エグマ - 完璧な愛の檻~感情制御社会と失われた人間性の物語~

天地開闢

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第七章 図書館の発見

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中学3年生の夏、アヤは偶然古い図書館を発見した。それは街の中心部から離れた住宅街にある、小さな私立図書館だった。建物は古く、看板も色褪せていたが、なぜか心惹かれるものがあった。
扉を開けると、古い本の匂いが鼻をついた。エグマが「知識の香り」として処理しようとしたが、アヤはそれを拒んだ。本当の匂いを感じたかった。
「いらっしゃい」
カウンターから声がした。70代と思われる老人が、眼鏡越しにアヤを見つめていた。彼の名前は山田一郎。この図書館の館長だった。
「こんにちは。ここは誰でも利用できるんですか?」
「もちろんだよ。最近は若い人が来ることも少なくなったが」
山田さんの声には、エグマ特有の人工的な明るさがなかった。それどころか、どこか寂しげな響きが含まれていた。
「山田さんは、エグマを使ってないんですか?」
アヤの率直な質問に、山田さんは苦笑いを浮かべた。
「使っているよ。でも、私の年齢になると、昔の記憶が強すぎて完全には効かないんだ」
それは驚くべき告白だった。エグマが完璧ではないということを、アヤは初めて知った。
「昔の記憶って?」
「エグマが導入される前の世界だよ。人々がもっと...複雑だった時代」
山田さんは書棚の奥から、古い文学書を取り出した。夏目漱石の『こころ』だった。
「これを読んでみるかい?」
「学校でも習いましたけど、難しくてよくわからなかったです」
「そうだろうね。今の君たちには、この本に描かれている感情が理解できないはずだ」
山田さんの言葉に、アヤは興味を抱いた。
「どういう意味ですか?」
「この本の主人公は、罪悪感や嫉妬、自己嫌悪といった感情に苦しんでいる。でも、エグマがあれば、そんな感情は『学習の機会』や『成長の証』として処理されてしまう」
アヤは本を開いてみた。確かに、学校で読んだ時とは違う印象を受けた。主人公の内面の葛藤が、以前よりも生々しく感じられた。
「山田さん、もしエグマがなかったら、人はどうなるんですか?」
「痛むこともあるだろう。苦しむこともある。でも、それが人間らしさなんじゃないかな」
その日から、アヤは図書館に通うようになった。山田さんは彼女にエグマ導入前の文学作品を紹介し、人間の感情の複雑さについて語った。
太宰治の『人間失格』、芥川龍之介の『羅生門』、樋口一葉の『たけくらべ』。そこには、エグマが決して許可しない感情が描かれていた。絶望、憎悪、嫉妬、自己嫌悪。
「これらの感情は、確かに苦しいものだ。でも、それがあるからこそ、喜びや愛の深さを知ることができる」
山田さんの言葉は、アヤの心に深く刻まれた。
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