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甘く濃い空気が部屋いっぱいに満ちている。
玄関からベッドまで、柊を抱き上げ運んでくるわずかな距離さえ、楓には理性をすり減らす苦行に等しかった。
ベッドに横たえた柊は、涙に濡れた目を必死に楓へと向けて、震える指でシャツの袖をつかんで離さない。
「…楓…楓…」
呼ばれるたびに、身体の奥底が熱を帯び、抑制剤で無理やり押さえ込んでいた衝動がじわじわと剝がれていく。
「柊…」
駄目だ、このままじゃ――。
部屋中に満ちたフェロモンは、濃厚で甘やかで、触れる前から体内に侵入してくるように、理性を絡め取っていく。
けれど、ただ衝動に任せては駄目だ。
この関係を、大切な恋人を、壊してしまう。
必死に息を整えながら、楓は柊の目を覗き込んだ。
「柊、抑制剤以外のヒートを…おさめる方法、知ってるよな」
声は掠れ、抑え込むように低く沈んでいた。
柊は頷いた。
涙に濡れた睫毛の奥で、しかしはっきりとした光を宿している。
「わかってる。薬が効かないなら…αの…楓しかいない」
その言葉は、熱に浮かされたものではなかった。
柊は理性の奥でちゃんと理解し、自分の意志で選んでいる。
楓の胸の奥で、何かがきしむように音を立てた。
必死に守ってきた堤防が、崩れ落ちる音。
「だから…楓…俺を抱いて」
瞬間、楓の視界が白くはじけた。
張りつめていた糸が、ぷつりと切れる。
柊の震える声と、求める眼差しに、長く堪えていた理性は跡形もなく呑み込まれていった。
「…愛してる、愛してる…柊」
楓の声は震え、喉の奥から溢れるように、何度も何度も繰り返された。
その言葉に、柊の体がかすかに震える。
「俺も…愛してる……」
柊は弱々しくも、確かな声で応える。
言葉は震えていても、目の奥にある信頼と安堵は揺らがない。
楓は身体を重ね、両手で柊を抱きしめる。
脳も心も、全てが”求める”一点に集中してしまい、理性はかろうじての縁にぶら下がるだけだった。
だが、項を噛みたい衝動が渦巻く。
唇や首、肩に爪を立て、深く刻みつけたい衝動を、必死に制御する。
「…絶対、項だけは、噛まない…絶対…」
楓は自分に言い聞かせながら、代わりに柊の首筋や肩、胸に薄くキスマークを残す。
皮膚に残る熱と跡は、愛情の証であり、激情をおさめるための唯一の方法だった。
「…柊…もっと、俺に身を預けて…」
体温が触れるたびに、柊の微かな震えを感じ、楓はさらに息を荒くする。
止められない。止まらない。
でも、意識の端で自分を必死に制御しながら、柊の全てを受け止める。
柊もまた、楓にしがみつき、全身で求め返す。
「俺を…離さないで…もっと…奥…奥にちょうだい」
声は甘く、切実で、二人の熱が絡み合い、互いの呼吸と鼓動を重ねる。
玄関から充満していたフェロモンよりも濃密に、二人だけの空間で、身体も心も求め合う。
一つひとつの触れ合いが、愛と安心を伝え、同時にヒートをおさめる手段となっていた。
日が変わり、二日目の夜も、二人はまだ互いを求め続けていた。食事もろくに取れず、喉は渇き、身体は疲労で重いはずなのに、触れ合うたびに再び火が点く。柊は楓の胸に顔を埋め、匂いと温もりに酔い、楓はその身体を抱き返しながら”愛してる”と何度も囁く。
「柊…大丈夫?辛くない?俺がいるから…ね…」
楓の言葉に、柊は小さく笑みを漏らし、信頼と愛情を全身で示す。
三日目を迎え、ついに互いの意識も断片的になり、身体の動きは本能のまま。眠る間も惜しむように絡み合い、互いを確かめ合う。互いの吐息と声が、愛情と渇望を空間に刻む。
それでも、項に噛まないというルールだけは守られ、かわりに唇や首筋、肩、腕など全身に印が散らばっていく。
濃厚な甘い痕跡は、二人の愛の証として、熱の余韻とともに肌に残った。
