364 / 806
7歳の駈歩。
鉄槌のリズムが未来を拓く。
朝霧がまだ工房の屋根をなぞる頃、ドワーヴンベースの製造棟は既に活動を始めていた。低く響く金槌の音、石板を削る音、鋼を圧延する重機の唸り。それらが折り重なって、まるでひとつの楽団のように響き渡る。
「こっちはもう部品が揃ったぞ。組立に入る!」
「了解だ、こっちのバルブ制御も動作良好だ!」
二人の地精技師は、活版印刷機の機械部分を手際よく組み立てていた。金属板とレバーの噛み合わせ、バネの強さ、回転軸の滑らかさに一切の妥協はない。量産工程とはいえ、地精にとって一つひとつの製品が『誇り』であった。
その横では、小人族のクルムと小人数人が織機の最終調整を行っていた。ジルケル織物専用の特殊織機である。複雑な交差をする織り糸の動きに目を凝らし、魔物の糸を扱うための摩擦軽減材を塗り込み、繊細な動作を確認していた。
「このテンションだと…糸が切れるわね。ちょっとテンション緩めて」
「よしきた、そっちは任せて」
その会話の奥では、防水布のロールが静かに流れていた。硬化剤と布の多層構造を一体化させる機械が淡々と働き続け、次々と出来上がるロールをヒト族の寡婦たちが巻いていく。彼女たちは機械の補助作業も兼ねており、作業効率は大きく上がっていた。
その横には木工場があり遊び道具の生産が行われている。真球に球を作るのは困難だが、彼らは経験によって真球に作る技術を取得した。次々にできる球に風精族が調合した自然に優しいニスをヒト族の塗装職人が塗っている。
そして奥の一角では、コルクを芯に使ったライフジャケットの量産が進んでいる。ワイン醸造で余ったコルクの再利用として生まれたこの装備は、既に水上輸送に欠かせぬものとなっていた。
「浮力実験、完了しました! 問題なし!」
小人が元気に報告し、水竜人の若者が記録板に印を入れる。彼は全体の工程管理を担っており、職人ではないが機械の挙動や作業の流れには詳しい。
「今日のロットは、熱源機と甜菜糖精製機が重点項目だ。手を抜くなよ」
ヂョウギが工房長として声をかけ、全体の士気を上げていく。静かだが頼れる男だ。
中でも異彩を放つのが、火食いトカゲの革を用いた熱源機の生産ラインである。火の魔物の皮革を精製し、魔力の消費を極限まで抑える特殊な加工が施されていた。
「10日も使える魔力保存構造……信じられん」
熱に強い火の民の少年は熱源機の魔法炉心を確認しながら唸った。この装置は単に暖房にとどまらず、調理、浴場、野外作業など用途は多岐にわたる。しかもエネルギー効率がずば抜けている。
「この技術戦争に使えば…いや、使わせない。だからこそ民のために」
僕が語った信念を彼ら職人たちは忘れていない。技術の力は誰かの命を奪うためではなく、命を支えるために使うべきだ。それがここの開発方針だった。
一方で甜菜糖精製機の製造は、別の意味で革命的だった。魔法に頼らず、遠心分離と加熱、濾過を組み合わせたこの装置は、寒冷地でも安定して甘味資源を供給できるように設計されていた。
「甜菜糖の安定供給は、冬の保存食に影響する。缶詰とセットで考えよう」
ヂョウギの指示のもと、缶詰加工機と封止機も静かに組み立てが進んでいた。印刷技術の応用でラベルや記録が貼られることを見越して、缶の形状にも工夫が施されている。
ボリビエが黙々とその微調整を進めていた。女性の技師として珍しい存在だが、その腕は折り紙付き。力強くも繊細な彼女の作業に、誰もが信頼を寄せていた。
昼を過ぎると、工房は一時的に静けさを取り戻す。昼食の時間ではない。昼食という習慣はないが、交代で休憩を取るのがドワーヴンベースの流儀だった。ブラック企業で潰された僕は休憩なしで作業は決して許さないのだ。
その静かな時間、僕は工房の上階から全体を見下ろしていた。音は静かでも、目に見えないエネルギーがこの空間に満ちていた。まるで未来の技術が種を撒かれ、芽吹く直前の土壌のようだ。ヂョウギが僕の姿を見つけて上がってくる。
「統領、冷却という概念については…」
とヂョウギが聞く。
「まだ思いついていない。熱源の応用が先だよ。いずれ反転させて冷却ができれば、とは考えてるけどね」
「従来の魔法道具は魔法瘤の消費がかなり多いので、あの技術が応用できればとおもうんですが」
「そうだね。でもダメだよ。焦っても良いものは生まれないし、じっくりと考えよう」
そう、まだ冷却装置は構想すら生まれていない。しかし今の進展があってこそ、次の技術への布石となる。防水布、織機、瓶、缶詰、ライフジャケット。それぞれが未来の一部になる。
機械は、ひとつの動力に集約されるのではなく、用途に応じて多種多様に枝分かれしていく。民の生活に溶け込みながら、確かな変化をもたらしていく。
「未来って、目立たないところから始まるものだね」
独り言のように呟くと、隣に来たクルムがにっこり笑った。
「そうよ、地味で、根気が要る。でも、楽しいじゃない」
僕も笑った。そうだ、楽しいからやっている。誰かのためになることが、自分の生き甲斐になっている。
そしてまた、製造の音が再び響き出す。休憩がそろそろ終わりのようだ。また鋼の楽団が演奏を始める。
未来の音が、今日もここで鳴っている。
「こっちはもう部品が揃ったぞ。組立に入る!」
「了解だ、こっちのバルブ制御も動作良好だ!」
二人の地精技師は、活版印刷機の機械部分を手際よく組み立てていた。金属板とレバーの噛み合わせ、バネの強さ、回転軸の滑らかさに一切の妥協はない。量産工程とはいえ、地精にとって一つひとつの製品が『誇り』であった。
その横では、小人族のクルムと小人数人が織機の最終調整を行っていた。ジルケル織物専用の特殊織機である。複雑な交差をする織り糸の動きに目を凝らし、魔物の糸を扱うための摩擦軽減材を塗り込み、繊細な動作を確認していた。
「このテンションだと…糸が切れるわね。ちょっとテンション緩めて」
「よしきた、そっちは任せて」
その会話の奥では、防水布のロールが静かに流れていた。硬化剤と布の多層構造を一体化させる機械が淡々と働き続け、次々と出来上がるロールをヒト族の寡婦たちが巻いていく。彼女たちは機械の補助作業も兼ねており、作業効率は大きく上がっていた。
その横には木工場があり遊び道具の生産が行われている。真球に球を作るのは困難だが、彼らは経験によって真球に作る技術を取得した。次々にできる球に風精族が調合した自然に優しいニスをヒト族の塗装職人が塗っている。
そして奥の一角では、コルクを芯に使ったライフジャケットの量産が進んでいる。ワイン醸造で余ったコルクの再利用として生まれたこの装備は、既に水上輸送に欠かせぬものとなっていた。
「浮力実験、完了しました! 問題なし!」
小人が元気に報告し、水竜人の若者が記録板に印を入れる。彼は全体の工程管理を担っており、職人ではないが機械の挙動や作業の流れには詳しい。
「今日のロットは、熱源機と甜菜糖精製機が重点項目だ。手を抜くなよ」
ヂョウギが工房長として声をかけ、全体の士気を上げていく。静かだが頼れる男だ。
中でも異彩を放つのが、火食いトカゲの革を用いた熱源機の生産ラインである。火の魔物の皮革を精製し、魔力の消費を極限まで抑える特殊な加工が施されていた。
「10日も使える魔力保存構造……信じられん」
熱に強い火の民の少年は熱源機の魔法炉心を確認しながら唸った。この装置は単に暖房にとどまらず、調理、浴場、野外作業など用途は多岐にわたる。しかもエネルギー効率がずば抜けている。
「この技術戦争に使えば…いや、使わせない。だからこそ民のために」
僕が語った信念を彼ら職人たちは忘れていない。技術の力は誰かの命を奪うためではなく、命を支えるために使うべきだ。それがここの開発方針だった。
一方で甜菜糖精製機の製造は、別の意味で革命的だった。魔法に頼らず、遠心分離と加熱、濾過を組み合わせたこの装置は、寒冷地でも安定して甘味資源を供給できるように設計されていた。
「甜菜糖の安定供給は、冬の保存食に影響する。缶詰とセットで考えよう」
ヂョウギの指示のもと、缶詰加工機と封止機も静かに組み立てが進んでいた。印刷技術の応用でラベルや記録が貼られることを見越して、缶の形状にも工夫が施されている。
ボリビエが黙々とその微調整を進めていた。女性の技師として珍しい存在だが、その腕は折り紙付き。力強くも繊細な彼女の作業に、誰もが信頼を寄せていた。
昼を過ぎると、工房は一時的に静けさを取り戻す。昼食の時間ではない。昼食という習慣はないが、交代で休憩を取るのがドワーヴンベースの流儀だった。ブラック企業で潰された僕は休憩なしで作業は決して許さないのだ。
その静かな時間、僕は工房の上階から全体を見下ろしていた。音は静かでも、目に見えないエネルギーがこの空間に満ちていた。まるで未来の技術が種を撒かれ、芽吹く直前の土壌のようだ。ヂョウギが僕の姿を見つけて上がってくる。
「統領、冷却という概念については…」
とヂョウギが聞く。
「まだ思いついていない。熱源の応用が先だよ。いずれ反転させて冷却ができれば、とは考えてるけどね」
「従来の魔法道具は魔法瘤の消費がかなり多いので、あの技術が応用できればとおもうんですが」
「そうだね。でもダメだよ。焦っても良いものは生まれないし、じっくりと考えよう」
そう、まだ冷却装置は構想すら生まれていない。しかし今の進展があってこそ、次の技術への布石となる。防水布、織機、瓶、缶詰、ライフジャケット。それぞれが未来の一部になる。
機械は、ひとつの動力に集約されるのではなく、用途に応じて多種多様に枝分かれしていく。民の生活に溶け込みながら、確かな変化をもたらしていく。
「未来って、目立たないところから始まるものだね」
独り言のように呟くと、隣に来たクルムがにっこり笑った。
「そうよ、地味で、根気が要る。でも、楽しいじゃない」
僕も笑った。そうだ、楽しいからやっている。誰かのためになることが、自分の生き甲斐になっている。
そしてまた、製造の音が再び響き出す。休憩がそろそろ終わりのようだ。また鋼の楽団が演奏を始める。
未来の音が、今日もここで鳴っている。
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~
夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する!
農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。
逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。
これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。
最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~
gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。
なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。
一人称視点、独り言多め、能天気となっております。
なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。
ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A
ご指摘あればどんどん仰ってください。
※2017/8/29 連載再開しました!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ひだまりのFランク冒険者
みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。
そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。
そんな中
冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。
その名は、リルド。
彼は、特に何もない感じに毎日
「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。
この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~
九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます!
七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。
しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。
食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。
孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。
これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。