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ライナスが部屋から出て行くのを見送って、エルネストはベッドにぐったりと横たわった。シーツの冷たさが、体の火照りを少しだけ鎮めてくれる。
――私は駄目な従兄上だな。
ライナスはオメガのフェロモンをものともせず、冷静に服を脱がせて怪我を確認してくれた。何ともなさそうだった様子に安堵すると同時に、エルネストは恥ずかしく思った。
純粋に心配してくれているライナスの姿を思い出すと、いくら発情しているとはいえ、ライナスの手で服を脱がされて熱くなっていた自分の体が、エルネストにはなおのこと浅ましく感じられた。
ライナスはオメガとして正常な反応だと言ってくれたが、それでも兄代わりとしてずっと接してきた身としては、ああして話している間にもライナスに手を伸ばしそうになってしまう自分がひどく情けなかったのだ。
もし自制できずライナスを襲っていたら、それこそ先程のルシアン・デマーレ公子と何も変わらない。恥ずかしかったが、あの場で正直に自分の状況を打ち明けられてよかった。
横になって一時間ほど経つと、テラスで一錠だけ飲んだ抑制剤がしっかり効いてきた。体についているアルファのフェロモンを洗い流せばもっと具合が良くなるだろうと思って、エルネストはようやく体を起こした。
「⋯⋯あっ。そういえば、宴会が終わったらご褒美をもらいに来ると言っていたな」
ライナスが普段節制している物でもいいかと言うのを聞いて、エルネストはライナスが何を欲しがっているかずばり見当がついていた。ライナスはカカオが入った甘いものに目がないのだ。
どのくらい目がないかと言うと、ガトーショコラを食べながらココアを飲むほど。摂りすぎは良くないからと言って、いつもほどほどのところでエルネストが止めているのだ。
夜中に甘いものを食べること自体もまた良くないことなので、明日の昼間に延期したいところだが。まあ今日くらいは大目に見てもいいかと、エルネストは侍従を呼んだ。
「皇子殿下。お加減はいかがですか?」
「薬が効いてきたからお湯に浸かるよ。それから、宴会が終わるまでにライナスが好きなチョコレート菓子をいくつか持って来てほしいんだ。宴会に出した残りで構わないから」
「遅い時間なのにですか?」
「うん。ひとりで頑張ると言ってたから、いつもより少し多めにね」
「なるほど! すぐにご準備いたします」
ライナスに節制するよう言うのをいつも聞いているので、頑張ったライナスへのご褒美だと侍従たちもわかったらしい。「少し多めに」と言ったのに、お湯で体を清めて部屋に戻ったら、テーブルの上にはどう考えても多すぎる量が並べられていた。ココアを淹れる準備もできている。
「いかがでしょう?」
「このくらいお召し上がりになりますよね?」
「うーん⋯⋯まあいいか。でもココアは自粛させよう」
飲み物だけカモミールティーに差し替えさせて、一足先にエルネストがお茶を飲んでいると、しばらくしてライナスが部屋を訪ねてきた。
「エル兄様! ただいま戻りました」
「おかえり。ちゃんと頑張ってきたかい?」
「はい。段取りのとおり、最後の挨拶をして皇帝陛下と一緒に出てきました」
「よしよし。伴侶探しのほうはどうなった?」
「それは……ふたりきりになったらお話ししますね」
ライナスがそう言ったのを聞いて、侍従のひとりが急いでライナスの分もお茶を淹れると、皆揃ってそそくさと部屋を出て行った。
「ライナス。いい相手が見つかったんだね?」
ふたりきりになってから話すと聞いて、エルネストは予想がついていた。もし見つかっていなければ、侍従の前で話しても問題なかったのだから。
案の定、ライナスは嬉しそうに頷いた。
「はい。見つかったというか、元々気になっている人がおりまして」
「えっ? そうだったの?」
