天使!」
「おおお、おれ、今日ずっと頑張れる気がする…!」
少年たちが大げさに手を挙げると、メディルは笑って頷き籠をベンチに置いた。セルブロも軽く礼を言い僕と視線を交わして小さく頷いた。
そんなゆるやかな朝の空気の中、工房の前の石畳を二つの軽やかな足音が鳴らして近づいてくる。
「久しぶりやな、リョウエスト君」
「時間よろしいか?」
登場したのは、狐の獣人――料理ギルドの王都本部長・イタヌさんと、ルステイン支部長・マジスさん。どちらも金と銀のしなやかな尾を揺らしながら、優雅に歩いてくる。兄イタヌさんは品があり、弟のマジスさんはどこか柔和で親しみやすい。
「もちろん。中でお茶でも?」
そう言って工房の扉を開くと、ふたりは小さく笑って頷いた。
工房の応接室に案内すると、キーカが手際よくティーセットを運び、サッチがメディルお手製のクッキーを皿に盛る。狐兄弟はふたりとも礼儀正しく礼を述べてから腰を下ろした。
「それで、今日はどういうご用件で?」
と僕が訊ねると、先に口を開いたのはイタヌさんだった。
「いま料理ギルドは新しい時代の分岐点に立っとる。君がこの一年で発明した保存食技術、缶詰、調味料、そして調理機材の数々は、ギルドの内部を大きく揺さぶっているんや」
「…評議会では保守的な意見も強くてな」
とマジスさんが苦笑混じりに続ける。
「料理人は技を磨くべきで、道具に頼るべきではない」そんな声が王都本部では根強いのだという。だが現実には、スサン商会が広める技術で救われた村も変わった街も多いの。
「特に缶詰と甜菜糖の加工技術は、地方のギルドを活性化させるやろ。一方で、本部の古参料理人たちの間には、君を『便利な道具屋』と見なす者もいるんや」
イタヌさんはそこでいったん言葉を止め、僕に向き直った。
「お願いがあるんやけど王都で料理ギルド本部の技術講習会を一度、引き受けてもらえへんやろか?」
…なるほど。彼らの考えが読めてきた。道具は目的ではなく手段。それを教えるには、実際に使いこなす姿を見せるのが早い。僕の発明を使いこなし、それでいて味も伴う料理を作れば良い。
「分かった。やろう。僕が王都へ行くのはしばらく先なの。時期さえ調整できれば」
イタヌさんもマジスさんも、安心したように肩を下ろした。
その時だった。応接室の扉がノックもなくぱたんと開いた。
「リョウ、ちょっと付き合ってもらうわよ」
そこに立っていたのはエメイラと、その後ろにちらりと顔を覗かせるミザーリ。ふたりともいつもの格好ではなく、動きやすそうな訓練着姿だ。
「…また修行?」
「また、ではなく『続き』よ」
エメイラは微笑んだ。僕はギルドの二人に「ちょっと失礼しますね」と言って立ち上がった。
家の中庭に着いた。最近訓練にエメイラが参加するようになったの。
「じゃあ、まずはこの前の続き。体幹と踏み込みの連携確認よ」
エメイラが手にしていた木製の槍を軽く回して、僕に差し出す。受け取りながら、隣でミザーリがやや控えめな声で言った。
「主よ、今回は護身術だけじゃなく、相手の重心を見抜く訓練もします」
「また僕が地面に転がるコースだな…」
そう呟くと、エメイラが笑った。
「違う違う。今回は『どう転がされるか』の研究。だから、自分からも転がってもらうわ」
すでに何度か稽古を重ねている僕は、観念して足を広げた構えを取る。エメイラとミザーリ、ふたりは『風』と『火』のような対照的な動きで僕を翻弄する。特にエメイラの重心移動は音もなく足元をすくわれるような巧妙さがある。
そのたびに地面をゴロンと転がる僕。それを見て、エメイラが手を差し伸べながら言った。
「リョウエスト、今の技術はすごい。でも技術に頼りきっていると何かあった時に自分を守れないでしょ?」
「……うん、分かってるよ」
そう、何度か実感した。技術で世界を変えるにはまず自分自身が倒れずにいられること。そのために必要な力がある。
ひと汗かいて座り込むと、風が心地よく頬を撫でた。空を見上げれば雲がゆっくりと流れていく。
エメイラがぽつりと話しかけてきた。
「さっきの狐さんたち良い人たちよね」
「うん。時代を変えようとしているんだと思う。だからこそ僕も手を貸したいの」
「あなたなら、きっと変えられるわ。世界も、技術も、人の心も」
「ほら、アレク、そこのナットまだ緩んでる」
「うん、分かってるよセルブロさん。でも昨日よりずっと締まるようになったよ!」
「それは認める…ボルク、タイヤの軸、確認したか?」
「はいっ。問題なし!」
