366 / 596
7歳の駈歩。
閑話・ある陶芸家の話。
しおりを挟む
僕の村は、ルステイン領の端、ニメイジ男爵が治める山あいの静かな集落にある。昔からこの土地では陶器作りが続けられていたけれど、それはあくまで村の器のため。誰かが遠くまで売りに行くようなものでもなく、僕も代々の家業を継いではいたものの、収入は少なく、畑仕事でなんとか暮らしをつなぐ日々だった。
しかし、あの風呂治療施設ができてから、すべてが変わり始めた。
ルステインの伯爵様が提案し、ニメイジ男爵様が主導した風呂治療施設「安らぎの宿」は、都からも客が来るようになり、観光目的で訪れる人が増えていった。施設では定期的に文化体験の催しが開かれ、僕の陶芸もその一つとして呼ばれるようになった。最初は不安だった。見ず知らずの人に教えるなんてこと、やったことがなかったし、都会の人たちに笑われるんじゃないかと怖かった。でも実際に教えてみると、皆が楽しそうに土に触れ、自分の作った茶碗や皿を『世界に一つだけの宝物』と言って笑ってくれた。その時、心がふっと温かくなった。
「また来たいです」
「この器、買えませんか?」
そう言ってくれる人が現れ、次第に注文が入り始めた。気づけば、週に一度は温泉施設で体験教室を開くようになり、注文品の製作も増えた。まさか、陶芸だけで暮らしていける日が来るとは思ってもみなかった。
仕事が増え始めてから、土の仕入れにも変化が出てきた。以前は川辺の土を自分で掘っていたが、今では男爵様が推薦してくれた高品質の陶土を卸してもらえるようになった。それだけで作品の仕上がりは格段に良くなったし、焼き上がった器の色味や艶が以前とは別物になった。さらに釉薬も良質なものを使えるようになり、自分でも驚くほどの美しさが出せるようになった。
そんなある日、一人の若い貴族が温泉施設にやってきた。
「陶芸体験、面白いって聞いてきたんだけど」
軽い口調の青年だったが、作品を見る目は確かだった。彼は数点の小皿と湯呑みを購入してくれた上、「実家の屋敷にいくつか揃えたいから、またお願いしてもいいかな」と笑顔で頼んでくれた。
そこから不思議な縁が続いていった。若い貴族の間で、僕の器が少しずつ話題になり、「実際に行って作ってみたい」「あの人の指導は丁寧で落ち着く」と評判になっていった。そうした声がニメイジ男爵の耳にも届いたらしく、男爵様息子のラーモン様から直々に「君の作品を王宮の厨房に紹介してみよう」と提案された。
「そんな、私のような者の器が、王宮に……?」
信じられない気持ちで震えながらも、男爵様とラーモン様の導きで幾つかの作品を選び出し、王都へ送った。そして……。
王宮の厨房から返ってきたのは、信じられないほどの高評価だった。
「この器、持ちやすいな」
「料理の彩りがよく映える」
「温かい料理を入れても手が熱くなりすぎない」
とのことで、使い勝手も含めて非常に好まれたらしい。特に僕が昔から作ってきた『二重底の椀』が重宝され、湯気が逃げにくく、保温性も高いとして複数注文が入った。
それを聞いた時、僕は思わず土の上に座り込み、しばらく何も言えなかった。自分の手が、こんなにも誰かの役に立てる日が来るなんて。しかも、あの王宮の台所で。
陶芸は、ただの生きる手段だった。日々を繋ぐため、家族を養うために始めたもの。でも今は違う。誰かの『美味しい』を支える器として、僕の器は存在している。
その後も温泉施設での陶芸体験は好評で、村の若者が手伝いを申し出てくれたり、他の風呂治療地からも『教室を開いてほしい』と声がかかるようになった。気づけば、村の名も少しずつ外に広がり始め、観光地の一部として知られるようになっていた。
「親方、王都から追加の注文です!」
そんな声が窯場に響くたびに、僕は心の中でつぶやく。
…まさか、こんな日が来るなんてな。
それだけじゃない。ある日、ニメイジ男爵とラーモン様が自ら窯場を訪れた。
「次の季節の器を考えてみてはどうか」
と提案してくださった。季節の移り変わりに合わせた器。それは料理人の感性を引き立て、客の心にも残る贅沢だ。
僕は春の若葉を思わせる緑釉の鉢や、秋の月を模した丸皿などを試作し始めた。今では、料理人と器の対話を想像しながら、土に触れている。
加えて、王宮での採用を聞きつけた若い職人志望の者が弟子入りを願い出てきた。まだ一人前とはいえないが、土の扱いはなかなか筋がいい。昔の自分を見ているようで、教えるたびにこちらも新たな発見がある。
『師匠のようになりたい』と言われるたび、少しくすぐったく、そして誇らしく思う。
窯の前で汗をぬぐいながら、ふと空を見上げる。昔はただ、生きるためにこなしていた陶芸という作業。それが今では、誰かの笑顔と結びついている。器は料理を運ぶだけじゃない。気持ちを伝え、心を温める、不思議な力を持っている。
そしてそれを形にできるのが、自分の手だということが、何よりも嬉しい。
焼き上がった器を静かに取り上げ、僕は微笑む。
さあ、次はどんな形にしようか。今度はもっと、人の心に残る器を。
物語は、まだまだ続いていく。
しかし、あの風呂治療施設ができてから、すべてが変わり始めた。
ルステインの伯爵様が提案し、ニメイジ男爵様が主導した風呂治療施設「安らぎの宿」は、都からも客が来るようになり、観光目的で訪れる人が増えていった。施設では定期的に文化体験の催しが開かれ、僕の陶芸もその一つとして呼ばれるようになった。最初は不安だった。見ず知らずの人に教えるなんてこと、やったことがなかったし、都会の人たちに笑われるんじゃないかと怖かった。でも実際に教えてみると、皆が楽しそうに土に触れ、自分の作った茶碗や皿を『世界に一つだけの宝物』と言って笑ってくれた。その時、心がふっと温かくなった。
「また来たいです」
「この器、買えませんか?」
