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エルネストの口からライナスの名前が出た途端、ルシアンは態度を豹変させた。
「エルネスト殿下! なぜ他の男を呼ぶのですか!?」
「あっ……!」
エルネストは体をくるりと反転させられ、後ろからルシアンに抱きしめられた。襟の上からうなじに噛みつかれている。
「やっ、やめ……」
うなじに鋭い痛みを覚えたが、エルネストには身を捩るだけの力も残っていない。言葉で抵抗しようにも息苦しさで弱々しくなってしまう。
しかしどういうわけか、エルネストをきつく抱きしめていたルシアンの腕から、突然力が抜けた。支えを失ったエルネストが床に崩れ落ちる寸前で、護衛のひとりがとっさに抱き止める。
「い、今だ! デマーレ公子を捕らえろ!」
「はっ!」
エルネストを保護した護衛の一声で、他の護衛たちがルシアンに飛び掛かった。しかし不思議とルシアンは抵抗せず、青ざめた顔で大人しく拘束されている。
――急にどうしたんだ……?
ルシアンの額には大粒の汗が。そして何かを恐れるように強張った顔。エルネストが奇妙に思っていると、助けを呼びに行った護衛と一緒にライナスが駆けてきた。
「エル兄様! お怪我はありませんか?」
「う、うん。デマーレ公子が急に大人しくなって……」
エルネストが首を傾げながら説明すると、ライナスがぼそりと呟いた。
「ああ……虫除けが効いたか」
「ライナス?」
「何でもありません」
ライナスはエルネストに向かって微笑むと、護衛に押さえつけられているルシアンの前に立った。
「ルシアン・デマーレ」
「ひっ……」
こちらに背を向けているのでライナスがどんな顔をしているのかエルネストには見えない。しかし名前を呼ばれただけで、ルシアンの青い顔からさらに血の気が引いている。
「お前如きが帝国の星の尊いお体に触れていいと思ったのか?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
「身の程を弁えているのなら、このような騒ぎに至らないだろう。皇子殿下の前に二度と姿を現すな」
「はっ! 仰せのままに……!」
護衛に腕を掴まれながらも、ルシアンは自らテラスの床に額を擦りつけるようにして頭を下げている。これがアルファと優勢アルファの格の違いなのだと思うと、改めてすごいことだと思う。
エルネストのほうを振り返ったライナスは普段どおりのにこやかな顔で、護衛に支えられていたエルネストの体をひょいと抱き上げた。
「もう大丈夫です。私が部屋までお運びしますから」
「ちょっ……今の私は危ないから……!」
「問題ありません。優勢アルファは理性も強いので」
――そういうものなのか……?
そんな話は聞いたことがないが、優勢アルファ本人が問題ないと言い切るのだからそうなのだろう。実際、ライナスはエルネストが発情しているのに何ともない様子だ。
しかしエルネストのほうは駄目だ。とっさにライナスを呼んでしまったが、こんな状態でアルファに触れられると体が勝手に反応してしまう。
「ライナス。お願いだから、他の者に任せて」
「駄目です。言いつけを守らずにあいつを通した奴がこの中にいるのですよ?」
「あっ……」
ライナスの指摘に、エルネストは自分がまともな判断をできなくなっていることにようやく気づいた。
ルシアンが言っていたように、無理に頼まれて仕方なく通しただけなのか。それとも事前に金でも積まれたか、そもそも法改正派であることを隠してエルネストの護衛を務めていた可能性もある。はっきりしない以上、彼らに身を委ねるのは危険だ。
「……騒ぎにならないように、外から連れて行って」
ライナスなら信用できる。そう思ったエルネストは、ライナスの首に腕を回した。エルネストの体をライナスの腕がしっかりと抱え直す。
「お前たちの処分は追って知らせる。命が惜しければ、そいつを逃がそうなどと思わないことだ」
「はっ……!」
ライナスの迫力は抱えられているエルネストも圧倒されるほどで、睨まれた護衛たちが一斉に頭を下げた。おかげでエルネストも少し正気を取り戻し、ライナスに運ばれながら、早く部屋に着くことだけをじっと祈った。
「エルネスト殿下! なぜ他の男を呼ぶのですか!?」
「あっ……!」
エルネストは体をくるりと反転させられ、後ろからルシアンに抱きしめられた。襟の上からうなじに噛みつかれている。
「やっ、やめ……」
うなじに鋭い痛みを覚えたが、エルネストには身を捩るだけの力も残っていない。言葉で抵抗しようにも息苦しさで弱々しくなってしまう。
しかしどういうわけか、エルネストをきつく抱きしめていたルシアンの腕から、突然力が抜けた。支えを失ったエルネストが床に崩れ落ちる寸前で、護衛のひとりがとっさに抱き止める。
「い、今だ! デマーレ公子を捕らえろ!」
「はっ!」
エルネストを保護した護衛の一声で、他の護衛たちがルシアンに飛び掛かった。しかし不思議とルシアンは抵抗せず、青ざめた顔で大人しく拘束されている。
――急にどうしたんだ……?
ルシアンの額には大粒の汗が。そして何かを恐れるように強張った顔。エルネストが奇妙に思っていると、助けを呼びに行った護衛と一緒にライナスが駆けてきた。
「エル兄様! お怪我はありませんか?」
「う、うん。デマーレ公子が急に大人しくなって……」
エルネストが首を傾げながら説明すると、ライナスがぼそりと呟いた。
「ああ……虫除けが効いたか」
「ライナス?」
「何でもありません」
ライナスはエルネストに向かって微笑むと、護衛に押さえつけられているルシアンの前に立った。
「ルシアン・デマーレ」
「ひっ……」
こちらに背を向けているのでライナスがどんな顔をしているのかエルネストには見えない。しかし名前を呼ばれただけで、ルシアンの青い顔からさらに血の気が引いている。
「お前如きが帝国の星の尊いお体に触れていいと思ったのか?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
「身の程を弁えているのなら、このような騒ぎに至らないだろう。皇子殿下の前に二度と姿を現すな」
「はっ! 仰せのままに……!」
護衛に腕を掴まれながらも、ルシアンは自らテラスの床に額を擦りつけるようにして頭を下げている。これがアルファと優勢アルファの格の違いなのだと思うと、改めてすごいことだと思う。
エルネストのほうを振り返ったライナスは普段どおりのにこやかな顔で、護衛に支えられていたエルネストの体をひょいと抱き上げた。
「もう大丈夫です。私が部屋までお運びしますから」
「ちょっ……今の私は危ないから……!」
「問題ありません。優勢アルファは理性も強いので」
――そういうものなのか……?
そんな話は聞いたことがないが、優勢アルファ本人が問題ないと言い切るのだからそうなのだろう。実際、ライナスはエルネストが発情しているのに何ともない様子だ。
しかしエルネストのほうは駄目だ。とっさにライナスを呼んでしまったが、こんな状態でアルファに触れられると体が勝手に反応してしまう。
「ライナス。お願いだから、他の者に任せて」
「駄目です。言いつけを守らずにあいつを通した奴がこの中にいるのですよ?」
「あっ……」
ライナスの指摘に、エルネストは自分がまともな判断をできなくなっていることにようやく気づいた。
ルシアンが言っていたように、無理に頼まれて仕方なく通しただけなのか。それとも事前に金でも積まれたか、そもそも法改正派であることを隠してエルネストの護衛を務めていた可能性もある。はっきりしない以上、彼らに身を委ねるのは危険だ。
「……騒ぎにならないように、外から連れて行って」
ライナスなら信用できる。そう思ったエルネストは、ライナスの首に腕を回した。エルネストの体をライナスの腕がしっかりと抱え直す。
「お前たちの処分は追って知らせる。命が惜しければ、そいつを逃がそうなどと思わないことだ」
「はっ……!」
ライナスの迫力は抱えられているエルネストも圧倒されるほどで、睨まれた護衛たちが一斉に頭を下げた。おかげでエルネストも少し正気を取り戻し、ライナスに運ばれながら、早く部屋に着くことだけをじっと祈った。
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