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7歳の駈歩。
鉄槌のリズムが未来を拓く。
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朝霧がまだ工房の屋根をなぞる頃、ドワーヴンベースの製造棟は既に活動を始めていた。低く響く金槌の音、石板を削る音、鋼を圧延する重機の唸り。それらが折り重なって、まるでひとつの楽団のように響き渡る。
「こっちはもう部品が揃ったぞ。組立に入る!」
「了解だ、こっちのバルブ制御も動作良好だ!」
二人の地精技師は、活版印刷機の機械部分を手際よく組み立てていた。金属板とレバーの噛み合わせ、バネの強さ、回転軸の滑らかさに一切の妥協はない。量産工程とはいえ、地精にとって一つひとつの製品が『誇り』であった。
その横では、小人族のクルムと小人数人が織機の最終調整を行っていた。ジルケル織物専用の特殊織機である。複雑な交差をする織り糸の動きに目を凝らし、魔物の糸を扱うための摩擦軽減材を塗り込み、繊細な動作を確認していた。
「このテンションだと…糸が切れるわね。ちょっとテンション緩めて」
「よしきた、そっちは任せて」
その会話の奥では、防水布のロールが静かに流れていた。硬化剤と布の多層構造を一体化させる機械が淡々と働き続け、次々と出来上がるロールをヒト族の寡婦たちが巻いていく。彼女たちは機械の補助作業も兼ねており、作業効率は大きく上がっていた。
その横には木工場があり遊び道具の生産が行われている。真球に球を作るのは困難だが、彼らは経験によって真球に作る技術を取得した。次々にできる球に風精族が調合した自然に優しいニスをヒト族の塗装職人が塗っている。
そして奥の一角では、コルクを芯に使ったライフジャケットの量産が進んでいる。ワイン醸造で余ったコルクの再利用として生まれたこの装備は、既に水上輸送に欠かせぬものとなっていた。
「浮力実験、完了しました! 問題なし!」
小人が元気に報告し、水竜人の若者が記録板に印を入れる。彼は全体の工程管理を担っており、職人ではないが機械の挙動や作業の流れには詳しい。
「今日のロットは、熱源機と甜菜糖精製機が重点項目だ。手を抜くなよ」
ヂョウギが工房長として声をかけ、全体の士気を上げていく。静かだが頼れる男だ。
中でも異彩を放つのが、火食いトカゲの革を用いた熱源機の生産ラインである。火の魔物の皮革を精製し、魔力の消費を極限まで抑える特殊な加工が施されていた。
「10日も使える魔力保存構造……信じられん」
熱に強い火の民の少年は熱源機の魔法炉心を確認しながら唸った。この装置は単に暖房にとどまらず、調理、浴場、野外作業など用途は多岐にわたる。しかもエネルギー効率がずば抜けている。
「この技術戦争に使えば…いや、使わせない。だからこそ民のために」
僕が語った信念を彼ら職人たちは忘れていない。技術の力は誰かの命を奪うためではなく、命を支えるために使うべきだ。それがここの開発方針だった。
一方で甜菜糖精製機の製造は、別の意味で革命的だった。魔法に頼らず、遠心分離と加熱、濾過を組み合わせたこの装置は、寒冷地でも安定して甘味資源を供給できるように設計されていた。
「甜菜糖の安定供給は、冬の保存食に影響する。缶詰とセットで考えよう」
ヂョウギの指示のもと、缶詰加工機と封止機も静かに組み立てが進んでいた。印刷技術の応用でラベルや記録が貼られることを見越して、缶の形状にも工夫が施されている。
ボリビエが黙々とその微調整を進めていた。女性の技師として珍しい存在だが、その腕は折り紙付き。力強くも繊細な彼女の作業に、誰もが信頼を寄せていた。
昼を過ぎると、工房は一時的に静けさを取り戻す。昼食の時間ではない。昼食という習慣はないが、交代で休憩を取るのがドワーヴンベースの流儀だった。ブラック企業で潰された僕は休憩なしで作業は決して許さないのだ。
その静かな時間、僕は工房の上階から全体を見下ろしていた。音は静かでも、目に見えないエネルギーがこの空間に満ちていた。まるで未来の技術が種を撒かれ、芽吹く直前の土壌のようだ。ヂョウギが僕の姿を見つけて上がってくる。
「統領、冷却という概念については…」
とヂョウギが聞く。
「まだ思いついていない。熱源の応用が先だよ。いずれ反転させて冷却ができれば、とは考えてるけどね」
「従来の魔法道具は魔法瘤の消費がかなり多いので、あの技術が応用できればとおもうんですが」
「そうだね。でもダメだよ。焦っても良いものは生まれないし、じっくりと考えよう」
そう、まだ冷却装置は構想すら生まれていない。しかし今の進展があってこそ、次の技術への布石となる。防水布、織機、瓶、缶詰、ライフジャケット。それぞれが未来の一部になる。
機械は、ひとつの動力に集約されるのではなく、用途に応じて多種多様に枝分かれしていく。民の生活に溶け込みながら、確かな変化をもたらしていく。
「未来って、目立たないところから始まるものだね」
独り言のように呟くと、隣に来たクルムがにっこり笑った。
「そうよ、地味で、根気が要る。でも、楽しいじゃない」
僕も笑った。そうだ、楽しいからやっている。誰かのためになることが、自分の生き甲斐になっている。