そう言ってくれる人が現れ、次第に注文が入り始めた。気づけば、週に一度は温泉施設で体験教室を開くようになり、注文品の製作も増えた。まさか、陶芸だけで暮らしていける日が来るとは思ってもみなかった。
仕事が増え始めてから、土の仕入れにも変化が出てきた。以前は川辺の土を自分で掘っていたが、今では男爵様が推薦してくれた高品質の陶土を卸してもらえるようになった。それだけで作品の仕上がりは格段に良くなったし、焼き上がった器の色味や艶が以前とは別物になった。さらに釉薬も良質なものを使えるようになり、自分でも驚くほどの美しさが出せるようになった。
そんなある日、一人の若い貴族が温泉施設にやってきた。
「陶芸体験、面白いって聞いてきたんだけど」
軽い口調の青年だったが、作品を見る目は確かだった。彼は数点の小皿と湯呑みを購入してくれた上、「実家の屋敷にいくつか揃えたいから、またお願いしてもいいかな」と笑顔で頼んでくれた。
そこから不思議な縁が続いていった。若い貴族の間で、僕の器が少しずつ話題になり、「実際に行って作ってみたい」「あの人の指導は丁寧で落ち着く」と評判になっていった。そうした声がニメイジ男爵の耳にも届いたらしく、男爵様息子のラーモン様から直々に「君の作品を王宮の厨房に紹介してみよう」と提案された。
「そんな、私のような者の器が、王宮に……?」
信じられない気持ちで震えながらも、男爵様とラーモン様の導きで幾つかの作品を選び出し、王都へ送った。そして……。
王宮の厨房から返ってきたのは、信じられないほどの高評価だった。
「この器、持ちやすいな」
「料理の彩りがよく映える」
「温かい料理を入れても手が熱くなりすぎない」
とのことで、使い勝手も含めて非常に好まれたらしい。特に僕が昔から作ってきた『二重底の椀』が重宝され、湯気が逃げにくく、保温性も高いとして複数注文が入った。
それを聞いた時、僕は思わず土の上に座り込み、しばらく何も言えなかった。自分の手が、こんなにも誰かの役に立てる日が来るなんて。しかも、あの王宮の台所で。
陶芸は、ただの生きる手段だった。日々を繋ぐため、家族を養うために始めたもの。でも今は違う。誰かの『美味しい』を支える器として、僕の器は存在している。
その後も温泉施設での陶芸体験は好評で、村の若者が手伝いを申し出てくれたり、他の風呂治療地からも『教室を開いてほしい』と声がかかるようになった。気づけば、村の名も少しずつ外に広がり始め、観光地の一部として知られるようになっていた。
「親方、王都から追加の注文です!」
そんな声が窯場に響くたびに、僕は心の中でつぶやく。
…まさか、こんな日が来るなんてな。
それだけじゃない。ある日、ニメイジ男爵とラーモン様が自ら窯場を訪れた。
「次の季節の器を考えてみてはどうか」
と提案してくださった。季節の移り変わりに合わせた器。それは料理人の感性を引き立て、客の心にも残る贅沢だ。
僕は春の若葉を思わせる緑釉の鉢や、秋の月を模した丸皿などを試作し始めた。今では、料理人と器の対話を想像しながら、土に触れている。
加えて、王宮での採用を聞きつけた若い職人志望の者が弟子入りを願い出てきた。まだ一人前とはいえないが、土の扱いはなかなか筋がいい。昔の自分を見ているようで、教えるたびにこちらも新たな発見がある。
『師匠のようになりたい』と言われるたび、少しくすぐったく、そして誇らしく思う。
窯の前で汗をぬぐいながら、ふと空を見上げる。昔はただ、生きるためにこなしていた陶芸という作業。それが今では、誰かの笑顔と結びついている。器は料理を運ぶだけじゃない。気持ちを伝え、心を温める、不思議な力を持っている。
そしてそれを形にできるのが、自分の手だということが、何よりも嬉しい。
焼き上がった器を静かに取り上げ、僕は微笑む。
さあ、次はどんな形にしようか。今度はもっと、人の心に残る器を。
物語は、まだまだ続いていく。
125
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
Gランク冒険者のレベル無双〜好き勝手に生きていたら各方面から敵認定されました〜
2nd kanta
ファンタジー
愛する可愛い奥様達の為、俺は理不尽と戦います。
人違いで刺された俺は死ぬ間際に、得体の知れない何者かに異世界に飛ばされた。
そこは、テンプレの勇者召喚の場だった。
しかし召喚された俺の腹にはドスが刺さったままだった。
社畜の異世界再出発
U65
ファンタジー
社畜、気づけば異世界の赤ちゃんでした――!?
ブラック企業に心身を削られ、人生リタイアした社畜が目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界。
前世では死ぬほど働いた。今度は、笑って生きたい。
けれどこの世界、穏やかに生きるには……ちょっと強くなる必要があるらしい。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-
すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン]
何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?…
たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。
※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける
縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は……
ゆっくりしていってね!!!
※ 現在書き直し慣行中!!!
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる