変態になってしまった教え子が私を愛しすぎて困ってます。大魔導師は隠居したい

リリん

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第一章

02

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 「ベルちゃん昔から彼の事苦手だったけど、近頃苦手からヘイトに昇格したね。彼と何かあったの?」

 ——ピキっ
 
 感情の起伏が原因か、首元から魔力の波動を感じる。

 私の問いは非常に不快な思い出を振り返させてしまったみたいだ。
 あれ?でも何かがひび割れ、砕ける散る音を耳にしたけど。
 なんだろう、嫌な予感がする……

 …………大丈夫だよね

 なんせ、あのベルちゃんだし。

 だがその甘い考えはすぐにも覆された。

 (⋯⋯⋯っぁああああ!?)

 悲鳴を上げて半年間待たされた特注品の魔法ブラシが彼の手により、本日寿命を果たしました。

(私の魔導美髪ブラシマジックビューティーブラシ・ミルキーウェイがぁー!)

「⋯⋯特にありません。でも、先生には近寄らないで欲しいです」
 
 鼻につく相手に注意力を奪われたせいか、自分のしでかした事に全く知らず、口を曲げながらちゃっかり相手にレッドカードを配るその様子を見るに二人の間に何かあったのは確実だけど。

 今はそれどころではなかった。
 折角あれこれ根回し、苦労して手に入れたマイブラシが地面に粉塵と化した事実の方が現在にとってよっぽどの一大事だった。

 あの長い長い時を待ち続けながら、それでも日々期待していた気持ち——

「⋯⋯⋯グスっ」
「先生?」

 ようやく会えた喜びと愛しさと、大切にしようと決めた決意——

「⋯⋯ルちゃん⋯の⋯⋯ヵ⋯っ」
「え?」

「ベルちゃんのバカぁ!!!」

 ドレッサーから立ち上がると心の内を振り向きざまに甲高い声で相手に叫んだ。

「バカ……?」

 ベルクはそこでようやく涙目になてっメラメラと怒りの炎を燃やす私に気付く。
 白魚のような指先の差す方向に視線を向けて、ただ唖然とそこに握っていたはずのブラシを無意識に使ってしまった魔力により跡形も無く粉々にさせた破片達。

「私のっ、お気に入りだったのに⋯⋯」

「⋯あのぼったくり魔道具士に散々振り回された挙句、っ半年間も、無駄働させられて⋯⋯ううぅ」

 普段は無表情でもさすがに涙目になった自分の師の姿に動揺しているのか。
 口をパクパクと何か謝る言葉を出すべきなんだろうけど、先生の涙を溜め込んで不満を込めた直視に、焦りで思考が纏まらずに結局は何も言えずにフリーズしてしまう。

 その間、ベルクはその混乱した頭脳をフルに働かせ、この場どうすれば彼女をこれ以上悲しまない方法を全力で考えている。
 
 でも考えれば考えるほど。

 頭の中は悪い方角へと転がる——

『もし、先生に嫌われてしまったら⋯もし、二度と先生から口を聞いてくれなくなったら⋯もし、先生が一生顔を合わせてくれなくなったら⋯もし、これから先もう側にいられなくなったらっ⋯⋯⋯』

 などの、もしもはすでに千回ループして未だ脳内にぐるぐると無限循環が続きに連れ、真実だと思い込んでしまう。自分にとって一番大切で可能ならば一生このまま側に居たいと願う相手に嫌われしまうと、その可能性に顔色はどんどん青褪めあおざめてゆき次第に体も小刻みに震えだす。

 暫く二人とも無言な静かな時が流れる。

 その環境に落ち着気が戻り頭が冷えたら、今になって冷静さにかける反応をしてしまった事に酷く反省する。
 
 この子に先生と呼ばれるのであれば、もっとそれらしく振る舞わないと!

 それに、嫌いな人との間に起こった話し何て無神経に聞く事じゃ無いよね⋯⋯
 気分を悪くしたのは私のせいだ。それに、最近は魔力制御が不安定だって、教えてくれたばかりなのに⋯⋯

 ごめんよ、べるちゃん⋯⋯
 
 先生はもっと気配り出来るように、もっともっと頑張るからね!!

 たかがブラシひとつ! 
 たかがインチキ魔導具士! 
 たかが半年間の無駄働! 

 この大魔導師様である私が唯一の愛弟子を困らせるわけにはいかない!!

 反省を終え、新たに決意した私は早速さっきの大人気ない自分の行動と言葉について謝りの言葉を送るべく彼に向き直った。
 
「ごめんね⋯⋯」
「べるちゃんの魔力は制御が難しい事を私が良く知っているのに。子供じみた行動をして⋯⋯許してくれる?」

 魔導士の魔力は契約した精霊スペルツ天使エンゼルまたは悪魔ディーモンを自身の身に宿してそれらの力を借り、魔法を使う。そして、その契約対象の違いで魔力の使用難易度は大幅に跳ね上がる。

 ベルクはこの大陸でもほとんど契約する者がいない”悪魔ディーモン“と生まれながら契約している。かなり強い悪魔ディーモンなのか、今でも時々感情の起伏が激しくなると、その破壊力の強い魔力を制御出来ずに漏らしてしまう。

 だから幼い頃より彼には余りある強力な魔力を少しずつ、自分の物に使いこなす方法を教えていた。
 その結果彼は私の以外の人には無表情でほとんど感情を表さなくなったけど⋯⋯

 そん彼の姿に自分を抑え過ぎてはいないか心配になる。

 事情を知った内情者なのに、小さい事で責め立ってしまった自分に後悔の念が胸に刺す。

「………………」

 無口と言っても師である私の言葉には決して無視しはしないベルちゃんだけど。

 その返事は数分待っても返って来なかった。


 「ベルちゃん?」
 
 沈黙の続く気まずさに耐えきれなく、ローブの広い袖口に隠された彼の少し骨張った自分より大きな手に自身のを軽く触れると、気付いてしまった。その握りしめた拳が小刻みに震えていることに。

 その異変に、慌てて添えた両手を俯く彼の両頬へ移し挟み込むと下向く顔を持ち上げ--覗き込んだら。

 そこには、全て抜け落ちてしまったかに思える放心しきった様子。
 開いたままの瞳から映る光は失われて、深い絶望か悲しみの何かに囚われているその表情に。

 私は酷く驚き狼狽える。

 何とか意識を呼び戻そうと彼の名を口含んだら。

「⋯⋯ッおねがい」

「嫌わないで⋯⋯そばに、いたいっ⋯⋯」

「⋯⋯先生」

 一歩先に震える低い呻きに似た声が耳に届くのと、頬に触れる両手の皮膚に生暖かい雫がこぼれ落ちたのは同時だった。
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