1 / 3
①
しおりを挟む
「ねえシェズ、俺、何の相談受けてんの?」
幼馴染のスイは、虚ろな表情のままグラスをあおり、通りすがった可愛い店員に同じものを注文する。
ここは街はずれの庶民的な酒場。油と香辛料の匂いが絡み合い、ざわめきが絶えない。
俺は、長期休暇で暇を持て余していたスイを奢るという名目で連れ出したのだった。
「恋愛相談…のような?」
「色恋沙汰なんて俺に相談されてもロクな返答できないの、知ってるでしょ?てか、一緒のベッドで抱き締められて寝てたって、男同士なら好きじゃなきゃできないんじゃない?」
「お互いめっちゃ酔っ払ってたはず。俺、ベッドに入った記憶すらないんだよ。ねぇスイは、俺のこと抱き締めて眠れる?」
「酒飲んで、お前の見た目しか知らなかったらイケる。でもごめん、子供の頃からシェズのこと知ってるからマジで無理。金貰っても無理」
「もぅ…そこまで嫌がらなくてもいーのにー」
不貞腐れて横を向くと、ちょうど視線の先に座っていた男と目が合った。
男は穏やかに笑い、軽く手を振ってくる。
俺もつられてひらりと返すと、相手は嬉しそうにぶんぶんと手を振り返した。
きっと俺のこと、女だと思ってるんだろうな…なんて思いながら、スイへと視線を戻す。
「で、シェズは同居人の…ザイオンさんだっけ。その人のこと、どう思ってるのさ?」
「…その日までは特に意識してなかったんだよね。同居人として適切な距離感だったと思うし、ご飯作ってあげたりはしてたけど、口説いたり口説かれたりなんて全然なかったし、そんな雰囲気すらなかったと思う。多分。でも、なんだかちょっと寂しげで、放っておけないっていうか、構ってあげたくなるっていうか…なんというか…」
指先でウェーブのかかった髪を弄びながら、曖昧に答える。
うん、ザイオンはとにかく“放っておけない”んだ。
「はぁ…。シェズ、それって充分意識してるって事じゃねーの?」
スイは呆れ顔で俺を見据えた。
「え?俺、ザイオンのこと好きなのかな」
「俺が知るかよ。ザイオンさんにもう一度抱き締めてもらったら分かるんじゃね?」
「抱き締めて…もらったら…」
その言葉に、今朝の記憶がふっと甦る。
目を開けた瞬間、すぐそばにあったザイオンの顔。
俺は彼の腕の中で眠っていたらしい。
普段寝起きが悪い自覚はあるけれど、その朝ばかりは驚きで一瞬にして目が冴えた。
慌てて起き上がろうとした途端、ザイオンの腕がきゅっと力をこめ、もう一度抱き締められる。
彼も目覚めているのかと思ったが、すぐに静かな寝息が聞こえた。
抱き枕か何かと勘違いしているのだろう。
それでも、あの距離は近すぎた。肌に触れる温もり、胸にあたる鼓動、呼吸のたびに混じる煙草と洗いたてのシャツの香り。
身動ぎもできずにいると、やがて腕の力が緩み、その隙にそっと抜け出して一目散に自室へ逃げ込んだ。
今でも、あの瞬間の体温と重みが思い出される。
ザイオンの睫毛の影、厚い胸板、指の感触…。綺麗な寝顔。
「ズ……シェズ、シェーーーズ」
スイに名を呼ばれて我に返ると、呆れきった顔で言われた。
「お前、今どんな顔してるか教えてやるよ。完全に恋する乙女だ」
幼馴染のスイは、虚ろな表情のままグラスをあおり、通りすがった可愛い店員に同じものを注文する。
ここは街はずれの庶民的な酒場。油と香辛料の匂いが絡み合い、ざわめきが絶えない。
俺は、長期休暇で暇を持て余していたスイを奢るという名目で連れ出したのだった。
「恋愛相談…のような?」
「色恋沙汰なんて俺に相談されてもロクな返答できないの、知ってるでしょ?てか、一緒のベッドで抱き締められて寝てたって、男同士なら好きじゃなきゃできないんじゃない?」
「お互いめっちゃ酔っ払ってたはず。俺、ベッドに入った記憶すらないんだよ。ねぇスイは、俺のこと抱き締めて眠れる?」
「酒飲んで、お前の見た目しか知らなかったらイケる。でもごめん、子供の頃からシェズのこと知ってるからマジで無理。金貰っても無理」
「もぅ…そこまで嫌がらなくてもいーのにー」
不貞腐れて横を向くと、ちょうど視線の先に座っていた男と目が合った。
男は穏やかに笑い、軽く手を振ってくる。
俺もつられてひらりと返すと、相手は嬉しそうにぶんぶんと手を振り返した。
きっと俺のこと、女だと思ってるんだろうな…なんて思いながら、スイへと視線を戻す。
「で、シェズは同居人の…ザイオンさんだっけ。その人のこと、どう思ってるのさ?」
「…その日までは特に意識してなかったんだよね。同居人として適切な距離感だったと思うし、ご飯作ってあげたりはしてたけど、口説いたり口説かれたりなんて全然なかったし、そんな雰囲気すらなかったと思う。多分。でも、なんだかちょっと寂しげで、放っておけないっていうか、構ってあげたくなるっていうか…なんというか…」
指先でウェーブのかかった髪を弄びながら、曖昧に答える。
うん、ザイオンはとにかく“放っておけない”んだ。
「はぁ…。シェズ、それって充分意識してるって事じゃねーの?」
スイは呆れ顔で俺を見据えた。
「え?俺、ザイオンのこと好きなのかな」
「俺が知るかよ。ザイオンさんにもう一度抱き締めてもらったら分かるんじゃね?」
「抱き締めて…もらったら…」
その言葉に、今朝の記憶がふっと甦る。
目を開けた瞬間、すぐそばにあったザイオンの顔。
俺は彼の腕の中で眠っていたらしい。
普段寝起きが悪い自覚はあるけれど、その朝ばかりは驚きで一瞬にして目が冴えた。
慌てて起き上がろうとした途端、ザイオンの腕がきゅっと力をこめ、もう一度抱き締められる。
彼も目覚めているのかと思ったが、すぐに静かな寝息が聞こえた。
抱き枕か何かと勘違いしているのだろう。
それでも、あの距離は近すぎた。肌に触れる温もり、胸にあたる鼓動、呼吸のたびに混じる煙草と洗いたてのシャツの香り。
身動ぎもできずにいると、やがて腕の力が緩み、その隙にそっと抜け出して一目散に自室へ逃げ込んだ。
今でも、あの瞬間の体温と重みが思い出される。
ザイオンの睫毛の影、厚い胸板、指の感触…。綺麗な寝顔。
「ズ……シェズ、シェーーーズ」
スイに名を呼ばれて我に返ると、呆れきった顔で言われた。
「お前、今どんな顔してるか教えてやるよ。完全に恋する乙女だ」
26
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
神父様に捧げるセレナーデ
石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」
「足を開くのですか?」
「股開かないと始められないだろうが」
「そ、そうですね、その通りです」
「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」
「…………」
■俺様最強旅人×健気美人♂神父■
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる