群青の部屋

Moma

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「落ち着いた?」

ザイオンの優しい声が耳に届く。彼が淹れてくれた暖かいハーブティの香りが鼻腔をくすぐり、ようやく心が穏やかさを取り戻してきた。俺は小さく頷いた。
あの後、ザイオンは俺を風呂場へと導いてシャワーを浴びさせてくれた。”一人で大丈夫だから”そう告げたのだけれど”心配だから”という言葉と共に、結局彼も一緒に入ることになった。

そこまではよかった。

問題はその後だ。頭のてっぺんからつま先まで、本当に隅々まで、それはもう驚くほど丁寧に洗われてしまったのだ。”自分で洗えるって”何度訴えても、ザイオンは聞く耳を持たなかった。ホント思い出すだけでも恥ずかしい。

「ザイオンがこんなにえっちだなんて知らなかった」

子供のように唇を尖らせて、そう言葉を投げる。正直なところ、予測していなかった展開ばかりで、俺のキャパはとっくに限界を超えていた。
しかも今、俺は何故かザイオンの部屋のベッドの上にいる。脱衣所でバスローブを羽織らされたかと思えば、あっという間にザイオンの部屋へと連れ込まれてしまった。完全にお持ち帰りである。

「ずっとシェズのことが好きだった…許してくれるか?」

ザイオンが俺の手から空になったティーカップを取り上げ、ベッドサイドのテーブルに置く。次の瞬間、肩を優しく抱き寄せられ、髪に何度も唇が落とされた。

ズルい。

好きな人にこんなにも求められて、こんなにも優しくされて。許すも何も、もう答えは決まっているじゃん。

「俺のこと、ずっと好きでいてくれる?それなら…許してあげる」

「勿論だよ、シェズ…」

ザイオンの声が優しく響く。
今日、何度目のキスだろう。ザイオンが唇を求めてきて、俺はそれに応える。キスをされて。想いを伝えて。お互いの気持ちが通じ合って。まだ夢を見ているような、ふわふわとした浮遊感がある。けれど、ザイオンの体温が、彼の鼓動が、これは紛れもない現実なのだと教えてくれる。

「それで…結婚式はいつにする?」

「へっ??!ケッコン???」

思わず素っ頓狂な声が出た。

「さっきの"ずっと好きでいてくれる?"は、プロポーズだと思ったのだが。違ったか?」

「え?あ…」

なるほど…深読みしすぎだよザイオン…。

そう思ったけれど、ここで否定してしまうのも何か違う気がして、言葉に詰まる。考えてみれば、この先、俺のことをこんなにも大切にしてくれる人が現れるとは思えない。何より、ザイオンの隣にいると心地よい。こんなに簡単に伴侶を決めてしまうのもどうかとは思うけれど…それもまた、俺らしいのかもしれない。

「そうだね…結婚しよっか…」

その言葉を告げた途端、キラキラと輝く瞳のザイオンに唇を塞がれた。
人を好きになる事が分からないってついこの間まで言っていた俺に、彼氏どころか婚約者ができてしまった。

