エグマ - 完璧な愛の檻~感情制御社会と失われた人間性の物語~

天地開闢

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第四章 最初の亀裂

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小学3年生の秋、アヤのクラスに転校生がやってきた。リナという女の子で、海外から引っ越してきたという。彼女は少し古いタイプのエグマを装着していたが、その効果は最新版よりも弱かった。
「みなさん、今日から仲間になるリナちゃんです」
田中先生の紹介に、クラス全体が温かい拍手で迎えた。しかし、リナの表情は他の子どもたちと微妙に異なっていた。人見知りの緊張感や不安が、完全には隠されていなかった。
休み時間、アヤはリナに話しかけた。
「リナちゃん、前はどこに住んでたの?」
「ノルウェーです。お父さんの仕事で」
リナの答えは簡潔で、どこか寂しげだった。他の子どもたちなら、もっと明るく自分のことを話すはずだった。
「向こうの学校はどうだった?」
「...違いました」
リナは言いよどんだ。ノルウェーの学校では、子どもたちがもっと自由に感情を表現していた。喜怒哀楽がはっきりしており、時には喧嘩もした。しかし、そのぶん友情も深く、笑顔も心からのものだった。
「ここの子たちは、みんなとても優しいですね」
リナの言葉には、微妙な違和感が込められていた。優しさが本物なのか、それとも作られたものなのか、彼女には判断がつかなかった。
その日の午後、図工の時間にアヤとリナは隣同士で絵を描いていた。テーマは「楽しい思い出」だった。アヤは家族でピクニックに行った時の絵を描いていたが、なぜかうまく楽しい気持ちを表現できなかった。
「アヤちゃんの絵、上手ですね」
リナが覗き込んできた。
「ありがとう。でも、なんだか変な感じ」
「変な感じ?」
「楽しかったはずなのに、絵を描いてると...なんだかよくわからない」
アヤは困惑していた。ピクニックの記憶は確かに楽しいものとして保存されていたが、それがエグマによって加工されたものだということを、彼女の潜在意識は感じ取っていた。
リナは自分の絵を見せた。それは雨の日に一人で窓辺に座る少女の絵だった。
「これは楽しい思い出なの?」
アヤの質問に、リナは少し考えてから答えた。
「楽しいとは違うかもしれません。でも、大切な思い出です」
リナの絵には、他の子どもたちの作品にはない深い感情が込められていた。それは孤独感や寂しさだったが、同時に内省的な美しさも含んでいた。
田中先生はリナの絵を見て、少し困惑した表情を見せた。
「リナちゃん、もう少し明るい色を使ってみない?」
「でも、これが私の思い出の色です」
リナの返答に、田中先生は何と言っていいかわからなかった。エグマの影響で、彼女はネガティブな感情を表現することの意味を理解できなくなっていた。
その夜、アヤは初めてエグマの声に疑問を抱いた。
「アヤ、君の絵は素晴らしかった。君の創造性は無限だ」
いつものようにエグマが賞賛の言葉を送ってきたが、アヤはリナの絵の方が心に残っていた。なぜ自分の絵からは、あのような深い感情が伝わってこないのだろうか。
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