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ライナスが成人して初めての、それも皇太子になって最初のダンスでもある。ライナスが誰を選ぶのか。その相手がきっと伴侶候補だろうという話題が貴族たちの間で持ち切りだというのに、今までどおりエルネストを誘うなんて何を考えているのか。
エルネストは思わずライナスに耳打ちした。
「ライナス……! その呼び方はもう卒業だって言ったはずだよ」
「あっ。申し訳ありません。つい癖で」
「ファーストダンスも誰か他の人にって言ったよね?」
「えっ? そうでしたっけ?」
「言ったよ……!」
「まあまあ。皆がおかしな目で見てますから。行きましょう」
「……わかったよ。今回だけだからね」
ここで断ると皇太子の面目を潰してしまうと思い、エルネストは仕方なくライナスの手をとった。周りの視線が痛い。
これまではライナスが「他の相手だと緊張して失敗するかもしれない」と不安がるので、些細な失敗で法改正派に揚げ足を取られるよりはいいかと思って、練習相手のエルネストがダンスパートナーを務めていた。成人したのだからきっと今回はエルネスト以外の相手と……と周りも楽しみにしていただろうに。
「……ライナス。このダンスが終わったら、もうエル兄様なんて呼び方は駄目だよ」
「はい。気をつけます」
「それから、他のオメガと交流を深めるんだ」
「はい。気に入ったオメガを選べばいいんですよね?」
「ちゃんとわかってるじゃないか」
これなら宴会が終わる頃には良い報告が聞けそうだと、エルネストは気を取り直して一曲踊り、ライナスにお辞儀した。
「では皇太子殿下。この機会に若者たちと交流を深めてください」
「はい。ではエルネスト皇子も一緒に……」
腕を差し出そうとするライナスを見て、エルネストはまた慌てて耳打ちした。
「ライナス……! お前ひとりで行くんだ」
「どうしてですか? 気に入ったオメガを選べと言ったではありませんか」
「だからだよ。私が隣に居たのでは他のオメガが委縮してしまうだろう?」
「ええ。何か問題がありますか?」
「あるよ……!」
まさか伴侶探しにまでエルネストを同行させようとは。ライナスを可哀そうに思うあまり、少し甘やかしすぎたのだろうか。
ふたりでこそこそと言い合っているうちに、豪奢な礼服に身を包んだ中年の紳士が息子と一緒にこちらにやってきた。
「帝国の星。エルネスト皇子殿下にご挨拶申し上げます」
エルネストに挨拶してきたのは、法改正派のデマーレ公爵。
公爵の息子、次男のルシアン・デマーレ公子も一緒だ。
――まったく。ライナスが隣に居るのに。
ライナスが皇太子になったのだから、エルネストに話しかける前にライナスへの挨拶を済ませるのが礼儀だ。どうせわざとだろうと思いつつも窘めようとすると、息子のルシアンがライナスに話しかけた。
「皇太子殿下。失礼を承知で言わせてもらいますが、そろそろエルネスト殿下を自由にして差し上げては?」
「……なんだと?」
ライナスとルシアンの間に険悪な空気が流れ、デマーレ公爵が間に入る。
「まあまあ。息子が言うことも一理あるでしょう。皇太子殿下も今日で成人なさったわけですし、いつまでもエルネスト殿下にご一緒していただいているようでは皇帝陛下も気が休まりませんぞ」
デマーレ公爵の言葉に、エルネストは思わず口を噤んだ。悔しいかな、そこについては自分も同じ意見だ。
エルネストの父――皇帝陛下はここ数年、あまり体調がよくない。皇后が亡くなってから新たな伴侶を迎えることなく、皇帝の公務に加えて皇后の仕事までこなしてきたからだ。
今はエルネストが宮内の管理を引き受けているので少しは楽になったらしいが、皇宮医からはもっと仕事を減らすようにと言われ続けている。正直なところ、皇帝を安心させるためにもライナスには早く伴侶を見つけてもらいたいのだ。
騒ぎにならないよう、今度こそエルネストはデマーレ公爵を窘めた。
「デマーレ公。皇太子殿下がおられるのだから、私に話しかけるより先にご挨拶申し上げるのが礼儀だろう。手本となるべき高位貴族が規律を乱すようでは困る」
「おお……これは申し訳ありませんでした」
「以後気をつけてくれ。さあ皇太子殿下、あちらでオメガたちが待っていますよ。私が居ると邪魔になりますから」
「……わかりました」
エルネストが促すと、ライナスは渋々といった様子でその場を離れていった。
エルネストは思わずライナスに耳打ちした。
「ライナス……! その呼び方はもう卒業だって言ったはずだよ」
「あっ。申し訳ありません。つい癖で」
「ファーストダンスも誰か他の人にって言ったよね?」
「えっ? そうでしたっけ?」
「言ったよ……!」
「まあまあ。皆がおかしな目で見てますから。行きましょう」
「……わかったよ。今回だけだからね」
ここで断ると皇太子の面目を潰してしまうと思い、エルネストは仕方なくライナスの手をとった。周りの視線が痛い。
これまではライナスが「他の相手だと緊張して失敗するかもしれない」と不安がるので、些細な失敗で法改正派に揚げ足を取られるよりはいいかと思って、練習相手のエルネストがダンスパートナーを務めていた。成人したのだからきっと今回はエルネスト以外の相手と……と周りも楽しみにしていただろうに。
「……ライナス。このダンスが終わったら、もうエル兄様なんて呼び方は駄目だよ」
「はい。気をつけます」
「それから、他のオメガと交流を深めるんだ」
「はい。気に入ったオメガを選べばいいんですよね?」
「ちゃんとわかってるじゃないか」
これなら宴会が終わる頃には良い報告が聞けそうだと、エルネストは気を取り直して一曲踊り、ライナスにお辞儀した。
「では皇太子殿下。この機会に若者たちと交流を深めてください」
「はい。ではエルネスト皇子も一緒に……」
腕を差し出そうとするライナスを見て、エルネストはまた慌てて耳打ちした。
「ライナス……! お前ひとりで行くんだ」
「どうしてですか? 気に入ったオメガを選べと言ったではありませんか」
「だからだよ。私が隣に居たのでは他のオメガが委縮してしまうだろう?」
「ええ。何か問題がありますか?」
「あるよ……!」
まさか伴侶探しにまでエルネストを同行させようとは。ライナスを可哀そうに思うあまり、少し甘やかしすぎたのだろうか。
ふたりでこそこそと言い合っているうちに、豪奢な礼服に身を包んだ中年の紳士が息子と一緒にこちらにやってきた。
「帝国の星。エルネスト皇子殿下にご挨拶申し上げます」
エルネストに挨拶してきたのは、法改正派のデマーレ公爵。
公爵の息子、次男のルシアン・デマーレ公子も一緒だ。
――まったく。ライナスが隣に居るのに。
ライナスが皇太子になったのだから、エルネストに話しかける前にライナスへの挨拶を済ませるのが礼儀だ。どうせわざとだろうと思いつつも窘めようとすると、息子のルシアンがライナスに話しかけた。
「皇太子殿下。失礼を承知で言わせてもらいますが、そろそろエルネスト殿下を自由にして差し上げては?」
「……なんだと?」
ライナスとルシアンの間に険悪な空気が流れ、デマーレ公爵が間に入る。
「まあまあ。息子が言うことも一理あるでしょう。皇太子殿下も今日で成人なさったわけですし、いつまでもエルネスト殿下にご一緒していただいているようでは皇帝陛下も気が休まりませんぞ」
デマーレ公爵の言葉に、エルネストは思わず口を噤んだ。悔しいかな、そこについては自分も同じ意見だ。
エルネストの父――皇帝陛下はここ数年、あまり体調がよくない。皇后が亡くなってから新たな伴侶を迎えることなく、皇帝の公務に加えて皇后の仕事までこなしてきたからだ。
今はエルネストが宮内の管理を引き受けているので少しは楽になったらしいが、皇宮医からはもっと仕事を減らすようにと言われ続けている。正直なところ、皇帝を安心させるためにもライナスには早く伴侶を見つけてもらいたいのだ。
騒ぎにならないよう、今度こそエルネストはデマーレ公爵を窘めた。
「デマーレ公。皇太子殿下がおられるのだから、私に話しかけるより先にご挨拶申し上げるのが礼儀だろう。手本となるべき高位貴族が規律を乱すようでは困る」
「おお……これは申し訳ありませんでした」
「以後気をつけてくれ。さあ皇太子殿下、あちらでオメガたちが待っていますよ。私が居ると邪魔になりますから」
「……わかりました」
エルネストが促すと、ライナスは渋々といった様子でその場を離れていった。
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