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8歳の旅回り。
エルフの静謐。
「今日は、共同生活の初日だわね」
エメイラが微笑みながら、森の小道を案内してくれた。空気は澄みきっていて、朝露に濡れた葉の匂いが心地よかった。僕はエルフたちの生活を知りたくて、しばらく彼らと暮らすことにしたのだ。
「リョウエスト様、こちらが滞在用の住居でございます」
緑と木材で編まれた家が森の中に溶け込むように建っていた。室内は涼しく、自然の風が心地よく流れていた。
「すごいね。建物が森に溶けてる。まるで、森と会話してるみたいだ」
僕が感心すると、案内役の若いエルフの娘、リュネが嬉しそうに笑った。
「森の声を聴くのが、私たちの習わしなのです。木々は怒ったり喜んだりしますから、耳を傾けないと」
その日の午後、僕は畑で働く老人エルフと話をした。彼は、樹齢五百年の大樹の根元に薬草を植えていた。
「人の子よ、お前は『名の一団』という影を知っておるか?」
「知ってます。エルフも狙われていると聞いています」
「かつて我らが書庫を襲おうとした。知と記録を奪おうとする輩は、どの種族でも許してはならぬ」
その言葉に、僕は強く頷いた。
「僕は、どんな犠牲を払ってでも、この森を守ると誓います」
その言葉を聞いた時、森の風がそっと吹いた気がした。
夜、焚き火を囲む席でまた一人のエルフが僕に声をかけてきた。男の名はゼルレイン。以前、僕に難癖をつけてきた排他主義者だ。
「お前のような人間がこの森にいるだけで、空気が濁る。口先だけの誓いなど、我々には必要ない」
「そう言われると思ってた。でも、誓いってのは口じゃなくて行動で示すものでしょう?」
「行動だと? 何ができる!」
「少なくとも、僕は『名』を奪おうとする敵と、真正面から戦ってる。あなたは森の中で、自分の同胞だけを守ればいいと思ってるんじゃないですか?」
ゼルレインの目が鋭くなった。
「…貴様、今すぐ外に出ろ。剣で白黒つけてやる」
その時
「やめなさい、ゼルレイン」
エメイラの声が静かに森を震わせた。彼女はゼルレインの背後に現れ、魔術で彼の腕を束縛した。
「暴力で口を閉じさせるのは、エルフの誇りじゃない」
「貴様…っ!」
僕はその場で、ナビの尻尾に触れた。縮小の輪を外す。
「ナビ、お願い」
翼猫ナビの身体がみるみる膨張し、巨大化した。ナビの本当の体長は大人大熊ぐらいの大きさだ。
「な、なんだこれは…!?これが、お前の従者だというのか…?」
ゼルレインは、己が力だけに固執していた価値観が崩れるのを感じたのだろう。目の奥に走った動揺を、僕は見逃さなかった。
ナビの巨大な影に圧倒されたゼルレインは、膝をつき、手にしていた短剣を草地に落とした。
「…なぜだ。なぜ、そんな存在を従わせていられる」
「ナビは僕の大切な仲間です。僕が誰かを守りたいと思った時、一緒に立ってくれるんです」
僕の言葉に、ナビは誇らしげに小さく鳴いた。森を守る存在…そう自分を知っているかのように。
「お前は…仲間だと? 力を支配ではなく、信頼で…?」
「それが、僕たちのやり方です。支配じゃない。互いを尊重して、できないことは支え合う」
「…っ」
ゼルレインは、顔を伏せて唇を噛んだ。その様子を見たエルフ伯がゆっくりと前に出る。
「ゼルレイン、お前は排他の中で育ちすぎた。見ている世界が狭いのだ。外を見よ。リョウエストのような者もいるのだと、知るべきだ」
ゼルレインは顔を上げたが、何も言えなかった。エルフ伯はさらに言葉を続ける。
「人間社会の現実を、お前の目で確かめてこい。違う価値を知って、それでも排他を選ぶなら、もはや止めはせぬ」
「…わかりました」
静かに頷いたゼルレインに、僕は声をかける。
「もしよかったら、王都にある僕の兄の店で働いてみませんか? 商会だから、いろんな人が出入りしてる。いい経験になると思う」
ゼルレインは少し驚いた顔をしたあと、わずかに口の端を上げた。
「…リョウエスト、だったか。妙な人間だな。だが、申し出、感謝する」
その夜、焚き火のそばで僕たちは再び集まっていた。ゼルレインはもういなかったが、代わりに多くのエルフたちが集まって、僕の話を聞きたがった。
「ねえリョウエスト様、人間の国には『水路』があるんでしょ? それってどんなものなの?」
「小人族と仲がいいって聞きました。どうやって信頼を得たんですか?」
質問は尽きなかった。僕はできるだけ丁寧に、エルフたちに話した。異種族の間にある溝を越えるには、まず相手を知ること。そして伝えること。そんな当たり前のことを、皆が改めて考えるきっかけになればと思った。
エメイラが火の向こうで静かに笑っていた。
「ねえ、リョウエスト。あなた…本当に変わったわね」
「そうかな?」
「うん。最初に会ったとき、まだまだ子供だったけど、今は…うん、なんというか…もう少しで、王様の器かもね」
「やめてよ、それ」
僕は苦笑した。
「僕はまだ八歳だよ」
「その八歳にしては、重たいもの背負ってるけどね」
月明かりの下、僕はふと、自分の足跡が少しだけ誰かのためになっている気がしていた。
数日後、ゼルレインは旅支度を整え、森を発った。見送りのエルフたちは無言だったが、その背にはかすかな敬意があった。
「…彼もまた、変われるといいな」
エメイラが隣でつぶやいた。
「変われますよ」
僕は静かに言った。
「世界がこんなに広いって気づけば、人は強くも、優しくもなれる」
その日はいつもより早起きして、エルフの森を歩いた。大樹に吊るされた家、草花と共に生きる生活、どこか懐かしい香りがする。
「リョウエスト様、こちらの花は『イルリエ』といいます。季節を知らせる花です」
「色が変わるんだよ。白から青、青から紫へって」
道すがら、何人ものエルフが僕に声をかけてくれた。エルフの森は、排他をやめたわけじゃない。けれど、『例外』を受け入れる柔らかさが生まれ始めていた。
「これから、何をするんですか?」
エルフの子どもが僕に尋ねた。
「君たちの森を、僕は『名の一団』から守ると決めた。だから、まずは皆ともっと知り合いたい。そうして、もし何かあったときに、すぐに手を取り合えるようにしたい」
「うん! じゃあ、いっぱいお話しよう!」
エメイラが微笑みながら、森の小道を案内してくれた。空気は澄みきっていて、朝露に濡れた葉の匂いが心地よかった。僕はエルフたちの生活を知りたくて、しばらく彼らと暮らすことにしたのだ。
「リョウエスト様、こちらが滞在用の住居でございます」
緑と木材で編まれた家が森の中に溶け込むように建っていた。室内は涼しく、自然の風が心地よく流れていた。
「すごいね。建物が森に溶けてる。まるで、森と会話してるみたいだ」
僕が感心すると、案内役の若いエルフの娘、リュネが嬉しそうに笑った。
「森の声を聴くのが、私たちの習わしなのです。木々は怒ったり喜んだりしますから、耳を傾けないと」
その日の午後、僕は畑で働く老人エルフと話をした。彼は、樹齢五百年の大樹の根元に薬草を植えていた。
「人の子よ、お前は『名の一団』という影を知っておるか?」
「知ってます。エルフも狙われていると聞いています」
「かつて我らが書庫を襲おうとした。知と記録を奪おうとする輩は、どの種族でも許してはならぬ」
その言葉に、僕は強く頷いた。
「僕は、どんな犠牲を払ってでも、この森を守ると誓います」
その言葉を聞いた時、森の風がそっと吹いた気がした。
夜、焚き火を囲む席でまた一人のエルフが僕に声をかけてきた。男の名はゼルレイン。以前、僕に難癖をつけてきた排他主義者だ。
「お前のような人間がこの森にいるだけで、空気が濁る。口先だけの誓いなど、我々には必要ない」
「そう言われると思ってた。でも、誓いってのは口じゃなくて行動で示すものでしょう?」
「行動だと? 何ができる!」
「少なくとも、僕は『名』を奪おうとする敵と、真正面から戦ってる。あなたは森の中で、自分の同胞だけを守ればいいと思ってるんじゃないですか?」
ゼルレインの目が鋭くなった。
「…貴様、今すぐ外に出ろ。剣で白黒つけてやる」
その時
「やめなさい、ゼルレイン」