玄関からベッドまで、柊を抱き上げ運んでくるわずかな距離さえ、楓には理性をすり減らす苦行に等しかった。
ベッドに横たえた柊は、涙に濡れた目を必死に楓へと向けて、震える指でシャツの袖をつかんで離さない。
「…楓…楓…」
呼ばれるたびに、身体の奥底が熱を帯び、抑制剤で無理やり押さえ込んでいた衝動がじわじわと剝がれていく。
「柊…」
駄目だ、このままじゃ――。
部屋中に満ちたフェロモンは、濃厚で甘やかで、触れる前から体内に侵入してくるように、理性を絡め取っていく。
けれど、ただ衝動に任せては駄目だ。
この関係を、大切な恋人を、壊してしまう。
必死に息を整えながら、楓は柊の目を覗き込んだ。
「柊、抑制剤以外のヒートを…おさめる方法、知ってるよな」
声は掠れ、抑え込むように低く沈んでいた。
柊は頷いた。
涙に濡れた睫毛の奥で、しかしはっきりとした光を宿している。
「わかってる。薬が効かないなら…αの…楓しかいない」
その言葉は、熱に浮かされたものではなかった。
柊は理性の奥でちゃんと理解し、自分の意志で選んでいる。
楓の胸の奥で、何かがきしむように音を立てた。
必死に守ってきた堤防が、崩れ落ちる音。
「だから…楓…俺を抱いて」
瞬間、楓の視界が白くはじけた。
張りつめていた糸が、ぷつりと切れる。
柊の震える声と、求める眼差しに、長く堪えていた理性は跡形もなく呑み込まれていった。
「…愛してる、愛してる…柊」
楓の声は震え、喉の奥から溢れるように、何度も何度も繰り返された。
その言葉に、柊の体がかすかに震える。
「俺も…愛してる……」
柊は弱々しくも、確かな声で応える。
言葉は震えていても、目の奥にある信頼と安堵は揺らがない。
楓は身体を重ね、両手で柊を抱きしめる。
脳も心も、全てが”求める”一点に集中してしまい、理性はかろうじての縁にぶら下がるだけだった。
だが、項を噛みたい衝動が渦巻く。
唇や首、肩に爪を立て、深く刻みつけたい衝動を、必死に制御する。
「…絶対、項だけは、噛まない…絶対…」
楓は自分に言い聞かせながら、代わりに柊の首筋や肩、胸に薄くキスマークを残す。
皮膚に残る熱と跡は、愛情の証であり、激情をおさめるための唯一の方法だった。
「…柊…もっと、俺に身を預けて…」
体温が触れるたびに、柊の微かな震えを感じ、楓はさらに息を荒くする。
止められない。止まらない。
でも、意識の端で自分を必死に制御しながら、柊の全てを受け止める。
柊もまた、楓にしがみつき、全身で求め返す。
「俺を…離さないで…もっと…奥…奥にちょうだい」
声は甘く、切実で、二人の熱が絡み合い、互いの呼吸と鼓動を重ねる。
玄関から充満していたフェロモンよりも濃密に、二人だけの空間で、身体も心も求め合う。
一つひとつの触れ合いが、愛と安心を伝え、同時にヒートをおさめる手段となっていた。
日が変わり、二日目の夜も、二人はまだ互いを求め続けていた。食事もろくに取れず、喉は渇き、身体は疲労で重いはずなのに、触れ合うたびに再び火が点く。柊は楓の胸に顔を埋め、匂いと温もりに酔い、楓はその身体を抱き返しながら”愛してる”と何度も囁く。
「柊…大丈夫?辛くない?俺がいるから…ね…」
楓の言葉に、柊は小さく笑みを漏らし、信頼と愛情を全身で示す。
三日目を迎え、ついに互いの意識も断片的になり、身体の動きは本能のまま。眠る間も惜しむように絡み合い、互いを確かめ合う。互いの吐息と声が、愛情と渇望を空間に刻む。
それでも、項に噛まないというルールだけは守られ、かわりに唇や首筋、肩、腕など全身に印が散らばっていく。
濃厚な甘い痕跡は、二人の愛の証として、熱の余韻とともに肌に残った。
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