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8歳の旅回り。
蠢く集団を知る。
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王都の社交シーズンが始まってから、ちょうど折り返しの頃王都支店から沈痛な面持ちのストークが僕に急報をもたらした。
「リョウ様、アガック殿が重傷で倒れた、と…」
慌てて僕は馬車に飛び乗り王都支店に駆けつける。アガックはロイック兄さんに惚れ込んでスサン商会の商会員として警備の仕事に就いた男だ。ロイック兄さんの事で何かあったのか?
店の奥へ向かうと、そこには包帯ぐるぐるのアガックが横たわっていた。顔には痛々しい傷、身体も動かせず、気丈に肩をすくめていた。
僕はすぐそばに座り、固く言った。
「アガック、どうして…どうしてそんなに…?」
アガックは血の気の引いた顔で、ゆっくりと返す。
「リョウ様…が、命を狙われたんでやす…どうか、拙者の代わりに、ご尊父…ロイック様に、そのことを伝えてくれ…」
彼の声は、いつもの古風なヤクザ口調そのままだった。仏頂面ながら、僕を見る瞳は真剣だった。
「命を狙われるって……どういうこと? 僕に何か恨みを持つ人がいるの?」
アガックは苦しげに息をつき、そして呟いた。
「それは…拙者が独自に動いて知ったことでやす…『誰かが、リョウエスト様の命や情報を探っている』という話を聞いたんでやす。で、それを掴む前に拙者が狙われた…それが事の次第でやす」
僕はぐっと胸が締め付けられた。アガックは続けた。
「で、拙者は…それを知ったからには動かねばと思い、…ご尊父ロイック様…に事前に相談もせず、調査しておったんでやす。だが、向こうには何か、組織のようなものがあるようで…それがこちらの戦力を上回っており、拙者一人では歯が立たず…」
言葉をしぼるように、アガックは見上げた。
「お願いだ、リョウ様。余計なことをせぬよう…俺のように、狙われぬよう、命を大事にしてくだせえ…」
僕は震える声で応えた。
「アガック、ありがとう…本当にありがとう…僕は…僕は命も情報も大切にするよ…」
そこで僕は立ち上がり、ストークに頼んですぐロイック兄さんの元へ向かった。廊下を駆け抜けて、兄さんの部屋に入ろうとした。
しかし中から怒鳴り声が聞こえてきた。扉を開けると、ロイック兄さんが荒々しく立っていて、傘下のヤート…調査商会の商会員たちを前に、烈々と命じていた。
「アガックが何者に襲われたか、徹底的に調べろ。背後関係、手口、使われた者、何でもいい…僕の名にかけても…!」
ロイック兄さんの顔はいつもの優しい穏やかさの跡形もなく、痺れるように硬かった。僕はその姿に息を呑んだ。
「ロイック兄さん…アガックの件は、僕に伝わって…僕も調べるよ」
僕が恐る恐る声をかけると、兄さんは一瞬止まり、目を細めて僕を見た。
「…分かった。だが今はヤートに任せろ。リョウは、待っていれば良い。無理をするな」
そう言うと、ヤートの商会員たちに鋭い目を向けて指示を続けた。
翌日、ヤートが調査商会の報告書を持って戻ってきた。ロイック兄さんから呼び出され、僕も同行する形で報告を聞く席に立った。「怪しい結社」が関わっているという。その名は「名の一団」。
ヤートが文書に沿って説明した。
「アガック殿が襲われる前にやり取りをしていた相手の顔や身元は不明ですが周囲で記録改ざんや情報漏洩の後が見つかりました。リョウエストと言う名前を奪いにかかっているようです。これは名の一団が関わっていると。勘ですが」
「その名の一団てどんな集団?」
「わかりません。ですが王国の変化を拒むような存在を処す傾向があります。『新技術』、『種族融和』、『王族の関係性』。彼らにとっては脅威でしょう」
「わかった。ありがとう。ロイック兄さんはこれ以上踏み込んだらダメ」
「何故だ?」
「闇が多すぎる。アガックの二の舞になる」
「しかし…」
「僕、王様に言うよ」
「…わかった」
王都支店から伯爵のタウンハウスに戻り、そこを守っていたツヴァイにアインスを呼び出してくれと頼む。その日の夕方、アインスが僕の元を訪ねてきた。
「リョウ様、お呼び立ていただき感謝でやす。アガック殿の件、お聞きしたでやす……私たち『青の技』は、この名の一団には厳然と立ち向かっていやす。どうか、リョウ様ご自身は余計に深入りせぬよう、静かにしておくれでやす」
アインスの目は穏やかだが、兵士としての覚悟に満ちていた。
「アインス…ありがとう。命を大事にしてほしい…前に命令した通り。守ってね。無理なら王様に伝えて」
アインスの顔が柔らかく険しくなる。
「それは…ありがとうございやす。ですがリョウ様の身の安全が第一でやす。第二の命令ということで許してくださいやすか?」
僕は小さく頷いた。
「わかった。ありがとう…本当に」
そして翌日、王都の市場裏手にある裏ギルドが摘発された。アインスに渡された報告書によれば、そのギルドは名の一団と繋がっていた下位組織とされ、犯罪の下請けや情報漏えい、密貿易といった犯罪行為が摘発の対象だった。
王軍が動き、ギルドの建物は封鎖され、多数が逮捕されたという。そのニュースは王都中に広がり、噂は瞬く間に広まった。その裏には青の技が深く関わっているだろうと思う。
僕は伯爵のタウンハウスで、窓の外の夕焼けに向かって静かに言った。
「これで、名の一団の拠点の一つを失ったんだね……でも、まだ奥の方には敵がいるんだよね……」
アインスがふっと笑う。
「そうでやすよ、リョウ様。でも我々青の技たちが動いてやす。リョウ様は安心して、いつもの日々を過ごして大丈夫でやす」
「わかった。命を大事に、日々を過ごすよ」
「リョウ様、アガック殿が重傷で倒れた、と…」
慌てて僕は馬車に飛び乗り王都支店に駆けつける。アガックはロイック兄さんに惚れ込んでスサン商会の商会員として警備の仕事に就いた男だ。ロイック兄さんの事で何かあったのか?
店の奥へ向かうと、そこには包帯ぐるぐるのアガックが横たわっていた。顔には痛々しい傷、身体も動かせず、気丈に肩をすくめていた。
僕はすぐそばに座り、固く言った。
「アガック、どうして…どうしてそんなに…?」
アガックは血の気の引いた顔で、ゆっくりと返す。
「リョウ様…が、命を狙われたんでやす…どうか、拙者の代わりに、ご尊父…ロイック様に、そのことを伝えてくれ…」
彼の声は、いつもの古風なヤクザ口調そのままだった。仏頂面ながら、僕を見る瞳は真剣だった。
「命を狙われるって……どういうこと? 僕に何か恨みを持つ人がいるの?」
アガックは苦しげに息をつき、そして呟いた。
「それは…拙者が独自に動いて知ったことでやす…『誰かが、リョウエスト様の命や情報を探っている』という話を聞いたんでやす。で、それを掴む前に拙者が狙われた…それが事の次第でやす」
僕はぐっと胸が締め付けられた。アガックは続けた。
「で、拙者は…それを知ったからには動かねばと思い、…ご尊父ロイック様…に事前に相談もせず、調査しておったんでやす。だが、向こうには何か、組織のようなものがあるようで…それがこちらの戦力を上回っており、拙者一人では歯が立たず…」
言葉をしぼるように、アガックは見上げた。
「お願いだ、リョウ様。余計なことをせぬよう…俺のように、狙われぬよう、命を大事にしてくだせえ…」
僕は震える声で応えた。
「アガック、ありがとう…本当にありがとう…僕は…僕は命も情報も大切にするよ…」
そこで僕は立ち上がり、ストークに頼んですぐロイック兄さんの元へ向かった。廊下を駆け抜けて、兄さんの部屋に入ろうとした。
しかし中から怒鳴り声が聞こえてきた。扉を開けると、ロイック兄さんが荒々しく立っていて、傘下のヤート…調査商会の商会員たちを前に、烈々と命じていた。
「アガックが何者に襲われたか、徹底的に調べろ。背後関係、手口、使われた者、何でもいい…僕の名にかけても…!」
ロイック兄さんの顔はいつもの優しい穏やかさの跡形もなく、痺れるように硬かった。僕はその姿に息を呑んだ。
「ロイック兄さん…アガックの件は、僕に伝わって…僕も調べるよ」
僕が恐る恐る声をかけると、兄さんは一瞬止まり、目を細めて僕を見た。
「…分かった。だが今はヤートに任せろ。リョウは、待っていれば良い。無理をするな」
そう言うと、ヤートの商会員たちに鋭い目を向けて指示を続けた。
翌日、ヤートが調査商会の報告書を持って戻ってきた。ロイック兄さんから呼び出され、僕も同行する形で報告を聞く席に立った。「怪しい結社」が関わっているという。その名は「名の一団」。
ヤートが文書に沿って説明した。
「アガック殿が襲われる前にやり取りをしていた相手の顔や身元は不明ですが周囲で記録改ざんや情報漏洩の後が見つかりました。リョウエストと言う名前を奪いにかかっているようです。これは名の一団が関わっていると。勘ですが」
「その名の一団てどんな集団?」
「わかりません。ですが王国の変化を拒むような存在を処す傾向があります。『新技術』、『種族融和』、『王族の関係性』。彼らにとっては脅威でしょう」
「わかった。ありがとう。ロイック兄さんはこれ以上踏み込んだらダメ」
「何故だ?」
「闇が多すぎる。アガックの二の舞になる」
「しかし…」
「僕、王様に言うよ」
「…わかった」
王都支店から伯爵のタウンハウスに戻り、そこを守っていたツヴァイにアインスを呼び出してくれと頼む。その日の夕方、アインスが僕の元を訪ねてきた。
「リョウ様、お呼び立ていただき感謝でやす。アガック殿の件、お聞きしたでやす……私たち『青の技』は、この名の一団には厳然と立ち向かっていやす。どうか、リョウ様ご自身は余計に深入りせぬよう、静かにしておくれでやす」
アインスの目は穏やかだが、兵士としての覚悟に満ちていた。
「アインス…ありがとう。命を大事にしてほしい…前に命令した通り。守ってね。無理なら王様に伝えて」
アインスの顔が柔らかく険しくなる。
「それは…ありがとうございやす。ですがリョウ様の身の安全が第一でやす。第二の命令ということで許してくださいやすか?」
僕は小さく頷いた。
「わかった。ありがとう…本当に」
そして翌日、王都の市場裏手にある裏ギルドが摘発された。アインスに渡された報告書によれば、そのギルドは名の一団と繋がっていた下位組織とされ、犯罪の下請けや情報漏えい、密貿易といった犯罪行為が摘発の対象だった。
王軍が動き、ギルドの建物は封鎖され、多数が逮捕されたという。そのニュースは王都中に広がり、噂は瞬く間に広まった。その裏には青の技が深く関わっているだろうと思う。
僕は伯爵のタウンハウスで、窓の外の夕焼けに向かって静かに言った。
「これで、名の一団の拠点の一つを失ったんだね……でも、まだ奥の方には敵がいるんだよね……」
アインスがふっと笑う。
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