エメイラの声が静かに森を震わせた。彼女はゼルレインの背後に現れ、魔術で彼の腕を束縛した。
「暴力で口を閉じさせるのは、エルフの誇りじゃない」
「貴様…っ!」
僕はその場で、ナビの尻尾に触れた。縮小の輪を外す。
「ナビ、お願い」
翼猫ナビの身体がみるみる膨張し、巨大化した。ナビの本当の体長は大人大熊ぐらいの大きさだ。
「な、なんだこれは…!?これが、お前の従者だというのか…?」
ゼルレインは、己が力だけに固執していた価値観が崩れるのを感じたのだろう。目の奥に走った動揺を、僕は見逃さなかった。
ナビの巨大な影に圧倒されたゼルレインは、膝をつき、手にしていた短剣を草地に落とした。
「…なぜだ。なぜ、そんな存在を従わせていられる」
「ナビは僕の大切な仲間です。僕が誰かを守りたいと思った時、一緒に立ってくれるんです」
僕の言葉に、ナビは誇らしげに小さく鳴いた。森を守る存在…そう自分を知っているかのように。
「お前は…仲間だと? 力を支配ではなく、信頼で…?」
「それが、僕たちのやり方です。支配じゃない。互いを尊重して、できないことは支え合う」
「…っ」
ゼルレインは、顔を伏せて唇を噛んだ。その様子を見たエルフ伯がゆっくりと前に出る。
「ゼルレイン、お前は排他の中で育ちすぎた。見ている世界が狭いのだ。外を見よ。リョウエストのような者もいるのだと、知るべきだ」
ゼルレインは顔を上げたが、何も言えなかった。エルフ伯はさらに言葉を続ける。
「人間社会の現実を、お前の目で確かめてこい。違う価値を知って、それでも排他を選ぶなら、もはや止めはせぬ」
「…わかりました」
静かに頷いたゼルレインに、僕は声をかける。
「もしよかったら、王都にある僕の兄の店で働いてみませんか? 商会だから、いろんな人が出入りしてる。いい経験になると思う」
ゼルレインは少し驚いた顔をしたあと、わずかに口の端を上げた。
「…リョウエスト、だったか。妙な人間だな。だが、申し出、感謝する」
その夜、焚き火のそばで僕たちは再び集まっていた。ゼルレインはもういなかったが、代わりに多くのエルフたちが集まって、僕の話を聞きたがった。
「ねえリョウエスト様、人間の国には『水路』があるんでしょ? それってどんなものなの?」
「小人族と仲がいいって聞きました。どうやって信頼を得たんですか?」
質問は尽きなかった。僕はできるだけ丁寧に、エルフたちに話した。異種族の間にある溝を越えるには、まず相手を知ること。そして伝えること。そんな当たり前のことを、皆が改めて考えるきっかけになればと思った。
エメイラが火の向こうで静かに笑っていた。
「ねえ、リョウエスト。あなた…本当に変わったわね」
「そうかな?」
「うん。最初に会ったとき、まだまだ子供だったけど、今は…うん、なんというか…もう少しで、王様の器かもね」
「やめてよ、それ」
僕は苦笑した。
「僕はまだ八歳だよ」
「その八歳にしては、重たいもの背負ってるけどね」
月明かりの下、僕はふと、自分の足跡が少しだけ誰かのためになっている気がしていた。
数日後、ゼルレインは旅支度を整え、森を発った。見送りのエルフたちは無言だったが、その背にはかすかな敬意があった。
「…彼もまた、変われるといいな」
エメイラが隣でつぶやいた。
「変われますよ」
僕は静かに言った。
「世界がこんなに広いって気づけば、人は強くも、優しくもなれる」
その日はいつもより早起きして、エルフの森を歩いた。大樹に吊るされた家、草花と共に生きる生活、どこか懐かしい香りがする。
「リョウエスト様、こちらの花は『イルリエ』といいます。季節を知らせる花です」
「色が変わるんだよ。白から青、青から紫へって」
道すがら、何人ものエルフが僕に声をかけてくれた。エルフの森は、排他をやめたわけじゃない。けれど、『例外』を受け入れる柔らかさが生まれ始めていた。
「これから、何をするんですか?」
エルフの子どもが僕に尋ねた。
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