「はい。それで今日、他のオメガに会ってみて改めて思ったんです。その人以上に、一緒になりたいと思う相手は居ないのだと」
――なんだ。ちゃんと好きな相手がいたのか。
そう思った瞬間、エルネストの胸がちくりと痛んだ。喜ぶべきことなのにどうしてと思ったが、すぐに理由が思い当たった。そういう相手がいるのだと今の今まで相談してもらえなかったのが、きっと寂しかったのだ。
「良い人が居るなら教えてくれればよかったじゃないか」
「いや。実はそのお相手が、私のことをまったくそういう目で見てくれなくて」
「えっ? それは……大丈夫なの?」
「ご心配なく。これも今日わかったのですが、私のフェロモンには惹かれているそうなので。本人から聞いたので間違いありません」
「⋯⋯それなら心配要らないね。よく頑張ったじゃないか」
エルネストはライナスの頭を撫でそうになった手を引っ込めた。兄代わりとはいえオメガなのだから、ライナスにそういう相手がいるなら、本当にもう触れるべきではない。というか、こんな夜遅くに他のオメガの部屋に来るのも良くないと思うのだが。
エルネストが思い悩んでいると、ライナスの視線がテーブルに落ちた。
「それにしてもめずらしいですね。エル兄様がこんな遅くに甘いものを召し上がろうなんて」
「いや……これはお前の分だよ。宴会が終わったらご褒美をもらいに来ると言っていただろう?」
そういえばそうだったと、エルネストは取り皿とトングを手に取った。ライナスのお相手には申し訳ないが、ご褒美を目の前にして今さら約束を破るわけにもいかない。
「普段私が口うるさく止めてるからって、侍従たちが張り切ってたくさん持ってきてしまってね」
できるだけ短時間で済まそうと思って、エルネストは取り皿にこれでもかとチョコレートを盛っていたのだが……
「エル兄様」
「うん? どれが欲しい?」
「私がいただきたいご褒美は、菓子ではないのですが」
「……えっ?」
エルネストが驚きながら顔をあげると、すぐ目の前にライナスの顔が。
次の瞬間、唇が深く重なった。
――私は駄目な従兄上だな。
ライナスはオメガのフェロモンをものともせず、冷静に服を脱がせて怪我を確認してくれた。何ともなさそうだった様子に安堵すると同時に、エルネストは恥ずかしく思った。
純粋に心配してくれているライナスの姿を思い出すと、いくら発情しているとはいえ、ライナスの手で服を脱がされて熱くなっていた自分の体が、エルネストにはなおのこと浅ましく感じられた。
ライナスはオメガとして正常な反応だと言ってくれたが、それでも兄代わりとしてずっと接してきた身としては、ああして話している間にもライナスに手を伸ばしそうになってしまう自分がひどく情けなかったのだ。
もし自制できずライナスを襲っていたら、それこそ先程のルシアン・デマーレ公子と何も変わらない。恥ずかしかったが、あの場で正直に自分の状況を打ち明けられてよかった。
横になって一時間ほど経つと、テラスで一錠だけ飲んだ抑制剤がしっかり効いてきた。体についているアルファのフェロモンを洗い流せばもっと具合が良くなるだろうと思って、エルネストはようやく体を起こした。
「⋯⋯あっ。そういえば、宴会が終わったらご褒美をもらいに来ると言っていたな」
ライナスが普段節制している物でもいいかと言うのを聞いて、エルネストはライナスが何を欲しがっているかずばり見当がついていた。ライナスはカカオが入った甘いものに目がないのだ。
どのくらい目がないかと言うと、ガトーショコラを食べながらココアを飲むほど。摂りすぎは良くないからと言って、いつもほどほどのところでエルネストが止めているのだ。
夜中に甘いものを食べること自体もまた良くないことなので、明日の昼間に延期したいところだが。まあ今日くらいは大目に見てもいいかと、エルネストは侍従を呼んだ。
「皇子殿下。お加減はいかがですか?」
「薬が効いてきたからお湯に浸かるよ。それから、宴会が終わるまでにライナスが好きなチョコレート菓子をいくつか持って来てほしいんだ。宴会に出した残りで構わないから」
「遅い時間なのにですか?」
「うん。ひとりで頑張ると言ってたから、いつもより少し多めにね」
「なるほど! すぐにご準備いたします」
ライナスに節制するよう言うのをいつも聞いているので、頑張ったライナスへのご褒美だと侍従たちもわかったらしい。「少し多めに」と言ったのに、お湯で体を清めて部屋に戻ったら、テーブルの上にはどう考えても多すぎる量が並べられていた。ココアを淹れる準備もできている。
「いかがでしょう?」
「このくらいお召し上がりになりますよね?」
「うーん⋯⋯まあいいか。でもココアは自粛させよう」
飲み物だけカモミールティーに差し替えさせて、一足先にエルネストがお茶を飲んでいると、しばらくしてライナスが部屋を訪ねてきた。
「エル兄様! ただいま戻りました」
「おかえり。ちゃんと頑張ってきたかい?」
「はい。段取りのとおり、最後の挨拶をして皇帝陛下と一緒に出てきました」
「よしよし。伴侶探しのほうはどうなった?」
「それは……ふたりきりになったらお話ししますね」
ライナスがそう言ったのを聞いて、侍従のひとりが急いでライナスの分もお茶を淹れると、皆揃ってそそくさと部屋を出て行った。
「ライナス。いい相手が見つかったんだね?」
ふたりきりになってから話すと聞いて、エルネストは予想がついていた。もし見つかっていなければ、侍従の前で話しても問題なかったのだから。
案の定、ライナスは嬉しそうに頷いた。
「はい。見つかったというか、元々気になっている人がおりまして」
「えっ? そうだったの?」
「はい。それで今日、他のオメガに会ってみて改めて思ったんです。その人以上に、一緒になりたいと思う相手は居ないのだと」
――なんだ。ちゃんと好きな相手がいたのか。
そう思った瞬間、エルネストの胸がちくりと痛んだ。喜ぶべきことなのにどうしてと思ったが、すぐに理由が思い当たった。そういう相手がいるのだと今の今まで相談してもらえなかったのが、きっと寂しかったのだ。
「良い人が居るなら教えてくれればよかったじゃないか」
「いや。実はそのお相手が、私のことをまったくそういう目で見てくれなくて」
「えっ? それは……大丈夫なの?」
「ご心配なく。これも今日わかったのですが、私のフェロモンには惹かれているそうなので。本人から聞いたので間違いありません」
「⋯⋯それなら心配要らないね。よく頑張ったじゃないか」
エルネストはライナスの頭を撫でそうになった手を引っ込めた。兄代わりとはいえオメガなのだから、ライナスにそういう相手がいるなら、本当にもう触れるべきではない。というか、こんな夜遅くに他のオメガの部屋に来るのも良くないと思うのだが。
エルネストが思い悩んでいると、ライナスの視線がテーブルに落ちた。
「それにしてもめずらしいですね。エル兄様がこんな遅くに甘いものを召し上がろうなんて」
「いや……これはお前の分だよ。宴会が終わったらご褒美をもらいに来ると言っていただろう?」
そういえばそうだったと、エルネストは取り皿とトングを手に取った。ライナスのお相手には申し訳ないが、ご褒美を目の前にして今さら約束を破るわけにもいかない。
「普段私が口うるさく止めてるからって、侍従たちが張り切ってたくさん持ってきてしまってね」
できるだけ短時間で済まそうと思って、エルネストは取り皿にこれでもかとチョコレートを盛っていたのだが……
「エル兄様」
「うん? どれが欲しい?」
「私がいただきたいご褒美は、菓子ではないのですが」
「……えっ?」
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次の瞬間、唇が深く重なった。
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