セルブロは、相変わらず厳しくも温かな目で少年たちを見守っている。二人の少年は元孤児。けれど今では僕の家族のような存在だ。目を細めて、その様子を工房の縁台から眺めていると、ひょこっと視界の端に現れたのはメディルだった。
「おはようございます。整備の皆さまに、甘いものをお届けです」
籠を抱えてトコトコと近寄るとほんのりシナモンの香りが風に乗る。中には手製のクッキーやパイが入っていた。
「わっ!メディル姉ちゃん、天使!」
「おおお、おれ、今日ずっと頑張れる気がする…!」
少年たちが大げさに手を挙げると、メディルは笑って頷き籠をベンチに置いた。セルブロも軽く礼を言い僕と視線を交わして小さく頷いた。
そんなゆるやかな朝の空気の中、工房の前の石畳を二つの軽やかな足音が鳴らして近づいてくる。
「久しぶりやな、リョウエスト君」
「時間よろしいか?」
登場したのは、狐の獣人――料理ギルドの王都本部長・イタヌさんと、ルステイン支部長・マジスさん。どちらも金と銀のしなやかな尾を揺らしながら、優雅に歩いてくる。兄イタヌさんは品があり、弟のマジスさんはどこか柔和で親しみやすい。
「もちろん。中でお茶でも?」
そう言って工房の扉を開くと、ふたりは小さく笑って頷いた。
工房の応接室に案内すると、キーカが手際よくティーセットを運び、サッチがメディルお手製のクッキーを皿に盛る。狐兄弟はふたりとも礼儀正しく礼を述べてから腰を下ろした。
「それで、今日はどういうご用件で?」
と僕が訊ねると、先に口を開いたのはイタヌさんだった。
「いま料理ギルドは新しい時代の分岐点に立っとる。君がこの一年で発明した保存食技術、缶詰、調味料、そして調理機材の数々は、ギルドの内部を大きく揺さぶっているんや」
「…評議会では保守的な意見も強くてな」
とマジスさんが苦笑混じりに続ける。
「料理人は技を磨くべきで、道具に頼るべきではない」そんな声が王都本部では根強いのだという。だが現実には、スサン商会が広める技術で救われた村も変わった街も多いの。
「特に缶詰と甜菜糖の加工技術は、地方のギルドを活性化させるやろ。一方で、本部の古参料理人たちの間には、君を『便利な道具屋』と見なす者もいるんや」
イタヌさんはそこでいったん言葉を止め、僕に向き直った。
「お願いがあるんやけど王都で料理ギルド本部の技術講習会を一度、引き受けてもらえへんやろか?」
…なるほど。彼らの考えが読めてきた。道具は目的ではなく手段。それを教えるには、実際に使いこなす姿を見せるのが早い。僕の発明を使いこなし、それでいて味も伴う料理を作れば良い。
「分かった。やろう。僕が王都へ行くのはしばらく先なの。時期さえ調整できれば」
イタヌさんもマジスさんも、安心したように肩を下ろした。
その時だった。応接室の扉がノックもなくぱたんと開いた。
「リョウ、ちょっと付き合ってもらうわよ」
そこに立っていたのはエメイラと、その後ろにちらりと顔を覗かせるミザーリ。ふたりともいつもの格好ではなく、動きやすそうな訓練着姿だ。
「…また修行?」
「また、ではなく『続き』よ」
エメイラは微笑んだ。僕はギルドの二人に「ちょっと失礼しますね」と言って立ち上がった。
家の中庭に着いた。最近訓練にエメイラが参加するようになったの。
「じゃあ、まずはこの前の続き。体幹と踏み込みの連携確認よ」
エメイラが手にしていた木製の槍を軽く回して、僕に差し出す。受け取りながら、隣でミザーリがやや控えめな声で言った。
「主よ、今回は護身術だけじゃなく、相手の重心を見抜く訓練もします」
「また僕が地面に転がるコースだな…」
そう呟くと、エメイラが笑った。
「違う違う。今回は『どう転がされるか』の研究。だから、自分からも転がってもらうわ」
すでに何度か稽古を重ねている僕は、観念して足を広げた構えを取る。エメイラとミザーリ、ふたりは『風』と『火』のような対照的な動きで僕を翻弄する。特にエメイラの重心移動は音もなく足元をすくわれるような巧妙さがある。
そのたびに地面をゴロンと転がる僕。それを見て、エメイラが手を差し伸べながら言った。
「リョウエスト、今の技術はすごい。でも技術に頼りきっていると何かあった時に自分を守れないでしょ?」
「……うん、分かってるよ」
そう、何度か実感した。技術で世界を変えるにはまず自分自身が倒れずにいられること。そのために必要な力がある。
ひと汗かいて座り込むと、風が心地よく頬を撫でた。空を見上げれば雲がゆっくりと流れていく。
エメイラがぽつりと話しかけてきた。
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