―――人生って何が起こるかわからない。

* * *

ひんやりとした空気が肌を撫でる。暗がりの中、砂利を踏みしめる音だけが静かに響く。手に掲げた魔法陣の淡い光を頼りに、鉱山の奥へと歩みを進めた。

「この辺りが最奥かな?長かった…」

立ち止まり、懐から取り出したノートを開く。先刻まで書き連ねていた調査記録の続きを、慣れた手つきで書き足していく。

「魔石の宝庫とは、よく言ったもんだよな…」

周囲を見渡しながら、スイは感嘆の声を漏らす。

「こんなに沢山の、質の高い魔石がゴロゴロ転がってるなんて」

手近にある石に近づき、詠唱を唱える。すると、石が綺麗に二つに割れ、中から紫色の光を放つ魔石が姿を現した。

「この大きさの魔石、勝手に持ち出したらマズイよなぁ…所有権、ウチの国じゃないもんなぁ」

美しい紫の輝きを眺めながら、スイは困ったようにぼやく。

「買ったらいくらになるんだろ?報告書も書かなくちゃならないなぁ…面倒だなぁ…俺、ずっとこの魔石ちゃん達に囲まれて暮らしたいなぁ…」

先程見つけた紫色の魔石を慈しむように撫で回し、物思いにふける。その瞬間、目の前に突如として転移の魔法陣が繰り出された。

「ヤッバ…」

スイの口から思わず言葉が漏れる。
次の瞬間、黒いローブにびっしりと装飾が施された美青年が、魔法陣の中から優雅に姿を現した。スイの国の筆頭魔導士、デュラテス。要するに、スイの一番上の上司が、いきなり目の前に現れたのだ。

「ハーイ、スイ、久しぶり」

デュラテスは軽やかな調子で声をかける。

「相変わらず派遣先の寮にあまり帰ってないみたいだね。何日鉱山に籠っているのかな?ちゃんと毎日お風呂入ってキレイにしなさいよ。印象悪いよ?」

スイの顔を見るなり、バチンとウインクを一つ飛ばす。上司とはいえ、デュラテスとスイの年齢はさほど離れていない。それどころか、同じ学園で共に学んだ仲でもある。

「デュラテス様…あのう…そのう…報告書遅れててスミマセン…」

尻すぼみになった声と共に、スイの体も縮こまる。魔石が好きすぎて、他のことを全て後回しにしている自覚があるだけに、申し訳ない気持ちになるのだ。

「報告書は、まあ、そこそこ送られてきてるし。ちゃんと生きてるし?」

デュラテスは肩をすくめる。

「仕事はちゃんとどころか、やり過ぎ感があるから、そこはなんとかして欲しいとは思っているけど…」

仕事に忙殺されているはずの筆頭魔導士が、わざわざ自ら転移魔法まで使ってここに現れる理由が分からず、スイはずっと思考を巡らせている。左遷か、クビか…いや、仕事はちゃんとしているから、それはないはずだ。

「あの、それで…今日はどんな御用でしょうか?デュラテス様が自ら鉱山に来られるなんて…急ぎで魔石が必要になりましたか?」

恐る恐る尋ねる。

「急ぎも何も…スイ…寮に帰った時、手紙とか全部チェックしてる?してないよね?」

デュラテスは呆れたような表情を浮かべる。

「今日、何の日か知ってる?」

「今日…ですか?」

何かあっただろうか?
スイは必死に記憶を辿るが、何も思い浮かばず首を捻る。うーん、と唸りながら考え込むが、まったく心当たりがない。

「ダメじゃ~ん」

デュラテスは大げさに溜息をつく。

「ハイ、スイは今から1ヶ月帰国の刑で~す。ウチはブラックな職場じゃないんだから、きっちり休みは取ってもらわないと困るんだよねぇ~」

「えええええ、せめて今見つけた魔石の研究を終わらせてから…」

慌てて抗議するスイを、デュラテスは容赦なく遮る。

「ダメで~す」

そして、爆弾発言を投下した。

「だって今日は、スイの幼馴染の結婚式だよ?招待状出してるって、シェズ言ってたよ?」

「は?シェズ?結婚?!」

スイの目が見開かれる。
デュラテス様、間違いなく結婚って言った。言った。言ってた!相手は誰?まさか?

「そゆこと!さ、帰ろーねー。転移するよ!」

「ま…待って下さい」

スイは慌てて声を上げる。

「シェズに、魔石を一つだけ贈ってもいいですか?」

するとデュラテスは、ニヤリと意味深に笑った。

「一番綺麗で大きい魔石、選んでいいよ。スイの給料で足りない分は、王家から出しとくから」

* * *

デュラテス様の転移魔法で式場に転移した俺は、シェズの元に駆け寄った。
シェズは今までで一番綺麗なドレスに身を包み、それはそれは幸せそうに微笑んでいた。

―――が!
俺を見るなり”遅い、汚い”と綺麗な笑顔で罵った。
魔石を贈ってご機嫌を取ったのは言うまでもない。

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