そしてまた、製造の音が再び響き出す。休憩がそろそろ終わりのようだ。また鋼の楽団が演奏を始める。
未来の音が、今日もここで鳴っている。
「こっちはもう部品が揃ったぞ。組立に入る!」
「了解だ、こっちのバルブ制御も動作良好だ!」
二人の地精技師は、活版印刷機の機械部分を手際よく組み立てていた。金属板とレバーの噛み合わせ、バネの強さ、回転軸の滑らかさに一切の妥協はない。量産工程とはいえ、地精にとって一つひとつの製品が『誇り』であった。
その横では、小人族のクルムと小人数人が織機の最終調整を行っていた。ジルケル織物専用の特殊織機である。複雑な交差をする織り糸の動きに目を凝らし、魔物の糸を扱うための摩擦軽減材を塗り込み、繊細な動作を確認していた。
「このテンションだと…糸が切れるわね。ちょっとテンション緩めて」
「よしきた、そっちは任せて」
その会話の奥では、防水布のロールが静かに流れていた。硬化剤と布の多層構造を一体化させる機械が淡々と働き続け、次々と出来上がるロールをヒト族の寡婦たちが巻いていく。彼女たちは機械の補助作業も兼ねており、作業効率は大きく上がっていた。
その横には木工場があり遊び道具の生産が行われている。真球に球を作るのは困難だが、彼らは経験によって真球に作る技術を取得した。次々にできる球に風精族が調合した自然に優しいニスをヒト族の塗装職人が塗っている。
そして奥の一角では、コルクを芯に使ったライフジャケットの量産が進んでいる。ワイン醸造で余ったコルクの再利用として生まれたこの装備は、既に水上輸送に欠かせぬものとなっていた。
「浮力実験、完了しました! 問題なし!」
小人が元気に報告し、水竜人の若者が記録板に印を入れる。彼は全体の工程管理を担っており、職人ではないが機械の挙動や作業の流れには詳しい。
「今日のロットは、熱源機と甜菜糖精製機が重点項目だ。手を抜くなよ」
ヂョウギが工房長として声をかけ、全体の士気を上げていく。静かだが頼れる男だ。
中でも異彩を放つのが、火食いトカゲの革を用いた熱源機の生産ラインである。火の魔物の皮革を精製し、魔力の消費を極限まで抑える特殊な加工が施されていた。
「10日も使える魔力保存構造……信じられん」
熱に強い火の民の少年は熱源機の魔法炉心を確認しながら唸った。この装置は単に暖房にとどまらず、調理、浴場、野外作業など用途は多岐にわたる。しかもエネルギー効率がずば抜けている。
「この技術戦争に使えば…いや、使わせない。だからこそ民のために」
僕が語った信念を彼ら職人たちは忘れていない。技術の力は誰かの命を奪うためではなく、命を支えるために使うべきだ。それがここの開発方針だった。
一方で甜菜糖精製機の製造は、別の意味で革命的だった。魔法に頼らず、遠心分離と加熱、濾過を組み合わせたこの装置は、寒冷地でも安定して甘味資源を供給できるように設計されていた。
「甜菜糖の安定供給は、冬の保存食に影響する。缶詰とセットで考えよう」
ヂョウギの指示のもと、缶詰加工機と封止機も静かに組み立てが進んでいた。印刷技術の応用でラベルや記録が貼られることを見越して、缶の形状にも工夫が施されている。
ボリビエが黙々とその微調整を進めていた。女性の技師として珍しい存在だが、その腕は折り紙付き。力強くも繊細な彼女の作業に、誰もが信頼を寄せていた。
昼を過ぎると、工房は一時的に静けさを取り戻す。昼食の時間ではない。昼食という習慣はないが、交代で休憩を取るのがドワーヴンベースの流儀だった。ブラック企業で潰された僕は休憩なしで作業は決して許さないのだ。
その静かな時間、僕は工房の上階から全体を見下ろしていた。音は静かでも、目に見えないエネルギーがこの空間に満ちていた。まるで未来の技術が種を撒かれ、芽吹く直前の土壌のようだ。ヂョウギが僕の姿を見つけて上がってくる。
「統領、冷却という概念については…」
とヂョウギが聞く。
「まだ思いついていない。熱源の応用が先だよ。いずれ反転させて冷却ができれば、とは考えてるけどね」
「従来の魔法道具は魔法瘤の消費がかなり多いので、あの技術が応用できればとおもうんですが」
「そうだね。でもダメだよ。焦っても良いものは生まれないし、じっくりと考えよう」
そう、まだ冷却装置は構想すら生まれていない。しかし今の進展があってこそ、次の技術への布石となる。防水布、織機、瓶、缶詰、ライフジャケット。それぞれが未来の一部になる。
機械は、ひとつの動力に集約されるのではなく、用途に応じて多種多様に枝分かれしていく。民の生活に溶け込みながら、確かな変化をもたらしていく。
「未来って、目立たないところから始まるものだね」
独り言のように呟くと、隣に来たクルムがにっこり笑った。
「そうよ、地味で、根気が要る。でも、楽しいじゃない」
僕も笑った。そうだ、楽しいからやっている。誰かのためになることが、自分の生き甲斐になっている。
そしてまた、製造の音が再び響き出す。休憩がそろそろ終わりのようだ。また鋼の楽団が演奏を始める。
未来の音が、今日もここで鳴っている。
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